狼の裁判官《ジャッヂズ・ジャッヂ》

春日春日

プロローグ

 白や黒、その他複数の色が入り混じる混沌の空間。辺りに浮遊する魂のような火の玉を除けば、そこに存在するモノは二人の人間以外には何も無かった。
 黄金色の髪に、道化師のような姿の男は不敵な笑みを浮かべ、浮遊しながらこちらを見下している。一方、もう一人の少年の方は、右半身が獣のような姿になりながらもなんとか理性を保っているようにも見えた。
 言葉すらないまま、唸り声をあげながら半身獣の少年は道化男へと襲い掛かる。しかし、道化男はそれをあっさりとかわしてしまう。


「我が息子よ。いくら牙や爪を立てようとも私には遠く及ばぬことくらいわかっているであろう」


 金髪の男がそのような言葉を残すものの、少年はそれを一切聞き入れようとはしなかった。


「……などと、今の貴様に何を言おうとも、貴様に届くはずもなかろうが」


 否、金髪の男曰く、聞き入れることができないらしい。
 少年はただ、唸り声をあげているだけであった。
 しかし次の瞬間、少年の右腕は鎖に巻かれた大剣の様なものとなり、辺りに浮遊する魂のような火の玉を切り刻み始めた。
 この行動に対し、金髪の道化師は大声を上げて嗤い始めた。


「フファハハハハッ!! ようやく、ようやく本当の意味で同士を喰らいましたかッ! それで良い。それで良いのですよ!!」


 道化師は大笑いしながら宙を舞っている。しかし、少年は火の玉を斬ることを止めることはなかった。そして、全ての火の玉が消えた辺りで、少年はようやく行動を止めた。そして、少年は初めて口を開く。


「……お前を倒すには……この方法しかなかったんだ……。そうだろ? ロキッ!」


 少年の半身は人間の姿へと戻っていた。そして、その手には先ほど鎖の巻き付けられていた大剣が、今度は鎖が断ち切られた状態で存在していた。


「どうやら、フェンリルの神気力オーラに完全に呑み込まれる前に理性を取り戻したようだね、我が息子よ」

「オレを"息子"と呼ぶのはやめろ」


 ロキと呼ばれる男は、少年を常にからかい続けている。からかうつもりがなかったとしても、ロキの言動の全てが少年にとってはからかいのそれにしか聞こえないようだ。
 そして、少年は表情一つ変えることなくロキに向かって行く。宙を舞うロキに対して、地上を進む少年はとてつもなくフリである。先ほどもそれが原因で、少年の攻撃は空を切ったのだ。しかし、今度の攻撃は先ほどとは一味違うように見えた。
 左手をロキに向け、何かをつぶやく少年。その直後、ロキの体を蛇が駆け巡り、縛り上げられ空中で固定された。ロキは口を開くことすら出来ないようだった。
 ロキの足下までたどり着いた少年は、そのまま真上に跳躍し、ロキの視線と合う位置まで跳ぶ。そして、右腕に構えた大剣で、ロキの体を切り刻んだ。


「お前はオレを放置しすぎた……。欲をかいて収穫時期を遅らせすぎた……。それがお前の敗因だ」


 無表情のまま少年は、そのまま地面へと着地し、大剣に染み付いた血を振り払っていた。ロキは苦しそうな表情を浮かべているが、その表情は次第に笑みへと変わっていった。そして、先ほどと同様にまた大声で嗤い始める。


「何がそんなにおかしい」

「いえね、ここまで私の思い通りになってしまうと、逆に申し訳ないと思いまして」

「何を言ってるんだ?」


 訳の分からないことを言い始めているロキに対して、少年は当然のように疑問を浮かべる。口から血を吐きながらそんなことを言われても、全く説得力が見当たらない。だが、


「あと数秒……いえ、もう始まっているようですね」


 訳がわからな……ん?
 突然の出来事だった。ロキの体に現れていた症状が、自身の体に現れ始めていたのだった。


「なにが……起こった?」


 少年は状況がつかめていない。ロキに与えたはずのダメージが、なぜ自身にあるのか、全く見当がつかなかった。


「簡単な話ですよ。貴様が喰らった神気魂エサの中に、私の用意した偽神気魂トラップを混ぜておいたのです。そしてそれを喰らったあなたは、私の痛みを請け負う体質になっています」


 詰んでいた。
 ロキへの攻撃手段が完全に閉ざされていた。これでは勝てるはずがない。


「…………」


 少年は、攻撃をすることをやめた。

 痛みに堪えながら、ただただロキの姿を視認することしかできない。ロキの傷も、いつの間にか治っているように見えた。


「貴様の能力を完全に知り切っている私だからこそできる戦略です。もっとも、貴様を作り出したのはこの私なのですからね」


 言ったもん勝ちな気もするが、ロキの言っていることは残念ながら本当だ__。

 痛みが体を蝕んでいく。出血が酷く、もうなにをすることもできない。少年自身、強い神気力オーラを持つが故、その能力に頼りすぎてしまい体がなまってしまっているのも事実であった。
 絶望に浸り、なにをすることもできないまま、瞳を閉じて横たわる。耳元には、聞くにも憎たらしいロキの嗤い声が残る。


「これでようやく元どおりですね」


 最後にロキの言葉が聞こえたと思った時、少年の心は、命は、終わりの時を迎えていた__。

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