光の幻想録

ホルス

#24 変獄異変 2.

 桜吹雪くふぶく異界の地。
 静かに揺れたる巨木の桜は絶え間なく、その地に美しさを提供し続けて凡そ数千年の時が過ぎていた。
 だがその美しさは長い年月の中で劣化した事も損なった事も1度もあらず、一生咲き誇るのではないかと思わせる程の英気さえも感じられる。

 その巨木の桜の下に建築物が建てられており、古い御屋敷の様な外観で和風な佇まいを魅せている。
 白い風船の様なものが屋敷の周りや中にフワフワと浮遊して、意志を持っているかのように自在に動き回っている事以外は特に普通な屋敷だ。
 ただその白い風船の様なものはこの地特有のもので、この地を理解すれば誰もが『ああ、なるほど』と理解する事だろう。
 それ程この白い風船みたいなものと、この地との相性は抜群なのだ。

「ん……んん……」

 そんな中、屋敷の一角にある部屋で布団に蹲りながら目覚め、腕を思いっきり伸ばして悦に浸る少女が居た。
 薄いグレー色の髪色を持ち、更に薄くした緑色の目を持ち、その周りには白い風船が1つ漂っていた。
 彼女は目が冴えた途端、布団の横に置いていた自身の愛刀“楼観剣”を手に持ち襖を開け、日課となっている日光浴をしようと外に出たは良いのだが、生憎空模様は曇り模様でとても日光浴を楽しむ天気ではなかった。
 ここが曇りなんて事は早々ありはしない事なのだが、何か幻想郷で異変でも起こっているのだろうか。
 とは言っても私にはそんな関係ありませんけど……。

「今日も一段とお美しいですよ、お父さん」

 そう近くに漂う白い風船に桜の感想を言うと、何を勘違いしたのかソレは赤らめて擦り寄ってきた。
 もう死んで何年も経つんですからそろそろ弁えて欲しいものなのですが、まだまだ娘の成長を見ていたいという親心もあるんでしょう、私にはまだ分かりませんが仕方ありません。

「さて、起こしにいきますか」

 この屋敷に住んでいる者は2人、1人は私でもう1人は屋敷の主だ。
 私が起こしに行かない限り永遠に眠り続ける事に定評のある御方なので、お守りは大変ですが住まわせて貰っている者としてそこだけは秘密にしていきたいと思っている。
 重い襖を両手で力強くバーン!とこじ開けると、薄暗い部屋の中央に布団を敷いて未だに眠りに就いている屋敷の主の姿があった。
 なんという生活習慣の無さだろうか、少しは私を見習ってきちんと早寝早起きを心掛けて欲しいものなのですが……。
 まああの方にそう忠告しても聞いてはくださらないので半ば諦めていますが。

「ほら起きてくださいよ幽々子様、朝ごはんの時間ですよ。今日はお味噌汁と妖怪の山で採取したキノコ煮ですよ!あ、もちろん白飯もあります!」

 おや珍しいですね、いつもはご飯の話題を出せば飛び起きて食卓に並ぶのですが……お腹の調子でも悪いんでしょうか?
 私は布団を思いっきり吹き飛ばして主の体を寒さに晒した後、布団を外に掛けてある物干し竿に吊るして二度寝が出来ないように対策をする。
 これも主である幽々子様の為を思っての事です、心が痛いですが起きないのが悪いのです。
 とはいえまだ起きないのは少し気掛かりですね、本当に調子が悪いのですかね? だとしたら少し悪いことをしてしまった様な感覚に陥ってしまうのですが……。

「幽々子様〜?本当に体が悪いとかですか?」

 私はその時になってふと気づいた。
 幽々子様の上に張り紙があって、美しい字でこの様に綴られていることに。

『紫に会ってきます。布団は掛けたままで大丈夫よ、留守番をよろしくね妖夢』

 ああ……だから起きないのかと心の中で軽く頷く。
 以前にも同じように起きないことがあって、その時も紫に会うと置き紙があった事がある。
 その時も今と同じように眠りに就いていて半日ほど起きて来なかったのだ、今回もそれと同じようなものなんでしょう。
 私は吊るしてある布団を再度幽々子様に覆い被せると、そのまま食卓へ向かい“2人”でご飯を食べた。


────


 それにしてもこの地は相変わらず静かだ。
 まあヒトが立ち入る場所ではないという理由もあるけど、それ以前に場所が場所な故に立ち入ろうとする者はまず居ない。
 この満開の桜を見に来たいというのであれば“死ぬ覚悟”を持ってして踏み入って欲しいくらいだ。
 白い風船、曰く霊魂は今日も元気にその辺をフワフワと浮遊しているばかりで日に日に数が増してきているけど、まあ問題ないでしょう。
 別に増えたところで害は無いですし、……いえ、少し鬱陶しいくらいにはなりますがそれ以外は別に問題ないですね。
 雲が晴れ月が美しい夜で霊魂達も少し魅力的に感じられるのは……まあ気のせいでしょう。
 ……斬ってうどんにでもしてやりましょうかね、霊魂うどんなんて言うのは斬新で良いのではないでしょうか。
 そうやって自分の発想の悦に浸りながら幽々子様が起きるのを待っているが、未だに目覚めはない。
 あまりにも長い。
 夢の中で会話したり対策をしていると以前仰っていたけど、いくらなんでも20時間以上経っても帰って来ないというのはみょんに引っ掛かる部分がある。
 ただそうは思っても夢の中に介入する術など当然持ち合わせていないから何も出来ませんが……従者として心配にならざるを得ません。

「ギギ……ギ……」

 ……不意に感じたおぞましい何かの気配に私は無意識に戦闘態勢へと移行していた。
 愛刀の楼観剣を何時でも抜ける様に手を添え、何かの気配に集中を向ける。
 今居る場所は幽々子様の寝室だ、この部屋から北東方面からその気配はジリジリと這い寄ってきている。
 必ずこの方だけは御護りしなければならない。
 賊か何かは知りませんが、気配からするにヒトと……それと同時に解説出来ないおぞましい気配の2つを感じられます。

「ギ……ギギギ……」

 それは寝室の前の襖に影のように映りこんだ。
 そしてそれを見た時血の気がどっと引いた。
 あまりにも細い体躯、数センチにも満たないであろう細さの体をクネクネと捩らせ襖の前で奇怪に踊り狂っていた。
 手足ももちろん体躯と同じように細く、頭部にのみ膨らみが出来ており、ぶどうのような形に3段まで積み上げられていた。

 ──開く。

 「ギギギギギギギギギギ!!!!!」

 その音の正体はぶどうの様に積み上げられたヒトの顔が歯ぎしりをしていた音だった。
 6つ全てが同じように歯ぎしりをしていて、だがそれでいてその顔は間違いなく死人のものだった。

「──一閃」

 一瞬走り抜けると楼観剣を巧みに一刀二刀と切り込みながら寝室を抜け月夜射し込む廊下へと流れ出る、瞬間寝室全体含めた辺り一帯が斬撃によって切り刻まれ、バラバラとなって崩れ去る。
 当たり前だが幽々子様に被害は無い。
 だが……化物にも同じように被害は発生しなかった。
 逆に私の愛刀が軽く刃こぼれし、ポロッと刃先が床に落ちて金属音を鳴らす。
 私は確かにヤツを斬った、間違いなくそれは確かだ。
 だがヤツの体が異常な程にまで硬度なのか……?

「よワイヨわイ」「こす」「たべゆ」「ギギギ」
「キワイ」「ギギギギギギギギ」

 そう6つの顔が同時に喋った瞬間、化物は鋭利に尖る右腕を体を捻りながら迫らせていた。
 楼観剣の刃を真下に向けてそれを受け止めるが、あまりにも強大な一撃に体全体に衝撃の負荷が掛かり始める。
 化物は続けて左腕による攻撃を私の横腹下腹部に直撃させ、それは全ての臓器を突き破り反対側にまで突き抜けた。

「あぐッ…………」

 痛いなんて話じゃない。
 その場で気絶してもおかしくないようなダメージを受けてそのまま敵を前にして膝を付いた己を深く戒めたい。
 こんな事では……幽々子様は護りきれないッ!

「現世斬──ッッ!!」

 縦に振るわれる楼観剣はヒトの顔を真っ二つに引き裂いたかと思うと、その切り口から恐ろしく密度の高い弾幕の群れが発生し、それらは瞬く間に小爆発を引き起こし、連鎖して他の頭部をも爆発させ消滅させる。
 だが化物本体には何らダメージは無く、それどころか先程よりも早くクネクネとうねり始め……まるで喜んでいるかのような奇妙さを醸し出しながら攻撃してきた。
 再び放たれる右腕の攻撃、それを別の白楼剣で防ぎ切ると左腕の攻撃を楼観剣で防ぎつつ、化物の体躯を蹴りで力強く蹴り飛ばす。
 寝室を通り越してその先に吹き飛ばされた化物は奇妙に立ち上がり、再び体を捩らせながらこちらへと走ってくる。

 ──獄界。
 二百由旬の一閃──。

 楼観剣、白楼剣を用いた先程の一閃よりも速く、強く、鋭く穿つ死の一撃。
 怪しく暖かい風が、この白玉楼に染み渡りつつある、それは化物の死体を包み込むようにして覆い、塵になった化物を天へと運ぶ風。
 私の一閃は化物の体を上半身下半身に切り分け絶命に至らせた、私は勝利した。

 その筈なのに何故か自身から湧き上がる嫌悪感を隠せずに感情として露出させていた。
 受けたダメージなんぞも痛みすらもお構い無しにその場で憤慨し、自分の意志とは関係無いのに体が勝手に動き始めていた。
 遂にはその場で声を発する事もままならず、次第に手足は短く細くなり始めて剣を持つことが叶わなくなった。
 
 ……なんだろう。
 私はどうしたんだろう。
 違和感を感じる部分へと目を移すとその瞬間に理解出来た、私が受けた傷口がウネウネと蠢く寄生虫のようなものによって、そこから体が黒く染まりつつあるということに。
 この色合いは今殺した化物のものと同じ色合いだ、まさか私もああなるって言うんじゃなかろうか。
 遂に私の半霊である父の霊魂ですら黒く染まり挙動がおかしくなってきた。
 手足の感覚はとうにないし、徐々に短くなって声すら出なくなってきた。
 顔が熱い。
 熱い、とても熱い。
 強力な酸で溶かされているんじゃないかと疑う程に熱く、そしてドロっと何かが落ちた。

 私の髪の毛だ……。

 ──。

 ────。

 ──────。


 妖夢、お前は白玉楼というとこの庭師兼従者をする事になった。
 これは魂魄家に伝わっている……?まあ使命みたいなものだ、父さんはもう長くないが一緒に居てやるから安心するんだよ。

 ウンオトウサン、ワタシハクギョクローッテトコデニワシスル。
 デモオトウサンガイナイトサビシイナ。

 大丈夫さ、ずっと一緒にいてやるからな。
 常に傍に、お前に分かるように居てやる。
 心配はいらないよ、私は嘘はつかないからね。

 ウレシイナ……ウレシイナ……ウレシイナ……ウレシイナ……ウレシイナ……。
 
 イッ……ショニイテヤルカラナ……ギギ……。



 幽々子様と呼ばれる女性を見続けていたのは、その場で立ち尽くす死体の顔を“2つ”付けた化物だった。

「光の幻想録」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く