光の幻想録

ホルス

#43 変獄異変 21.

 ──翔ぶ。
 空を駆け抜ける力。能力とは違った別世界の人に秘められた力。俺はそのあらゆる異能の力を自身の力として使用する事が出来る。

 ──それが複製能力、ボローアビリティ。

 意識を宙に向けただひたすらに上昇する、高度が上がるにつれ空気中の酸素の濃度は低下し息苦しさが身を蝕む。
 禍々しく渦巻く宙の門は依然として獄獣を排出し、黒く分厚い雲が太陽光を遮断し地上は既に暗黒と化している。
 その中でもハッキリと赤く染った獄獣が蠢いているのが視認できる。もうこの世界に残された生存者は極僅か、残された人命と世界を救うなんて大それた事は言えないかもしれない。
 ただハッキリとしている事は、藤淵……奴をこの手で倒す。元凶が死ねば異変が治まるのはこの世界の道理だと云う。
 
 藤淵が向かった黒雲の先へと突き進む。生暖かな不気味な感触が肌に触れ嫌な気分だ。
 その感触が晴れ雲を突き抜けたその先──

 それは天界と呼ばれるような幻想的な風景だった。
 黒雲だった突き抜けた雲は白く輝き、瓦礫のような地面が大地を形成し建造物が数箇所に点在している。
 建造物は1個のあまりもなく全てが外国にある典型的な神殿のような形を取っており、神聖な雰囲気を感じられる。
 突き付けられる太陽光が神殿を照らし、正しく神の住まうような場では無いかと──。

「ついてきたな、楽ぅ」

 声は更に上空──。藤淵は滞空し見下ろしている。
 藤淵の背後には今見ていた神殿より更に巨大な神殿が上空に点在し、巨大な岩の上にそれは乗っていたのだ。
 あんなものどんな強力な能力があろうと不可能だ……現実に起きているその現象に脳が理解していなかった。

「もう逃げやあしねぇよ。ここでてめぇを殺す、ゾロアスターもてめぇから引き摺り出す。内蔵をぶちまける事になるがぁ……まあ生き返れるしよ、上手く使ってやンよ」

「──────」

 奴はこの場で決着をつけるつもりだ。
 体内貯蔵は半分を切って手は震え足もガタがき始めている。体のあちこちが悲鳴をあげ今にも意識を止め体の自然治癒をフルに活かそうと脳が呼び掛けている。
 ふらつく体を踏み込んだ足で支える。
 闇色の剣を右手に持ちながら殺意を込め、目の前の敵へと剣先を向ける。

「ここで必ず終わらせてやる藤淵。ひなを救うのにお前の存在は邪魔だ」

 藤淵は不自然な時に笑う癖がある。その笑いもただの笑いでは無い。相手を見下し人権を踏みにじろうとる独裁者の笑みに他ならない。
 歯を剥き出しにして笑みを浮かべる奴は、心の底から俺を蹂躙したいのだろう。

「──ああ。あァ楽……楽……楽、楽。楽ゥゥ!!!!それでこそお前だ!それでこそゾロアスターの依代として相応しい!!!」

 その言葉の終わりが開戦の始まり──。
 瓦礫という地を蹴り飛ばす。聖人の力を獲得したその脚力は瞬間にして藤淵の滞空する高度にまで到達し、その剣先を白衣に向ける。
 その寸前に剣先は透明な障壁か何かによってその場で金属音を鳴らして停止する。

「アイリスの能力だな藤淵……!!」

「そんな名だったか?歳取ると忘れっぽくて適わねェ……なァ!!」

 すかさず蹴り。藤淵のその一撃をすかさず剣の刃で受け止めきるが、あまりの威力にそのまま勢い任せて瓦礫の大地に激突する。
 軽く散布する砂煙を横薙で一蹴すると、その時には既に目の前にまで藤淵の攻撃は来ていた。

「複製能力:アイリス・ウィンチェスター!!」

 剣で捌き切るにはとてつもなく大量な獄獣の群れが目の前にまでに迫っていたのだ。自身の目の前に3重にまで重ねた透明の障壁を展開し、ミサイルの如き威力を誇る突撃を必死に耐え抜く。
 一撃でもこいつらから受ければもれなく同類になる、それだけは絶対に避けなくてはならない。

闇薙やみなぎ──ッ!!」

 闇色の剣に聖人の力を移し替え、自身の力の4割を加え込んだ神聖な一撃。聖人としての本来の力であらゆる邪悪とこの世ならざる怪異を根絶させる。
 闇色の細く薄い刃が剣より形を持って射出され、次第に光り輝く刃へと切り替わりつつ目の前の獄獣の群れを両断する。
 ゴロゴロと落ちる獄獣の上半身と下半身、その断面図からは人間のものと同じ臓器が埋め込まれているようだった。

「世界に誇る聖人の力だなァ楽ぅ……。さぞ気持ちが良いだろォ?」

「海色から借りてる力だ!これが無きゃお前にも負けるだろうよ」

「武を弁えてるようでその実、以前から何度か借りたことがあるよなァ?聖人の力は世界の宝だ、易々と譲渡したり扱えるもンじゃァねェ」

「はッ──!てめぇに教えて何になる!!」

 ──複製能力:霧雨魔理沙。

 2度目の飛翔。地を大きく蹴り飛ばし敵前方に大小様々な星々の群れ──流星群を形成する。太陽光に当てられた星々は1つ1つが凄まじい熱量を内包しており、一撃でも貰えば大抵の人間はその場で蒸発するか融解する。

 ──複製能力:霧島楓。

 星々はアイリスの能力である『障壁』によって大抵は阻られていく、だが幾ら強い能力であろうとチョーカーから発せられる電磁波はあまりにも微弱なものだ。オリジナルであるアイリスの持つ最強の盾までは使用出来まい。
 ──音を立て崩れて行く透明な障壁群。
 響く金属音と共にガラスが割れていく様な崩れた音が辺りに響き渡る、同時に火の玉流星群と化した星々の群れが藤淵へと迫っていく。
 ……途端、藤淵の背後から強烈な冷気が吹き荒れた。一瞬にして空気中の水分さえ凍り始めたその温度は絶対零度──燃え盛る星々はその場で凍てつき重力に任せて地上の幻想へ落下して行く。
 強烈な冷気は星々を通り越して俺にまで易々と到達した。俺は複製能力で同時に2つの能力は扱えない、霧雨魔理沙の力使用しながらアイリスの持つ障壁を張り巡らせる事は出来ないのだ。
 故に冷気は俺の左横を掠める形で通過し、空気を通して俺の左腕を完全に凍死させた。

「ぁ──ぐ……ッ……ぁあッッ──!!!」

 痛みに悶えながら体から瓦礫の大地に着地した。足から着地出来ればそりゃ良かったが、防衛本能に近い動作が混じったお陰で体に大きく衝撃が走る。
 その衝撃は聖人の力を身に秘めていても中々に堪えるもので、氷漬けにされた左腕は衝撃の影響で氷が砕け、左腕はそのまま氷の中に閉ざされたまま俺の体から離別した。

「良い出来だ。良い叫びだ。お前の苦痛の声を聞けばゾロアスターが表面に浮上して来るってもンだ。──だが……あァ……まだ足りねェか」

 つまらなそうに呟く藤淵。それは俺が痛みに耐えながら殺意を込めた目線を向け直したからに他ならない。
 運良く出血だけは氷によって防がれている、痛みに耐えながらであれば問題無く戦闘は続行出来そうだ。

「1つ、1つだけ聞かせろ藤淵!ゾロアスターを今更になって狙う理由は何だ!!今更になってゾロアスターの力が欲しくなったか!?」

 痛みに顔を歪めながらもこれだけは聞いておかなければならない事だった。
 俺の中には藤淵の手によって別人格の俺が形を持って潜んでいる、その名を大悪魔の名を冠する曰く付きの名──ゾロアスター。
 獣としての獣性と戦闘本能を剥き出しにしたような性格だと認識している、少なくとも敵であろうと味方であろうと近くに居たものは無事で済むことは無い。

「ゾロアスターの力なンぞに興味はねェよ。親父が連れて来いって言うもンだからよォ……俺としちゃァやりたかァねェンだが、『至』として認めてくれるっつンなら話は別でな。──まァ、さっさと抉り出されてくれや楽ゥ」

 藤淵の肩から突然生え出したのは直径3mはあろうかと云う赤黒く染まった巨大な腕、あろう事かソレは遠く離れた俺を正確に狙いすまし伸び切ってきたのだ。
 地を蹴り即座にその場から離脱する、ほんの1秒未満の間に居たその瓦礫の大地に1m程の大穴が空いていた。
 ──手はすかさず俺を狙う。
 更に1歩リズムを刻む様に地を蹴りステップしながら後退して行く。2度目の怪腕の攻撃はまたも地を蹴った大地に大穴を開き、まるで目でもあるかのように巨大な掌を此方に向け再度迫り来る。
 2度目の着地、ソレは後退するものでなく前身するもの。右腕だけでこの闇色の剣を震えるか難しいところだが、楓の能力を身に付けている状態であれば──!!

 ──取った。
 その怪腕の手首を闇色の剣で切り落とす。確かにその怪腕からは感触があった、実体があるのだと。
 だが完全に切り落とす前に目の前から怪腕は突如として姿を消し──

「──ッ!!!」

 消えたはずの怪腕があった場所から人間が耐えれず絶命する程の衝撃波が身を襲った。大きく数十mにも渡り吹き飛ばされる自分の体、意識は辛うじてあるが流れに身を任せる他することが無い。
 身は何処かの大地へと大きく損傷しながら着地した。運良く削れた大地が小さな大地として形成し直され、人1人がその場に立てるほどの極小の大地があったようだ。

「ぅ……ぐっ……」

 重たい首を上げ肉体の損傷を確認する。胸には大穴が開き左腕の氷は今の衝撃で砕け散れ多量出血、右腕も今にもちぎれ掛かっている。脚にも感覚は無いし、そもそも脳はこれ以上動くなと警告している。
 だけどまあ……託されたからにはやり遂げなくては行けない。俺の目的はあくまでもただ1つ、ひなを助け出すまでは絶対に死ねない──。
 剣を地面に突き刺し重たい体を剣に預けながらようやく立ち上がる、よく見れば胸は肋骨まで砕けそこから心臓が見えている。
 酷い状態だ。人間とはここまで損傷していても動けるもんだったか……。

「藤淵──」

 ──不味い。視界がボヤけて来ている。思考も正常ではない、肉体への信号は途絶しかけ脳が今すぐにでもシャットダウンしようとしている。
 それは俺が許さない、今ここで死ねばひなが、世界が、俺に託した人間たちが、死んで行ったもの達が報われない──

「もう良いよ、楽」

 ──────────?

「よく頑張ったね、後はお姉ちゃんが引き受ける」

 ──ついに幻聴までも聞こえ始めたかと呆れ返しながらも、その声に体は従うしか無く、

 ──俺の体はその場で倒れた。

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