君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

黄金

「君恵? 知り合いか?」
「あ……あぁ、彼女みたいなものだ。同棲していてな……」


 幸村の質問に、歯切れ悪く世津は答えた。幸村も、ただ事ではないと知り、顔をしかめる。


「そもそも、死んだ俺がこの町に存在できているのは、あのコスモって神様が、手を回してくれたおかげだぜ? 俺がキーマンだとかな」
「お前が? 君恵の力でここにいるのか?」
「まぁ、もともと生きる魂になったことも関係あるんだけどさ。俺の世界は閉じた世界で、外の世界に出ることはできなかったんだ。生と死の逆転を防ぐため、俺はこの世界を救うために呼び出されたんだ」


 しかし、幸村は浮かない顔で、頭の後ろで手を組む。どうも腑に落ちないようだ。それもそうだろう。コスモのしていることには一貫性がない。一方で世界を救うために幸村を召喚し、一方で世界を滅ぼすために悪魔を作り出した。


「なんで……この世界を滅ぼそうなんて……君恵、俺が悪かったのか?」
「お前はかなりの能力者とみたが、そんなお前はコスモの様子には気づかなかったのか?」
「あぁ、ちょっと変わった人間だと信じ込んでいた。人間じゃないはず……」


 ない、そう言い切れなかったのは、頭によぎったその光景。忘れていた幕間の記憶。力を手に入れた理由。そうだ、あの時……




「どうすれば、麻生川は救われる。このままじゃ、死ぬばかりじゃないか」


 誰もいない空間で、一人絶望へと沈んでいた。高校一年生の冬、一年近く続けてきていた平凡は、突然崩れ落ちた。きっかけはどこだったか、もはや思い出せない。


「麻生川がトラックにひかれそうになった時、俺が助けようと手を伸ばして……そうしたら、自分の部屋のベッドの上に戻っている。そうだ、いつもそう。救おうとしたその時、いつも始まりのベッドに戻るんだ」


 何度救っても、未来には進めない。それは閉じた輪のように、あるいは、バッドエンドでセーブポイントに戻るゲームのように。それが正解ではないのだと、何度も絶望を頭に叩きつけられる。


「さっきは、校舎内の不審者に刺殺されたんだっけか? そして、俺も殺されて……」


 大声で泣くのはもうやめた。何千、何万と繰り返したこの現実に、涙はもったいない。それでも、彼女の死とはまた別に、涙が流れるのだ。その絶望と苦痛に、涙が。


 ここは真っ白な空間。何もない、誰にも汚されることのない、自分だけの世界。
 次に目が覚めるときには、また全部忘れている。ただ、何回も刻み付けた思考が、自然と、彼女を救おうと動くのだ。ただ、何度も繰り返したその光景全てを覚えている、この空間でしか、もはや自分は自分で在れない。
 いいや、どちらが正しい自分なのか、そんなものはもう、わからない。


「いいんじゃないかしら。試行錯誤を繰り返して、あなたはようやくここまで来た。あなたは可能性の世界すべてを見つくした。全知を手に入れたのよ」
「お前は……麻生川?」


 そこにいたのは、麻生川君恵だが、そうではなかった。藍色の髪の毛に緑の目。


「そうね、この姿はコスモかしら。あなたをここまで、作り上げた」
「どういうことだ?」
「ただ、与えるだけじゃつまらないもの。すべての可能性を尽くして、全知を得てから全能を与えたほうが、より確実な神が出来上がるわ」
「……わけがわからないよ、どういうことなんだ」
「私は、あなたと幸せになりたいの。そのためには、あなたが神になるしかない。そのために私は、ここまでやったんだから。この世界を作ったんだから!」


 コスモはそう言って、笑顔で額を世津にくっつける。その瞬間「世界」のすべてと、体は繋がった。その膨大な力と知識量に、体は熱くなり、脳は溶けるように痛みだす。その人間では絶対にありえない感覚に、体は苦しみだし、虫が這う感覚と、溶けるような痛みと、目を抉りたくなるかゆみに襲われる。


「あ゛あああ゛ぁぁぁっ!」
「あれ? 耐えられないの? そんな……ここまで作り上げたのに」


 コスモは残念そうに俯く。正直、こうなったのは予想外。そこまで「彼には神性がなかった」だからこそ、力で体が悲鳴を上げる。
 だが、そんな極限状態に陥っても、何度も繰り返した、思いと記憶は忘れない、こういう状態だからこそ、自然と湧き上がってくる。
────たとえこの身が壊れようと、麻生川君恵を救い出す。


「麻生川……君恵……お前を、助けるためなら……俺はどうなっても!」
「達見くん……あなたを苦しめているのは私ね……どうやっても、私のやり方じゃ、あなたを苦しめてしまう。あなたに、恋しなければよかった。そうすれば、あなたは幸せだったし、この世界を作らなくてもよかったのに。……その記憶、世界への回路、閉じてあげるから」


 コスモは世津の目をそっと撫でる。そして、世津は意識を失った。その代わり、全知全能は形を変え、目に集約された。それが「ラプラスの瞳」
 だが、ここで起こったすべてを、世津は忘れてしまった。次に目を覚ますのは、破壊神に囚われた君恵を救い出すとき。そして、その時にまるで、示し合わせたかのように、ラプラスの瞳は覚醒したのだ。




 その忘れていた一部を、今、ようやく思い出した。いいや、記憶に鍵がかかっていたようなものだった。一度だけ、コスモには会っていたのだ。
 だが、それと同時に、閉じていたはずの世界への回路が開く。耐え切れなかったあの苦痛に、また襲われる。世津は本来ならば、和仁のようになるはずだった。だがそれは失敗だった。どの世界をなぞっても、世津に特別な能力が付く世界はない。例え鳩の子であったとしても、その鳩はひどく神性がなかったのだ。
 だからこそ、ありえない。だからこそ、耐えられない。世津達見は「世界の柱」にはなれないのだ。だからこそ吐血し、だからこそ、能力をふさぎ、人間であることに固執した。その中でも、どこかで信じていたのだ、この力で世界を救えると。
 この力で世界を救える、それは間違っていない。間違っていたのは、思想でもなく、意思でもなく、その体だった。あまりにも人間だったのだ。心がではなく、体が。


「ぬぁっ!? お、おい、お前……! 大丈夫かよ! 体が真っ赤だぞ!」
「ぐっ……うぅぅ……!」


 だが、昔は耐えられなかっただろう。そこには彼女を救いたい思いと、町を救った英雄に憧れる思いしかなかったのだから。今は違う。
 そこには確かに「自らが世界を救う」という思いがあった。もう、あの頃の見ていたばかりの自分じゃない、だってそうじゃないか。何かに手を伸ばし、行動し、そしてつかみ取った君恵との毎日は、決して偽物ではない。
 例え、君恵が神であることを隠していても、君恵が自分のために世界を作ったことも、そのために多大な犠牲が出ていたとしても、構わない。それでも生きるんだと、それでも未来を見るんだと、ここに誓う。


「ここで諦めて、たまるかぁぁぁっ!」


 その思いは、限界を超える。人間であることを超える。そのために作られた器なら、すべて余すところなく、水を貯めればいい。例え、すぐにいっぱいになったとしても、穴が開いて、水が漏れてもいい。今を生きて、未来を生きるために、犠牲が必要なら、それが「これ」なのだから。


「世界の観測者。その目で見るすべては、世界である。不確かを確かに変える、それこそこの瞳! 観測不能アンオブザーバブル未来フューチャー!」


 体中に、機械の回路のような金色の模様が浮かび上がる。その回路は瞳へ繋がり、見開いた眼は黄金に輝く。金の槍にもその回路は広がり、「世界」の力は全身に広がった。体は「世界」を受け入れた。限界はある。それでもこの身を未来へ繋げるために、使い尽くす。
 金の槍は、周辺に稲妻を走らせた。体もまた同様。考えられないほどの力が、今その身を包んでいる。


「お前、どうなったんだ?」
「俺は「世界」を受け入れた。どこまで持つかわからない。核たる体は不安定だ。それでも、全力で俺は戦う。本当のヒーローになるために」
「へぇ、ちょっとは戦士っぽくなったじゃねぇか。槍も神具っぽくなってるし、気に入ったぜ、世津!」
「今なら、お前にも勝るだろうな、幸村」


 それを遠くで眺めるコスモ。コスモは少しだけ口元を緩ませる。安心したように、つぶやく。


「あぁ、やっぱり達見くんは、正しいよ。白沢幸村を呼んで、本当によかった」


 その後ろで、この世すべての負を詰め込まれた悪魔は、悲しく叫ぶ。コスモは小さくため息をついた。


「そうね、破壊も創造も、私はどちらも望んだわ。どちらが勝つか。どちらも、私にとっては幸せなのかもね」


 ふふふ、と笑う。そこに怪しさはなく、どこか寂しさを感じる笑いかただった。

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