光の幻想録

ホルス

#33 変獄異変 11.

 ビリッと痺れるような感覚を経てスっと瞼が開く。
 開いた先にはどこかで見た事あるような顔つきの女の子が居るがイマイチ思い出せないのはなんでだろうな。
 そんなくだらない事を考えている間に周りからゾロゾロと俺を見つめる顔が溢れ始めあまりの視線の多さに思わず重たい身体を持ち上げてしまう。

「えーっと……」

 痛む頭を手で抑えながら状況を整理しようとするが痛みによって思考は拒絶される。
 
「残痛有りと……まぁ意識昏睡から目を覚まさせてやっただけでも褒めてよね。って事で久しぶりね楽」

 誰だと口を動かそうにも今度は腕や足の筋肉が次々に破壊されていくかのような激痛が襲い掛かり声にならない声をあげながらもがき苦しんでいく。
 だがそれも一瞬の事で痛みを通り越した先に待っていたのは快復した身体だった。

「荒治療だけど私の電撃ならどんな細胞でも活性化させる事が出来るの。って事で楽は快復させたわ、これで私があの藤淵って奴と敵対してるって証明にはなったわよね?」

「まぁ認めざるを得ないでしょ、とにかく今は光に状況を説明するのが先よ。光、最後に覚えてることを教えて頂戴」

 覚えてる事と言われても……確か……。
 ──藤淵と戦っている最中に……。

「……藤淵と戦っている時に意識が切り替わった。それ以降はあんまり……」

「そう……光、貴方が意識を失ってから数日経ってるのが現状よ。異変はまだ続いてる、もう殆どの生き物が獄獣へと姿を変えて生き残っているのは紅魔館に行き着いた私たちと少数の力の無い者と人間だけ」

 異変はまだ続いてる、そう話を聞いてやけに部屋の中が薄暗い事に気がついた俺は恐る恐ると窓へと視界を移した事を深く後悔した。
 
 ──絶望的な光景だった。

 ステンドグラスに張り付いていたのは苦悶の表情を浮かべた顔を幾つも取り付けた化物が何十何百、何千と張り付いて口元だけ笑みを浮かべて見つめていたのだ。

「防護札を貼り付けて頑固にしてあるから突入される心配は無いわ、レミリアの能力のお陰でもあるんだけどね。話の続きだけど異変の元凶たる外の世界の人間藤淵は紫曰く、幻想の崩壊を目論んでいるそうよ。その為にこんな異変まで起こしてくれちゃったらたまったもんじゃないけど……とにかく解決するには藤淵本人を叩く必要があるわ」

「博麗、生き残ってる力のある者は本当にこれだけなのか……」

「────えぇ……」

 この部屋に居るのは、博麗、霧雨、ピンク髪の少女、紅霧異変の元凶レミリア・ツェペシュのみ……。
 海色……海色の姿が何処にも……無かった。

「力の無い者の中に海色が居るから安心して頂戴、ただ酷い深手を負っているから見ない方が良いわ……」

「意識があるなら海色に合わせてくれ……話しておかなくちゃならない事があるんだ……!」

 無理に立ち上がろうとすると足下の皮膚がずるりと全て剥げ落ちて赤い肉質までもが視認出来るほど血が吹き出始める。
 不思議な事に痛みが無いのが救いなのだろうか、無理に動けば完治に近い状態とはいえこうなるのだろうか……。

「動かないで楽、私の電撃を浴びていると皮膚がただれる状態になるのは知ってるでしょ。今だけは安静にして欲しい」

 さっきからこいつは何なんだ。
 本来の俺の名を知りあたかも知り合いのように接するこの少女は……。

「この世界で俺は博雨光って名前です。なるべくその名前で呼ぶのはやめて欲しい、えっと……」

 状況を察した博麗が小耳を刺すように少女へと耳元で説明してくれたのだろう。
 俺の事情を理解してくれた様にホッと溜息をつくと、少女はベッドに腰掛け俺の頬を手の甲でさすってきた。

「……私は猫矢こっこ、こうして初めましてするのも2回目なんだけどね。そしてゾロアスターの方も初めましてなのかな?君は“内側”に潜んでいれば記憶操作系の攻撃は受けない筈だけど」

「い、いやの記憶はある筈です。彼から海色の事を聞いて詳細を知れたんだ……。そもそも何であいつの事を貴方が知ってるんです──」

「はぁ……楽、敬語は気持ち悪いからやめて。記憶が無いにしても今の貴方が私を初めて見た人間だったとしても、私は貴方の事を覚えているしそれなりにつるんでいたんだから。だからさ、気軽にこっこって呼んで」

 そう少女からお願いされてしまった。
 何だかここに来てから似たような事をお願いされたような過去を思い出して少しクスッと笑みが零れた。
 俺は“当然のように”少女の頭に手を乗せ軽く撫でてやる、身体がそれを覚えているように一切抵抗が無かった。
 少女も少女で気持ち良さそうに目を細め猫のようにゴロゴロと音を出して……いや、聞き間違いだと思う。

「イチャイチャも良いけどまずは状況整理をして貴方に現状を伝えるわ……ってほらいつまでやってんの」

 別にイチャイチャしてた訳では無いと声を出そうにも絶対に信じて貰えそうにないので何も言わずにいようと思う。
 少女には悪いが猫とじゃれあってるような感覚があって非常に心地良かっただけだ。

「まずは異変がどこまで侵攻しているか、猫矢こっこが介してしまい藤淵が開けた地獄の門は以前解放されてあるわ。獄獣も幻想中の隅々に至るまでの生物を作り替えて妖怪も、神も、ヒトもほぼ全て全滅したと考えなさい。そして異変に対抗出来る者が私たちのみになるわ。致命傷を負っている子たちは別室に居るけど無理はさせられない、私たちだけで異変の対応に当たるしかないわ」

 海色の致命傷を一刻も早く治癒能力で癒してあげたいが、俺のその能力はそもそも俺のものですらない別の人間のものだ。
 俺の能力──“複製能力ボローアビリティ”は1度能力を視て、能力者を視認しかつ本人の実名を知っていて、初めて力を奮う事が出来る。
 だがしかし力のある能力には反動がつくものだ、使用に用いる力は並のものではなく、俺の場合数回程しか使用できない欠点がある。
 しかもオリジナルの能力よりワンランク以上劣化した下位互換しか生み出せない為、だいぶ扱いに困る能力だ。

「紫が藤淵に挑んだけど軽くダメージを与えただけで後は紫の敗北、妖怪の中で上位に入る紫がやられた事を考えるに、藤淵の持つ力は幻想の力では対抗すら難しいのかもしれない。でも私たちには逃げる選択は残ってない、ここを失えば私たちに辿り着く未来は死のみ。改めて光、私たちに力を貸して頂戴……」

 そんな事考えるまでも無い。
 当たり前だろう博麗──。

「当たり前だろう霊夢!元よりあいつには個人的な恨みがある、1発殴る程度じゃ治まらねえさ!」

「決まりね、じゃあ霊夢作戦とかは全てそっちで考えておいて。私は昼だから眠るとするわ……いくら日光が差さないとはいえ体質的に……」

 どさくさに紛れて逃げようとする紅霧異変の元凶の吸血鬼とは思えないほど素を出し始めたレミリア・ツェペシュを、博麗は首根っこを摘んで猫のように運んで座らせる。
 ガミガミと博麗の説教が続く中、妙に項垂れいつもと違う霧雨が不意に視界に入った。

「ねぇ楽……じゃないや光、私の事は本当に何も覚えてない?」

「…………あぁ」

「──そっか……私はね、貴方に1度命を救われたんだよ。あの時私は本当に嬉しかった、誰にも見向きもされなかった私にただ1人手を差し出してくれたのは誰でもない貴方だった……」

 うっすらと涙を浮かべて上目遣いで見上げる少女は何かを待っているように感じた。
 ──俺は記憶を大部分失っている、理由は明確ではないが幻想に足を踏み入れた代償だと考えている。
 覚えているのは妹が“あの世界”に囚われているということ、海色が妹と瓜二つの顔を持っていること、そして彼から聞いた海色との関係。
 そして僅かに残る“都市”の記憶。

「今の俺はこっこを救った奴とは別人だ。今の俺にその時みたいにしてやれる力は何も無い」

 ──そんな顔をするな……。
 ──だからさ、

「でも今の俺が出来る事ならこっこを救ってやれる。だからさ……罪を背負い込むな……」

 俺はこうして前にも同じような事を少女に言った気がする。
 確信は無い、ただの鈍い勘がそう伝えて来る。
 まるで身体が覚えてるかのように再び彼女の頭を必要に撫で回し、奴についてふと考える。
 藤淵は明らかに俺ら“能力者”対策を身に付けて幻想に来ている、つまり俺が居ると分かっていて尚且つ奇跡を叶える力を持つ者に接触出来ないという事さえも恐らくは……。
 どうバレているのかなんて事はこの際どうでも良い、あいつの力に対抗できるものを用意しなければ勝ち星はまず上がらない。
 あの時辛うじて見ていた藤淵の目の前で止まる様々な攻撃、──クソ……重要なことが全部吹っ飛んで藤淵の能力が思い出せねぇ……。

「楽……」

 ────。

「寂しかったよ……」

 ──俺もだよバカ野郎が……。

「光の幻想録」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く