ある日、5億を渡された。

ザクロ・ラスト・オデン

マリーアントワネットとマネー

────夜。そこは、廃屋。壊れているのか、音の外れたオルゴールが、不気味な音色を奏でていた。


「懐かしいだろ。このオルゴール、よく聞かせたよな」


 左耳に三つのピアスをつけた男が、堂々とボロボロのソファーに座っている。対面するのは、右耳にピアスをつけた青年。


「……その曲って……あぁ、確か体罰食らわせてくる時だっけ? あんまり覚えてねぇなぁ」
「それは俺の言いつけ……あんまり聞いてないってことか?」


 男はニヤリと笑みを浮かべる。入れ墨だらけのその顔が、気味悪く歪む。白い歯だけを見せて、目は笑っていやしない。


「まぁ、気にすんな。あいつの監視は継続、あの方の命令でもあり、お前の命令でもあるからな。そして、明の監視も続けている。だがまぁ……避けるべき相手が多すぎる」
「ほぉ、だろうな。椿に咲夜、そう簡単なやつじゃないさ」


 知ってんのかよ、と言って、青年は大きくため息をつく。見透かされていた。もしかしたら、自分の知っていることも、考えていることも、すべて見透かされているかもしれない。だがそれでも隠し通す、偽り続ける、そう誓った。


「椿はどうだ。お前の姉だぞ? 本来の後継者とやり合った感覚はどうだい?」


 変態だ……青年の顔からは、その男への軽蔑が現れていた。しかし、それに逆らうことはできない。逆らった先にあるのは、死だ。


「すっげぇ強い。無理だ……これで満足か」
「へへっ、感想としては上出来だが……泣き言は聞きたくねぇよ、死神」


 やはりそう簡単に逃げられる運命でもなさそうだ。


「殺せと言っただろう。姉であれ容赦はするな。それともまさか……傷一つ付けれなかったわけじゃないだろうな?」
「……まさか、そんなわけねぇよ」


 だが青年としては、図星だった。平然を装い、それを必死に隠す。


「じゃあ咲夜は?」
「殺し合いにすら至ってねぇよ。あいつが見事にかわすもんでな。俺に対する仕事が多すぎるんだよ、ったく────」


────その一瞬、男は青年に銃口を向けた。青年の反応が早く、その弾丸は掠めることなくかわされる。しかし、気づけなかったのなら、今頃その弾丸は、脳を直撃していた。
 男は相変わらずニヤけたままだが……目は先ほどより、殺気がこもっていた。青年もまた、同じような目で睨み返す。勝てないとわかっていても。


「何度言ったらわかるんだ……殺せ、そう言ったはずだ」
「できなかったくらいで殺すなよ……出来はどうであれ、後継者はもう俺一人だぜ?」
「いいや……そうでもない。あいつが見つかればお前も用済みだぞ」


……あいつ、そうか。その時、不気味なオルゴールは自然と音を止める。知っているみたいだ、俺たちの運命を。


「行方知れずの隠し子ね……」
「その調査もお前に依頼してたはずだが……」
「だから、仕事が多すぎるって言ってんだろ。俺一人でそんなには熟せない」
「そうか……じゃあ、一気に片付く方法、教えてやろうか。隠し子の見当はついている。後はあぶりだせるかどうかだ」


 そう言って男は、一枚の写真をちらつかせた。青年は思わず呆気に取られる。


「それが……なんだよ」
「決まってるだろ、一つずつ潰せばわかるんだよ。弱いやつから潰していけば、隠し子も、オーアの裏切り者も動き出す。お前でも無理な時は……こちらから戦闘員をいくつか派遣しよう」


────青年の心に、一つの迷いがよぎる。それでも、ただ従うのみ。
 だからこそ信じている。彼らの活躍を、自分をきっと止めてくれるって。逆らって死ぬよりも、あいつに殺されたほうが、ずっとずっと幸せだ。殺してくれ、俺を────


「さぁ、大作戦を始めよう。死神────」


────矢崎真紀を殺せ。矢崎を名乗る子供は、一人残さず────




「……で、なんでこのカフェにあんたがいるのよ。雰囲気に合わなさすぎるんだけど」
「言っただろう、監視だと」


 一方その頃……あの運命的な出会いから数日たち、気づけば望は、真希の生活に溶け込んでいた。学校以外のすべてに現れる……いわばストーカー。言うならば金持ちストーカー……それが望だ。
 いや、ストーカーで生活に溶け込んでいるほうがおかしい訳だが。それは、なんやかんや言いながらも、真希が否定していないからだろうか。


「あんた、副社長なんでしょ。仕事は?」
「姉さんに任せてきた。今の間はお前しか見ない」


 そう言って目を見開き、じっと見つめる望は、不気味である。にらめっこ大会でもしているんだろうか、その顔は大変おかしい……気づいてないだろう、本人はいたって真面目なのだから。


「その言葉、受け取りようによっては、セクハラだからね!? マジでやめてほしいんだけど!」
「お前はまず、年上の人間に敬語を使ったらどうだ! この学のない平民が!」


 また始まった……それを遠くの店から双眼鏡で眺めるのは、佐倉である。そのたびに、わざわざ監視をやめて、二人の間に割って入る。


「はいはい、お店の迷惑になるよー。坊ちゃん、姫ちゃん」
「だからその言い方やめてよ!」
「いやぁ、だってこの傲慢さ……フランスのお姫様みたいだよ。マリーアント……」
「うるさい! バカ!」


 真希はお会計を済ますと、とても不機嫌な状態でカフェを立ち去っていった。この数日で気づいたことは、なんやかんや言っても、真希はこんな二人を通報しないことと……マリーアントワネットと呼ばれることに嫌悪感を示すことだった。


「マリーアントワネットで嫌悪感を示すなら……自分の置かれている状況がわかっているはずだろう。全く……」


 つまり────豪遊の先にあるのは、破綻である。それは自らの命を奪うことに繋がっていると気づいているのなら……何故豪遊をやめない。望は理解できないまま、コーヒーをすすった。


「まぁね、マリーアントワネットの気持ち……坊ちゃんならわかるでしょ?」
「……そうだったな」


 望は佐倉の問いかけに立ち上がった。初日で、あのツインテールのお姫様の気持ちはわかっているのだ。ならば、素直になるまで近づく。そう決めたのだった。


「さて、会計を済まそう。佐倉、クレジットカードを出してくれ」


 佐倉はニヤニヤしながらカードを渡す。レジでお会計をしようとしたとき、店員は首を傾げた。


「あの……先ほどの方が払っていかれましたよ」
「なっ……!」


 望はびっくりして佐倉を見る。笑いをこらえているあたり、どうやら知っていたようだ。


「あの女……気が利くな」


……突然の出来事に、素直になれない、望であった。ならば、彼女を追いかけなければならない。少しはお礼を言わなければ。
 望はそれを、素直には言わなかった。口から出た言葉は一つ。


「格下に金を払わせるなど、僕を馬鹿にしているのか。一つ、言わねばならんな」


 それは愛情の裏返しだと気づいているのは、ずっと眺めていた、佐倉ただ一人である。佐倉はため息をついて、望の後を追った。深く理解するのは、ボディーガードだからこそ。何があってもついていくのも、ボディーガードだからこそ……いいや、それ以上に────

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