君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

始まり

「お前にはあきれたよ、間の祖!」
無数のナイフが、雨のように降り注ぐ。そのすべてに殺意がある。死の概念として、間の祖を襲っていた。
間の祖は、見えない壁に覆われていたが、防ぐ顔はどこか苦しそうだ。


「和仁! こんなところに!」


もう一人の覚元和仁と間の祖の争いの中、何とか死を逃れた和仁のもとに、日和、怜治、悠治が駆け寄ってきた。


「姉ちゃん……俺……」
「心象世界にアクセスできなかったこと、そして、あそこにいるもう一人の和仁……ただ事じゃなさそうね……ううん、そんな推測をしている場合じゃないわね」


そう言って日和は、和仁を何も言わず抱きしめた。どこまでも絶望した彼の体を、そっと優しく、包み込むように。
何も言わなくてもわかった。日和は理解していた。ここまでの未来は、日和には見えていなかっただろう。それでも、もう一人の覚元和仁の存在は知っていたのだ。だからこそ、こんな日が訪れることは理解していた。
────この世界は二周目のニセモノ、和仁は記録された存在のコピー。
間違いはどこか、もし遡るならそれは「覚元和仁の存在」だろう。それは、どうあがいても正せない間違い。


「大丈夫、和仁は私の弟なんだから」


ただ、その一言だった。それは、和仁のすべてを肯定した。こらえてもこらえても、涙はボロボロとこぼれていく。大粒の涙が、日和の肩をすり抜けていく。握っても温かみはない。見えていても実体はない。それでも確かに、覚元和仁の姉はそこに存在した。


「和仁が生きていることが、私の希望なのよ」


────覚元日和が、覚元和仁を認める。それだけで、和仁は救われた。
「世界」に愛された「覚元和仁」という存在は、あまりにも愛されすぎて、世界を嫌うことになってしまった。だからこそ、未来を描けず、過去に縋り付き、過去を変えたいと願った。
大きな理由はただ一つ────愛する姉を失ったこと。それが、覚元和仁が不幸な道を辿りだした原点とも呼べる。
姉のことを知るために、姉の死を知るために、姉の復讐のために、姉のために、姉のために……
それが、周りを巻き込み、引き金を引き、さらに多くの人を失うことになってしまった。それが運命だとしても、それが変えられないことだとしても、姉のためにすべてを尽くし、その場にあったすべてを失った。
ならば……もし、自分がただの複製品だとしたら、もしこの世界が、あるべき世界でなかったとすれば。
────もし自分の存在自体が間違っていたとしたら────
それは、どうやったら肯定される。どう思えば、自分が正しいとあれる? わからない、いや、不可能だ。
死にたくても死ねない、世界を滅ぼすか、苦しみながら生き続けるか。ここまで来たら決まっている。その身に立てば、人間は誰もが「滅ぼす」方を取るだろう。
そして願うのだ、一人にしてほしいと。周りが死ぬことで、何もなくなることで、死んだ気になれるなら、それがいい。


「なぁ、姉ちゃん。俺は、この世界で、何のために生きたんだろうか。この世界の柱のために生まれて、選択肢はあるようでなくて、敷かれたレールの上しか生きられなくて、守りたいものはことごとく失って、俺が動けば多くの人が死んで……俺は、何のために、ここにいるんだろうか」


覚元和仁がいなければ、この町は救えないというなら、逆を取れば、覚元和仁がいれば、この町は滅ぶんだ。いいや「この世界」が滅ぶんだ。そのために生きているのはもうわかった。そこまでは受け入れた。だが、自分自身の存在が、ニセモノだったことが一番和仁にとって許せなかった。
どこまで恨んでも救われない、どこまで願っても救われない。
だが、その存在が必要とされるのなら、世界の柱してではなく、鳩を殲滅するヒーローでもなく、一人の「覚元和仁」として必要とされるなら。


「決まっているでしょ、私に会うために、母さんに会うために、生まれてきたんでしょ。そして、多くの人と出会って、多くの人から愛されて、時には嫌われたとしても、人間を謳歌するために生まれてきたんでしょ。人間は人間になるために生まれるんじゃないの、誰だってそうよ!」


日和は、和仁を見つめ、そしてその実体のない体で、抱き寄せる。


「私が今も、こうやって生き続けるのは「世界」の役割かもしれない。でも決して、あなたを苦しめるために、あなたを否定するために、存在するわけない。私はね、姉として、あなたを愛するためにここにいるの。私が死ぬ前に一番愛したのは、和仁、あなたなんだから」


そして、耳もとで囁く。


「生きて。いいえ、私のために生きなさい、和仁」


姉のためにすべてを尽くし、姉のために生きてきた。それがどれだけ不幸を招いても、ここまで生きてきた。それがある意味「生きがい」だったとすれば。これからも、姉のために生きるのはいいのではないか。


和仁は声を上げて泣いた。それは生まれたての赤子のように。
覚元和仁が生まれたとき、そのそばには日和がいた。そして、名前を付けた。自分の名前の「和」と、亡き父の「仁」父を忘れず、家族の愛を刻みつけるための名前、和仁。


「なんだ……俺は最初から、愛のために生きてたのか」


ひとしきり泣いた和仁は、そうつぶやいて顔を上げる。その時、その目に映ったのは、ずっと昔、家族で暮らしていた一軒家の一室だった。ずっと二人は、ここにいたのだ。
和仁は、無意識のうちに、心象世界を展開していた。だがそれは、恨みや悲しみが詰まった、学校の屋上ではなかった。ずっと昔に忘れていた、愛があった場所、原点だった。
4歳だった和仁は、16歳だった姉と、この部屋でよく一緒にいたものだ。だが、姉が死んで、母が病に倒れ、この暖かい部屋は、冷たい重苦しい部屋になってしまった。だからこそ、和仁は目をそらし続けた。
だが、本当に目を逸らしてはいけなかったのは、始まりの愛だ。生まれたことを祝福されたあの日を、忘れれてはいけないんだ。


「姉ちゃん。俺は生きる。死ねないなら、姉ちゃんの分まで生きる。生きて、俺は、幸せな未来を見つけたい。愛されるのなら、誰かを愛してみたい」


日和はうなづいて微笑んだ。その時、心象世界は現実へと変わり、止まっていた時は動き出す。そこではもう一人の覚元和仁と間の祖が戦っていた。
間の祖を日和は見つめる。そして、目を見開き、何かに気づいた。


「お父さん……?」
「……え……?」


その時、突然飛んできた刃に反応が追い付かなかった。だが、その刃を、悠治は双剣で叩き落す。


「あの野郎、隙あらば和仁の命を……だが日和、お父さんってのはどういうことだ? あれは怜治の父親だぜ? 確かに同じ鳩だがよ……そんなに似てるか?」


だが、その顔をまじまじと見つめて、悠治も顔をしかめた。


「どうして顔つきが、あんなに余裕があるんだ? 別人に見えてもおかしくねぇ」


間の祖の顔は、常に余裕をたたえた笑みを浮かべていた。その顔は、似非亮治とは少し違って見えた。


「ちょっと待ってよ、悠治。まずあの「間の祖」どうやってここに来たのよ。私、「世界」に一時的につながらなかったから、わからないのよ」
「それについては俺だな」


怜治は和仁の体から出てきた。えへへ、と苦笑いしながら、申し訳なさそうに。


「いやぁ、あんな姉弟の愛情を見てたら、出たくても出れないでしょ……」
「プライベートだぞ怜治」


和仁にそう言って睨まれ、怜治は小さくなりながら「すんません……」と小さくつぶやいた。


「で、怜治くん、つまりあの間の祖はどういうことなの?」


話を戻すように日和が聞くと、怜治はまた、いつも通りのラフな怜治に戻った。切り替わりの早いやつめ、和仁は内心そう思いながらも、怜治の話を聞いた。


「悪いが「世界」に刻まれた「座」つまりは、データベースに刻まれた存在自体は、動いていないんだ」
「つまり、あそこにいるのは、間の祖ではない?」
「和仁の言う通り、と言いたいところだが、間の祖であることは確かだ。そうだな、和仁のシステムに近いって感じか」
「俺は「世界」に存在が刻まれている。そこからこの世界のために作り出された、いわば複製品」
「あの間の祖も同じってことだ。分身って感じかな。亮治さんは義仁さんの代わりになりたい、その思いで間の祖を召喚した。実際、依り代には最適だったからな。だが、さすがに間の祖なんて、ビックデータ、その身に同化すれば死ぬ。だから「分身として力が下げられた間の祖」が召喚された」


分身として力が下げられた間の祖。その言葉にその場の誰もが疑問を抱いた。そんなものがあるのかと。


「そんなことできるのか?」


和仁は怜治に聞いた。


「あぁ、可能だ。俺も「世界」からデータを引っ張ってきてるだけなんだが……つまりは、「この世界の間の祖」であれば召喚しやすく、馴染みやすい。それができたのは、俺の記憶の中でも、一人しかいない」
「だとすれば……あぁ、怜治の言うことはわかった」


悠治はいち早く納得した。それと同時に日和も理解した。


「俺の知る、一番知らない人物……まさか!」


和仁もそれに気づき、間の祖を見つめる。


「お前以外気づいたぞ、和仁」


間の祖はニヤリと笑って、もう一人の覚元和仁を見つめた。


「まさか……あり得ないよな……?」
「そのまさかだよ、和仁」


気づいた。その時、振りかざした刃は、消滅した。地に崩れ落ち、そのあり得ない現実に、愕然とする。


「全員気づいたところでネタ晴らしだよ。俺は、体は似非亮治、だが心は、覚元義仁。少しは間の祖っぽさも交じってるけど、最初は気づかれないようにちょっと偽ってみたんだ」


余裕をたたえた笑み、怪しい目、口調、それは一番最初に出会った頃の、もう一人の覚元和仁のようだった。


「鳩が最初から、精神の目を持つはずがない。鳩が最初から感情を持つわけがない。鳩が最初から、思考を持つはずがない。ついさっき殺した大治だって気づいたはずだ。こんなにも異質なら、何か理由がなくっちゃね」
「じゃあ、父さんなのか?」
「うーん、半分正解、半分間違い。俺は確かに、亮治の呼びかけに応じてここに来たよ。でもね、ほかにも理由がある。この世界は、滅ぶか続けるか、決めなくてはいけない。そのためには、間の祖や創造の神などの高次元の存在が必要でね、ここには俺は間の祖として来てるんだ。完全な覚元義仁ではないよ」


間の祖、いや、義仁はそう言って和仁の目の前に立った。


「この世界の分岐点はこの時なんだ。一周目と似た結末になるのか、二周目は違う結末になるのか。それを決めるのは、世界の柱である、和仁なんだ」
「なら父さん、俺は、この世界を続ける未来を選ぶよ」


その答えに、義仁は驚いた顔をした。


「和仁なら、滅ぼしたいっていうかと思ったのに……驚いたよ」
「確かに、この先幸せになれる確信はないよ。でも人間は、確信のない未来を生きていくと思うんだ。俺はちょっと、過去にこだわりすぎたんだよ」
「なるほどね……未来に目を向けたのは、一周目と違うね」


残念そうに笑って、義仁はため息をつく。


「世界が滅んだら、今度こそ、和仁とゆっくり話したかったんだけどなぁ。まぁ、子の幸せを願うなら、滅びを望んじゃいけないさ」
「俺もだよ。ちゃんとした形で、父さんと話したかった。こんな形じゃなくってさ」


義仁は、その天使のような容姿で、和仁を抱きしめた。


「日和もおいで」


日和はこらえていたように、走り出した。駆け寄った日和をそのまま、抱き寄せ、二人を愛おしそうに抱きしめた。その目が、どこかうるんでいたのは、誰も知らない。


「俺も、普通に、幸せに生きたかった。なんでこんな運命なんだろうな」
「でも、お父さん。私、またお父さんに会えて嬉しいよ」


日和は涙を流しながら、笑顔で答えた。その愛おしい笑顔に、義仁も笑顔になる。
そして、義仁は、まるですべてを託すように、そっと、和仁の手に何かを握らせた。見るとそれは、弾丸だった。


「俺が覚元義仁としての全力を出し尽くして、大治を止めたときの弾丸だよ。この中で、俺はずっと眠ってた。これから先も、ずっと俺はこの中にいる。いいや、心だけここにある。だから、これをずっと持っていてほしい。俺だと思って」


その翼は、消えかかっていた。元の似非亮治に戻ろうとしていた。帰るんだ、分身だったとしても、その命を使い切ったなら、あるべき座に帰らなければならないのだ。瞬時に和仁はそれを悟った。


「瞳に俺は映ったかな? 永遠に俺は、和仁の瞳の中で……」


言い切ってほしかった。言い切って消えてほしかった。その翼も、その光も、その目も、暖かさも、すべて消えてしまった。そこに残ったのは、依り代だった意識のない亮治だった。
それでも、ずっとそばにいる気がした。だからこそ、亮治を見つめて、和仁はつぶやく。


「父さんに会えただけで、愛されてたってわかったよ」


そして静かに、その弾丸を握り締める。和仁の背中からは、赤と青の美しい翼が生えていた。

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