光の幻想録

ホルス

#18 兄姉

 ──今しか無いでしょう、何を躊躇っているの。
 
 ──し、然し……瀕死の人間にこれを使用するのは危険が……

 ──責任は私と全ての賢者で補う、やれ。


 ……どこからか聞こえて来てる声が脳内に深く刻まれていく。
 そしてその後の思考は完全に泊まり、ただ僅かに残る意識だけが視界にノイズの様に残されていた。


 ──


 ──オペを開始する。
 
 ──君はこれより新たに生まれ変わり、この街の掃除屋となるだろう。
 
 ──あぁ心配しなくても良い、君にはそのお礼として『弟』が出来るのだから。
 
 ──少しやんちゃな性格かもしれないし、君とは相容れない反転した存在かもしれないが、まあ上手くやってくれたまえ。

 ──その子が生きていれば、だがね。

 これは俺がいつか経験した時に聞いた憎い……憎い憎い人間の声だ、おぞましい、憎たらしい、思い浮かべるだけで心の奥底から殺意が芽生えその意思だけで行動してしまうくらいに……ッ!

 
 ──はっ……はははははッ……!!!これは傑作だ!完全に別の存在として君の ──── がここに誕生したぞ!!

 
 あの時、『あいつ』の目は俺と同じで心の奥底にしまっていた恐怖を覚えていた。
 鋼鉄の寝床は血に染まり、『誰か』が治してくれたこの傷も開きかけ内容物が出かけていたのを、今でも鮮明に覚えている。

 
 ──成功だ!私は遂に成し遂げたのだ……!!前代未聞、誰にも成しえなかった人の完全体にも等しい ──── を!!!


 ──


 不意に目を覚ました。
 あの夢の続きを鮮明に見返すなんて、今まで1度も無かった事だ。
 体全体を冷や汗が覆い、荒い息を吐きながら今にも嘔吐しそうなくらい気分が悪い。
 願う事ならもう2度と……見たくない……。
「大丈夫……じゃないよね光」
 和室の中央に敷かれた布団の横に正座して座っていたのは、俺の妹と瓜二つの顔を持った闇色海色と名乗る少女。
 そしてまた、やみの姉でもあるのだと。
「嫌な事を夢に見たんだ……それ以外は大丈夫だと思う。海色こそ怪我は大丈夫なのか」
「私はほら……聖人としての力を根底から有してるから回復力は早いんだ、それにここは幻想郷だからね。『死んでも生き返れる』」
 俺も薄々気が付いてはいたんだ。
 博麗、そして霧雨、2人は俺の中の闇が暴走した時には既に死んでいた。
 それが気が付けば平然と、何事も無かったかのようにして戦場へと戻っていたのだ。
 自分の目を疑いもした、そして常識をも疑った。
 いやされど、されどここは幻想郷、俺が奇跡を追い求め数多の世界を渡り歩いて来て辿り着いた奇跡の世界。
 それくらいの常識外れでなければ、俺の願いは聞き届く事はないだろう。
「だとしても死んだ事に変わりはないだろ、治癒能力を掛けてやるから側に寄れ」
「なんで私が心配されてるのさ、私は君の……君の姉なんだよ?傷の方なら光の方が──」
「お前は俺の妹みたいなもんなんだよ!人が違うのは分かってる、でもその顔を見てたら……ッ……妹を気遣う兄が居ない訳がないだろ」
「……なるほどね、光の気持ちは良く分かったよ、私はとても嬉しい。その妹さんも大切にされているっていうのは痛いほど分かった。でも私には譲れないものがある。君が妹を気遣うように、姉が弟を気遣わない理由はないよ」
 互いに引けぬものがあった。
 しかし根底の部分は私たちは同じだったのだ。
 兄が妹を、姉が弟を、ましてや光なんて妹が死んで生き返ったのだから心配して当然なのだろう。
 私も死にかけた弟……を見て心配するのは当たり前だ、だから光が起きるまで私はここでずっと看取っていたんだから。
  互いに言い合ってると襖を開けて顔だけ覗かせ渋い顔をした博麗が静かに文句を言い始めた。
「はいはいうるさいわよアンタら、仲が良いのは分かったから安静にしてなさい」
「「誰がこんな分からず屋なんかと!」」
「あんたら次に大声出して安静にしてなかったら追い出すからね……それで光、傷は癒えた?」
 「少し体が痛むくらいなんだ、もう普通に出来るくらいには回復していると思う」
 博麗霊夢、あの紅の結界内で俺が倒れた後に化物と一騎打ちをしたまでは覚えている……。
 俺らが無事、というか博麗も見た感じ怪我はないし、博麗がアレを倒したのだろうか。
「そう。海色ちゃんはどうかな、どこか痛むとことかある?」
「申し訳ないが子供扱いするのはやめて貰えるかな博麗の巫女。外見はこうだが、私はしっかりと見合わず歳は取っている。痛む痛まないの話なら痛みはないよ」
「それは申し訳ないわ。2人とも無事に帰って来られたし、魔理沙も数日経てば元に戻るだろうし、この異変は無事解決ってとこね」
 異変は解決した……。
 当初俺は情けなく力も無く、この世界で言う異変という意味も知らぬまま本拠地へと赴いて殺されかけた。
 今思えば笑い話で済ますことも出来るが『異変』という単語は警戒しておく必要があると感じざるを得なかった。
「なあ博麗少し聞きたい事があるんだ。この世界では昔から死人は蘇るのは常識だったのか」
「少なくとも私が産まれる時からはそうだった筈よ、詳しい話は長年生きてる婆から聞きなさい。それで私からも質問があるんだけど、光。貴方はこの先どうするのかを聞かせて欲しいの」
 勿論すぐにでも妹を探しに行くと即答し掛けるとこだった。
 俺はそもそもこの世界に『彼女』を尋ねに来たんだ、あるゆる奇跡を思いのままに操り扱う能力を持つとされる女性に……!
東風谷早苗こちやさなえという女性に会いに行きたい……ただ八雲の使いと交わした契約がある以上不用意に近付けないのが……くそッ……」
 あの時奇跡という単語にのめり込んで我を失って、形振り構わずして契約したばかりに……!
 「だったら私が行くよ光。その契約に闇色海色という名前は記載されてもなく、また他人が干渉してはいけないとも書かれていなかったよね。その東風谷という名の子には私が会いに行くよ」
 海色の言い回しに引っかかる点が幾つかあったのは確かだ、だがその女性に会えるのなら小さな誤差や問題は気にしない。
 会えるのならば今すぐにでも会って奇跡をこの手にしなければならない。
「あー早苗か……少し問題があるのよね……。ちょっと今手が離せないっていうかその……早苗今蘇生不可能な状態で死にかけてて……ね……?」

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