アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

264 Aurora

 折り畳まれ、揺れる光のカーテンが空に立ち上がり、そして広がり、ゆっくり消えて行く。かと思うと、また生き返る。この様な美しい現象は、大自然への畏敬の念を持たずに見ることはできない。

──南極探検家-ロバートスコット。








「なんて優美で壮大なんだ・・・」

 頂から眺めるも見上げなくては全容を把握するに至らない遥か遥か高層より。

「あれがッ!・・・図書館(アリス)で名前だけは目にしたことがあります」
「まさか日記にあったアレか!」

 リアムが呼んだ名で、会場にも2人だけ極光の名を知っている者がいた。

「ご存知なんですか?」
「名前だけは・・・そう、名前だけです」

 一人はルキウス・エンゲルス。

「やっぱり知ってたんじゃねぇか!」
「わ、私も名前だけを見たことがあるだけだ!実際にソレを見たことがあるわけではない!」

 もう一人はブラームス・テラ・ノーフォーク。

「レイザーの日記は大事な国宝の1つで一部は抜粋されてベルの英雄譚に盛り込まれているものの、その全容は一般に読むことが禁じられている禁書だ」
「だけどアレだけの現象だぞ? 見たら一発で思い出しそうなものじゃないか」
「仕方なかろう・・・聖戦の兆し編で登場した極光、その描写に関しては『ヤッベすっげ・・・感動』としか書かれていなかったのだから」
「感嘆符かよ!」
「しかも薄いッ!」
「”!! !!・・・!!!”・・・みたいなものだ」

 絵があったわけでもなければ遥か北の方で見られる現象であるとだけ、どちらの書物にも簡単な説明が載っていたが、それがまさかこんなにも鮮やかで美しいものだとは思わなかった。

「極光は太陽から吹き付けられている太陽風(プラズマ)が星の磁力に触れてある一点に集中して降り注ぐことで起きる現象だ。ただし一点と言ってもソレが起こる範囲は広大で、更に極光が起きるだけの磁力が集まるのは星の極点をグルっと取り囲むベルト上でよく見られる現象だ」
「極点?」
「星はほぼ球体かつ厳密には中心に膨大な液体金属を抱えた層状の構成をしていて、一般的に・・・ん? でもこの星の電流は西向きに流れているのか? そもそも地磁気は僕の知る北と南を指しているのか? 昔は電流の方向が西向きではなくて東向きだった時代もあるって話もあるし、電流の向きが変わることで・・・」
「リアム、リアム」
「ご、ごめん。あー、極点っていうのは簡単に言えば羅針盤の指す方角の行き着く先にある場所のこと。つまりN極と、真逆のS極それぞれの終着点。N極は北、S極は南、つまり北にも南にもずっと行けばやがては極点に辿りつくわけだけど、終着点でもある極点周辺にはオーロラ帯と呼ばれるドーナツみたいなベルトがあるわけ」
「ドーナツ!」
「いい食いつきぶりだ。そうドーナツ、それも惑星スケールの巨大なドーナツ。極点を穴の中心に添えて星の両側に花冠みたいに被せた様なオーロラ帯がある。また太陽風は吹き付けてくる側とは反対側にある星の裏側に溜まりやすい。この表と裏を昼と夜に置き換えて、それから星が闇力子の性質の1つ引力、それも光のみを引きつける特殊な力を持ってる姿を想像してみて。こっちから光の風が吹き付けているとすると地磁気に触れて太陽が留まろうとする一方で、太陽から絶え間なく放射される残りの風に押されることになる。本当はもっと複雑な磁気圏の力学に基づく磁界の説明が必要になるんだけど今は時間がないからこの光の風の代用で簡単に話を済ませる。さっきも言った様に表側では吹き付ける光の風に押さえつけられて光を留められる量が抑制されるけど、だったら裏側では? 恒星風と星間物質との境界(バウショック)などで取り込まれずに後ろに流れる光の風から風の影響をあまり受けることなく光を集めることができるのなら表より裏側に光は溜まりやすくならないか?要は地球の表側より裏側の方が太陽風に乗ってくるプラズマが溜まりやすいから星の影となる夜の方で極光は起きやすいということなんだけど、この理屈からすれば──」

 まいったな・・・自転と電流と磁場の解説をしてるだけでも顔がニヤついていくのがわかる。

「地球の磁気圏に溜まる太陽風から得られるプラズマの量が表より裏側の方が多くなることと夜に極光が起きやすいという理由から極光の正体は太陽風だと逆の仮説が立てられるわけで──」
「す、ストーップ!・・・御免ちょっとわかんないかも」
「ご、ごめん・・・光の風の例えは磁界の影響を説明するにはやっぱり不十分だったかな? ならこれが終わったら磁石と砂鉄を使って磁界の勉強から・・・」
「そう言うことでもないんだけど・・・」
「でも極点って、そ、そんな果てに近い所で起こる様な現象のことを・・・リアムはほとんどずっとこの街にいたよね?唯一・・・」
「唯一、数日だけ街を離れた時に見たわけではないよ。僕も実物を見たのは初めてだ。知っているのはアレが極光と呼ばれる現象であると言うことと、どんなふうに引き起こされるか過程の仮定の知識だけ」

 嬉しすぎる。こんな場面で実際に見られるとは思っていなかった。

「とにかくどうして今アレが発生したのかを考察してみた僕の理屈はこうだ。マーナはさっき僕から奪い返したエネルギーを下にではなくて上に向けて発射した。それもまだ人が到達したことがない様な遥か上空へと。空気があるかないかのギリギリの層に向けて発射したエネルギーを留めることで夜のプラズマを天に降ろす磁力線をひいた」
「でも今太陽は出ていないけど・・・」
「裏側ではでている。こうして僕らが夜の中で戦っている今この時、世界には朝を、昼を、夕方を、全く違う時間帯を生きている人たちがいる。時差ってやつだ。それにアレだけ大規模な極光となると、極光そのものを発生させるよりも太陽風を引き込む磁力を発生させる方がエネルギーも少なくて済むのかも。弱くはなるものの月に当たって反射してくる分のプラズマもあることだし・・・」

 スケールがデカすぎてものすごく近くにあるように感じる。信じがたいことだが未だにマーナの制御から離れていないアレが実際にあるのはこのコルトの山頂よりも高い高層のはずで・・・またやってしまった。

「と、とにかく、このタイミングで極光が現れたことは明らかに不自然だってこと。だけど原因ははっきりしているよね・・・ってこと!」
「そ、そうだね!うん、そうだと私たちも思う!」

 話は宇宙にまで広がる壮大な神秘。突然リアムの口から語られた宇宙の神秘にアリアのメンバーはもちろん、会場で講座を聞いた観客たちはポカーンとしている。

「い、急いでまとめないとッ!」

──ただし、次の3人を除いて。

「ペンと紙!」
「・・・」
「ペンと紙!!」
「・・・俺?」
「ペンと紙!!!」
「ねぇよ」
「はぁあ!?・・・って、ジェグドが紙とペンなど持ってるはずもないですよね。アラン、紙」
「・・・持ってない」
「持ってない!? それでも研究者の端くれですか!ビッドせんせ」
「持ち合わせておりません」
「・・・全く、紙とペンときたらいつ画期的なアイデアが思い浮かぶかも知れない研究者の必需品でしょうが!」
「お前だって持ってないじゃないの」
「そ、それを言っては・・・力仕事で懐にしまって汗染みができたら紙が勿体無い」
「カバンはどうされたのでしょう?」
「ぐっ・・・肉体労働の邪魔になると、それに作業中目を離した隙に盗られてもことですし研究室に置きっぱなしにしてきてしまって・・・テヘへ」
「それでもお前は指揮を取っただけで・・・なぁ?」
「ヒューヒューヒュー♪」
「皆、お前と同じ理由で装備は必要最低限というわけだ。振り出しに戻る、だな」
「そんなぁ・・・!」

 棚上げケイト。
 
「インクと紙!」
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
「スッゲェ・・・」
「インクが生き物みたいに・・・どんどん埋まっていく」
「先輩に散々鍛えられましたからね」

 書類仕事はお手の物、フラン。

「離してくれダリウス!僕に紙を取りにいかせてくれ!」
「仕事中だろ?引き受けた仕事の責任を最後まで果たせ・・・コレ一度言ってみたかったんだよな。まさかお前に」
「離さないと君がギルド室の張り板の下に隠してる酒瓶のこと」
「さっさととってこい!」 
「はぁーいお二人とも、ちゃんとお仕事してくださいね」
「それにお酒のことは今更隠しようがありませんよ・・・ここにいる全員が知っちゃったんですから」
「・・・場所はバレてないだろ」
「右から数えて3番目、入り口がある壁のすぐそば」
「なんで言うんだよ!」
「そもそも僕の手元になぜ紙がない?・・・道連れさ」

 ──逆襲のルキウス。・・・どうやらリアムの漏らした情報を正確に拾うことができたのは一人だけだったようで。執筆時に資料映像があるのかないのかでも、情報の信憑性は大きく異なってくる。

「でもさ、どうしてマーナは今更極光を出したんだろ?」
「それは・・・確かに、どうしてだろうね。あのエネルギーをまた雷として落としちゃえば私たちはきっと全滅してたはずなのに・・・」
「わ、わかったぞみんな!・・・極光の理屈はまだよくわからないが、理由は多分アレじゃないか?」

 とある異変に気付いたアルフレッドが指差した先、そこにはこちらの様子を伺いながら、悠々と、ゆらゆら尻尾を遊ばせるマーナがいた。

「何かくる・・・」

 しかしよく観察して見れば何かがおかしい。

「白い霧・・・?」
「まるでドライアイスが気化した時の様な・・・」

 奴が尻をスタンプしている雪上から白い霧が立ち込め始める。

「規模がデカくなってきてる・・・!」
「ヤバいんじゃないか!」

 やがて、霧は地面からだけでなく奴の周りの大気中からも発生し始めた。まるで奴の体から蒸気が発せられる様に、または恐ろしい何かから逃げだす群勢のごとく。 

「みんな僕の後ろに!!!」
「わ、わかった!」

 リアムの指示でメンバー達が急いで後ろに付く。魔力も魔眼のクオリティも最高クラスのリアムを先頭に、一番の死角となりやすい真後ろへのケアの負担を減らすためにボウリングのピンの様に並び間をなるべく詰める。 

『何をする気だ・・・』

 明らかにおかしい、それだけは確かだった。 

『目を凝らせ』

 前、上、右、左、後・・・冷気の暴風を僕らにぶつけて身動きを封じるとともに体力を奪うのか。
 それとも氷礫の類で物理攻撃を仕掛けてくるのか。
 冷気を絶えず生み出してる・・・まさかこの後に及んで目眩しなんてことはないだろう。
 範囲を広げる白霧による目眩しも考えたが、グングン広がる霧は上に広がることなく地を這う様にして広がっているから足元に届いても踝から膝の間くらいの高さまでしか上がってこなさそうだ。
 だが極光との関連性は・・・?発生の原因は恐らく上空に留められたエネルギーが原因で間違いない。だとしたら、上空に溜まった・・・溜まった・・・溜まっただけでまだ・・・。




「溜まった・・・見えないけど、溜まってる・・・」




 それとも──?

「まだそこにある!!!」

 そうだ大事なことを忘れていた。極光が出ている即ち太陽風を取り込むだけの要因が”ある”わけだ。

「そうすると奴の狙いは・・・」

 極光が先ほどの雪雲から生まれた雷と同じ様に、はるか上空に溜まったエネルギーが発生させる磁力によって副産物的に生まれたものならば?

「シュウウウウ・・・」

 今はじゅわっとしみる様にゆっくりと広がりつつある白い霧。もし辺りを浸食する様に奴から漏れ出している冷気が爆発的に広がってソレを被ったら僕たちの周りの空気も一瞬で冷やされることになって・・・。

『凝固する大気中の水分によって体が湿気るのでは?そうなると仮定して、更に上空にまだあると推測されるエネルギーをまだマーナが制御できたらどうなる?──感電する』

 霧によって散乱してしまっては意味がないから、奴が落とすとしたら霧が晴れた後になるだろう。仮に膝の高さを超えなくとも霧に足が浸かっていれば同じことだ。だがそうだと言うのなら早く対処しないと後手に回ったら確実にヤラれる。

「・・・!」

 しかし、僕が感電にまで気付いた時にはもう地を這う白霧はもうすぐそこまで迫ってきていた。


「スゥー・・・」焦りを見せたリアムとは裏腹に、マーナは穏やかにゆっくりと息を吸い込みながら体を立たせる。


「ヒュー・・・」そして、膝を伸ばしきり四肢を持って雪上に君臨しながら、更に一呼吸を置く。


「グッ──!!!」っと力んだ。


「な、なんだ・・・?」

 と同時に──。

「あちこちから・・・」
「氷柱が生えた」
「ただのコケおどしではないと思う」

 生えたというには語弊が残る。あれは氷柱を自ら生やしたんだ。

「ググググッ!!!」
「確かに白い霧はアレに関係がありそうだ。纏わり付く氷柱が意味するのは超低体温、または超低温・・・だが極光との関連性はやはり見えない」

 力んだ瞬間、周辺の空気が肉に押し出されて縮んだ筋によって一回りも太く大きくなったように見えた。だが氷柱を纏った今、肥大化の面影はなく前にも増してスマートに見える。白い霧は氷柱の発現とともに弱まり霧散した。とりあえず一旦しおりを挟むとあの形態は今まで誰もみたことがない形態のはずだ。ならあの新しい形態は極光に因んで極光爆発(ブレイクアップ)とでも名付けるかな。

『マジですか』
『予想全部が見事にはずれでしたね』
『・・・良かったよ』

 まぁ、それでも奴が未だに枠から外れた行動ばかりしてくると言うことで未知の塊であることには変わりないから。

「ブレイクアップか・・・益々気が抜けない。だけど攻めるなら今だ。後手に回る方が恐い」

 僕が予想したどれとも違う行動に出た・・・のであれば、これからも十分に予測がハズレる可能性は十分にあり得るわけだ。
 後手に回るメリットとしては敵との情報の非対称性を埋められることにあるが、如何せん論理的な思考から導き出した可能性を超常を操る獣に当てはめるのもどうかと言うことで、逆選択をし非対称性のリスクを取ったほうがまだマシの様に思える。

「ミリアはギリギリまで回復を」
「作戦の変更はしないのね」

 ・・・きっと、この僕の判断は間違っていないはずだ。

「変更はなし」

 そしてやるなら初手にこそ全力を尽くす。解決策が見つからないからと自暴自棄になって投げやりになった様にも見えるこの作戦であるが、あれからもうすぐ5時間、もう僕らは十分に耐えたはずだ。

「・・・」
「あの姿、普通なら”あのマーナだぞ?”とビビりそうなものだが、リアムが制御していた雷球のデカさから引き続き極光の正体をみたアリアにあの形態は拍子抜けだったようだ」
「マーナめしくじったな!」
「どうやら萎縮させるどころかむしろ発破をかけてしまったらしい」
「映像越しからでも強く伝わってくる。アリアの闘志は今、吹雪に晒されても吹き消えずかつてないほどに激しく燃え上がってる」

 本来なら、極光をみたこともない人は自然の織りなす圧巻のショーに怯えるんだろうけど、正体さえ知ってれば何ら怖がることはない。氷柱だってそう、極光と相まって恐怖を何倍にも増幅させるような増長効果を飾りに見込んでいるのだとしたら、とんだお門違いだ。

「だけど1つ、奴を叩きのめす前にティナ、ウォルター、よくやってくれた」
「全部みんなの力」
「そうだ。それに、お前の魔導具がなければ俺たちはろくに雪上で戦えていなかったかもしれない」

 足は雪には埋まらない。靴底に氷の上でも滑らないような細工を施していて、雪が踏み固まり滑らないようになっている。体から発生する汗や蒸気を循環するようにしてできるだけ足元から排出し、ムペンバ効果等細かいところにまで配慮した設計となっている。

「そうだみんなの力だ。だから最後もビシッとみんなで決めよう」
「はい!」
「ああ!」
「OK〜!」
「もちろん!」
「もちろんです!」
「もちろんよ!」
「もちろんだ!」
「当たり前だろ!」
「もちろん当たり前!」

 ひたすらに勝ちたい。コレが失敗すれば形勢は一気に悪化し立て直しもかなり難しくなる。

『なぜお前は僕らを待った・・・なぜこのタイミングで極光を・・・』

 いくつかの気掛かりも・・・しかし情報が足りないがどうとか成功確率がどうとか悠長なことも言ってられない。

「アインザッツ!!!」

 攻撃開始の合図アインザッツ。決定を下したのだから速攻、アタックを仕掛ける。

「ブースト!」

 こちらの準備が整うまで、マーナを遊ばせる役を担うウォルター、ラナ、ティナがアルフレッドの強化魔法を受けて後衛から一斉に飛び出す。
   
    /\
[─^√  \   / ───grrrrr]
             \/

──キィイイイン!!!

「・・・ッッッ私の力じゃ爪も切れないか!」
「ラナッ!」
「走って!今度は私が援護する番!」
「・・・ありがとうッ」

 それとエリシア。3人が飛び出すと同時に、更に別行動をとるためエリシアも同時に飛び出していた。エリシアはリアム達がいるサイドとは逆側の端っこに向かって走る。

「やっぱりあいつ本気じゃなかったんだ!」
「・・・見えなかった」
「ああ。まるで撃ち出された砲弾そのものだったのにラナはよく対処したな・・・」

 あの走り出し、一瞬で空気が震撼してゲイルが言った様に奴が砲台から発射されたみたいにも感じた。

「スピア!!!」
「──ッ」

 ラナがマーナの爪にやすりをかけるとすかさずウォルターが畳み掛ける。しかしギリギリのところで槍は躱されテ──。

「ランブリングッ!」

 更にティナも続け様に間髪入れずに、すると”──チッ”・・・と。

「かすった──?いや待てよ・・・」
「なんか鈍くなってないか?」
「わ、私にもそう見えた・・・どうして?」
「き、気のせいでしょうか?」
「いや気のせいなんかじゃない。一発目はこれまでにみたこともないような異常な速さだったが、攻撃を避けようとしたときの奴は逆に・・・なんて言えばいいんだか、こう、さっきまではあった動きのキレがないと言うか・・・」
「そうかキレか!もしかしてあまりにも低温のせいで身体能力の一部が抑えられてるのかも!!!」

 まさかあまりの低温にマーナ自身が体内の熱を制御できなくなってる? そんなことが・・・。

「どう言うことだ?」
「凍っているんだ、マーナ自身が」
「そっか・・・冷えが齎す身体能力の急激な低下、でもまさか寒さの元凶にも影響があるなんて」

 ・・・間違いない。どうやらマーナは自身で発する冷気を制御できていない。

「極光から雷がッ!」
「赤い雷・・・?」
「赤か・・・レッドスプライトにも似た、極光雷とでも言うべきなのかな・・・」
「みろよ・・・剣山のように突き出していた氷柱の一本が汗みたいに溶けて消えた」

 ・・・間違いない。極光を打ち上げたのは熱の供給源を絶たれないため。ということは、最初のアノ動きは──。

「超伝導・・・自分を完全導体に近い状態にして、磁界から弾きだす。弾く磁力を生み出してるのは・・・そうか、水晶か」 

 ──そして、間違いない。高速の能力がもたらしているのは自分をも凍らせかねないほどの超低温。金属を絶対零度近くまで冷やさなければ得られない伝導を不思議なことに零下と魔法で再現している。肉の高温超伝導体なんて・・・なのだとしたら、纏う冷気に奴自身もそう長い時間耐えられないのだろう。熱の発散とともに極限まで体重を軽くし敵に駆る一閃を決める。ついでに体をギリギリのラインで生かしている電池が切れると一気に停滞が襲ってくる。しかし非効率的な体を蝕む電力消費はこの際問題ではなくなる。なぜって熱とともに高層からの雷で補充できるのだから。

「高速に達した時、直線で、まるで氷の上を滑るように・・・なるほど」

 自身の体を冷やしまくって、超伝導体に見立ててコインのように磁界から弾き出している。それから不純物もまあまあ含まれているのであろうマーナの体は入り込んできた磁気を記憶して体を安定させている。マイスナー効果によって瞬発力を得ながら、ピン留め効果によって磁界を発生させている水晶に雪を貫通して叩きつけられる心配もなく、前と後ろの片足ずつに負った怪我を庇いながら移動もできるときた。

「震える・・・全身が」

 折角の速度を殺すか・・・しかしそうなってくると体から突き出す氷柱がお荷物にさえ思える。だが、金属でもない体が完全導体化したり、そこまで冷めているくせに凍り切らない体はあまりにも驚異的すぎる。 

『科学では到底説明しきれないような魔法がもたらす奇跡・・・そうか、僕は今この世界に転生できたことを心の底から良かったと歓喜してるんだ』

 嬉しいなぁ・・・この世界のことをもっと知りたくなってきたッ!

「このゲームの結末を直にこの目でッ・・・お前の手札を全て見せてくれ」

 自信過剰、大いに結構。遠慮なんてせずにお前も過剰になってくれよ。

「私なら・・・やれる」

 生憎とこっちには女神に好かれた最強の勝負師がいるんだ。

「ミリア、君は路だ。ストリーマとステップトリーダーを上手くつなげて、流す。そのためにはより速く、しかし何より自由でなくちゃならない。今は無駄な力を全て抜くんだ」
「アッチェレランド?」
「テンポ・ルバード。自由でいいよ。君のテンポこそが雷だ」
「私のテンポこそが・・・雷」

 いくら超常を起こせる魔法の手助けがあるからと高速の負荷に耐えられず足がつったりしたら事だ。現在の限界を定めることもまた、大事なことはこれまでの人生でウンと学んできた・・・不安要素はできるだけ排除しておきたい。

「最初は寒さのせいで血管が縮まるから血圧が上がって息が上がりやすくなるから走り出したらなるべく呼吸を整えながら走るんだ。だけどリズムにさえ気をつけてれば後は勝手に速くなるし周りも温まる。そうなればもう君を止められる奴はここにはいない。それから鋼鉄を全身に纏い自分を奴を貫く鋭い槍と化すのなら、衝突の一瞬だけでいい」
「わかった」
「さあ位置に。後は合図を待って、でもその後のタイミングはミリアに任せる」
「わかった・・・」

 レイアの使う魔導具が効かない範囲まで出て、その時が来るまでリアムが光の魔法で引いた線の前に立ちながら、手足を小刻みに動かし続ける。自分の魔導具も切ったから・・・。

「フゥ・・・寒くない、寒くない・・・」
「おい」
「・・・何?」
「僕の全てをお前に乗せる・・・だから信じろ、みんなの力を」

 温と冷の壁越しに、向こう側から温かい言葉がかけられる。

「ほんとどうしちゃったの?」
「・・・悪いか? 
「んーん、呆気にとられておかげで力が抜けた」

 あのアルフレッドが私を応援してくれた。同じ貴族でありながら齢も近かったからか、何かとライバル視することも多かった。言葉を交わせば皮肉ばかり言い合って、立場が強い私がよく力でねじ伏せがちでいつも会話が終わるのにね。どうしてこのタイミングなんだろう。

「・・・ありがとね」
「ボソっと言ったって聞こえてるぞー」
「・・・アホフレッド」
「聞こえてるって言ってるだろッ!」

 ほんと全く、壁なんてあってないようなモノで、身も心も凍えてしまいそうな場所に私たちみんなが立っているって言うのに嬉しさが込み上げてきて、勇気が湧いてくるんだから本当に不思議。

「リアムの説明で合点がいった。スコルが飢餓に陥った時と比べて肉体もフィールドの変化も地味だなと思ったものだが・・・」
「おいおい待てよ・・・お前あいつが言ってたこと分かったのか?」
「・・・全部はわからなかったが、とにかくアレがスコルで言うところの本格的な飢餓のマーナver.ってことなんだろうと」

 とても真面目な表情で強者のオーラを醸し出していながら、ウィルの要領をいまいち得ない答えを聞いてカミラは”あぁ、やっぱりな”と納得する。

「エネルギーと共にスピードを妨げる要因を極力排除した。とにかく自分でも制御できない程冷たくなっていく体をあっためるためにリアムから奪ったエネルギーを空にストックして・・・極光は・・・」
「極光は空に溜まったエネルギーが引き起こした副次的な産物だよ。ついでに、体を氷柱に閉じ込めたけどあの砲弾のような速度でマーナが移動する時はフロートしているから今のマーナの状態を考えるとあの移動後の鈍さを考えても総合的に得られる効果はプラスであると言える」
「ウォルターとティナの攻撃で痛めた足を使わないよう更に速く移動できる様にしたってことだな?」

 そうそうそれそれ。エドの話をまとめるとリアムがブレイクアップと名付けたあの状態は、つまり本来ならスコルが果たしていたであろう役割を一人でできる様にした・・・ん?

「そういうことね。スコルの時は挑戦者の動きを封じてくる水晶舞台が、マーナの場合は狩りする捕食者に速さを与えて挑戦者(エモノ)を捉えさせる役割を果たしてるわけ。どうりで物足りないと思っけれどコレはまた厄介な・・・」
「だがパワーアップしてフィールドを味方につけて異次元の速さを得ようが、捉えられる目を全員が持つリアムたちに対して得られる恩恵は限りなく」
「ゼロに近いから、十分な効用が得られない・・・リアム風に言うとそんな感じかしらね。むしろ奪ったエネルギーを速攻落としていた方がよっぽど得られた効用は高かったんじゃないかしら」
「・・・」

 ・・・台詞狩られた!!!嘘だろアイナ〜、そこは俺が言いたかったのに〜・・・。

『捉える・・・虎、エル・・・マスターマスター。豹なのに、虎エル・・・コレでまた激おこカムチャッカハラペーニョ』
『・・・』
 
 こんな時に、君ときたらホント・・・ホント。

『イデアはマスターに似る』
『似てない』
『まあまあ照れなくてもいいじゃないですか・・・それよりもマスター。何故、マーナはスコルの存命中にこの技を使わなかったのでしょう。マスターの言うとおり絶対零度に陥らないための命綱の様な役割を果たしているのであれば、お互いにフルエンジンをかけあって敵に猛烈な熱波と冷気の嵐を浴びせることができたはずでは?』
『・・・あ、確かに』

 言われてみれば・・・そもそもどうしてスコルがいる時にコレを使わなかった。・・・と言っても、前回は山ごと塵と化す様な爆発を起こして結果として僅差でスコルが残って、さらに今回で言えば初っ端からスコルを引き剥がしたから相棒と密な連携を取れる様な隙はなかったわけで。

『しかしこの局面、台詞を狩られたからと落ち込んでる暇はないな・・・さて、マーナのあんな形態みたことがない。リアムの言った様に自分を引き戻すストッパー、あるいは命綱の様な保険を態々かけたのだとすると、どうして同様の役割を担えるスコルがいた時にブレイクアップしなかったのか。飢餓状態でしか見せなかった、見せられなかったことが意味するところは、調律を取る片割れの失墜による暴走を意味する・・・んんんん・・・わからん』

 これは僕たちの話ではなくて、かつて父さんたちがマーナを討ち倒した時の話のこと。瀕死に陥ったにも関わらずマーナがこんな形態は見せたとかという話は聞いていない。

「爆発か・・・」
「爆発?」
「そう。互いにフルドライブしたとして、いきなり高温の熱波と低温の冷帯がぶつかり合えば、冷帯の方で冷やされた水などが熱波との境界線に触れた瞬間に急激に温められて爆発を起こす。ならばと、仮に徐々にギアをあげることで均衡を保ちながら境界を作れると仮定しても、熱と冷気に挟まれて出来上がる均衡は非常に崩れやすく脆い。わずかな綻びだけで崩壊する境界が結果として自らをも危険に晒すわけだ」

 緻密で壊れやすい構造の僅かな綻びが均衡を崩す。天雷の申し子を名乗る奴らでも、この未完の命題を完結できるだけの線が引けないのだとしたら・・・。

『どう?絶対零度とプランク温度を綺麗に表せるプランク単位系では絶対零度のゼロからプランク温度を1としたスケールを用いるけど、プランク温度も絶対零度も物理的な解答を得ない。ケルビンだってセルシウスだって同じこと』
『それは・・・えーと・・・』

 単位なんて所詮人間が作ったものさしでしかないが、絶対零度はに絶対熱をぶつけたとしてどちらが勝つかなんてほこたては想像し難い。強いて言えば、熱が付加されるのだからエンタルピーの増幅によって絶対零度は熱されるのだろうから時間に依存するとだけ。プランクでいうところの0.5にあたるようなちょうど良い中間など存在する気はしない。絶対温度の解を得ず常に変化し続けて、やがて膨らみすぎて全てが崩壊しそうになるそんな気の遠くなるような話だ。

「な、なあリアム。自らを厳しい環境においても自我を保てる方法が熱交換かその供給にあるのだとしたら、そもそも調律が取れるだけの力であいつら両方が力むとして、互いの生み出したエネルギーは交換された瞬間に相殺され合うんじゃないか?」
「え・・・?」
「ほらだってあいつらってさ、飢餓状態から導き出される要素からして通常状態では互いに目に見えない不思議なエネルギーによって支え合っているのではないかと推測できるわけだろ。・・・片方が弱ったり、強くなったりすることでもう片方が弱くなったり、強くなったりする様な相関はみて取れなかったから現実に出現する現象は互いの能力を制限するために何処かの次元に存在しているであろう見えない炉の接続には干渉しない。供給される熱と冷気を増やしたり減らしたりできず交換量が常に一定に保たれているのだとすれば・・・」
「そもそも、片方が熱に当てられようが冷に凍てつこうが関係ない・・・最大の効果を発揮できるのは、無条件で熱交換をする相手がいなくなり別れた後だからこそ?」
『正解。まさにBreak upとアルフレッドに50点』

 確かにアルフレッドの言うとおりだ。僕が生きていた頃の地球の科学も全ての現象を解明したわけではないから完璧ではなかったわけだし、それに僕は本ばかりから知識を得るだけで間違いを指摘してくれる人もいなかったからその・・・解釈を間違ってる可能性もなきにしもあらず。・・・どこからともなく「ク、ククッ」と嫌な笑い声が聞こえてくる。

『ひーやッく〜ひーやっく〜 ドヤ顔恥ずいのだ〜あれ♪』

 それも必死に堪えてるのが漏れてきた様な不愉快な笑いだ・・・クソ。

「だがそうすると、全部ひっかけ・・・?」

 かーごめかーごめ・・・ではないけれど、氷柱で体を覆ったのは、自らを完全導体に似せる以外の目的があるのか。

「自分から討ち取りやすい様に仕向けた? 虚勢を張ってハッタリをかけて僕らを誘ったのか?」

 目に見える大きな変化といえば弾き出される以外の動作がノロマになったこと。

「全力を振り絞った様に見せて、実際には虚勢を張っていたのか?・・・なんてね」
 
 あり得ない。メリットがなさすぎる。それではただの自殺行為だ。そこまでプライドに支配されるほど奴も馬鹿ではないだろう。

「全力を振り絞ったからこその命を血の一滴残らず振り絞った諸刃の剣城」

 僕らが予想したデメリット以上に、奴がこれは得だと感じる何かがあるのだとしたら。価値観のベクトルが違っただけで、当然僕も全知全能なわけじゃないから。
 オッカムの剃刀、贅肉を削ぎ落とせ。
 こうして錯乱しがちな時、オッカム剃刀の概念は思考を圧迫する無駄な考えを削ぎ落として空白を齎し、心に隙間を作ってくれる。だって肉を剃刀で切り落とすなんて想像しただけでも痛い。だが、身の毛もよだつイメージがかえっていい。
 奴は命を捧げるまでの覚悟を決めて、僕らを確実に殺すための算段をつけているとだけ仮定しよう。

「やっぱり僕のせいか」

 ほらね。無駄な思考をリセットできた。謙遜を切り落とし、奴がこうした手段を取ったのは敵に僕がいたからと仮定してみた。そう、自惚れるだけの力があるのだから。

『まぁ、間違っているとは言いません』

 満タンの状態で一気に解放すれば街1つを優に消すことができる魔力を持つリアムの魔眼のクオリティーもまた最高クラスであることを鑑みると。

 ”冗談はよし子さん”、あれだけの雷球を落としても僕には耐えられるに一(イチ)。
 ”モチのロン”、異変を察知する能力もズバ抜けているのだから反応されて逃げられるに一。
 ”杞憂アンネローゼ”、そして意外にも前の2つは杞憂に終わり呆気なく勝てるに一。
 
・・・と、マーナがこれまでの戦いの中でアリアについて学んだことから簡単に想像しただけでも3つの可能性を導き出すことができるわけだ。

「そろそろ、私も出た方がいいかもね」
「ミリア・・・」
「どうしたの?」
「どうか、僕の間違いを正して欲しい。ミスを帳消しに、ゼロに葬り去れるよう僕を助けて欲しい」
「・・・任せて」

 なんて、心が落ち着き切らなくて馬鹿みたいな懐かしい絶滅種や造語で遊んでいるとあっという間にその時が来た。

「それから下から来る電磁力の影響も考慮しよう・・・エリシア」
『どうしたの?』
「もう一回り大きな競技場を。余計なちょっかいをかけられたくない」
『・・・わかった。大丈夫だから任せて』
「ゲイル、誘導してあげて」
「よしっ」

 ミリアの出れるの合図を皮切りに、作戦の肝の肝の部分を今一度修正しながら最終調整に務めることにする。

「ブースト・・・さあ、いけ・・・」

 ズンンとのし掛かってくる衝撃に思わず力が入る・・・湧き上がる。

「ハァ・・・」

 だけど忘れてはいけない。私は私、力はみんなの力。体の震えを止めるのではなく、流動に変えるべくして・・・吐くッ。



「電撃現象」



 最初の一歩は、・・・確実に。私のテンポで大地(こおり)を踏みしめて。




「ラルゴ」




 まずはラルゴ。抑えつけていたつっかえを少しずつなくし、全身に電気を走らせる。同時に深く吐き出した呼吸に合わせて動脈と心の幅をグッと広げる。

「エリシア!!!」

 ミリアの行先の直線上から少しズレた場所にはゲイルに誘導され位置についたエリシアが──。

「ダートリーダー」

 まつげに付いた氷は自分から発せられる雷の力によってもう溶けた。そして・・・見えた。
 
「レントッ!」

 入り口を捕捉した。エリシアの作った路の入り口を目掛けて戦場のど真ん中を通過する。

「こい・・・!」

    /\
[─^√  \   / ───grrrrr]
             \/

 ──アダージョ。

「グウウウそおおッ、は、早く・・・」
「グルウウウッ!!!」

 暗闇の奥で赤と青の光が氾濫した刹那、目の前に突然現れた巨体を小さな巨人が身を挺して受け止める。

「ゲイル!」
「ディメンションホール!」
「高速で絡めるッ・・・よし、レイア!フラジール!」
「ティナさんの合図ッ!レイアさん!」
「いくよ・・・せーのッ!」

「「シャックルス!!!」」

 ──アンダンテ。

「ビンと張ったッ!」
「捉えましたッ!」
「ついでにも1つ、毒の追加だよ!!!」
「ガア・・・アッ!!!」

 ──モデラート。

「まさかさっきと全く同じ手で来るなんて思ってなかっでしょ!」
「ハハハ・・・正直ちょっとしんどかった・・・」
「大丈夫ウォルター?」
「ああ・・・それよりもここにいると危ない・・・下がろう」

 ──アレグレット。

「最初に拘束した時とほとんど同じ作戦で動きを封じたッ!」
「まさかあの砲弾みたいな体当たりを正面から受け切るとは・・・やるな」
「当然、だって私直伝の魔法鎧・・・なんて。スコルやマーナを相手なら鎧の性能だけじゃなくて根性がモノを言う。中身が大事なのよ!最高の体幹よウォルター!!!」
「更に毒の再注入・・・代謝が下がっているだろうから直ぐに解毒されることもないが、回りも遅いか・・・だけど効果が全くないわけじゃない。いい慎重さだね」
「はぁああぁー・・・」
「大丈夫ですかニカさん?」
「だ、大丈夫です・・・怖くないって言ったら嘘になりますけど、きっとウォルターなら大丈夫だって信じてました」
「そうですね。私たちの愛する人が、愛する子供たちがあの厳しい雪上で戦っている。ここまで逞しく耐えてきた彼らの情熱を、命の輝きを信じま」
「見たかホラ!!!あの子たちは私の子なんだ!!!」
「・・・信じましょう」
「ありがとうございます、マリア様」

 マイペースでいてドデカい声援でマリアの名言が遮られた。しかし今に彼女を遮ったのは、素晴らしい活躍を見せた彼らの母親のカミラであったからして。

「・・・なんの、ウチの娘の方がもっと凄いことを成し遂げる・・・見ろ」

 ──ドクン。

「これは・・・」

 ──ドクッドクッドクッ。

「心音・・・でも誰の・・・」

 心臓の拍動が 響く。とても早くて今にも潰れて、はち切れてしまいそうなハラハラとした音に皆が狼狽えている。

『集中したい・・・我が子が一生懸命に頑張っている証であるこの音に・・・なのにこの密な小さな世界全てを私は受け入れようとしている。これまでの人生の中でも体験したことがないくらいにクリアに開けているのはどうして?』

 心音以外の雑音(どよめき)が邪魔だと心の奥底でストレスに感じているはずなのに、今はそんなことよりもこの音を刻むことを優先すべきだと本能が警鐘を鳴らしている。
 黙れと態々周りに注意することが不毛に思える。
 同時に静かに私の脈も徐々に上がっていて、今に至っては大気を振動させるほどに心臓が強く拍動しているのを感じる。

「激しく脈打ちながら闘志がビリビリと伝わってくる・・・これは・・・ミリアの鼓動か」
「火口舞台をグルリと一周するように作られた円形の道を跳ねて、駆けている」
「先ほどエリシアを襲おうとしたマーナの如き衝撃か、しかし速度はまだまだ・・・」

 そうこう、5、600mはくだらないエリシアの作り出したリング状の回路を走るミリアが何をしようとしているのか見当も付かずに見守っていると、ミリアが道標に従って一周──。

「見ろ!!!急に加速したッ!!!」

 ・・・通り道が完成する。

「8つの先駆する放電がミリアに標的への道標を伸ばしておる・・・あとは身を委ねるのみか」

 ここからは無制限の領域。

「ハア・・・ハア」

 ──が、枝(ステップ)は時が過ぎるごとに短く、寿命を縮めていく。

「アレぐ・・・うううう・・・アレグロッ」

 もっと速く、もっと速く達しなければ破れない。なのに少しでもリズムを崩してしまいたいと望めば蓄積した疲労が反動となってチクチクジクジク、痛みに歯を噛み締めながら現在のテンポを必死に叫ぶ。

「グオオオオオオ!!!」

 苦しみに踠く悲鳴が、天高くにまで轟く──ッ!

『信じろ・・・か』

 ほんとアホフレッド。・・・言ってくれるじゃない。私の苦しさも知らないで。

『あの頃とは違って、みんなが私にやりたいことをやらせてくれている・・・これも全部、私に選択肢をくれたあなたのおかげなのよ・・・』

 素直になれないのは私の所為。だけどどうか気づいて欲しい・・・あなたへの私の気持ちに。


「聴いてよね・・・私の成果(ノーツ)ッ」


 心音よ・・・高鳴るがいい、轟かせるがいい!!!


「ヴィヴァーチェ!!!」


 嗚呼、彼の心配は現実となってしまった。上空の雷鳴と巨大な雹が誇らしげに伸びている穀物を打ち倒した。

大きく曲がれロマン・オブ・大きく開けろドラクロワ!!!」

 影の女帝が創った闇の路に導かれる果てに、地を這う雷光に晒されても掻き消されない感情の行き着く先は──。

「神解け、是色──」

 ・・・迅雷と化した少女の影が少年の影を掠めた瞬間のこと。長い調伏を経て、新たな主人に飼い慣らされた天雷が遂に放たれる。だが解放された雷の向かう先は女房の大地(モト)ではなく、地上を駆ける1人の少女へ──。

「普遍と平等の摂理を捻じ曲げた愚かな者へ。もう一つおまけに、異空ッ!!!」

 更に少年は稲妻に振られた大地の痩せ細った実りを嘲笑うかのように辺りに銅貨をばらまく。9つ目の野太い枝を差し出して少女を支えながら、種まき人を無視して傲慢な王にばかり手助けする大地に断罪の鉄槌を落とす。




「プレスト」



 ・・・彼女の手足が稲妻と雷鳴の轟で目を覚ます。

「・・・命よ咲き誇れ(プレティッシモ)」

 ライ麦より誇らしげに、露に滴る若草色の大地よりも壮大に、天照らす光でそれら全てを焼く激烈の旋律を奏でよう。

「やはり帰還雷撃(リターンストローク)へと・・・達したか」

 絶縁を破る雷速は昔一度父に聴いた正統契約者にだけ許された領域。

「できた・・・僕たちのテンポが」

 命をも脅かす季節の難を超克する色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。空(シューニャ)に色(ルーパ)を彩る歌姫のための舞台が全て整った。

「いけぇええええええ!!!」

 声を重ねて独唱しよう。全てが整った今こそ全てを1つに合わせるのだ。

「合技(アリア)──!!!」

 冬の一色、”停滞”。停滞を振り切った1本の雷が夏の嵐を呼んでくる。

「グアッ──アアアッ!」

 色は空なり、空は色なり。

『ああ、これで遂に終わっちゃうんだな』

 自然が唄う厳しく激しい叙情。

『ありがとう、みんな・・・僕は・・・ボク・・・は?』

 降り注ぐ猛熱が冬の色を塗り替えて、僕らの空を最高の閃光と共に取り戻──・・・。

撃夏ストレート詠唱フラッシュ──   」 

 ──・・・貫け、勝利へ。

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