光の幻想録

ホルス

#11 獣

 響く悲鳴、それはとある少女達のものに他ならない。
 惨たらしい音、それはナイフが少女達に突き刺さる音に他ならない。
 意気揚々と扉をこじ開け、その部屋に静かに佇んでいた1人の女に2人の少女は負けたのだ。
 油断していた訳でも無く、また傲慢にも侮っていた訳でも無い。
 ただ、実力という名の力で彼女たち2人を叩き伏せ、手にしたナイフをその足や腕に突き刺し……少女達の悲鳴を心地よく聞いていた。
「っ……くっ!あんた何者よ!」
 ナイフを手にしたメイド風の女。
 そいつはナイフを専用の布で綺麗に磨き上げた後、気が付いた時には私に刺していた。
「ぁあぁぁああ──ッッ!?」
「……ただ、貴方達を亡き者にするだけの傀儡に過ぎない。痛ぶる趣味は無いのだけど、貴方の悲鳴はとっても心地が良いわ……もっと聞かせて。博麗の巫女……」
 無数に漂う鋭利に尖り銀に輝くナイフの群れ。
 それはまたしても気が付いた瞬間には私の腕や足のみを突き刺し穿つ。
 急所のみを外し致命打を与えずに、ただただゆっくりと敵を痛ぶるこいつから感じ取れた感情は、まさしく己が欲求を満たす為のものでしかないと理解した。
「お友達も意気消沈……いえ死んだのかしらね。まさか4本で限界が来るなんて、余っ程脆い体だったのね。そうは思わない?博麗の──」
  魔理沙が……魔理沙が……魔理沙が……魔理沙が……魔理沙が……?
 ──どうなった?
 思考が纏まらない、脳を埋め尽くすは理解不能と理解したくない気持ちによって出来た空白のみ。
 今まで信頼し、2人で苦難を乗り越えてきた彼女がこの程度で死ぬなんて事は無いと信じている、だからこそ彼女には未だ微かに灯されていた闘志に更なる火をけたのだろう。
 致命を避けているとはいえ、刺さるナイフの数は凡そ10本。
 それは到底人体が耐えれる限度を超えている、そんな状態の彼女が……今吠えた。
「だッッ……ま……れェ……ッッ!!!」
  滴る血は床に血溜まりを作りつつ、彼女の意識を徐々に奪い、熱を奪い、命を奪う。
 彼女たちの命は、例え目の前の敵に勝とうと長くは無い。
 寧ろこの異変を解決する事が出来るのかすら危うい状況にまで陥っている始末……。
「それが人間らしい感情なのね。なんだか、随分懐かしい気がするわ」
 彼女が生きてきた人生で、それは悲しくも最期の言葉になった。
 体を奮い立たせ立ち上がった彼女に降り注ぐ雨の如きナイフの数々、それはもはや蹂躙に等しい。
 血飛沫が辺り一帯に散らばり尽くされると、彼女の原型はもはや残っていない。
 博麗の巫女は己が宿命を全うし、死亡した。
「新たな侵入者……?パチュリーは何をしているのよ」
 館内に響く無数の警報音。
 それは外敵が襲来して来た事を意味する。
 静かに扉の外から近付いてくる足音。
 それは紛れもなくこの館の者では無い。
 執念に似た何かを感じ得るその者の雰囲気は、我が主と同じようにも感じられた。
 開かれる扉、侵入して来たその者は、そこらに横たわる残骸と同じ人間だろう。
 その者はこの惨状を見て顔を歪め堕落し、絶望する。
 嗚呼……なんて……なんて……なんて素晴らしい顔をしてくれるんだろうか。
 私が求めていたのはこの顔だ。
 親しき類の者が目の前でヒトの形すら留めていない残骸と化しているのを目の当たりにした者の歪んだ苦痛の表情は、私の最高の悦びだ。
 もっと見せてくれ。
 もっともっとその顔を私に……。
 もっと、もっと、もっともっと……!
 私を感じさせてくれ……!!
「────キヒ」
 「……ッ!?」
 絶望の顔から一転。
 その者は酷く歪んだ真意不明の顔を不気味垂らしく浮かべ、襲い掛かって来た。
 それも明らかに只者の動きではない。
 本能で敵を殺す……まるで野生の獣の如き動きで私を翻弄し、いつの間にか手にしていた剣を振りかざす。
 振りかざしの攻撃を横から飛ばしたナイフで相殺し、続け様に放たれた横薙ぎの攻撃を私が持つナイフで辛うじて受け止めきる。
「──」
  ──討ち取った。
 そう確信し獣の背後からナイフを突き立てようとした瞬間、それは何故か獣の体に突き刺さる前に寸止めで止まった。
 ありえない、何がどうなっているのか。
 それを突き止めるのに掛かった時間は数秒にも及ぶ。
 その間に獣は私が困惑している表情を楽しもうと歪んだ顔を首を捻り切り覗かせていた。
「甘いなお前……自分の能力を過信仕切っているだろ。ダメだダメだダメだダメだ……そんなんじゃダメだ。でもまあシチュエーションとしては最高なんだがなァ!!!ギャハハハ──ッ!!!」
 止められていたナイフは獣の手の中で止まっていた。
 完全に不意を突いた死角からの一撃を、こいつは意図も容易く防いでそれを嘲笑ったのだ。
 『時間停止』、その能力を応用した私の攻撃が……!
 そんな事は……あってはいけない……ッ!
「──殺す……我が命、我が主の為に捧げお前をこの場でぶち殺すッ!!」
「自分の敗北にすら気が付けねェのかァ!?どれだけお花畑で過ごしてンだよお前は!!ギャハハハハハハハ!!!!!ギャーハハハハハッッ!!!」
 ──この獣の言う通りだった。
 その言葉でようやく正気を取り戻した私は自らの体に目を向ける。
 それは在り来りな白色のメイド服が己が血で染め上がり、それを自覚した瞬間に腹部から有り得ぬ程耐え難い鈍痛が襲い掛かって来た。
 叫ばねば、発狂しなければ、転がり回らなければそんな痛みには耐えれぬ程に馬鹿げた痛みを伴うほどに。
「腸を俺の孔でマッサージしてやってンだ、感謝してくれても良いンだぜ!?特別サービスで念入りに捏ねてやるからよ!!!」
 腹を掻き回される気分とはこうなのだろう。
 痛みで頭の中で白紙に切り替わったり、お嬢様のこと………………。
 ──────。
 「ちっ……もうくたばるのかよ。遊び道具の加減は考えねェとダメか……」
 彼は独り言の様に呟いた後、ナイフを手にしていたメイド風の女の肩に口を近づけると同時に、本能のままに喰らい付く。
 ボリボリと……その骨を砕き中の肉を貪る。
  散らかる残骸の数々、それは骨か?
 そう、それは砕かれ粉々になった骨の数々。
 獣は喰えぬ物と判断して骨を噛み砕いては飲み込まず、その場で吐き捨て処分している。
 野生の本能そのままに……その身におぞましいまでの『闇』を蓄えていった。
「これがァ!!勝者の特権だァァァァァッッ!!!!!!!」

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