ある日、5億を渡された。

ザクロ・ラスト・オデン

理解者と守り人

「────なるほどね、やはり動き出したか」


 明の元へ戻り、あったすべてを伝える。ここには、俺と、明と、冬馬さんだけ。危険は、とりあえずはない。


「うーん、知ってはいたけど、やっぱり厄介だな。向こうにちゃんとしたボディーガードがいてよかったよ」
「……華山さんは、大丈夫なのか?」
「あぁ、問題ない。椿にお任せだよ」
「えぇっと……その……椿って人は、何者なのかな」


 俺はあの人が知りたかった。あの見覚えのある雰囲気は、どこから来るのだろう。そして、ちゃんとしたボディーガード……とは何なのか。


「それについては私が」


 そう言って、俺に少し近づいたのは、冬馬さんだった。


「あぁ、そうだね。冬馬のほうが、椿には詳しいか。出会いから話したらどう?」
「えぇっと……それは……」
「いいじゃん、話しちゃえよー!」


 冷やかす小学生のように、明は冬馬さんをそそのかす。仕方なさそうにため息をつくと、冬馬さんは語り始めた。


「大したことのない、思い出ですが────」




……16年前、とある専門学校にて。冬馬陽菜は、執事になるために、資格を取ろうとしていた。今と比べればまだ若々しく、そして、専門的な技術は備えていなかったころだ。


「ねぇねぇ、冬馬陽菜って、あんた?」


 ある日のことだ、専門学校からの帰り道。街灯一本の道で、一人の女性に声をかけられた。見た目は自分よりは若く見えるが、おそらく同年代だろう。


「えぇ……そうですが。どちら様で?」
「かしこまらなくていいよ。あたし、同じ専門学校に通ってる、華山椿。隣の席になったことなかったっけ?」


 そう言われて、授業中を思い出すが……ダメだ、真剣に勉強していたために、周りなんて見ていない。これでは視野が狭い、なんてどこかの誰かに責められてもおかしくない。


「あー、視野狭い系?」
「うぐっ……」


 見事に図星だ。私にとっては、同じことを忠告してくる人間にまた出会った、といった感じだった。こんな雰囲気のやつと、私はしばらく仲良くしていたものだ。


「で、同じことを言ってきたやつがいると……そいつも嫌なやつでしょ」
「べっ……別に!」


 嫌なやつは嫌なやつだが、彼を全否定するほどではない。嫌ではあるが、嫌いではなかった。


「あっそー、まさかそれって、初恋の人!? そうでしょ!?」
「しょっ……初対面で何なんですか! 人の過去掘り下げて……失礼でしょ!」


 思わず敬語が抜ける。それが彼女の思い通りだったのか、彼女は指を指して、お腹を抱えて笑い始めた。


「ひーっ、ひぃーっ! いやいや、どこかのおばさんかよぉ……!」
「ババアで悪かったわね、どうせあなたより年上よ!」


 もう腹を決めて言い切ってやった。そんなに彼女が私を馬鹿にするなら、とことん馬鹿にされてしまおう……だが、彼女は笑うのをやめて、にっこりとほほ笑んだ。


「なるほどね、素直でいいやつじゃん、あんた。あいつが言うだけあるわね」
「あいつ……?」
「あんたの初恋の人。あたし、あいつと知り合いなのよ」


 それは、自然と強い意味を持つ言葉だった。もしそうだというならば……彼女は……


「大丈夫、気にしないで。怖がらなくていい、あたしはすでにあいつと同じ、足を洗ったやつだからさ」


 そう言って彼女は右耳を見せてくる。そこには、確かにピアスの跡があった。もう片耳は、見たところ跡がない。


「なるほどね……あなた「オーア」のメンバーね」
「元ね。だからあいつとは、自然と顔合わせたことあるのよ。まぁ、でも、あいつが抜けてから、もう10年は立つから……繋がりは薄いわよ」


 オーア────それは巨大な犯罪組織────
 それは日本だけでなく、世界のいたるところに拠点を持つ組織。本拠地はドイツにあるらしく、オーアはドイツ語で「耳」だ。
 重要なメンバー……特に血縁者は、ピアスを交換するか、分け合うという風習を持っている。麻薬密売から、殺し屋、悪のすべてを成すのが、そのオーアという組織だ。
 私も、いろいろと訳があり、そのオーアのメンバーに命を狙われたことがあった。今でも、その命は危険に晒されつつある。だから、何かとその組織には詳しくなってしまった。


「まさかあなた……日本支部の、トップ?」
「そうね、ピアスっていうのは結構重要な人物がつけてるからね。その通り、あたしは日本支部の支部長の娘よ。トップは降りてきたわ、やめよ、やめ。あんな血みどろの世界、好きじゃないわ。やり方も、家族の在り方もね」
「……何かあったの? 彼も、同じようなこと言ってたから」


 その時、10年前の記憶が蘇る。あの運命の日────彼と初めて会った日のことを。


「俺は家族なんか嫌いだ。母親はみんな違うし、何かあったら殺すんだ。俺は……そんなやつにはなりたくない」


────家族殺しを、いや、特に人殺しそのものを嫌った、彼のことを。


「まぁね、血縁者を殺すってことになりそうだったから、抜けてきたの。だって、腹違いでも弟よ? そんなの、殺せるわけないじゃない」
「そうね……人殺しの世界に、どうこう言うべきじゃないけど……きっとそのやり方は違うと思うわ」


 私が口にすると、さっきまで暗かった顔は、少し明るくなる。そして、私の隣にやってきて、一緒に歩き始めた。


「よかった、あんたは……本当にいい理解者よ。あいつが……だけはあるわね」


────あっ……一番聞き逃してはいけないところが、小さすぎて聞こえなかった。


「えぇっと……そこだけもう一回……」
「え? 内緒よ!」
「ちょ……ちょっと待ちなさいよ! 大人を馬鹿にするのもいい加減にしなさい!」
「えへへー、あたしとずっと友達だったら、いつか話してあげるわよ」
「いるから! ずっと友達だから! 今教えなさいよーっ!!」




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