光の幻想録

ホルス

#37 変獄異変 15.

「──魔理沙さん……!!」
 私を突き飛ばした小さくも勇敢な女の子は、その瞬間に数多の獄獣に突き刺された。
 四季映姫、小野塚小町、彼女ら2人と共に霊夢が居そうな神社へと向かう最中に、歪な何かを感じとった私はその場所へと向かった。
 それが運の尽き……そこにあったのは獄獣が変質した完全なる化物。
 3m程の長身をした人間と同じような形で、頭部のみが5つの細かく細い線に分かれ、その1つ1つの先に巨大な目が備わっていた。
 私をその5つの目で視認した直後、腹部から新たな獄獣を産み出し声にならない声をあげ襲い掛かってきた。
 それからは小鈴を連れて逃げるので必死だった、薄暗い森の中を疾走して付いてくる“目”を八卦炉で焼き払いまた逃げる、その繰り返しをしている最中に私たちの体力は尽きた。
 ぜーぜーと息をあげている時、私は後ろから迫っていた目に不意を突かれた。
 ──手を挙げて作戦に乗ったのだってそうだ、私は負い目を感じている、小鈴の父親を自身の手で殺して小鈴を守ると誓ったにも関わらず……それを果たすことも無く挙句の果てには小鈴に守られたのだから。
 だから今度こそ──、なんて言わない。
 私は意志を継がなければならない、このクソッタレな異変の元凶をぶっ潰して早苗に懇願して奇跡を起こしてもらうしかと、私はそれに縋る時でしか正気でいられない。

 館から離れて数分が経過している、館周辺に聳える森林を抜けた先の湖に差し掛かる辺りまで引き付けているが、あまり多いとは感じられない。
 実際この数全てを相手にするとなると間違いなく私の完敗だ、だとしてもこの数は些か首を傾げざるを得ない。
 館に張り付いていた大抵の獄獣は私に付いて来ている筈だ、だがどうしてか森林内の獄獣が私に反応を示さない。
 意思が無いかのようにゆっくりと歩き続け木にぶつかってはまた立ち上がりぶつかるを繰り返している、命令をくだされていない機械のような動きに不気味さが際立って見える。
 とはいえ後ろに引っ付いてくる獄獣の処理から始めて行かねば追い付かれそうだ。
「──スペルカード」
 ……まずは数を減らす。
「ブレイジングスター!!」
 奇跡の名は“彗星”、あらゆる障害を一撃の如し速度で粉砕し何人たりとて阻むことの許されない戦車へと自身を昇華させる。
 跨る箒の尾から青白の炎が吹き荒れ速度の上昇を促す、辺りの木々や追跡していた獄獣諸共の全てを巻き込み突き進むそれは、正に夜空に羽ばたき流れるが如く“彗星”と言えよう。
 火力は高い、事実無敵であり使用中の制限といえば一切曲がる事が出来ない程度の凄まじいものだ。
 ……最初からそれを使えば作戦なんてものは関係なく、また小鈴も守れていたのではないのかと、事実私とてそう思う。
 ──要は使い所の問題だった。
 スペルカードってのはそうポンポンと使える代物じゃない、自身の霊力……まあこの幻想郷に蔓延る粒子みたいな物を体内に蓄積させ、それを消費する事で使用する事が出来るもんなんだが、体内の蓄積量に限界がある。
 大きなスペルカードを使えばその分消費も激しく、威力の低いスペルカードは消費がそんなに無い、霊力が尽きれば意識がまず保たない。
 八卦炉から放つことが出来る“恋”の奇跡『マスタースパーク』なんかは中程度の消費量で使用が可能だ、だが今回使用した“彗星”の奇跡『ブレイジングスター』は体内のほぼ全ての霊力を使い果たしての使用になる。
 ──だからこのスペルであらかた片付けて後は死ぬ気で逃げ続ける……最悪気合いで何とかする、霧雨魔理沙らしい素晴らしい戦法だろ。
「はぁ……ッ……はぁ……ッ……」
 スペルカードの効力が切れた直後に途切れ途切れの呼吸に切り替わる、上手く酸素を吸い込めない、肺が痛いし視界が暗くぼやけて来ている。
 まあでも大抵の獄獣は消し飛ばしてぶっ潰せた、追いかけて来ている獄獣も残り僅かで霊力の残りカスを箒の速度に回してなるべく時間を稼ぐ。
 アイツらが次の作戦に移れるように私が切り抜ける、私が切り開く、例え私の命が絶たれようとも……小鈴の意志を継いだ私には異変を解決に導くという使命のもとに気力を振り絞る。
 未だにふらつき箒から落下しそうになるが踏ん張りを付けて持ち堪える、追跡して来る獄獣はほんの数体……行けるか……。
「────ッッ行け!!!!」
 熱く滾る懐の八卦炉を再び取り出し扉を焼き払った光の光線を弾き出す、耳を裂く重音と共に3匹全ての獄獣を巻き込んだ光の光線は産まれ出た星々を吸い込みながら電源を切るかのように突然と消失する。
 それは霧雨魔理沙という“ただの人間”の限界が来たということを意味し、
「──────」
 ──落ちる彗星。
 キラキラと、まるで流れ星の如く暗く沈んだ世界にゆっくりと堕ちていく光があった。
 その一瞬という煌めきをまだ生存している者たち全てがそれを見届け、本作戦の第2段階への移行が確定された。


 ──痛みを感じて感覚を向ける。
 キーンという耳鳴りが邪魔をしている……忌々しい獄獣が近くで笑っていると理解した。
 いや、既に私はもう襲われているのか。
 暗く沈んでいく、目を開けようにも何も視えないし光も既に感じない、両腕も動かしたいのは山々だが既に神経はその先に繋がってはいない。
 足はどうか?当たり前だがそんなものは存在していない、完全に四肢が絶たれている。
 更に意識が沈んでいく、アハハと誰かカが笑ウ。
 このこエは聞いたことガある、確か…………………………だれだろう……。
「──魔理沙、起きてくれ……頼む……」
 男のこエ、ヤサしいこエ、あたたかい。
 そしてとてもおいしそう。
 ゆっくりとあるはずのない四肢を用いて体を起こし、暗く淀んだ視界に映る暖かな根源目指して口を進める。
 ──その先の意識は一瞬で絶たれた。


 ──同時刻同場所
 深々とフードを被り顔を隠すように居た者は、一体の化物を仕留めた。
 一切の苦しみも与えない慈悲深い光の一撃は暖かな温もりを抱いたまま意識を閉じることが出来るだろうかと、彼の者はゆっくりと立ち上がる。
 もう少し早く来れていれば彼女は助かっただろうか、だがそれは彼女の決意を無駄にするものだと分かっていた……俺は億劫だ、だから今出てきた。
 誰にも見られることなく誰にも認知される事もなく、そのように“能力”を使って来た。
 長年酷使したチョーカーの主電源にも問題は発生していない、もう少し傍観を続けても良さそうだ。
「──本当に行くの……?」
 ……またこの女か、そう思わせたのはこの世界で唯一俺の存在を確認した正真正銘の“神”そのもの、言わば神体。
 こんなガキでも神は神、到底俺に勝ちの目は振り向かない、だが……。
「止める気が無いなら話掛けてくるな、前にもそう忠告した筈だ」
「──でも貴方に聞かなきゃいけない、天の席に座る者なら地上の均等を護る事も有り得るのかもしれない、でもそんな素振りを私は一切感じない。貴方は何をしようと……」
「興味が沸いたそれだけだ、何度も言うがその顔で俺に話掛けるのは最後にしてくれ」
 そう言って彼は何処かへと光を纏って消えていく。
 違う、貴方はきっと“私”を救いに行くんだよね……如何なる世界であろうと貴方という人物は私を救いに行こうとしている、まるで呪いが連鎖するが如く。
 
 ──世界が違えば、また住む人間も違う。
 ──住む人間が違うのなら、それは世界が違う。
 あらゆる時間軸においても“全く同じ人間が存在する”という事は世界線の崩壊、次元の破壊が意味される。
 そう……本来において1つの人物が存在すべきは1つの世界のみ、“1つの世界に2人の同一人物が居てはならない“。
「どうか死なないで────」

 ──光。

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