光の幻想録

ホルス

#28 変獄異変 6.

 声を掛けてきたのはあいつの方からだった。
 物珍しい格好をしていたからか、それとも俺に興味を抱いたのか。
 もしくは俺に何かを見出したのか。
 何にせよ奴は俺にある実験の協力を提案して来た。
 その内容こそ今では覚えていないが、その実験は全てが偽りであった。

 ──ああ。
 ──あいつの下卑た笑いがする。

 あいつは俺に人体実験を行った。
 そしてその後からだ、俺の中に違和感を感じ始めたのは。


 ────

 
 闇色海色とは何なのか。
 “闇”とは何なのか。
 俺はその答えに何となく気が付いていた。
 確信を持てたのは紅霧異変と呼ばれる例の館での時だ。
 体の中から聞こえてくる俺を呼ぶ声、それは寸分狂わず俺と同じ声で、海色を姉と呼んでいた。
 そして海色が俺の事を弟と呼んでいる。

 ──闇色海色は俺と同じ生き方をしている。

 あの実験で俺の身に何が起きたかは分からない、だが確信を持ってこれだけは言える。

 ──俺の中にもう1人、“誰か”が居る。

 ──そしてその誰かが海色の弟なのだと。



────



 幻想は本日曇り模様。
 この世界の終焉は直に始まる。
 人々を喰らい尽くし幻想を維持させる為の人口が失われた時、初めてここは終わりを迎える。

 ──俺の名は博雨光、または ── 。

 俺は囚われている妹を救う為に、奇跡を叶える願望器の様な力を持つ女に会う為にここに来た。
 だが結果はどうだ、そいつには契約で出会えず果てには世界崩壊に実質加担しているじゃないか。
 ここが崩壊すればまた望みが消える、また絶望の中さまよい続けることになる。
 もう懲り懲りだ、もう沢山だ。
 親父ももう居ない、ひなを救えるのは俺しか残っていない。
 ならば何があろうと、どんな敵が俺に立ち塞がろうと、それら全てを薙ぎ払い、悉くをねじ伏せるのみ。
 そして今俺が倒すべき相手は……。
 
 


──あの場で実験を行った“張本人”。

 その名は、藤淵閃。

 藤淵家の次男であり根っからのサイコパスだな。
 腹立たしいことこの上ない、だが俺を創造した事だけは礼を言おう。
 ただそれだけの関係だ、恩を着せる様な奴でないことは分かっている。
 この体がお前を殺そうと殺意を高めている真っ最中だが、俺はこの体を止める術はあんまり持ち合わせていない。
 さあ藤淵、この体は今からお前を狩りに行く。
 存分に楽しむ事だ。
 あぁ……だが慢心して狩り殺されないよう気をつける事だな。
 飢えた獣はいつでもお前を見ている。



 ────



 「世界は時を糧にして終わりを迎える。それはどの世界においても確定された事変であり逃れ得ようのない現象。世界は変わる、数多の世界は輪廻する。そしてこの世界の終わりは俺が決めた!さあ掛かってこい小鳥遊楽たかなしらく!!この世界を潰してお前の首を持ち帰り、ゾロアスターを剥離させるまでに至れば俺は親父に“至”として認められるッッ!!!!」

 守矢の神社の屋根に立つは因縁深い人間。
 その名は藤淵……モルモットを見るかのような目で見下すその目付きは以前のものとそう変わりはなかった。
 そして仕舞いには緑髪の巫女服の女性が人質に囚われている始末と来た、アレは断定して東風谷早苗と見て良いだろう。
 世界の終わりを願った奴の願いは東風谷早苗によって現在進行形で進められているのではあれば、奴を……もしくは東風谷早苗を殺害すれば終わる筈だ。
 ──だがこれ以上先にはどうしても進めない。
 八雲の使いと交わした契約がある限り、俺は東風谷早苗に触れる事及び守矢神社には1歩足りとも入る事は叶わない。
 これじゃアイツに近づく事すら出来ねぇ……。

「お前は奴と契約して、内容は“彼女に手出ししない”だよな。その中身は神社にすら入る事も出来ねぇのも含まれてたってのか?笑わせるな、笑わせるなおい!!こっちから一方的にやれちまうじゃねえか!!」

 藤淵が取り出したのは青白い光を放つ霧雨が持つ八卦炉に似たような形状の機械、それは中央の球体が更に輝き出すと1つの青白いレーザーを空に向かって指し示す。
 突き抜け伸び指すレーザーに当てられた雲は畝り回転を始め、次第に赤黒く渦巻きを発生させると恐ろしく巨大な亜空間の入口をその場に展開させた。
 亜空間は視えざるものが視えてしまう異界の空間、赤黒く燃えるような入口から、俺はそれを地獄の入口のように感じ取れた。
 そしてそこから飛翔して来るは人型の何か。
 背に大きな人の手を何個も取り付けた様な翼を羽ばたかせ、ただしその体躯はあまりにも細く手足の先端は鋭利に尖り殺傷能力に長けたおぞましい化物が……。
 更にはそれらより遥かに巨大な体躯を会得した剛腕の化物、他の化物同様細い体躯を持つが異様に背が長い化物。
 その殆どが俺なんかには見向きもせず山を降り人里方面へと向かって行った。

「お前……!」

「楽、お前の相手はコイツに任せる。俺はそこで死に様を見といてやるから惨たらしく無様に悲鳴を上げながら死んでくれや」

 そして俺の対面にドッシリと構えたのは異常な長身を誇る化物、その体は他のものと変わりなくあまりに細い、そして顔らしきものは確認出来なかった。
 俺の5倍以上はあると思われるそいつは既に神社の屋根と同レベルの長さにまで伸びきっていた。
 途端化物は激しくその場で畝り始めた瞬間、右腕を数十メートルまで伸ばして神社からその敷地入口までの距離をコンマ数秒で到達させた。
 当たり前だがそんな馬鹿げた速度に反応出来る訳もなく、腕は俺の右肩を激しく貫いた。

「っ……」

 続けて来たる左腕による刺突、予め来ると予想した上で海色の能力を応用し、分厚い水の壁を自身の目の前に展開する事で刺突の威力を殺し水と相殺させる。
 刺突のあまりの威力にその場で肩を抑えながら膝を落とすが、化物相手にそれは愚策でしかないだろう。
 だが契約によるものなのか、それとも藤淵による妨害か……または全く別の何かがあって俺の力が徐々に失われていく感覚はあった。

「ギギ」

 ああ分かった。
 こいつ……吸血してるんだ。
 右肩の先端は人の口の様にパクパクと蠢いていて、水の剣を生成し化物の右腕を切断したのは良いがかなりの量を吸われたのは間違いなさそうだ。
 切断した腕を当たり前の様に再生させた化物は咄嗟にその身を震わせながら猛突進を開始する。
 迎え撃つは水流操作によって創りあげた水の剣、刃は電動していて切り込んだら最後、それを切断するまで自動で標的を斬り込む殺意の剣。

 右腕左腕が飛来する。

 人間が視認するにはあまりにも酷なその速度は、殺意という確かな意志を持って俺に飛び掛かる。
 だが見切る、見切ってみせる。
 この俺には間違いなく対処不可能な速度、だがこの内に眠るのはもう1つ。
 海色から託された力は“聖人”の端末としてのもの、意識を向ければその力は作用し、この身に宿す。
 向けろ……向けろ!意識を中に向けてその身に宿せ!でなければ、俺はこの化物には勝てないッ!!

「うあああああァァァ──ッッ!!!!」

 スパッと切り落とされる音が軽やかにその場で聞こえる。
 それは無意識に振るわれた己の腕。
 その腕の先に掴む水の剣が化物の腕を切断した音に他に無い。
 ビチビチと、まるで水を欲する魚の様に跳ね回る奇怪な両腕を確認した時、初めて俺はその力に気が付いた。
 これが“聖人”としての力の一端、人間としての限界を凌駕しその果てにまで到達する可能性がある者を、かの世界では“聖人”と呼称する。
 本来俺は聖人でも何でもない、ただの負け組としての落ちこぼれ。
 妹1人も救えない人間だ、過剰評価はしない、それが事実だからだ。
 だが海色から一端の力を授けられたからには、そのレベルにまで到達せねばならない。
 ならば進め、この程度の化物に屈している暇なんか無い。
 俺はひなを救う。
 その為に俺はどんな敵が居ようと、どんな敵がその前に立ち塞がろうと叩き斬る。
 俺はもう絶望している暇すら無い!!

「ぅらあァァァァァァ──ッッ!!!」

 跳ぶ我が身、聖人としての脚力は人間のものと比べると力量は桁が違う。
 軽くダッシュするだけでも、その速度は即座に時速数十kmにまで到達し、最高速度は100kmとまで云われている。
 俺はその速度を活かし化物の胴体に一閃、その余りにも細い胴体を真正面から剣で突き破り真っ二つに分断させる。
 そして水の剣は自在にその形を変化させる。
 水とはあらゆる形に変化する事が可能だ、長方形から球体、果てには正方形など様々に。
 水の剣に宿る水もまたその例外では無い、剣型に形成されていた水はその形成を中断し、ムチのようにしなる長細い形状へと変化し、化物の肢体を切断する。

「ゥギギギギギ……」

 切断面からは出血せず、頭部と思わしき部分からドス黒い何かが流出しており、それは次第に嵩張ると化物はピクピクと蠢きながらその場で動かなくなった。
 俺の右肩を貫いた箇所も治癒を掛けたのでその内に回復するだろうが、毒か何かが混じっていたのか痛みが引かない。

「耐えるのかつまらねぇ……。ああつまらねぇ、だがあいつが聖人としての力を振るわなかった理由がやっと分かった。さあ来いよ楽……この世界を救って願いを叶えんだろ?俺がこの世界に居る限り滅亡は止まらない、願いは叶わない。そして相手をすれば死体に化けるのはお前だ」

「お前は殺す……何があろうとこの手で殺すッ……!世界崩壊は起こさせない、必ず俺が食い止めてみせる。そして必ずひなを救う!お前をこの手で殺してなァ!!!!!」

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