君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

────それは、今から20年近く前。戦いの中、男たちはある契約を交わした。


「俺は、もうこの先長くない。だから、妻と娘を頼む」


 男はもう一人の男にそう伝えた。だが、その男は、素直にその願いを受け入れられれなかった。


「じゃあ、僕からも頼む」


 もう一人の男は、男の手を握り締める。


「生きろ、できるかぎり。僕は君の家族の安全を保障する。だから君は精一杯生きろ。それが、約束……いや、契約だ」


 男は静かに笑って、その手を握り返した。


「さぁ、どこまで続くか、やってみる価値はあるな」


 それから1カ月も経たない間に、その契約は破られた。男は、もう一人の男のために、命を投げ出したのだった……




────どれほどの敵を倒しただろう。どれほどの「同胞」を倒しただろう。自分の力ではないこの拳銃で、いったい何を成したのか。
 似非亮治は、呼び出した神具である「覚元義仁の拳銃」で、敵を次々と撃ち倒していた。目指すは、同胞の気配が最も強い、マンション群。あの場所に、義仁の仇がいるはずだ。
 無心で敵を倒し続けた、無心でただ進み続けた。ただ、家族を守りたくて、ただ、力になりたくて。


「義仁、お前に家族を頼むって言われたのに、僕は……」


 その記憶は残酷だった。義仁が「ある意味」死んだあと、亮治は、覚元家のサポートに全力を尽くした。義仁の妻、香乃かのをまるで、自分の妻のように接した。自分にも妻がいたが、償いのためにも、すべてをかけてく尽くした。それを自分の妻もわかってくれていた。


「なのに、日和ちゃんを守れないなんてな」


 なのに、現実は残酷だった。香乃はかつて使った神の目の代償に、体が次第に病的になっていった。その中で、日和が死んだ。それが、変えられなかった運命であることは、後に知ったが、それでも思うのだ。本当に救えなかったのか、と。


「世界なんて残酷だ」


 2年前、和仁が息子の怜治と、日和の死と死神についてを探り始めたとき、何度だって、怜治には忠告した。それでも怜治は、従兄弟である悠治の仇を取ると言って聞かなかった。そのころにはもう、それが「世界」に刻まれた運命であることは知っていた。変えられない未来だとわかっていた。
 だというのに、その結末が変わることを誰よりも望んだ。どうあがいても、変わらないというのに。
それは一種の……後悔の成れの果て。


「僕は君との約束を、何一つ守れちゃいない」


 息子が死に、和仁が日和の死や、死神の存在に気づいた頃、亮治は和仁の母、香乃のもとへと足を運んでいた。全てを謝りに来た。地獄の底まで恨んでもらって構わなかった。
2年前のあの日、最後に彼女に会ったあの日、答えは決まった。


「香乃さん……ここまでなったこと、ごめんなさい」
「あら、どのことかしら……」


 その日の香乃は、調子がいい方で、弱々しくも、話すことができていた。やせ細った腕、土色に変わった肌。昔は美しかった香乃の面影なんてどこにもない。それでも、その根本は、変わっていなかった。
 全てを話した。今まで、義仁に託されていながら、結局、日和も、あなたも、守れていないと。和仁は、日和の死を、そして、死神の考えを、すべて理解してしまったと。


「和仁は……戦うんだ。嫌でも、もはやそれが宿命さだめ。でも僕は何もできない。僕には戦う力がないんだ。あなたさえ守れない。僕なんて……」


 そんな亮治の手を、香乃はそっと握った。すべてを悟り、すべてを許し、そして癒すように。


「あなたはあなたよ。あなたが生きているだけで、義仁さんを思い出せる……そのためにあなたはいるの。代わりに頑張らなくてもいいの。戦えないなら、見守ればいいの……それが親でしょう?」


 手を撫でながら、香乃は続ける。


「私も、もう長くはないわ。それでも、あなたにお願いしたいことがあるの」
「僕はもう、契約も約束も交わさない。僕はそれを守れない……!」


 香乃は力なく、小さく微笑む。そして、告げたのだ。


 真っ暗な空のもと、並び立つマンション群へと近づいていく。その時、一番高いマンションから、誰かが落ちた。誰か、じゃない、あれ以外ない。
 すぐに、その元へと駆け寄った。そこには、なにかの衝撃を受け、体がねじ曲がり、落下した衝撃で、体中の骨が砕け、内蔵がむき出しになった、生きているとは思えない体があった。だが、その体は、周りの黒い霧を吸い込むように纏い、体を次第に治していく。
 目の前にいるのは、かつて、兄弟の契約を交わし、同じ苗字を名乗ることとなった、兄が居る。似非大治えせひろし、悠治の父親だ。どれだけ人間でなくとも、仮にも人の親だというのに、どこまでも、大治は外道だった。


「大治、何を目指す」
「ア゛アアア゛ァ……」


 この地を支配するために、まずは自らがこの土地を荒らし、何百人という人が死んだ。それができなくなれば、それを息子に無理やり継がせた。それがさらにできなくなれば、無関係な子供にそれを継がせた。何が何でも、この地を治めたかった。
 治める。その目的のために、存在する。大治、亮治、悠治、怜治、すべては、太陽の神をこの地に招き入れるための下準備、子供であれ関係ない。それが「鳩の王」そして、その家臣の使命。


「大治、何故求める」
「オアア……アァ」


 死神は、王に逆らう全ての者を抹殺するために存在した、執行者だった。初代を大治が努め、二代目を悠治、三代目を由紀という子供が継いだ。亮治から言わせてみれば、なんてひどいことをするんだ、そう思う。だが、大治には必要なことだった。太陽の神すら、越えようとしているのだから。


「大治、どこへ向かう」
「ガッ……ア……」


 次第に再生する体の中に、喰い込むように、キラリと光る何かが見えた。それが、この化物を止める抑止力。19年前、それしかできなかった義仁が下した、最善にして最悪の決断だった。
 体を変質させ、弾丸になり、それを大治の体に撃ち込むことで、力を封印した。だからこそ、彼自身が執行者となることができなくなり、急遽息子を立てることとなった。
 それが、悲しみの連鎖の元凶であることなど、分かりはしなかったのだ。
 そう、そのキラリと光る弾丸は、彼(義仁)なのだ。今でも、内部からその力を吸い取り、抑えている。


「もうやめよう、義仁。僕が全部、この身をかけて、終わらせるから」


 亮治はその弾丸に手を伸ばし、肉を引き裂き、ブチブチと音を立てながら、それを肉体からむしり取った。その途端、大治の体は急速に治癒し、完全に元の姿へともどる。白髪に、赤と青の目。神の目を無理やりねじ込んだ、王を超え、神を目指す彼。


「ほぅ、この弾丸を取ったのはお前だったか。意気地無しが、よくやったな」


 そんな言葉を、素直に喜べるはずがない。


「義仁は言っていたなぁ。お前や家族を守るために、この命を使うってさ。そうしたら弾丸になって、お前がその弾を打った。あー、あれには驚いたぜ。おかげさまで、絶不調だったさ」


 ニタニタと笑いながら不気味に嘲笑う。馬鹿にしているとしか思えない。


「義仁を、馬鹿にするなっ!」
「あぁ、そうだよなぁ。お前にはなんの力もないもんなぁ。全部全部、義仁頼みだったもんなぁ?」


 黙れ、黙れ黙れ黙れ!内心でこらえつつも、悔しさと怒りは、顔ににじみ出ていた。


「おいおい、そんなに顔歪ませなくったっていいじゃんよ。怖いなぁ、まぁ、俺にしてみりゃ、虫けらだからいいけどな」


 しかしよぉ、と言って、大治は続ける。


「お前には隠された力がある、見込みがあるって思って、兄弟の契約を交わしたが……義仁と協力するや、すぐに人間側に落ちやがって。今更俺を救って何になる?」
「それは……」


 亮治の脳裏には、2年前、最後に見た、香乃の言葉がよぎった。その日から、このときを待っていた。


「叶わなくったっていい、構わない。だけど、私、義仁さんと同じ墓に入りたい。先に、待っているから。だから……あなたは、あなたのままでいて」


 自分が自分であっていいのなら、どこまでも、あなたの願いを叶えよう。誰かの為に生きる、代わりこそが自分なのだから。


「お前を救ったんじゃない。義仁を、そして、香乃さんを救うんだ」
「今からか? 死んだ奴らに何ができる」
「死んでいないさ。僕が覚え続ける限り、その瞳に今でも、その姿が焼き付く限り、心の中、いや、瞳の中で生き続ける!」


 それが、ただの戯言、妄想であったとしても、その気持ちに、偽りなどない。力がなくても、弱くても、そんなのは関係ない。大切なのは、どれだけ、その人を思い、忘れないか。


「この身がどうなってもいい! 誰かの為に、誰かの代わりになるならば!」


 弾丸を持った右手を空に掲げる。右手は眩しいほどに白く輝き、辺りを照らす。


「お前、その右手は……まさか「せいの右腕」か! 悠治の「死の左腕」に対する神の手。まさか、こんなにも身近にあったとは!」


 目を閉じ、思い浮かべる。怜治を、怜花を、香乃を、義仁を、日和を、和仁を。全ての人のために、似非亮治(代わり身)はここに立つ。


「祖は太陽の神、我、寄り代となる身。神に通ずるものは、我に通ず。その身の封印を解き、力に身を委ねよ。鍵は解かれ、門は開いた! 天、地、かんよ、我を通し、顕現せよ!」


 その身は、最初から、触媒としてあったのかもしれない。そもそも、その存在が異質イレギュラーだったのかもしれない。それでも確かに、そこに存在した。
 今こそ、その力を解放するとき。万人の願いを、聞き届けるとき。太陽の神よりも、月の神よりも、二神様よりも、竜神様よりも、最高の神となった彼は、そこに存在する。


「ハハハッ、そうかよ。最初からお前は、鳩でも、人間でもなかったんだな。堕落したのではない、お前はただ、目的を忘れていた。お前は……」


 その言葉さえ詰まらせるほど、神々しい、赤と青の翼を生やした彼に、思わず大治は生唾を飲んだ。


「へぇ、すげぇや。これが「原初の姿」なんだな。こんなにも身近にいたなんて……願いが一瞬で叶いそうだ」


 亮治だったものは。その目を開いた。強膜だった部分は、真っ黒に染まり、瞳孔は黒く、しかし目の色は、鮮やかな赤と青をしていた。さっきまで茶色かかっていた髪の毛は美しく白く染まり、衣服もまるで、透き通る衣をまとっているかのように、美しい白銀だった。背中からは、赤と青の翼が生えている。


「寄り代には最適だな。状態も良い」


 さっきまでとは全く違う低い声で、静かにそれはつぶやく。


「へぇ、誰だよお前。亮治じゃねぇな」
「貴様が、この地の王か?」
「あぁ、そうだが……願いを聞いてくれるのか?」
「なるほどな……こちらの世界は、随分と堕落している。コスモはいったい、何をしているのだ」
「……おい、話聞いてんのか、お前!」


 大治の放った黒い波動を、一瞬にして、いとも簡単に跳ね除ける。まるでゴミを払うかのようだ。


「この地を治める王よ、今一度、貴様の力を問わせてもらうぞ。話はそれからだ」
「お前……本当に誰だ?」


 流石に、大治も不信感を募らせた。それは微動だにせず、冷静に答える。


「我は「かんの祖」この世界を作った4つの要因の一つだ」

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