光の幻想録

ホルス

#15 奇跡という幻想

 奇跡を願う者達がこの世に数多存在するだろう、そう考えて思い浮かぶ数字はどのくらいだろう。
 例えばそれは友を亡くし悲しみに震える者の願望、この世にもう一度蘇って欲しいと言った現実離れした妄想を願う者だって居るだろう。
 またある人は家族を救う為に『神の奇跡』を願った。
 
 ────────。
 
 ──然して彼女を助ける事は叶わず。
 そしてその者の父親は奇跡に頼ろうと幻想の扉へとしがみついた。
 どうか助けて欲しいと何度も懇願し、門前払いされればされる程に彼の憎悪は次第に高まり、遂には幻想主が悪者扱いされるにまで至る始末である。
 ──奇跡紛い妄想とは、あらゆる世界で共通し万人を救い、そしてあらゆる犠牲を弔ってまで得てして得する事柄なのだろう。
 だがしかしそれは大いなる間違いであり、世界に浸透されるべき『悪徳』であり、この世全てに対する……いいや、地球に対しての反抗そのものだ。
 彼女は故に願うであろう。
 己自信に宿る『奇跡』の力によって。
 
 ──奇跡が奇跡で無くなれと。

 ──

 博麗としての力なのかは分からない。
 私はそもそも完全に肉体ごと死んだ、でも死から蘇るってこと自体に違和感は感じなかった。
 実際前にもこんな事が起きて自然と納得してしまったからだ。
 これが幻想なんだと、これがこの世界では自然の理として成立しているのだと。
 でも……いくら生き返るとは言え、仲間を目の前で奪われるのだけは見たくない、それは確かだ。
「取り敢えず治癒は掛けておくわ、その傷じゃ焼け石に水でしょうけど」
 何故生きているではなく、よく生きていてくれたと褒めるべきよね。
 この中に眠ってくれている誰かにお礼を言っておく必要が有りそうだけど……今はアイツをどうにかするのが先ってところね。
「……何かさこんな死と隣り合わせって状況が凄く楽しいんだ、俺ってやっぱおかしいかな」
「光って戦闘狂みたいなとこ実はあるんじゃないの?普通の人間だったらおかしいんでしょうけど、ここは幻想郷よ。幻想ならばそれもまた良いんでしょう」
 幻想だから許される。
 そう、幻想だからこそ許される。
 外の世界と常識が一切違う幻想郷だからこそ有り得る常識が有る。
 全ての常識が覆るこの幻想だからこそ、有り得る幻想じょうしきが有る!
「さあて行くわよ!」
「あぁ……!」
 走り抜ける。
 接敵まで30Mの距離は並の人間なら少なくとも5秒は掛かるであろう間合いを、博麗の巫女は僅か3秒の時間で瞬時に詰め寄り、敵の周囲に夥しい枚数の札……曰くそれは呪符じゅふと呼ばれるいわく付きの代物。
「──封魔陣ッ!!」
 その詠唱と共に辺りの呪符は毒々しい紫色に発光したかと思うと、呪符の有る辺りの空間全てに莫大な負荷を掛け陥没した。
 当然その中に居る館の主も例外なく地に伏せる様な状態下に入り、時間経過で彼女も地に埋もれて行くだろう。
 だが彼女はそんな事なんかでは死なないし凝りはしないだろう。
「はァァァッッ──!!」
 手にするは闇色の剣。
 それはかつて亡き彼女が振るった至宝の剣。
 剣は使い手を選べないと言われているがまともに剣を扱って来たこともないだろう俺でも分かる、こいつは使い手を選りすぐるタイプの癖のある剣だ。
 霊力とも能力とも違う……何か異能の力を感じるこの剣は、先代の使い手が選定した人間でなければ所持する事すら赦されない、それは持った瞬間に脳髄で理解した。
 その剣を1太刀縦に振るえばどんなヤツだろうとダメージを負わせられる……例えばそれは敵がこんな化物じみた憎き笑顔を浮かべた少女であろうと。
「甘いッッ!!!」
 突如彼女の背から突風が羽ばたいたかと思った瞬間、陣を形成していた呪符が全て焼け落ちて拘束が解除される。
 途端に彼女は俺の目の前で恐ろしく大口を開けて獰猛な獣の眼で俺の肩に手を掛け喰らおうと力を入れた。
 流石に喰われる寸前になれば分かる。
 あの喰われる側に立たされた時の恐怖はヒトの身では一生涯味わえない体験だろう。
「させるか!!」
 博麗の現出させた光弾は寸分たがわず目の前の少女の横腹へと直撃し、少女は大きく体勢を崩すと共に俺の肩に掴み離さずいた凶悪な魔腕を離す。
 ……今なら刺せる。
 そう判断した時には俺の体は大きく前へと前身し、体全体を使って少女へと刺突した。
 刺突した際に生じた微かな衝撃でも俺の体は大きく悲鳴をあげる、主にその痛みは先程掴まれていた肩から生じ、そこから広がる様にして全身へと負担が重なる。
「痛ったい……」
 おいおい、剣を刺されてそれだけか……?
 こっちはそれだけの為だけに今も尚続く酷い鈍痛に耐えてまでやってるんだぞ……。
「光離れて!!」
 多少の無理を承知の上でその場から千鳥足で後退するも、当然目の前の少女は逃がしてくれるはずもなく、深紅の眼のその深い色が俺の視界全体を覆ったかと思ったその時、激しい痛みと『何か』が軋む耳障りな音がその場全体に惨たらしく轟いた。
 あぁ……痛い……。
 でももう右腕の感覚が何も無い。
 ついでに言えば視界は紅のままで身動き1つ取ろうに取れず、何一つの物音さえも聞こえない。
 完全な静寂、それはさっきまで居た神社で1人寂しく孤独に待っていた時のことを何故か思い出してしまう。
「これが私の孤独、貴方の孤独」
 孤独、孤独、孤独、孤独、孤独。
 俺は誰かをタスケ……いや本当に助けようとしていたのだろうか。
 そもそも前提として何で助けたいという気持ちが浮かんでいるんだろう、俺は孤独で家族も居ない、全てを失った抜け殻な筈なのに……何を助けようと……。
「貴方の孤独は私には分かる、私も同じ様な経験して絶望し孤独に浸った身。手を取り私の配下、眷属となりなさい。その孤独を癒し孤独から解放出来るのは、同じ孤独を経験したレミリアという私にしか出来ない」
 未だに視界は紅く、そして身動き1つ取れず感覚も無い不思議な空間で、その声は深く脳に届き心に響いて来る。
 その声に全てを委ねてしまいたい。
 全てを投げ出してしまいたい。
 もう、孤独は嫌だ。
 嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
 だからもう、何処からか聞こえてくるその声に委ねようと思う……。
 その声がある限り、俺は孤独じゃない。
 孤独を経験した者と分かり合える。
 孤独の辛さは計り知れない、だからこそ俺は首を縦に振り全てを委ねる決意を告げた時だった。
「ふっざけるなァァァァ!!!!」

 …………。
 
「何の為に私が聖人の力を与えてまで、ら……光を強化したと思ってる!!君はこの幻想で奇跡を掴むんだろ!?こんな馬鹿げた小規模結界に取り込まれている暇は無いんだよ!?」
「言ってくれるじゃないのガキ……どうして私の結界に入り込めたかは知らないけど、異物として処理してくれるわ!!」
 何処からかともなく投擲される紅槍は真っ直ぐに寸分たがわず俺の目の前の人1人分のスペースを射抜く。
 鈍い音と共に辺り一帯紅色でしか無かった俺の視界に、見覚えのある少女が1人姿を現した。
「え……」
「ぐッ……くぅ……光、奇跡を掴め……良いね?絶対だよ……!」
 俺の目の前に居るのは少し前に『──』と名乗っていた少女、俺はあの時のその少女の顔を詳しく見る暇は無かった、何せ近くに死という概念が具現化した様な化け物が居たからな……。
 ──信じられない。
 
 ──そして思い出した……。
 
 ──俺は、妹を助けに来たんだ……。

 ──あぁ!!思い出した!!!

 ──俺はあの世界に今もいる妹を、ひなを救いに幻想に……!!!

 だが俺の目の前にいる少女は……。

「ひな……」

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