君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

死神

 場所は移り変わり、とあるマンションの屋上。そこにはまた、異質な空気が漂っていた。
 そこへ、走って向かう、二人の人物。似非悠治と、覚元日和だ。しかし、そこにはどこか、異常があった。


「ぐぅっ……やっぱり、少し失敗だったかしら。ニンジン野郎と離れすぎて、ちょっと体が保てない……」


 日和の体は、ただでさえ実体がなく透けているというのに、さらにその色を失いつつあった。


「おい、それ……どうにかならねぇのか! このままじゃお前……」
「消滅ってね……しかも、どうやら距離が離れすぎただけじゃないみたい」
「何?」


 だが、駆ける足は、その異質なマンションへとたどり着く。行きつく暇など与えない。


「それはいいわ。今はとにかく、このマンションの屋上にいると思われる「死神」を倒しましょう」
「あぁ、俺が生んだ闇は……俺が……」


 悠治はそうつぶやいて、エレベーターに乗る。今の死神は、14年前の「二上百人殺し」を模倣して、殺人を行っていた。特に、その活動が活発だったのは2年前。和仁と争っていた時である。
 しかし、どれだけ殺そうとも、二上百人殺しは越えられない。そもそも、殺した理由が違うのだから。
 それでも……死神は求め続けた。正しい死神を、あるべき執行者を。そこに、自分の意思で決めたものなどない。すべては……「父親の言うままに」
 エレベーターはゆっくりと屋上に近づく。その時、日和は悠治の耳元で囁いた。


「ちょっとの間だけでいい、あなたの体に、私は入るかしら?」
「なっ!? 何、バカなこと言ってんだよ!」
「はっ!? ちょっと、変な意味でとらえないでよ! 体が消滅するのを防ぐの! あんたは魂だから、簡単に言えば、魂の同化! べ、別に変な意味じゃないんだから!」


 お互いに赤面する。だが、悠治はそれを受け入れた。


「しっ、仕方ねぇな。わ、わかったよ」
「そ、そうね! 魂が同化するから、私の「世界」に通じる力は、今だけあなたのものよ。それで、あなたの真実を掴みなさい!」


 エレベーターのアナウンスは屋上を告げる。ドアが開き、そこには、一人の男と、見慣れた少女がいた。


「お兄ちゃん、遅かったね」


 その見慣れた笑顔で、死神は言う。悠治は下唇を噛んだ。だが、落ちついた様子で、鼻で笑い飛ばす。


「怜花の顔した死神ってか。おぉ、怖いな。まぁ、父親が鳩同士なら、お前の体とも、その魂とも、兄弟だろうよ。だが、俺の「本当の兄弟」ではねぇよ」
「ひどいなぁ。同じ人殺しなら、なおさら兄弟じゃない」
「どこがだよ、他人の体を使わなきゃ、その魂を保てないてめぇとは大違いだよ」


 悠治のその言葉に、死神の余裕をたたえた表情が、一気に曇る。


「さっさと、怜花の体から離れろ、死神。いいや「最上由紀もがみゆき」か」
「……僕は「死神」だ。もう、由紀じゃない。僕はお兄ちゃんを目指したんだ。だから僕は死神であり続けた、今日まで、ずっと!」


 その目は、次第に狂い始める、動きがガクつき、体さえもまともに動かせなくなっていく。その姿はまるで、糸が絡まったまま踊らされる、操り人形のように。


「この体だって、戦いを望んでいる。怜花は言ったんだ、戦いたいって!」
「そりゃあ、間違いだぜ、由紀。怜花だったら言うんだよ「悠治みたいになりたくない」ってさ。だから戦うんだ。お前の「死神になりたい」から戦うっていうのとは、まったく違うんだよ」


 思い起こされる、この戦いの前の記憶、喧嘩をした時の、あの記憶。


「何でもかんでも先輩に頼って、何でもかんでも傍観者で、何でもかんでも自分でやろうとしない! あんたってなんなの? 何のために魂で存在してるのよ!」


 そうだった。その通りだった。戦いから逃げた、生から逃げた、宿命から逃げた。自分が死んでまで存在する理由がわからなかった。自分の周りは、どうして自分を求めるのか。
 それは、ただ一人に辛さを背負わせないための、大人の判断であり、自分に向き合えという、神の判断であり、どんな形であれ、自分を理想とした人間の、小さな願いだった。
 でも、この戦いで、答えは得た。似非悠治がここに存在する理由が、わかったんだ。
────「世界」が告げる。自分の存在意義を。


「俺は、殺したくなくても殺してしまった。その事実から、逃げ続けた。ずっと傍観して、2年前もお前と和仁の戦いを傍観した。全部分かったうえで、手を出さなかった。最低な人間だ」
「嘘だ……悠治、その名前は確かに、この土地を治めるための名前……だからそれは、鳩のための……」
「鳩のためだ? バカみてぇだな。そんなことのために、俺は生きていくつもりなんてない。そうさ、すべてを捨てるために、すべてから逃げるために、俺は死んだんだ」


 嘘だ、嘘だ……悲しいほどに、狂ったように、怜花の形をした死神はつぶやき続ける。それを、そっと抑え込むように、隣にいた男は覆いかぶさり、ついに口を開いた。


「死神、あなたのしていることは合っているのです。あの過去の死神の言う妄言を、信じてはいけません」
「……そうだよね、死神は……僕の理想にする死神は、正義を執行したんだ。支配のための、人殺し。そうだよね、お兄ちゃんのしたことは正しいことなんだ。僕たちにとって!」


 もはやそれは、見ていて辛くなるほどの洗脳だった。最初から「最上由紀」なんていう存在はない。そこにあるのは、死神を目指す意思の塊。理想を追い求めるだけの、意思。それは、人間ではなかった。
 狂ったその笑顔を見て、男は満足そうに笑う。


「おいおい、最上純もがみじゅん。お前、それでも「父親」かよ。それが、子供にする仕打ちか?」


 平然を保とうとも、悠治の声は裏返る。その狂気の子育てに、いや、死神育成に、恐怖しか感じなかった。
 だってあれは本来は、似非悠治の歩むべき道だった。悠治は死んでそこから逃げただけ。執行者として、調教され、育成され、狂って、歪んで、人間じゃなくなる。何よりも、恐れていたものだ。人殺しの果て、人間じゃなくなることを。


「父親? 鳩は子供を残す。本来あるべき、太陽の神をこの地に帰すために。その準備をするために子を残す。それを好きに使って何が悪い。自ら直属の奴隷を作って何が悪いのです?」
「……あぁ、頭に来たぜ。てめぇが、父親を名乗る資格なんかねぇ! 今すぐそいつから離れろ! 間に合わなくても構わない。俺が由紀を救い出す!」
「逃げ続け、死を選び、存在を消したがっていたあなたが、何を成せるというのです?」


 その言葉に、答えるかのように、悠治は左手の手袋を外した。漆黒の腕が、空気を一変させ、重苦しくさせる。
────「世界」は告げる。過去のすべてを。


「俺の存在する意味。それは「世界」の修正だ。この町で起こり続ける「鳩」の事件は、すべての始まりは22年前に遡る」
「平静戦争……あの際に放たれた邪波は、我々、鳩を活性化させました。太陽の神の力しか持たなかった鳩の数名が、二神様の力を使えるようになった。それだけでない、数々の恩恵を、邪波は与えた! あぁ、なんと素晴らしき出来事!」


 純は高らかにそれをたたえた。裕悦に満ちたその顔は、ずっと狂気を感じる。


「そして、その鳩たちが起こした、鳩戦争。多くの鳩が死に、生き残ったものの多くは、自ら戦うことを諦め、代わりに子供に戦わせた。その一つとして、14年前の二上百人殺しがある。だがよ、よく考えれば、こんなにも頻繁に戦いが起こるのは、本来あり得ない」
「何を言うのです? 榊家の放つ邪波、それが元凶で間違いないでしょう」
「いいや、そこにあえて理由をつける。そこには「世界」の異常がある。「覚元和仁の誕生」だ。平静戦争は認めよう。しかし、鳩戦争が起こった大きな理由は「覚元義仁に子供が生まれるとわかったから」じゃないか?」
「何……?」


 似非家の人間、覚元家の人間、その怜花を除き、全員が知る事実。それが「鳩戦争での、覚元義仁の功績」だった。義仁は、家族を、特に今から生まれるとわかっていた、和仁を守るために、その命を懸け戦ったのだと。
 多くの悪しき鳩を殲滅し、似非大治を寸前まで追い詰め、その命を使い、能力を封じた。それにより多くの命が救われた。本来ならば、町ですら語り継がれるべき英雄。
 しかし、その英雄が、その存在を隠し続けた理由は、義仁が死んで10年後にようやくわかった。


「5年前、とある文章が見つかってな。覚元義仁の文章が見つかったんだ。部屋から、小さなメモに書かれる形でね」


 亮治は悠治に告げた。義仁の文章が見つかったと。その文章は小さなメモに書かれた、たった一文だった。


「「世界」は誕生し、あるものは修正を、あるものは観測を、あるものは終結を、あるものは守護をその使命とするだろう」


「義仁さんは、最初から知ってたんだ。覚元和仁は「世界」の大きな異常だと。今は親父、そう呼ぶが、あいつだって言ってたんじゃないか? 神は二人も存在してはならない、とかね」


 そのつぶやきを、純は思い出す。


「それを親父の「神に成り代わる」って言葉ととらえればそれまでだが、仮に親父が神に成り代わったとして、もう一人の神は誰だ」
「それが……覚元和仁だというのか!? ありえない、そんな……では重大な芽を、摘み損ねたというのか!?」
「摘み損ねたんじゃねぇ、摘ませなかったんだよ。全部わかってた義仁さんがな」


 歯をギリギリと噛みしめ、地を踏み鳴らし、頭を掻きむしり、発狂しながら、純は憤慨した。


「それでだ。俺の手は人を殺す「死の左腕」だ。しかしそれは、和仁の周辺では発動しなかった。最初は疑問には思わなかったさ。あいつの「封印」の力が働いていたならそれまでだが……もしも、それ以上に意味があったなら、どうする?」


────「世界」は告げる。悠治と和仁の、真の関係を。


「俺の存在は、和仁の歪める「世界」を正すために存在する。なぜ俺が死んでもこの通り存在しているのか、なぜ俺が死の腕を持つのか、なぜ俺は戦い続けなければいけないのか。その理由はすべて、和仁という「世界」の異常を、修正するためのもの。俺は最初から、この地を治めるためにいるんじゃねぇんだよ!」


 今よ、日和が俺の中で告げる。その瞬間、何か膨大な量のデータと、自分自身が通じる感覚を、悠治は感じた。


「来いよ、神様! 一緒にやってやろうぜ!」


 最上純のその後ろに、一人の神が降り立つ。両手にナイフを持った「世界」の一部。その神は、身近で、どこまでも人間だった。


「悠治、お前と俺の敵討ちといこう」
「あぁ、和仁。お前がいて、俺がいるんだからな!」


 左手を掲げる。まるでそれは、自分を高める呪文のように、そして、自らに決着をつけるように。


「俺は殺すことを受け入れる。俺の名は、似非悠治。覚元和仁のすべてにおける、死神だ」

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