光の幻想録

ホルス

#19 妖怪の山

 幻想郷に聳え歪に君臨する巨大な山がある。
 それは皆から『妖怪の山』と呼ばれ、あらゆる種類の妖怪や神が実在して存在する。
 ──その頂き、妖怪の山の山頂にて神社を営む神と巫女が居るという噂が、人里全体にココ最近で広まっている。
 何しろその巫女はとても美しくありとあらゆる願いを叶え、そしてその神は天空を創造した偉大なる御方なのであると、慎ましい生活を送っていた民たちは裕福を求め登頂を開始したと、そしてその事実を聞き付けた人々は我こそはと山へと登頂を開始するという。
 そう博麗から説明されたのは良いが、それがどうしてどうなって蘇生不可能で死にかけるにまで陥るのか。
「理由は単純で疲労死に近いんじゃないかしら。要は働き過ぎって事ね、私も休むように何回も伝えたけど聞く耳を持ってくれなくて」
 頭を抱えたくなる真実を聞かされて、我慢出来ずに頭を抱えてしまう。
 こんな馬鹿げた理由で奇跡を操り自在にコントロールする『神の如き力』を無下にしようとしているだと……東風谷早苗という人物は想像以上に……。
「海色の力が必要だ。その山の山頂に向かって何とか治療して来る事は出来るか?聖人としての力が無いから厳しいなんて言われたら俺は……どうしようもないけど頼まれて欲しい」
「大丈夫だよ光。私がその力に頼り切っただけの女だと思うのかい、『闇』としての力も難なく扱えるから安心してなさい」
 八雲の使いから……いや、自業自得で受けた呪いは依然として健在のまま俺の体を細胞レベルで縛りつけている。
 『決して彼女に手を出さない』という契約が結ばれている以上、俺は見ることも、声を聞くことさえダメなのかもしれない。

 ──

 そうして博麗に案内されるがまま道無き道を進み、ようやく妖怪の山その入口へと辿り着いた。
 そこにはボロボロになった立て看板が地面に伏してあり、拙く汚れ薄くなった字で『にんげんはいるな!』と書いてあった。
 ここに住まう妖怪が温情で設置した物なのか、はたまた村の子供が書いた物なのかは知らないが、とりあえず立て直すか。
「ここが妖怪の山よ。標高はそんな無いけど名の通り妖怪がうじゃうじゃ居るから気を付けて登るようにしてね二人共」
 博麗とはここで別れる予定だ。
 本当は共に登って妖怪の撃退などをして欲しかったんだが、彼女にも彼女の事情がある。
 無理強いは出来ないし……まあこいつは俺が護るってさっき決めたばっかしだからな。
 博麗に礼を告げ、海色と共に草木眠る深い雑木林の中へと足を踏み込む。
 途端に感じたのは奇妙な気配。
 誰かに見られている。
 誰かに覗かれている。
 誰かに警戒されている。
 そして何者かに侵入者として見られている。
 遂には殺気すら感じられた。
「ハードな山登りになりそうだな海色」
「そうだね、まっここはお姉ちゃんにドンと任せて弟は私を応援していなさい。聖人の力は譲渡したけど私はまだまだ戦えるとも」
「誰が弟だ誰が!俺は俺だ!お前こそ妹なら後ろに下がってろ!」
「なっ……!誰が妹よ!私は姉よ!?」
「俺が兄貴だ!」
「私が姉よ!」
「俺だッ!」
「私よッ!」
 自分でも認めている。
 お前は俺の妹なんかじゃないって事くらい。
 ただ顔が同じで、見た目も同じで、性格というか……俺と似たような所はあるけど妹じゃない。
 でも俺の心がその認めた事を捻じ曲げて否定している、あの時 ──── 出来なかった事への虚ろさからか、それとも単純に久々にその顔を拝めたからか。
 俺は認めている、そして否定する。
 ──生き地獄だ。
「やあやあようこそですよ人間様!」
 陽気な口調で話し掛け、いつの間にか俺たちの目の前に居たのは謎の少女。
 ソレはもうあからさまに人間ではなかった。
 背には木々をすり抜け伸びる黒毛の翼、長めの下駄を履き陰陽師か何かが使う扇子を手に持った如何にもなものだった。
「おや無視ですか?兄妹で……あ、いえ……姉弟……?まあ細かい事はどうでも良いです!この山へ入り込んだからには我々妖怪のルールに準じて貰いますよ!」
「……ルールって」
 海色はムスッとした感情をフルに入れた言い方で、その妖怪に尋ねる。
 お前も俺と同じ感情を抱いているのは分かるんだが、敵意の無い妖怪相手にそれは良いのか……?
「はい良くぞ聞いてくれました!我々妖怪が永きに渡って山に敷いたルールの数々、今から説明するので頭の中に叩き込んでください!」
 その1つ.妖怪は山に侵入した敵意を持たない人間を攻撃しない。
 その2つ.妖怪は人間に攻撃された時のみ攻撃を赦す。
 その3つ.神を崇め、信仰を続けよ。
 その4つ.巫女に無断で触れてはいけない、神の赦しがあった時のみ触れて良い。
「まあ大雑把にはこんな感じですかね?というか全部覚えてきれませんし私」
「要はこっちが敵意を出したり攻撃しなかったらそっちは何もしないって事と、巫女については概ね分かった。俺たち……こいつはその巫女さんの見舞いを博麗の巫女の代わりに行く代理だ、そこまで連れてってやれないか?」
「ちょっと光……!」
 なんで涙目なんだこいつ……。
 深くフードを被り直したからそれ以上は見えなかったが、涙ぐむ理由でもあったのか……。
 「了解です!さあお嬢さん私の手を取ってください!ひとっ飛びしますから!」
 やっぱ飛ぶのか。
 いや待てよ……まさか……。
「おい海色こっちに顔向けてみろ」
「嫌……」
「お前……高いとこ苦手だったりするか……?」
 肩を震わせたから間違いない。
 こいつは俺の妹と同じ『高所恐怖症』だ。
 そんな事までひなと同じなのか……。
「すまねえ妖怪さん、こいつ高いとこ苦手だから歩いて行ってやれないか?」
「むー分かりました。天狗としてはひとっ飛びで行きたい所なのですが、人間様の要望とあれば承諾するしかありませんね。では改めて私の手を取ってください、飛びはしませんよ?」
 ブルブルと震える手で海色はその妖怪の手を取る瞬間、妖怪は言葉に出来ない程の速さで移動を始め、気が付いた時には凄まじい風圧が辺り全体を覆い、周辺木々は根こそぎ吹き飛ばされた。
 俺はその風圧に為す術もなく木々と同じように吹き飛ばされ、椛の枯葉が満ちるクッションへと頭から落下した。
 「…………?」
 その場で何が起きたのか分からず頭の中で困惑し続け、一拍置いて何処からか海色の悲鳴が山全体へと響き渡った。
「お前加減しろよ!!!!!!」
 状況を理解し、第一声に発した言葉は脊髄から出た言葉だった。

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