ある日、5億を渡された。

ザクロ・ラスト・オデン

器と欲2

……あれから、優斗と楽しくしゃべって、一緒に炭酸ジュースを買って飲んで、平凡な別れ方をした。優斗には本当に感謝している。それが口に出せる日は、いつになるだろうか。昔から優斗の存在には、助けられ続けている。彼は、人としての器はでかいんじゃないかな。


「仲良くしてくれたのは、お前くらいだよ、優斗」


 一人、サイダーを飲みながら、家への道を歩く。一日ぶりに帰る家。俺がいない間、真希はいったいどうしていただろうか。学校も、家の家事も、俺がすべてやっていたからな。
 仮にも妹だ。どれだけ嫌われようと、一応血のつながった妹だ。心配はするし、一日帰らなかったことに罪悪感も感じる。そして、ずっと帰りたくないという、逃げたい気持ちも渦巻いている。


「まぁ、でも、ケリはつけなきゃな」


 明に言われた課題もまだだし、勇気を持って家に帰ろう。そして観察だ、冷静に、人間を、心を、観察するんだ。そして考えろ、自分に足りないものを。
────日はとっくに沈んだ。鈍い蛍光灯の明のもと、ボロボロのアパートの鍵を開け、ゆっくりとドアを開ける。家の中はシンと静まり返っていて、真っ暗だ。


「た……ただいま」


 まずは電気だ。この部屋を明るくしないと、どうなってるかなんてわからない。恐る恐る、スイッチを押した。
……目の前に広がったのは、散らかり放題の部屋。冷蔵庫を漁ったような跡があり、床には調味料などが散 乱していた。脱ぎっぱなしの制服、部屋着もあちらこちらに投げられたようだった。
惨劇、でも起こったか。それくらいの衝撃を与えてくる。
……これがもし、数日帰るのが遅くなっていたらどうなっていただろう。異臭を放ち、もっとひどいことになっていたことが想像できる。


「ま……真希?」


 ゴトゴトと、奥の部屋から音がする。真希はいるようだ。いったい、どうしてこんなことになったのか?
 台所を通り抜け、真っ暗な奥の部屋に向かい、電気をつけようと、コードに手を伸ばす。
────その時、後ろに寒気を感じ、すぐさま振り返り、距離を取った。
 台所の明に照らされ、ツインテールのその姿が影の形で見える。髪はボサボサ、昨日から何も手を加えていない、といったところだろう。そして手には……包丁。


「遅かったね、お兄ちゃん。ずっとずっと、待ってたんだよ」


 これは────殺意だ。間違いなく、俺は死ぬ。


「私、お兄ちゃんがいないと生きていけないの。ずっとずっと待ってたのに、あのまま帰ってこなかったじゃない!」


 まさか……あの後、校門の前でずっと俺を待ってたっていうのか!? 俺があの時とった行動は、間違いだったのか?
 選択肢一つ間違うだけで死ぬとか、どこのノベルゲームだよ! 人生はゲームか、この二日間は怒涛の二日間だ。俺は誰よりもヤバイ人生を走ってる!


「に……逃げたらダメなのか。怖かったら……お前が怖かったから逃げたんだ、ダメなのか!?」
「ダメに決まってるじゃない! お兄ちゃんは、私のために働き続ければいいの……それがお兄ちゃんができる、唯一の罪の償いよ、この人殺し!」


 振りかざされた包丁をすぐさまよける。一瞬のスキをついて、まず電気をつけた。顔は青白く、目の下にはクマのある真希の顔がよく見える。
……寝なかったんだ。俺が帰ってくるまでずっと。ごめんな、真希。俺は、やっぱり逃げちゃダメなんだ。俺は兄として、妹を守らなきゃダメだったんだ


「悪かったよ、真希。これは俺が償うべき罪だ」


 内心は全くわかってない。むしろ記憶喪失に心当たりなどあるはずもないので、とりあえずそう言っておく。とりあえずジャケットの中のポッケを探る。今出すべきは……ここしかない! お金の力に何とかしてもらおう、ドラマみたいに!


「言うこと聞かないお兄ちゃんは、殺してやるっ!」


……包丁と、俺の腕が交差する。ポケットから出した俺の腕が長いか、真希の腕を含めた包丁が長いか。
────俺の腕はきっと届く。俺の思いは届くか────


「これはその賠償金だ、好きなだけ使っていい!」


 胸に突き付けたもの。それは、今日貰った札束だ。真希は何が起こったのか理解できずとも、その胸元の札束にゆっくりと手を伸ばし、受け取る。
 一歩の俺は、心臓がバクバクと音を立てていた。それもそうだ、真希の包丁はもう一センチといったところで、俺に届きそうだった。一センチだ、たったそれだけの腕の長さが、俺の運命を分けた。
 あぶねぇ、死ぬ。これは死ぬ。


「これは……お兄ちゃんの5億の一部?」
「いいや、今日のバイト代だ。俺には余るもんで、好きに使えばいい。昨日のことはそれで許してくれ。今からでもご飯は作るし、今からでも……」


 俺が言い切る前に、真希はすぐさま簡単な服に着替え始める。ツインテールをほどいて、髪の毛をとかし、100万円をバッグに詰めて、まるでさっきまでのことがなかったかのように、出て行ってしまった。


「お……おい、俺は……」


 殺人未遂罪で訴えようかとも思った、が、急展開に何とか頭を追いつかせる。とりあえず、真希は金に満足して家を出ていった。そういったものだと思えばいい。


「だがまぁ、うまくはいったわけか」


 お金を渡して、真希に満足してもらう、殺意を抑えてもらう。これらに至っては成功だ。できればそのまま、お金の使い方を見ることができれば……とまで思っていたが、ここまで行くとは。
 時間はただいま夜の7時を回ったところ。高校生一人を出すには危険だ。ならば、人間観察もかねて、真希を追いかけよう。いわばストーカーのようなものだが。


「なんか突然始まったけど、やるしかねぇ、人間観察!」


 靴を急いで履いて、俺は去っていった真希を追いかけ始めた……

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