君の瞳の中で~We still live~
許し
「嘘でしょ……こんなことって!」
コスモはその現象をその目に抑えていた。いや、その波動を感じ取ることができる。原罪だからこそできる、その圧する力。そうだ、世津達見が生まれたその時から存在する原罪に、気づくことはできなかったんだ。それもそうだ、彼女の人生こそ、この世界の運命。生きているだけで悲しい宿命を作り出す。
コスモは思い出していた。確かに高校生の時に感じた嫉妬を。世津の周りにたくさんの女子が、勉強を教えてもらいに行っていた。その中で、唯一無二の存在になりたかった。だからこそ、自分が死に続ける世界に引きずり込んだ。最初からその計画はあったが、予想以上に早めることになったのは、その周りの女子たちだろう。その中に「原罪」は潜んでいた。
「もし、そうだとしたら……すべてパンドラによるもの?」
思えば平静戦争のきっかけは、榊家と神代家の対立だ。そのきっかけを作ったのは、榊家で絶大な力を誇っていた姉妹の妹の死だ。その死を埋め合わせるため、神代家の家宝を狙い、榊家と神代家は争うことになった。姉も死んでいるため、どちらかがパンドラだった可能性はある。そうだ、そこにも「原罪」は存在していたはずだ。
「でも、鳩戦争はさすがに無理よ。あの場所には原罪となる女性は存在しない……」
ならば、鳩戦争はどうか。覚元和仁が生まれることがわかり、それを守るものと阻止するもの、その二人の争いだったことは確かだ。しかしその中で、愛する人を失った鳩がいた。
「まさか最上純……あなたは……!」
黒い悪魔を見る。そこにはもはや見る影もない。最上純は鳩戦争の最初は赤羽愁季と共に流我村にいた。だが、赤羽が人間に殺された。二上町に帰ってきたが、愛する妻もそこで失った。最上純は別の鳩に頼み、その子供の記憶を書き換えた。最初から自分も愛する人もいなかったように。そこで人間に見限りを付け、似非大治に仕え、悪逆の限りを尽くした。戦況は大きく変わり、覚元義仁は決死の覚悟で、似非大治を止めるしかなくなった。そして、似非大治の力の封印、そして、覚元義仁の死で、戦いの幕は下りた。
「あなたはただ……彼の父親なだけかと思っていたのに……思いもしなかったわよね。愛した女性がパンドラだって」
そこにも確かにあった。戦況を変えた女性の死、仮に彼女がパンドラだったとすれば、本来、間の祖の分身である義仁が完全勝利するはずだった戦いを崩した元凶ともいえる。そこにも確かに「元凶としてのパンドラ」はいた。
パンドラ、それは、神でさえも存在を知ることができない。「世界」の一部であり、それは「世界」の破壊者。パンドラは、どの世界にも、必ず一人いるとされる。その世界に「パンドラの箱」の伝説が存在する限り、必ず。だが、その存在を理解することは神でも、世界の欠片を持っていても不可能。なぜなら「パンドラ本人が、自らがパンドラであると自覚できない」から。
無自覚の間に、ゆっくりと、その世界を滅ぼす。それがパンドラ。いくつもの世界がそうやって滅んだのは知っていた。しかし、コスモは油断していたのだ。
「信じたくないわ! 自らがただ一つの目的のためだけに作った世界に、パンドラが存在なんて!」
どの世界にも創造主、管理主となる神は存在する。だが、その神々は「人類の基礎」としてパンドラを組み込んでいた。滅びる運命にあると知っていても、それが世界と受け入れて、世界を作った。
「……世界を創造するとき、管理主と私が世界を作る。罪のない世界を作りたいか、そう聞いても、みんな「パンドラが必要だ」っていうのよね」
しかし、コスモはそれを受け入れなかった。自らの目的にそれは不要だと考えたからだ。だが、コスモは気づかなかった。自らの欲で世界を創造したその時点で、罪なのだと。罪がある限り「パンドラ」は存在するのだと。
「神々は気づいていたのね。罪は生きる限り存在する。だからどの世界にも「原罪」を抜いて作ることはできない。人間を作るうえでの必要悪なんだ……」
その忘れてしまった記憶に触れるとき、誰かの災厄が溢れ出す。「鳩にとっては絶望」であり「町の人にとってみれば希望」その覚元和仁が記憶を思い出すことは、パンドラの箱のようなもの。そう例えたのは、一周目の覚元和仁だった。確かにそれはそうだ。だが、もっと身近に、パンドラはいた。パンドラの箱のような覚元和仁の記憶を思い出させようとする「原罪」が。
「……でも、好都合よ。彼女の力で、世界は終わるんだもの! 私が加速させたって同じでしょう!」
コスモは自分の罪に気づいた。だが、それさえも好都合と捉えてしまっている。体は半身が黒く変色している。もう、意識さえ飲み込まれるときは近い。人工的なパンドラの箱を、ここに作ってしまったのだから。
「我が名はパンドラ。パンドラの箱の一片であり「世界」の命により「世界」を乱すもの」
「れ……いか……?」
目の周りの血管が浮き出た赤い目、首から生える2本の触手、真っ白にうねる髪。そして背中から翼のように生える、巨大な6本の触手。純白のドレスが、白い触手と赤い目を際立たせた。
その姿にひどく絶望したのは、悠治だった。双剣を手から落とし、その場に崩れ落ちる。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ!!!!」
拳をコンクリートに叩きつけるが、現状は何も変わらない。世界の破壊者が、目の前にいる。それだけなのだから。
「俺は、何一つ守れなかったのか! 俺は、何一つ!!」
「悠治、違う。あれは避けられない運命だ。お前のせいじゃない!」
和仁は必死に肩をゆすり、何とか立ち上がらせる。だが、悠治のその顔は、目に力はなく、口はだらりとあき、無表情のまま涙がこぼれる、完全に絶望してしまっていた。
「俺は……何のために……」
「絶望に打ちひしがれた、似非悠治よ、我が元へ。我はすべてを許すもの。お前の罪も、すべて、我が取り払おう」
無の顔をしたパンドラは、手を差し出す。こっちにおいでと、手招きする。それには特別な力があるように、悠治は次第に引き寄せられていった。和仁も、世津も、幸村も、必死に呼び止めるが、その声は全く聞こえていない。掴んだ手すら、強引に振りほどく。それはだれにも止められなかった。
「俺が人を殺したのは許されるのか?」
悠治は問う。パンドラは寛大に答える。
「もちろんだ。すべての罪を無に帰そう」
「俺が見殺しにしたのは許されるのか?」
悠治はさらに問う。パンドラは変わらず答える。
「あぁ、その罪さえも受け入れ無に帰そう。さぁ、我が元へ」
「罪が無に帰ったら、どうなるんだ?」
パンドラの声は変わらなかった。
「お前は幸せになれるのだ。ようやく、罪から解放されるのだ」
そこでふと、悠治の足は止まった。
「どうしたのだ、罪をすべて消すのだ。人間よ、似非悠治よ、我が元へ」
「なんか違うんだよなぁ。それ」
その言葉に、その場にいる全員が困惑する。パンドラの表情が少しだけ動いた。
「それって、俺の罪が消えるだけで、俺のやったことは戻らないわけだろ?」
「すべてを無に帰せばいいことだ」
「あぁ、無に帰すのは、世界の滅びだろ? 俺はこの世界のすべてを忘れるんだろ? 今日の日さえも。日和にもう一度出会えたこの日さえ」
「お前は勘違いしている。覚元日和も、覚元和仁も、誰もお前を許していない。許したなど、いつ誰が言ったのだ。罪は許されてすらいない。無に帰る以外、救われる道などない」
それもそうだ。直接許しをもらったわけでもないのに、許されたような気になっていた。気持ちだけ盛り上がって、その場の気持ちだけで戦ってもいいと決めてしまった。自分は馬鹿だ。悠治は俯き、顔を逸らした。
「もう! なんでそうやってマイナス方向に行くのかしら、このバーカ!」
その時だ。元気なその声が後ろから聞こえる。日和だ。
「日和、お前は術装になってて……」
「えぇ、そうね。でも、あれは力の大部分であって、核ではないわ。核はもう、和仁の瞳の中なの。意識は、その大部分と核を移動しているだけよ」
「そうそう、俺も同じ仕組みだな。力の大部分は、悠治のその体の鎧だけど、意識だけこっちに移したよ。だって危険そうだったし」
悠治の声も聞こえてきた。やっぱり後ろからだ。振り返るとそこには、和仁がいた。
「俺が二人のスピーカーみたいになっててな。幽霊でも、この二人はやはり、俺の心象世界から具現化しているから、術装になっても勝手が違うみたいだ」
「そうそう! だからこの場の声だけで言ってやるわよ。まだ言ってなかったからね!」
「俺も、言いたいことがあった!」
日和と怜治は、明るく元気な声で、こういった。
「私、あんたに殺されたってぜんぜん思ってないから! 全然恨んでないし! 世界で二番目に好きなんだから! あ、一番は和仁ね!」
「俺は、悠治のこと大好きだから! 悠治のために戦って死んだんだから、別に助けなんて最初から考えてねぇよ! 死んだことなんて気にすんじゃねぇぞ! 名誉の自害だ!」
「名誉の自害! それ私も使いたい! 屋上から飛び降りたのは名誉の自害だからね! 殺されたんじゃないんだからね!」
思わず和仁は苦笑いをする。悠治はきょとんとしたまま、動けなかった。
「スピーカーとして体が機能するなんて……やかましいな……」
「和仁……」
「あぁ、悠治。俺がまだだった。確かに俺は、お前を許さない……と思って生きてきた。だが、姉ちゃんが死んだのはもともと「世界」に刻まれた運命。避けようがない。それに、悠治の力が及ぶ前に自ら命を投げ出している。「世界」の記録上はそうだ」
少し笑って、和仁は続ける。
「怜治の死だって、お前がいるなら救えたんじゃないか。そうは思ったが、人が死んで、人を殺して、気持ちの整理が12年でつくはずもない。俺だってずっと恨み続けて生きてきたわけで、結局執着していたんだ。それに、当の本人たちがこんなに許してて気にしてないのに、俺がこれ以上、どうこう言えないだろ」
「結局のところ、どうなの、和仁!」
「え、姉ちゃん、せかすなよ……まぁ、その、あれだ。言いにくくなったが。俺はもう、悠治を恨んでない。むしろ、一緒に戦ってくれることを感謝するよ。似非にも、姉ちゃんにもね」
「言ってくれんじゃないのー和仁ー! さすが弟!」
「さすが我が親友! 悠治への扱いが寛大!」
悠治はいつの間にか、ボロボロと涙を流していた。だが、その涙はすぐに拭った。
「なっ……泣いてねぇからな……俺は!」
「わかっただろ、パンドラに帰す罪はない。俺たちは、俺たちの未来を作るんだよ」
「……そうだったみたいだな。和仁、みんな、俺と戦ってくれ」
さわやかな笑みを浮かべ、和仁と悠治はハイタッチする。
「さて、もういいか? 時間はない、戦うぞ」
世津は空気を読んで後ろに下がっていたようで、前へと出てきた。
「でもいいのか? 相手は妹。殺すことになるかもなぁ。困ったもんだぞ?」
後ろへ下がっていた幸村は、一番肝心な疑問をぶつけてきた。だが、悠治は動じない。
「戦っていけば、何とか方法あるだろ! よっしゃ、この町を、いや、世界を、未来を救うんだぁ!」
来い、風林火山。その手に双剣が握られたと同時に、心の晴れた少年は、一番に走り出した。
コスモはその現象をその目に抑えていた。いや、その波動を感じ取ることができる。原罪だからこそできる、その圧する力。そうだ、世津達見が生まれたその時から存在する原罪に、気づくことはできなかったんだ。それもそうだ、彼女の人生こそ、この世界の運命。生きているだけで悲しい宿命を作り出す。
コスモは思い出していた。確かに高校生の時に感じた嫉妬を。世津の周りにたくさんの女子が、勉強を教えてもらいに行っていた。その中で、唯一無二の存在になりたかった。だからこそ、自分が死に続ける世界に引きずり込んだ。最初からその計画はあったが、予想以上に早めることになったのは、その周りの女子たちだろう。その中に「原罪」は潜んでいた。
「もし、そうだとしたら……すべてパンドラによるもの?」
思えば平静戦争のきっかけは、榊家と神代家の対立だ。そのきっかけを作ったのは、榊家で絶大な力を誇っていた姉妹の妹の死だ。その死を埋め合わせるため、神代家の家宝を狙い、榊家と神代家は争うことになった。姉も死んでいるため、どちらかがパンドラだった可能性はある。そうだ、そこにも「原罪」は存在していたはずだ。
「でも、鳩戦争はさすがに無理よ。あの場所には原罪となる女性は存在しない……」
ならば、鳩戦争はどうか。覚元和仁が生まれることがわかり、それを守るものと阻止するもの、その二人の争いだったことは確かだ。しかしその中で、愛する人を失った鳩がいた。
「まさか最上純……あなたは……!」
黒い悪魔を見る。そこにはもはや見る影もない。最上純は鳩戦争の最初は赤羽愁季と共に流我村にいた。だが、赤羽が人間に殺された。二上町に帰ってきたが、愛する妻もそこで失った。最上純は別の鳩に頼み、その子供の記憶を書き換えた。最初から自分も愛する人もいなかったように。そこで人間に見限りを付け、似非大治に仕え、悪逆の限りを尽くした。戦況は大きく変わり、覚元義仁は決死の覚悟で、似非大治を止めるしかなくなった。そして、似非大治の力の封印、そして、覚元義仁の死で、戦いの幕は下りた。
「あなたはただ……彼の父親なだけかと思っていたのに……思いもしなかったわよね。愛した女性がパンドラだって」
そこにも確かにあった。戦況を変えた女性の死、仮に彼女がパンドラだったとすれば、本来、間の祖の分身である義仁が完全勝利するはずだった戦いを崩した元凶ともいえる。そこにも確かに「元凶としてのパンドラ」はいた。
パンドラ、それは、神でさえも存在を知ることができない。「世界」の一部であり、それは「世界」の破壊者。パンドラは、どの世界にも、必ず一人いるとされる。その世界に「パンドラの箱」の伝説が存在する限り、必ず。だが、その存在を理解することは神でも、世界の欠片を持っていても不可能。なぜなら「パンドラ本人が、自らがパンドラであると自覚できない」から。
無自覚の間に、ゆっくりと、その世界を滅ぼす。それがパンドラ。いくつもの世界がそうやって滅んだのは知っていた。しかし、コスモは油断していたのだ。
「信じたくないわ! 自らがただ一つの目的のためだけに作った世界に、パンドラが存在なんて!」
どの世界にも創造主、管理主となる神は存在する。だが、その神々は「人類の基礎」としてパンドラを組み込んでいた。滅びる運命にあると知っていても、それが世界と受け入れて、世界を作った。
「……世界を創造するとき、管理主と私が世界を作る。罪のない世界を作りたいか、そう聞いても、みんな「パンドラが必要だ」っていうのよね」
しかし、コスモはそれを受け入れなかった。自らの目的にそれは不要だと考えたからだ。だが、コスモは気づかなかった。自らの欲で世界を創造したその時点で、罪なのだと。罪がある限り「パンドラ」は存在するのだと。
「神々は気づいていたのね。罪は生きる限り存在する。だからどの世界にも「原罪」を抜いて作ることはできない。人間を作るうえでの必要悪なんだ……」
その忘れてしまった記憶に触れるとき、誰かの災厄が溢れ出す。「鳩にとっては絶望」であり「町の人にとってみれば希望」その覚元和仁が記憶を思い出すことは、パンドラの箱のようなもの。そう例えたのは、一周目の覚元和仁だった。確かにそれはそうだ。だが、もっと身近に、パンドラはいた。パンドラの箱のような覚元和仁の記憶を思い出させようとする「原罪」が。
「……でも、好都合よ。彼女の力で、世界は終わるんだもの! 私が加速させたって同じでしょう!」
コスモは自分の罪に気づいた。だが、それさえも好都合と捉えてしまっている。体は半身が黒く変色している。もう、意識さえ飲み込まれるときは近い。人工的なパンドラの箱を、ここに作ってしまったのだから。
「我が名はパンドラ。パンドラの箱の一片であり「世界」の命により「世界」を乱すもの」
「れ……いか……?」
目の周りの血管が浮き出た赤い目、首から生える2本の触手、真っ白にうねる髪。そして背中から翼のように生える、巨大な6本の触手。純白のドレスが、白い触手と赤い目を際立たせた。
その姿にひどく絶望したのは、悠治だった。双剣を手から落とし、その場に崩れ落ちる。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ!!!!」
拳をコンクリートに叩きつけるが、現状は何も変わらない。世界の破壊者が、目の前にいる。それだけなのだから。
「俺は、何一つ守れなかったのか! 俺は、何一つ!!」
「悠治、違う。あれは避けられない運命だ。お前のせいじゃない!」
和仁は必死に肩をゆすり、何とか立ち上がらせる。だが、悠治のその顔は、目に力はなく、口はだらりとあき、無表情のまま涙がこぼれる、完全に絶望してしまっていた。
「俺は……何のために……」
「絶望に打ちひしがれた、似非悠治よ、我が元へ。我はすべてを許すもの。お前の罪も、すべて、我が取り払おう」
無の顔をしたパンドラは、手を差し出す。こっちにおいでと、手招きする。それには特別な力があるように、悠治は次第に引き寄せられていった。和仁も、世津も、幸村も、必死に呼び止めるが、その声は全く聞こえていない。掴んだ手すら、強引に振りほどく。それはだれにも止められなかった。
「俺が人を殺したのは許されるのか?」
悠治は問う。パンドラは寛大に答える。
「もちろんだ。すべての罪を無に帰そう」
「俺が見殺しにしたのは許されるのか?」
悠治はさらに問う。パンドラは変わらず答える。
「あぁ、その罪さえも受け入れ無に帰そう。さぁ、我が元へ」
「罪が無に帰ったら、どうなるんだ?」
パンドラの声は変わらなかった。
「お前は幸せになれるのだ。ようやく、罪から解放されるのだ」
そこでふと、悠治の足は止まった。
「どうしたのだ、罪をすべて消すのだ。人間よ、似非悠治よ、我が元へ」
「なんか違うんだよなぁ。それ」
その言葉に、その場にいる全員が困惑する。パンドラの表情が少しだけ動いた。
「それって、俺の罪が消えるだけで、俺のやったことは戻らないわけだろ?」
「すべてを無に帰せばいいことだ」
「あぁ、無に帰すのは、世界の滅びだろ? 俺はこの世界のすべてを忘れるんだろ? 今日の日さえも。日和にもう一度出会えたこの日さえ」
「お前は勘違いしている。覚元日和も、覚元和仁も、誰もお前を許していない。許したなど、いつ誰が言ったのだ。罪は許されてすらいない。無に帰る以外、救われる道などない」
それもそうだ。直接許しをもらったわけでもないのに、許されたような気になっていた。気持ちだけ盛り上がって、その場の気持ちだけで戦ってもいいと決めてしまった。自分は馬鹿だ。悠治は俯き、顔を逸らした。
「もう! なんでそうやってマイナス方向に行くのかしら、このバーカ!」
その時だ。元気なその声が後ろから聞こえる。日和だ。
「日和、お前は術装になってて……」
「えぇ、そうね。でも、あれは力の大部分であって、核ではないわ。核はもう、和仁の瞳の中なの。意識は、その大部分と核を移動しているだけよ」
「そうそう、俺も同じ仕組みだな。力の大部分は、悠治のその体の鎧だけど、意識だけこっちに移したよ。だって危険そうだったし」
悠治の声も聞こえてきた。やっぱり後ろからだ。振り返るとそこには、和仁がいた。
「俺が二人のスピーカーみたいになっててな。幽霊でも、この二人はやはり、俺の心象世界から具現化しているから、術装になっても勝手が違うみたいだ」
「そうそう! だからこの場の声だけで言ってやるわよ。まだ言ってなかったからね!」
「俺も、言いたいことがあった!」
日和と怜治は、明るく元気な声で、こういった。
「私、あんたに殺されたってぜんぜん思ってないから! 全然恨んでないし! 世界で二番目に好きなんだから! あ、一番は和仁ね!」
「俺は、悠治のこと大好きだから! 悠治のために戦って死んだんだから、別に助けなんて最初から考えてねぇよ! 死んだことなんて気にすんじゃねぇぞ! 名誉の自害だ!」
「名誉の自害! それ私も使いたい! 屋上から飛び降りたのは名誉の自害だからね! 殺されたんじゃないんだからね!」
思わず和仁は苦笑いをする。悠治はきょとんとしたまま、動けなかった。
「スピーカーとして体が機能するなんて……やかましいな……」
「和仁……」
「あぁ、悠治。俺がまだだった。確かに俺は、お前を許さない……と思って生きてきた。だが、姉ちゃんが死んだのはもともと「世界」に刻まれた運命。避けようがない。それに、悠治の力が及ぶ前に自ら命を投げ出している。「世界」の記録上はそうだ」
少し笑って、和仁は続ける。
「怜治の死だって、お前がいるなら救えたんじゃないか。そうは思ったが、人が死んで、人を殺して、気持ちの整理が12年でつくはずもない。俺だってずっと恨み続けて生きてきたわけで、結局執着していたんだ。それに、当の本人たちがこんなに許してて気にしてないのに、俺がこれ以上、どうこう言えないだろ」
「結局のところ、どうなの、和仁!」
「え、姉ちゃん、せかすなよ……まぁ、その、あれだ。言いにくくなったが。俺はもう、悠治を恨んでない。むしろ、一緒に戦ってくれることを感謝するよ。似非にも、姉ちゃんにもね」
「言ってくれんじゃないのー和仁ー! さすが弟!」
「さすが我が親友! 悠治への扱いが寛大!」
悠治はいつの間にか、ボロボロと涙を流していた。だが、その涙はすぐに拭った。
「なっ……泣いてねぇからな……俺は!」
「わかっただろ、パンドラに帰す罪はない。俺たちは、俺たちの未来を作るんだよ」
「……そうだったみたいだな。和仁、みんな、俺と戦ってくれ」
さわやかな笑みを浮かべ、和仁と悠治はハイタッチする。
「さて、もういいか? 時間はない、戦うぞ」
世津は空気を読んで後ろに下がっていたようで、前へと出てきた。
「でもいいのか? 相手は妹。殺すことになるかもなぁ。困ったもんだぞ?」
後ろへ下がっていた幸村は、一番肝心な疑問をぶつけてきた。だが、悠治は動じない。
「戦っていけば、何とか方法あるだろ! よっしゃ、この町を、いや、世界を、未来を救うんだぁ!」
来い、風林火山。その手に双剣が握られたと同時に、心の晴れた少年は、一番に走り出した。
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