ある日、5億を渡された。

ザクロ・ラスト・オデン

チャプター・ハーフタイム2

────目が覚めたときは、どこか見慣れない天井があった。気が付いて跳ね起きると、そこはいつもいる明の部屋だった。周りには、明と望さん、そして冬馬さんと佐倉さんがいた。
 しかも、どうやら場の空気からして、深刻だ。なんだろう、俺はあのお酒を飲んでから意識がないし……まさか俺、やっちゃった!?


「気が付いたかい、進くん。冬馬に頼んで、ここまで運んできたんだ」
「えっ! あっ……あれから何日たった!?」
「気にしないでほしい、たった5時間だよ。今は夜中の1時だ。そんなことよりも、重大なことが起きた」


 たった5時間……その間に起こった、重大なこと?


「進くん、僕らが過去について調べ始めたことが、早速外部に漏れたらしい。今ここにいるメンバーは、外部との繋がりがないことが証明されたメンバーだ」
「つまり、信頼できる……と」
「そういうことだ。飲み込みが早くて助かるよ」


 そう考えると、なんだか佐倉さんは怪しい気がするが……明が言うなら大丈夫なんだろう。
……って、ちょっと待ってくれ。優斗は、母さんは、真希はどうなるんだ!? 信頼できないメンバーなのか?


「あぁ、旦那、そう焦るな。どうせあの坊主と、妹さんとお母さんだろ? 今、確認を取っている。直に疑いは晴れるから安心しな」
「そ……そうですか。よかったです、ありがとうございます、佐倉さん」


 いいのいいの、と言いながら笑う佐倉さんは、どこか胡散臭い。だが、明が言うなら信じよう。二度目だが、自分に言い聞かせるんだ。
 そして、自分というものを現在に戻すんだ。現在、この場を張り詰めるほどの緊張感の正体……なんだか、自分でもわかる気がした。自分をまた、責めたくなる。そんな気がした。


「いいかい、進くん。今から言うことがどれだけ辛くても、取り乱してはいけない。絶対に、進くんのせいじゃないんだから」
「あぁ、わかった」


 明に言われ、覚悟を決める。明は俺の心の準備を、待ってくれたかのようだった。


「落ち着いてよく聞くんだ────金城さんが何者かに殺された。僕たちが注意しなくちゃいけないのは、その何者かだ。下手に動けば、自分の身が危ない。わかったね、今は他者より自分だ」


 あぁ、やっぱりか。やっぱり俺が関係しているんだ。でも、それで俺は迷ってはいけない。俺には、明という最大の道しるべがある。それ見える限り、俺は自分自身を保つんだ。
────どんなことがあっても、自分は自分だ。そして、戦うべき相手は、自分だ。俺は明の嫌いな俺にはならない。それがまだわからなくても、こんなことでは見失えない!


「そうだね……辛いけど……俺は俺にできることをやるよ、明」
「やっぱりね、そういってくれてうれしいよ。マジですって目をしてる。早速だが、進くんには行く場所がある」
「……それは?」
「今は、自分を守ることを優先させたほうがいい。そのためにも、華山はなやま家を訪ねるんだ。その家ならきっと、お母さんも、真希ちゃんも守ってくれるよ」


 華山────聞いたことのない苗字だ。それもそうだろう。俺に今、必要なのは、自分を守ること。そして、少しでも記憶のかけらを思い出すことらしい────


 俺は今、きっと、大きな折り返し地点にいるんじゃないだろうか。何かはわからない。でもそれはきっと、俺の人生に重大なこと────




……その数時間前、とある病室に、一人の女性が入院していた。そこへ、別の女性が、お見舞いにやってくる。


「身の回りの世話をしに来ました、菊花きっか様」
「あぁ……椿つばきね。忙しいのに、来てもらってしまって、悪いわね」
「いえいえ、彼女……冬馬の頼みでもありますので」


 椿、と言われた女性は、身の回りの世話をする。それは少し前までは、矢崎進がやっていたことだ。今は、冬馬が忙しいときは、この椿という女性が訪れることになっている。それを、当の矢崎進は知らない。


「進は、元気でやっているのかしら。社長代行……楽しんでいるといいんだけど」
「冬馬が言うには、才能を開花させているとのことです。ご安心ください」


 着替えを畳みながら、椿は答える。その動作は、彼以上に手慣れているともいえる。


「菊花様、一応お耳に入れておきたいことが」
「あら、椿。いつも以上に突然ね」


 服をすぐ近くに置いてでも、突然話を切り替える椿に、女性は笑っていた。


「相変わらず、焦ってうっかりするのね」


 そういうと、近くに置いた服は、ボロボロと床に落ちていった。椿はびっくりしながら、慌てて服を拾う。


「もっ……! 申し訳ございません、菊花様!」
「いいえ、気にしないで。突然話したい何かがあったのでしょう?」


 椿は落ち着いて服を籠の中にしまうと、呼吸を整え、話を始めた。


「つい先ほどの話です。あの金城様がお亡くなりになられました────」
「────えーっと……そういう話は、一番最初にするべきではないかしら……?」
「もっ……申し訳ございません! ついうっかりと!」


 しかし、事は深刻だ。こちら側としては、彼が殺されるということは、ある別のことを意味していた。


「そうね、彼が殺されたということ……それは、完全に「過去の口止め」かしら」
「えぇ、そう簡単に、進様に過去を知ってほしくないようで……皆様厳重に守られています」
「やっぱり……こちらも、言われたとおりね。黙っていれば、命は助ける……」


 菊花は思い出していた。ずっと昔に、あの人が言ったその言葉を。その言いつけを守り、進には過去を教えないでいた。娘の真希には、違う過去を教えた。そうだ、真実は────守られ続けていた。


「でも、黙っているわけにはいかない。そういって、しゃべるわけにはいかない。彼は、しゃべったからこそ、消されたのよね」
「おそらく金城様のことですから、すべてを知っているわけではないでしょう。だから、黙っていれば命を助ける、とは言われていなかった。ですが、今回の件で、進様が疑問を持たれたのは事実です」


 そう、自分の命が惜しくても、そろそろ真実を、矢崎進に告げなければならない。これはもう、隠しきれない問題となっている。


「彼女が手を出さなければ……こんなことにはならなかった。でも、彼女にはきっと理由があるのよね。自らの命を懸けてでも、進を近づけることに、大きな理由が────」


 菊花は枕の下にしまっていた、古びた写真を見つめ、そして、静かに抱きしめた。


「菊花様、菊花様と真希様の命は、この私、椿が保証させていただきます。なお、真希様に関しては、影山望様直々に、保護をするとのことです」
「えぇ、頼んだわ、椿。でも、あなたの体は一つなんだから、無理はしないのよ。あなたの本当の使命、忘れてないでしょうね?」
「はい、もちろんですとも!」


 椿は胸を張り、自信満々に答える。


華山銀行頭取はなやまぎんこうとうどり華山葉はなやまようにお仕えする、秘書。それがわたくし華山椿はなやまつばきですから!」


 もちろん、華山家も動き出していた。進の知らない、水面下で────



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