光の幻想録
#45 変獄異変 23.
 ──データ閲覧。
 file1.
 ────より世界に秘匿されるべき存在、物質『闇』の提供を得た、これを画期的に活用すべく別世界より来訪した異邦人『小鳥遊楽』を検体としクローン実験を行う事とする。そのように親父から命令が下った。警戒度の高い異邦人を速やかに連行し実験体とする、実験施設は────地下。実験担当は俺、藤淵閃が。そして見守るのは親父と────。
 これよりクローン体=異邦人を開始する。
 悪性『リリス』を会得している奴は危険な存在である、聖人以上に人間から掛け離れているその存在は伝説上のものだとされていた。しかし現実にそれは目の前で藤淵閃が獲得している。
 聖人の力を獲得して尚勝てない理由がそこにある、奴は既に人間としての最低限の尊厳さえも売り払ったのだ。つまりそれは──モルモット。
「処分されてくれや藤淵!」
 藤淵の笑いと響く声、それに共鳴し空間が震え上がらせる。時空震と呼ばれるその現象は空間が波のようにたゆたい空間の波に体が触れるとその内部から崩壊する。言うなれば臓器を破壊する爆弾みたいなものだと。
 奴は笑い声を上げるだけで時空震を起こすまでに『リリス』と同調している。今すぐにでも殺さないと『中身』が飛び出てくる……。
「闇色──」
 闇に染まる細剣に青白く光燃え盛る炎がまとわりつく、曰くそれは地獄の炎の具現化とも。曰くそれは天界の聖なる炎の具現化とも。否、それはどちらでも無くあらゆるものを焼き尽くす煉獄である。
「──焼き尽くす“煉獄”」
 空間が安定しない藤淵の辺りへと煉獄の炎が着弾しそこから藤淵へと燃え広がる。空間の波が振動し炎は予期せぬ方向へと拡散して行く、風も無ければ気温さえも平気的な天界では炎が燃え広がる事は決して無い。
 肝心の藤淵は着衣が全て燃え消えたこと以外は意味が無かったようで、未だにドス黒い笑い声を上げながら空間を振動させている。
 あの笑いが消えた時が本当の地獄がこの世界に降り掛かるのは間違いない、今戦えるのは本当に俺だけなのか?他の奴らは何をしている──。
「闇色──」
 如何に悪性でその命が生かされていようと脳への通路が遮断されれば、どのような生命であろうと絶命する。それは自然界の理だ。
 煉獄を纏った細剣は青白く光輝く冷酷な水へ浸されていく、曰くそれは冥界に流れる三途の川の水とも。曰くそれは天界に流れる聖水の如き神聖な水とも。否それはどちらでも無くあらゆるものを拒絶する零水である。
「拒絶“零水”」
 この水は拒絶と名の付く通り指定した物質以外のあらゆる物質を寄せ付けない特異な能力を秘めている、大地はもちろん人間の皮膚すら拒絶し融解させるそれは正しく『零』に至らしめる拒絶の最奥。
 その水を刀身に纏わせ藤淵の首元へと右腕で振り抜く、剣先に乗っかる重みをそのまま勢い任せに切り抜き重みが解けると同時に分厚い本でも落としたかのような重さのものがその場に落下する。
「ハハァアハァハアハハハ──ッッ!!!」
 本来拒絶なる零水を纏った剣が皮膚に接触した段階でその人間はこの世から完全に解脱する、完全なる無へと至る筈なのだ。だがどうしたことか此奴はその水を纏った一撃を首元から受けたにも関わらず拒絶されず、また……首だけになろうと未だに邪悪な笑みを浮かべながら笑い声を上げている。
「俺が言うのもなんだが、趣味が悪ぃと思うぞ藤淵」
 そのまま転がる球体を右足で振り抜き踏み潰した。
 嫌な感覚と音が未だに耳を裂くが仕事のミスだとでも考えておくとする、実際もっと早くに離脱出来てりゃ良かったが東風谷の巫女はそれどころじゃ無かったそうだしな。
 ……そもそも拒絶が効かなかったのは悪性『ルキフグス』の影響を受けていたからか?悪性が他の悪性の影響を受けるなんざ聞いた事ねぇが説明がつく。だとすれば──、
「残業だな藤淵」
 震動する空間、時空震の数倍にも匹敵するその震動は人間であれば即死は間逃れぬ程の臓器破壊を齎すもの。だと言うのにそこに居る楽や姉ちゃんには影響がまるで無さそうだ。俺たち以外に手を貸す奴はやはり居るようだ。
「──────」
 流石に見間違いかと我が目を疑った。
 暗雲立ち込める天界の空間が突如として真っ赤に染まりあがったのだ。その瞬間に再び暗黒に戻ったかと思うと更に再び真っ赤に染まる、その繰り返しが起こったのだ。そして、『暗雲』自体が動き始めた。
「いや……恐れ入ったよお前の執念には、これがお前の悪性なんだな藤淵。全くその醜悪な姿お似合いじゃないか」
 天界全てを包み込んだ正体不明の暗雲、それは世界と一体化しつつある赤黒く染まった三つ目を持った『獄獣』。しかもそれから藤淵の気配を感じ取る事が出来る。
 
 ──あぁ参ったな、こいつは本当に不味い……。
 今から挑むのは正真正銘『世界』そのもの、一個人が相手にしてどうにかなるような相手では無い。少なくとも聖人としての力が打開に必要なんだ、しかもそれが今は重症を負っている楽にある。流石にこれは詰みか?
「んな場所で獣性は解放したくねぇしな、さっさとそいつを叩き起してくれよ姉ちゃん」
 暗雲から1度距離を取るために大きく跳び上がる、これぁ直径5000Mくらいあるんじゃねえのか……?天界と地上って確かその位離れていた気がするんだが……。
 こんなデカブツ相手に効きそうな武器は、無えな。ともかく片っ端から武具をぶつけて様子を見るしか無さそうだ。
「闇色──」
 再度纏う煉獄の炎、青白く輝き世界を照らすそれは天界の伝わる神聖な炎そのものだと、その一瞬の間は事実としてその場に残っていただろう。
 
「──焼き尽くす“煉獄”」
 三つ目の1つ目掛け細剣の全力投擲、煉獄の炎をその刀身に宿した闇色の剣は青白い炎をドス黒く染まった漆黒の炎へと切り替えながら獄獣の1つの目玉へと刺し込まれる。
 ……まあ効果があるはずも無く、刺せたのは血管1本くらいか?的がデカいとやりにくくなるのは面倒な事この上ない。
 ここでまた獣性を放てば以前の殺戮がまた始まってしまうかもしれない、仮にこいつを倒すまでの獣性を解放した時、俺はもう人間では無くなる。
 どうにかして藤淵の人間部分を攻撃出来りゃ良いんだが、この図体から探すのはほぼほぼ無理な話だ。本格的に参ったなこりゃあ……。
 いっその事、閻魔に何とかして貰うのがこの世界の為だと思うが。
「『リリス』、その悪性は『不安定』。藤淵、お前にゃ『アスモデウス』か『ベルフェゴール』辺りがお似合いだと思うがな」
 獄獣が動く、世界は悲鳴で揺れ動く。その暗雲1つが動き出すだけで世界は崩壊への道を突き進む。右から来る直径数キロ以上にも及ぶ超極太の腕の薙ぎ払い、加えて左からも同じもんが来てやがる……。
 楽ならこの状況でも能力を使って何とか出来るかもしれねぇが、俺にはそんな大層なもんは持ち合わせてない。あるのはそうさなあ、『闇』を使える事くらいだろう。
 そんな強いもんじゃない、使い手次第で強くなるとかそういうもんも確認されてない未知数の能力だ。発現する人間自体が珍しい様だしな、都市上層部も確認しきれていないという話だ。
 ──まあだろうな、という話になる。都市では俺や類似した能力者は自身の能力の一切を秘匿する知恵を持った人間たちしかいない、それは例外なく誰もが秘匿する。何故かと問われればこう答える。
 『使えば自分が自分で失くなるかもしれないからと』。
 だから上層部に知られる訳には行かない。そうなれば俺たちはただのモルモットだ、死ぬまで能力開発を礎を築く為に利用されるだけ。
 ──ちぃと力入れてくか。
「暗黒物質」
 体内を循環する血液に『地球上に存在しているだろうと云われる物質を加える』。未知の元素の効力により、俺の姿は変貌を遂げていく。
 髪は白く染まり目は充血から紅に染まり、人間としての限界を卓越する。それが俺の暗黒物質、『回帰』すれば更なる獣性も加えられるだろうが、そこから先は暗く泣きそうになるくらいの暗黒でしかないのだ。
「は……ハハハッッ──!!!」
 眼前にまで来たる世界破壊の圧。それを細剣の縦薙一閃で部分的に人が通れる程の空間を作り上げる。巨獣の腕を斬り潰す勢いで何度も何度も何度もその腕を斬り殺す。でなければ俺が死ぬ。その両腕の圧迫で人の形を保てなくなる。
「……ァァァァ──ッッ!!!!」
 一体いつほどの時間それを斬り捌いただろうか。巨獣の腕を通過した俺の目の前にあったのは何も無い完全なる『無』。
「……ハ…………?」
 手に握っていた細剣も無ければ能力も途切れている。後ろを見返しても巨獣の腕は無かった。
 再度辺りを確認するが本当に何も無い完全なる暗黒空間、目が慣れて視界が良くなることも無ければ、足が浮いているのか着いているのかさえ分からない『不安定』な世界。
「──ゾロアスター!」
 その声は姉ちゃんのものだ。すぐさま声へと振り返ると、同時に姉ちゃんは俺の胸へと寄りかかってくる。
 ──それは姉ちゃんであって姉ちゃんではない、『姉ちゃんの顔を取り付けた獄獣』だった。
「────」
 何の冗談だ……と、姉ちゃんのその顔は惨たらしく歪んで脳裏に焼き付き視界から消えることは無い、それから目を離すことは出来なかった。きっとこの顔は痛々しく蹂躙され惨殺され……ッ…………。
 落ち着け……この訳の分からねえ空間で精神を動揺させるのはある意味死を意味する……落ち着け……。
「──ゾロアスター!」
 獄獣の腕から更に生えて来る頭部、その顔は同じく姉ちゃんのものでそこからまた声が──。
「──ゾロアスター!」
「──ゾロアスター!」
「──ゾロアスター!」
「──ゾロアスター!」
 俺を呼ぶその声は姉ちゃんのものだ。歪んだ死に顔で俺の名を呼ぶそれはその時に助けて欲しかった者の名前を呼んでいるんじゃねえかと……。
「──ゾロアスター!」
 既に獄獣の形は消失し、あるのは闇色海色という少女の頭部のみで形成された生命体。地獄の獣『獄獣』、その名の通りの生命体だ。その者にとって1番の地獄を与える、それがその者への罰となり贖罪となる。
「はァ……はァ…………はァ……!」
 精神が崩れ掛けている。あと何か一手畳み掛けられるだけで心が死んで同時に体は死滅する。どうにかしようにも心が体に追い付いていなかった。
「──ゾロアスター?ちょっとゾロアスター!」
 腕を捕まれ揺らされる感覚からようやく正気に戻った。思考もクリアになり何とか心は窮地を乗り切ったと言えた。
「──ねえ……大丈夫……?今にも死にそうな顔してるけど……」
「あ……あぁ……大丈夫だよ姉ちゃん……何か夢見てたみたいでよ……」
 この風景は“隔絶海洋都市”、その中央街の学園が多く設立された学生エリア。青空が晴れ渡り子供たちが設立された噴水付近で鬼ごっこをしてのどかな一時が繰り広げられている。
「──よォゾロアスター!海色!」
 更なる声に振り返るとそれは俺と全く同じ顔をしている人物、茶髪で色素の薄い黒目を持つ都市トップの能力者。確か名前は──あぁ、小鳥遊楽と言ったか。俺らは友達だったよな。
「──おはよう楽、今日も元気そうね」
「あぁおはよう楽、その子は?」
 楽の後ろに顔を出して隠れている子が居るのに気が付いた。何処かで見た事があるような顔立ちと風貌何だがイマイチピンと来ない。
「──そう言えば紹介してなかったよな、ほら自己紹介出来るだろ?」
「──────────────。」
 まるでノイズが走ったかのようにその声だけ上手く聞き取ることが出来なかった。
「──本人なの?凄いじゃない楽、こんな子と知り合いなんて」
「──成り行きでちょっとな、──────────も────────。」
「──そうなの…………?────────????──」
 ノイズが更に酷くなっていく、もう海色と楽の声は何一つ聞き取れない。俺の口も俺のものじゃないかのように動かず目線1つすら動かせない。いや、その場に固定されているのだ。
 紅の瞳がじっと俺を見つめる。楽の後ろからようやく姿を現したその子は俺に聞き取れる声で間違いなくそう俺に向けて告げた。
「あなた、ここの人じゃないね」
「ゾロアスター!!!」
 必死に叫ぶその声は本物だとすぐに分かった。
 いいや、声以前の問題か。本物じゃなきゃこんな泣かねえよな姉ちゃん。
「悪夢を見た気分だよ姉ちゃん……。あまりに酷い夢だった。本当に……」
 姉ちゃんは答えない。その泣き崩れた顔をもう俺に見せまいと俺の胸に顔を当てている。嗚咽も聞こえてきてるから関係ないと思うがなあ姉ちゃん……。
「夢宮の能力だゾロアスター、獄獣なんて居ないし藤淵の首を切り落としてなんかいない。あいつはまだ居る」
 それは小鳥遊楽。片腕と両足が液体化し腹部にもそれらしい液体が浸透している。もうそれは人間の姿と言って良いものかすら怪しい恐ろしい姿をしていた。
「いい加減この腐れ縁も断ち切らないといけない、分かってるなゾロアスター」
「……さっさと行きやがれ………妹を救いに……」
 言い残し気絶したゾロアスターを見守っている海色は俺に視線を移して深く頷く。任せろと。
「いい加減飽き飽きして来てんだよ藤淵……そろそろ決着付けようぜ──ッ!!」
 file1.
 ────より世界に秘匿されるべき存在、物質『闇』の提供を得た、これを画期的に活用すべく別世界より来訪した異邦人『小鳥遊楽』を検体としクローン実験を行う事とする。そのように親父から命令が下った。警戒度の高い異邦人を速やかに連行し実験体とする、実験施設は────地下。実験担当は俺、藤淵閃が。そして見守るのは親父と────。
 これよりクローン体=異邦人を開始する。
 悪性『リリス』を会得している奴は危険な存在である、聖人以上に人間から掛け離れているその存在は伝説上のものだとされていた。しかし現実にそれは目の前で藤淵閃が獲得している。
 聖人の力を獲得して尚勝てない理由がそこにある、奴は既に人間としての最低限の尊厳さえも売り払ったのだ。つまりそれは──モルモット。
「処分されてくれや藤淵!」
 藤淵の笑いと響く声、それに共鳴し空間が震え上がらせる。時空震と呼ばれるその現象は空間が波のようにたゆたい空間の波に体が触れるとその内部から崩壊する。言うなれば臓器を破壊する爆弾みたいなものだと。
 奴は笑い声を上げるだけで時空震を起こすまでに『リリス』と同調している。今すぐにでも殺さないと『中身』が飛び出てくる……。
「闇色──」
 闇に染まる細剣に青白く光燃え盛る炎がまとわりつく、曰くそれは地獄の炎の具現化とも。曰くそれは天界の聖なる炎の具現化とも。否、それはどちらでも無くあらゆるものを焼き尽くす煉獄である。
「──焼き尽くす“煉獄”」
 空間が安定しない藤淵の辺りへと煉獄の炎が着弾しそこから藤淵へと燃え広がる。空間の波が振動し炎は予期せぬ方向へと拡散して行く、風も無ければ気温さえも平気的な天界では炎が燃え広がる事は決して無い。
 肝心の藤淵は着衣が全て燃え消えたこと以外は意味が無かったようで、未だにドス黒い笑い声を上げながら空間を振動させている。
 あの笑いが消えた時が本当の地獄がこの世界に降り掛かるのは間違いない、今戦えるのは本当に俺だけなのか?他の奴らは何をしている──。
「闇色──」
 如何に悪性でその命が生かされていようと脳への通路が遮断されれば、どのような生命であろうと絶命する。それは自然界の理だ。
 煉獄を纏った細剣は青白く光輝く冷酷な水へ浸されていく、曰くそれは冥界に流れる三途の川の水とも。曰くそれは天界に流れる聖水の如き神聖な水とも。否それはどちらでも無くあらゆるものを拒絶する零水である。
「拒絶“零水”」
 この水は拒絶と名の付く通り指定した物質以外のあらゆる物質を寄せ付けない特異な能力を秘めている、大地はもちろん人間の皮膚すら拒絶し融解させるそれは正しく『零』に至らしめる拒絶の最奥。
 その水を刀身に纏わせ藤淵の首元へと右腕で振り抜く、剣先に乗っかる重みをそのまま勢い任せに切り抜き重みが解けると同時に分厚い本でも落としたかのような重さのものがその場に落下する。
「ハハァアハァハアハハハ──ッッ!!!」
 本来拒絶なる零水を纏った剣が皮膚に接触した段階でその人間はこの世から完全に解脱する、完全なる無へと至る筈なのだ。だがどうしたことか此奴はその水を纏った一撃を首元から受けたにも関わらず拒絶されず、また……首だけになろうと未だに邪悪な笑みを浮かべながら笑い声を上げている。
「俺が言うのもなんだが、趣味が悪ぃと思うぞ藤淵」
 そのまま転がる球体を右足で振り抜き踏み潰した。
 嫌な感覚と音が未だに耳を裂くが仕事のミスだとでも考えておくとする、実際もっと早くに離脱出来てりゃ良かったが東風谷の巫女はそれどころじゃ無かったそうだしな。
 ……そもそも拒絶が効かなかったのは悪性『ルキフグス』の影響を受けていたからか?悪性が他の悪性の影響を受けるなんざ聞いた事ねぇが説明がつく。だとすれば──、
「残業だな藤淵」
 震動する空間、時空震の数倍にも匹敵するその震動は人間であれば即死は間逃れぬ程の臓器破壊を齎すもの。だと言うのにそこに居る楽や姉ちゃんには影響がまるで無さそうだ。俺たち以外に手を貸す奴はやはり居るようだ。
「──────」
 流石に見間違いかと我が目を疑った。
 暗雲立ち込める天界の空間が突如として真っ赤に染まりあがったのだ。その瞬間に再び暗黒に戻ったかと思うと更に再び真っ赤に染まる、その繰り返しが起こったのだ。そして、『暗雲』自体が動き始めた。
「いや……恐れ入ったよお前の執念には、これがお前の悪性なんだな藤淵。全くその醜悪な姿お似合いじゃないか」
 天界全てを包み込んだ正体不明の暗雲、それは世界と一体化しつつある赤黒く染まった三つ目を持った『獄獣』。しかもそれから藤淵の気配を感じ取る事が出来る。
 
 ──あぁ参ったな、こいつは本当に不味い……。
 今から挑むのは正真正銘『世界』そのもの、一個人が相手にしてどうにかなるような相手では無い。少なくとも聖人としての力が打開に必要なんだ、しかもそれが今は重症を負っている楽にある。流石にこれは詰みか?
「んな場所で獣性は解放したくねぇしな、さっさとそいつを叩き起してくれよ姉ちゃん」
 暗雲から1度距離を取るために大きく跳び上がる、これぁ直径5000Mくらいあるんじゃねえのか……?天界と地上って確かその位離れていた気がするんだが……。
 こんなデカブツ相手に効きそうな武器は、無えな。ともかく片っ端から武具をぶつけて様子を見るしか無さそうだ。
「闇色──」
 再度纏う煉獄の炎、青白く輝き世界を照らすそれは天界の伝わる神聖な炎そのものだと、その一瞬の間は事実としてその場に残っていただろう。
 
「──焼き尽くす“煉獄”」
 三つ目の1つ目掛け細剣の全力投擲、煉獄の炎をその刀身に宿した闇色の剣は青白い炎をドス黒く染まった漆黒の炎へと切り替えながら獄獣の1つの目玉へと刺し込まれる。
 ……まあ効果があるはずも無く、刺せたのは血管1本くらいか?的がデカいとやりにくくなるのは面倒な事この上ない。
 ここでまた獣性を放てば以前の殺戮がまた始まってしまうかもしれない、仮にこいつを倒すまでの獣性を解放した時、俺はもう人間では無くなる。
 どうにかして藤淵の人間部分を攻撃出来りゃ良いんだが、この図体から探すのはほぼほぼ無理な話だ。本格的に参ったなこりゃあ……。
 いっその事、閻魔に何とかして貰うのがこの世界の為だと思うが。
「『リリス』、その悪性は『不安定』。藤淵、お前にゃ『アスモデウス』か『ベルフェゴール』辺りがお似合いだと思うがな」
 獄獣が動く、世界は悲鳴で揺れ動く。その暗雲1つが動き出すだけで世界は崩壊への道を突き進む。右から来る直径数キロ以上にも及ぶ超極太の腕の薙ぎ払い、加えて左からも同じもんが来てやがる……。
 楽ならこの状況でも能力を使って何とか出来るかもしれねぇが、俺にはそんな大層なもんは持ち合わせてない。あるのはそうさなあ、『闇』を使える事くらいだろう。
 そんな強いもんじゃない、使い手次第で強くなるとかそういうもんも確認されてない未知数の能力だ。発現する人間自体が珍しい様だしな、都市上層部も確認しきれていないという話だ。
 ──まあだろうな、という話になる。都市では俺や類似した能力者は自身の能力の一切を秘匿する知恵を持った人間たちしかいない、それは例外なく誰もが秘匿する。何故かと問われればこう答える。
 『使えば自分が自分で失くなるかもしれないからと』。
 だから上層部に知られる訳には行かない。そうなれば俺たちはただのモルモットだ、死ぬまで能力開発を礎を築く為に利用されるだけ。
 ──ちぃと力入れてくか。
「暗黒物質」
 体内を循環する血液に『地球上に存在しているだろうと云われる物質を加える』。未知の元素の効力により、俺の姿は変貌を遂げていく。
 髪は白く染まり目は充血から紅に染まり、人間としての限界を卓越する。それが俺の暗黒物質、『回帰』すれば更なる獣性も加えられるだろうが、そこから先は暗く泣きそうになるくらいの暗黒でしかないのだ。
「は……ハハハッッ──!!!」
 眼前にまで来たる世界破壊の圧。それを細剣の縦薙一閃で部分的に人が通れる程の空間を作り上げる。巨獣の腕を斬り潰す勢いで何度も何度も何度もその腕を斬り殺す。でなければ俺が死ぬ。その両腕の圧迫で人の形を保てなくなる。
「……ァァァァ──ッッ!!!!」
 一体いつほどの時間それを斬り捌いただろうか。巨獣の腕を通過した俺の目の前にあったのは何も無い完全なる『無』。
「……ハ…………?」
 手に握っていた細剣も無ければ能力も途切れている。後ろを見返しても巨獣の腕は無かった。
 再度辺りを確認するが本当に何も無い完全なる暗黒空間、目が慣れて視界が良くなることも無ければ、足が浮いているのか着いているのかさえ分からない『不安定』な世界。
「──ゾロアスター!」
 その声は姉ちゃんのものだ。すぐさま声へと振り返ると、同時に姉ちゃんは俺の胸へと寄りかかってくる。
 ──それは姉ちゃんであって姉ちゃんではない、『姉ちゃんの顔を取り付けた獄獣』だった。
「────」
 何の冗談だ……と、姉ちゃんのその顔は惨たらしく歪んで脳裏に焼き付き視界から消えることは無い、それから目を離すことは出来なかった。きっとこの顔は痛々しく蹂躙され惨殺され……ッ…………。
 落ち着け……この訳の分からねえ空間で精神を動揺させるのはある意味死を意味する……落ち着け……。
「──ゾロアスター!」
 獄獣の腕から更に生えて来る頭部、その顔は同じく姉ちゃんのものでそこからまた声が──。
「──ゾロアスター!」
「──ゾロアスター!」
「──ゾロアスター!」
「──ゾロアスター!」
 俺を呼ぶその声は姉ちゃんのものだ。歪んだ死に顔で俺の名を呼ぶそれはその時に助けて欲しかった者の名前を呼んでいるんじゃねえかと……。
「──ゾロアスター!」
 既に獄獣の形は消失し、あるのは闇色海色という少女の頭部のみで形成された生命体。地獄の獣『獄獣』、その名の通りの生命体だ。その者にとって1番の地獄を与える、それがその者への罰となり贖罪となる。
「はァ……はァ…………はァ……!」
 精神が崩れ掛けている。あと何か一手畳み掛けられるだけで心が死んで同時に体は死滅する。どうにかしようにも心が体に追い付いていなかった。
「──ゾロアスター?ちょっとゾロアスター!」
 腕を捕まれ揺らされる感覚からようやく正気に戻った。思考もクリアになり何とか心は窮地を乗り切ったと言えた。
「──ねえ……大丈夫……?今にも死にそうな顔してるけど……」
「あ……あぁ……大丈夫だよ姉ちゃん……何か夢見てたみたいでよ……」
 この風景は“隔絶海洋都市”、その中央街の学園が多く設立された学生エリア。青空が晴れ渡り子供たちが設立された噴水付近で鬼ごっこをしてのどかな一時が繰り広げられている。
「──よォゾロアスター!海色!」
 更なる声に振り返るとそれは俺と全く同じ顔をしている人物、茶髪で色素の薄い黒目を持つ都市トップの能力者。確か名前は──あぁ、小鳥遊楽と言ったか。俺らは友達だったよな。
「──おはよう楽、今日も元気そうね」
「あぁおはよう楽、その子は?」
 楽の後ろに顔を出して隠れている子が居るのに気が付いた。何処かで見た事があるような顔立ちと風貌何だがイマイチピンと来ない。
「──そう言えば紹介してなかったよな、ほら自己紹介出来るだろ?」
「──────────────。」
 まるでノイズが走ったかのようにその声だけ上手く聞き取ることが出来なかった。
「──本人なの?凄いじゃない楽、こんな子と知り合いなんて」
「──成り行きでちょっとな、──────────も────────。」
「──そうなの…………?────────????──」
 ノイズが更に酷くなっていく、もう海色と楽の声は何一つ聞き取れない。俺の口も俺のものじゃないかのように動かず目線1つすら動かせない。いや、その場に固定されているのだ。
 紅の瞳がじっと俺を見つめる。楽の後ろからようやく姿を現したその子は俺に聞き取れる声で間違いなくそう俺に向けて告げた。
「あなた、ここの人じゃないね」
「ゾロアスター!!!」
 必死に叫ぶその声は本物だとすぐに分かった。
 いいや、声以前の問題か。本物じゃなきゃこんな泣かねえよな姉ちゃん。
「悪夢を見た気分だよ姉ちゃん……。あまりに酷い夢だった。本当に……」
 姉ちゃんは答えない。その泣き崩れた顔をもう俺に見せまいと俺の胸に顔を当てている。嗚咽も聞こえてきてるから関係ないと思うがなあ姉ちゃん……。
「夢宮の能力だゾロアスター、獄獣なんて居ないし藤淵の首を切り落としてなんかいない。あいつはまだ居る」
 それは小鳥遊楽。片腕と両足が液体化し腹部にもそれらしい液体が浸透している。もうそれは人間の姿と言って良いものかすら怪しい恐ろしい姿をしていた。
「いい加減この腐れ縁も断ち切らないといけない、分かってるなゾロアスター」
「……さっさと行きやがれ………妹を救いに……」
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