ある日、5億を渡された。

ザクロ・ラスト・オデン

俺と彼女のプロローグ2

「うんうん、そのマジですって顔が見たかったんだ。さっきまで苦い顔か、気が抜けた顔しかしなかったからさぁ」


 少女のはじけるような笑顔に、さっきまでの緊張感は飛ぶ。思わず、口元が緩んだ。


「えっ……あぁ、そうか?」
「じゃ、早速、このスマホのロック、君の指紋に変えちゃおう! 通帳の暗証番号とか教えるから忘れないでね」


 急に話が進む。少女はスマホを、彼女の指紋で開くと、早速設定をいじり始めた。


「えっ……本当にお前のスマホなの?」
「そうだよ、僕の趣味用のスマホ」


 なんだか、俺はとんでもない勘違いをしている気がするので、一応聞いておこう。


「……5億ってのは、親にもらったお小遣い? それとも当たった宝くじ?」
「いいや、僕のお金だよ?」


 ん? ちょっと待て、5億のスマホがこの少女のもので、5億のお金はそもそも彼女のもの。どこから盗んできたわけでも降ってきたわけでもなく、彼女自身のお金。


「じゃあ、見ず知らずの人間に、お金を貸すってこと!?」
「んー、僕からしたら見ず知らずじゃないんだけどなー」


 そういうと、持っていたポシェットの中から、カード入れを取り出す。そして2枚のカードを俺の前に突き出した。1枚は健康保険証。名前には「影山明」と書かれている。もう一枚は、社員証だ。だが金色の、明らかにVIPといった感じのカード。


「影山グループ……代表取締役社長……?」
「そう、同じ23歳で社長、影山明かげやまあかりとは僕のことだよー! 例えば、君の働くファミレスも、スーパーも、全部影山商事の子会社!」
「えええええええええっ!!!」
「君は何回か転職している。その転職先のほとんどがなんと影山グループだったのだー! だから、働きぶりは僕のもとにもちゃんと届いてたよ。だから僕は、ずっと君を見てたんだ」
「ぁ……ええええええええっ!!!」


 待ってくれ、驚きが多すぎる。そもそも俺より年下に見えるこの少女が同級生、そして若くして代表取締役社長。そしてなんと、俺の働いてきた転職先ほとんどが影山グループ! そうだった、今思えばそうだ。
 次のバイト先を見つけるとき、店長が「あの店グループ店だし、受かるんじゃない?」とか言ってた。経済ニュースとかでも、大体俺の働いてる店って取り上げられてた。グループ会社で業績上がってるって!
 俺この人のもとでずっと働いてたんだわ! うあああ、なんか恥ずかしい、申し訳ねぇ社長!


「生意気な口きいてすんませんでした社長!」


 地面に頭が突き刺さるほどの勢いで土下座をする。砂利だらけの顔で見上げた社長は、全く不機嫌そうな顔をしておらず、むしろ腹を抱えてげらげら笑っていた。


「そんなぁーあははははっ! 別にこんなカード印籠でもないって、ご老公じゃないんだからさぁ」
「で、でも、俺すごく失礼な……」
「同い年なんだし、対等に話そうよ。矢崎進くんであってるよね。進くんって呼んでいい? 明ちゃんって呼んでほしいからさ」
「アカリ……チャン……?」


 呼べるかよ! しかし状況を一回整理しよう。同い年にして、俺のバイト先の社長、影山明が、ちゃんづけで呼んでほしいだけでなく、5億貸してくれる。俺にとってはメリットありまくりだが、彼女にメリットなんかあるのか? 社員に勝手に金を使われるんだぞ?
 5億貰うのは信じよう。だが、こんなうまい話あるわけないし、もしかして、テレビか何かの企画か? ドッキリのような……


「ねぇ、進くん。いろいろと考えてるなぁっていうのは、顔に出てるよ」
「え?」
「だって、ずっと下唇の端っこ噛んでるもん。癖だよね」


 そういえば、そうだったかなぁ。自分でも知らなかった癖だ。確かに唇を触ってみると、噛んだ後があった。俺の考えは、彼女には筒抜けなのかな。


「考えてるみたいだから言うけど、これはドッキリでもないし、社員サービスでもない。僕は君にお金をあげたくてあげたんだ」
「……でも、あなたに、メリットあるんですか?」
「はいはい、敬語使わない! メリットはあるよ」


 彼女は怪しく目を細め、ニヤリと笑う。彼女の言葉に、俺は思わず唾をのんだ。


「いつかは君に、僕のすべてを預けたいと思ってるんだ。僕には大きなメリットだよ」


 それは俺にとって、大きなデメリットな気がする。だが、人生が少しでも変わるなら、それに一つ賭けてみよう。
 それが投資か、ギャンブルか、まだわからない。

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