アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

260 Open the lid

「どうしてだマレーネ・・・今度は勝てそうなんだ!だから応援に行こう!」
「いやさね・・・会場にはいかん」
「どうしてそう頑なに拒むんだ? エリオットたちのお守りは大丈夫だって!もしぐずるようだったら交代で・・・な?」
「この子たちのお守りは建前だ。それはお前も分かっているはずさ・・・パーティーの名を継承したあの子たちの物語はこれからもまだまだ続くだろう。だが私の中ではまだ、終わっていない物語がある。私はその物語が完成するまで他の物語の幕切れを見る気はない・・・」
「おい・・・」
「わかったら出ていきな! か弱い年寄りを困らせるんじゃない。引きずり回さんでくれ・・・」

 白状しよう。前回のリアムたちの挑戦、俺は負けると思ってた・・・そんな確信があった。だから前回はマレーネを無理には誘わなかった。しかし今回は違う。みっちり半年近くあいつらを鍛えた。この時間が前回とは比べ物にならないほどの緊張をあいつらに与えてくれるだろう。緊張が鼓動を高鳴らせて、最高のパフォーマンスを実現できる状態へと精神と肉体はステップアップする。そして何より緊張とともに感じるであろう心に開いた穴の存在、カタルシスこそがリアムたちに勝利を・・・。

『こうも面と向かって言われるとは・・・まいったな』

 失意の中に落としてきてしまった感情が今更俺を揺さぶる。

「すまない・・・」 

 ゆっくりと木が合わさる音を立てて扉が閉まり振動がテーブルから指を伝って全身に広がる。扉が閉まる間際に覗いた奴の背中の語った哀詩の情けないことか。昔のやつはあんなじゃなかった。

「あうぅ・・・」
「年寄りの頑固さ舐めるんじゃないよ・・・そうさね、ちゃんとあの子たちが無事帰ってきたなら私だってちゃんと祝いはするさ・・・だが私は私の見たい幕切れ以外を見るなど絶対に・・・」

 それはこの領地内でもおそらく最も長生きしてる私だからこそ言えること・・・私がそうであるようにお前もまだ過去に決着をつけられていないはずなのさ。




「こい・・・もう亡霊に取り憑かれるのはごめんだ」

 リアムの言葉が脳内を侵食していく。

「こうして遠回りしてしまう僕らは、失った分の時間を死に物狂いで取り戻さなくちゃならないんだ」

 頭から離れない。

「速い・・・もう山を降りた」
「ここからは渓谷、エリアGからFへと移ります」
「速い速い速い! これが本当に人の出せるスピードなんでしょうか!」
「光や空間ならいざ知らず、風や闇の中位精霊くらいとならいい勝負ができるんじゃないか・・・ん?」

 今、スコルが何かにぶつかった・・・。

「ツインヘッドスネークが一撃・・・」
「ぶつかったというか、轢いたというか、突き抜けたというか・・・全然速度が落ちてない」
「開いた風穴が実に痛々しかった。いやーあの太い胴体がほぼ真っ二つでしたね」

 闇に蠢く巨大な影が行手を阻む。リアムはうまくよけたが、熱を探知する器官を持つ蛇が高熱を発するスコルへと飛びつこうとして肉を食いちぎられて返り討ちにあった形だ。しかしそれも瞬きの間に全て終わっているほどほんの一瞬に起きたことで、よってリッカの表現が曖昧であるのも仕方のないことなのだ。

「お・・・俺は・・・」

 リアムの現状を解説するダリウス達の声が聞こえないように耳を塞ぐ。しかし時すでに遅し、リアムの言の葉が落ちた場所から波紋が広がって、隙間を埋め尽くしていく・・・苦しい・・・だが、引き剥がそうにも脳裏までべったりとくっついていて端が捲れそうもない。

「ウィリアム・・・お前」

 夜の闇に紛れていようが、ダンジョンを目一杯使ってスコルと競争(レース)を繰り広げるお前を直視できない。例え単なる映像であろうと、リアム、目覚めたばかりの俺にお前は眩しすぎる。

「馬鹿野郎・・・やっと、目覚めたか」

 こびりつくように瞳を覆っているのは、10年以上も昔に閉めてしまい錆び付いて最近ではびくともしなかった蓋である。それが今、驚くほど簡単にポロッと外れて取れた。

”待ってくれ、私たちはまだやれるはずだ!”
”・・・もう俺には無理だ”

 2度負けた・・・しかしまだ3度目がある! これからが勝負だと、まだ諦めていなかった頃に判明したのは私の妊娠だった。

”だが!”
”・・・わかってくれ、頼む”

 まだまだこれからって時にやる気の腰を折って悪かったと思ってる。しかし、ウォルターが生まれた後でも私たちは十分やる気だった。だが、妊娠が判明してからウォルターを生むまでの期間は風前の灯火だった闘志に風が吹き込むには事足りる時間であって、閉じられた蓋を錆びつかせてしまうには十分すぎる期間だった。

”・・・わかった”

 あろうことか蓋に水を差して錆びつかせたのは、誰でもない私だ。

『私たちは・・・ああ・・・違う、お前はまだやれるはずだ・・・になってはいないか。私にやる気があったと言うには非常に遺憾ながら烏滸がましい・・・』

 挙句にその前の2回とも、お前におんぶに抱っこと言っても過言ではない醜態を晒した私が、燃料(とうし)に蓋を閉ざしたお前を責めるなどできるはずがなかった。

「あれ・・・どうして、だ・・・涙が・・・」
「カミラったら・・・もう、って私まで・・・どうしてかしら・・・リアムのさっきの言葉が、頭から離れてくれない」
「これまで自分の一部だったものが溶けて流れ出していく・・・重い、そして苦い」
「リアムちゃん・・・あなたは私たちをまた、更に救い上げてくれるっていうの・・・」

 興奮と熱狂に包まれる観客の中には周りの熱気に呑まれることなく、ポツリポツリと明らかに観客の大半が感じている感情とは別の思いを募らせる客たちがいた。「亡霊に取り憑かれるのはごめんだ」、あれは確かにリアムが自分自身に向けて放った言葉であった。しかし一度は同じ希望を抱いた者同士、それを捨てに捨てきれていない者共が図らずとも共鳴するのは自明の理である。リアムが自分宛に送ったはずのメッセージを共有して受け取ったのは、何もウィリアムたちだけではない。

「なんて小僧なんだ」
「俺たちは何年もの時間を無意味に晒すことを自ら許容して、酒に溺れた」
「気づけば空いた時間の代償はこんなにも、大きい・・・」 

 時とは命であり、命とは時である。メメント・モリの齎す人生観が我々に焦燥感を与える。果たして、今、今更その欠片を無駄に消費していたことに気付けたところで俺たちは幾分か幸せになれたのだろうか。

「無駄とは言わない。だが、ひどい遠回りをした。・・・やっちまえリアム。今この時を謳歌するお前は、ここにいる誰よりも強い」

 幸せに・・・無念と後悔を涙に変えて流す現在から少し先の未来でのこと、それは、おぼつかなかった足元を照らしてこれから道を歩み直す俺たち次第だ。

 ・
 ・


「なぁルキウス」
「・・・暇だ」
「あっ、てめっ人が気を使って省いた一言を!」

 リアムがスコルとレースを始めてもうすぐ10分が経過しようとしていた頃、恐ろしいことに事態は一転して、膠着状態へと陥っていた。いわゆる出落ちと言うやつか、初めの展開が怒涛すぎたがためにこの有様である。 

「どうしてマーナ組は積極的に攻撃を仕掛けないんでしょうか」
「うーん。マーナは毒が効いてるのかまだ縄にかかったままで身動きができないでいる。この上ない絶好の機会に何故静観するのか・・・短期決戦を仕掛けるんじゃなかったのか?・・・わからん」
「あのー・・・」
「はい、どうぞリッカさん」
「はい。あの、私思うんですけどマーナ組が今一番欲しいのは時間ではないでしょうか」
「と、いいますと?」
「スコルとマーナ戦において同時撃破は最も理想とされる完璧な結末の形です。しかしあくまでも理想です。それもこうも距離の離れた戦いとなると、ぴったりタイミングを合わせて撃破するのはこの上なく難しくなります。だから、取り決めをする。例え理想でも、推奨される行動であっても時と場合によってはその逆で足枷となります。スコルとマーナはどちらか片方を失うと飢餓という特殊な状態に陥りますから、それを見越した上でどういう善後策を採るのが適切かを考えた時、より人員を割いて対処できる方を残すべきです。現在リアムさんはソロ、信じ難いですがあのスコルをもし一人で倒せるだけの実力が彼・・・にあるのであれば、みなさんが信じているのであれば、スコルが倒れるのを待って体力を削られたマーナを叩くのが次点での理想です。分担は、複雑にすればするほどその分それぞれの要所要所での実行に時間を要します。しかしタスク管理を間違えず、目的を履き違えなければチーム戦では無類の力を発揮する大事な戦略になります」
「そうですね。確かにリアムくんは尋常ではない速度で今も走り続けている。既にエリアDとの境界に差し掛かり、あと10分もしないうちにエリアCへ辿り着くでしょう。つまり今達成されている分担の階級を数字で表すとステージ1。だったらあと1段階、ステージ2ぐらいまでの段階分けを考えてもむしろプラスになる事の方が多い。遠回りをしているようで、絶妙に調整された最も勝利に近い短距離を彼らは走っている・・・素晴らしいですリッカさん」
「お褒めいただき光栄です。ありがとうございます、学長(ルキウス)先生」
「すごいリッカ姉!」
「すごい・・・ね。ナノカ、分担っていうのは私たち姉妹にとって一番大事な構造じゃない。イチカ、ニカ、ミカ、ヨンカが案内役をして、イツカが映像、あなたがいなければ私は1日中、毎日司会に追われることになる。それからギルドで働くみんな、そして冒険者のみんながいないとこのコンテストはそもそも成り立たない・・・だからその・・・いつもありがと」
「お姉ちゃん・・・私も、いつもありがと」

「こっちこそいつもありがとー!」「今年もよろしくねー!」「愛してるぜー! みんなー!」・・・リッカが言葉にして表した感謝の気持ちに呼応して、会場中を席巻する感謝の嵐が吹き荒れる。特にさっきリアムの言葉にやられて立て続けに心慄された高ランカーの冒険者達は鼻水まで垂らしてもう、色々とめちゃくちゃだ。

「ゴホッ! リッカが急にデレるから驚いてぶどうジュース吹いちゃった・・・お姉ちゃん拭いて〜」
「イツカはまだまだ甘えん坊さんね」
「デヘヘー、優しい姉妹達がいて私は果報者ですな〜」

 今日のイツカはいつになく上機嫌だ。前回アリアがスコルとマーナに挑戦してからもう半年、あの時起こった不可解な演出後にいつの間にか操作パネルに追加されていたSlowのつまみとHighlughts or Nowのボタン。パネルに指を添えてつまみを回せば映像のスピードを一時的に変速できて可変自在、ボタンを押せば任意のシーンをもう一度流すことができて、再度押せば現在の映像を流してくれる。Liveということで扱いが非常に難しい項目になるが、おかげで演出の幅が広がった。そして半年ずっと我慢して取っておいた今日のお披露目で、いきなりリアムがやってくれた。

「あの縄はそっとやそっとじゃ切れないわよ」
「信頼が厚いな。ただの道具にお前がそれほど信頼を置くとは」
「そりゃあもう、身を以てあの縄の頑丈さを知ってるもの。あれはキマイラのたてがみを編んで作られた縄でティナちゃんとアルフレッドちゃんに・・・ハァー・・・あの緊縛感、今でも忘れられないわ」
「そ、そうか」
「なんかヤダな・・・その言い方」
「よければ今度ウィルも体験してみる? 私が縛り上げてあげるわよ」
「悪かった! 悪かったから眉一つ動かさず笑顔で顔を寄せるのはやめてくれ!」

 マーナを縛り付ける縄を見て思い出されるアルフレッド&ティナVSリゲスの1戦。あの日、アリアの名を賭けた決闘の全容を観戦していたブラームスは身震いする。リゲスは様々な武器を使いこなす武器界のリベロだ。しかしこの多芸を支えているのは使用者自身の才能であり、扱う種類が増えれば増えるほど凡人と比較すれば才は光り映える。彼は己の研鑽を何よりも信頼する根っからの肉体第一主義者でもある。彼が戦闘中に使う魔法鎧は、その象徴と言ってもいい。魔法も個人の魔力に由来する力である。
 アブノーマルマッスル。荒ぶる筋肉が並大抵の武器であれば手に持って数回振るうだけで魔力も用いていないのにことごとく破壊してしまう。初めはその尋常ならざる力を恐れた人たちがつけた異名であった。しかし魔法で武器を再現できることを知り、魔法武器理論と武器の特性を細かく学んだ彼の才能は開花しウィリアムたちと出会って周知されるところとなった。それも努力の結果。奇しくも喪失も汚名返上も周りに影響を受けた結果であるが、何年間も自分の非才ぶりに悩み続けることができた実直さが才能に誇りを取り戻させた。実は彼の口調もその時にあれやこれやして、試行錯誤の最中におしとやかさを間違った方向で身につけようとした時の反動だったり、まあ、名残だ。

「お、オデはもう・・・感激のあまり・・・何も・・・ゔう」
「あっ、ギルド長はもう少し真面目にお仕事お願いします」
「なんで!? なんで俺だけそういう扱いなの!?」

 何故かダリウスにだけは辛辣なリッカの発言で、会場中に笑いが起こる・・・が。

「鼻が汚い・・・ギルド長、このハンカチ差し上げますのでお顔を綺麗に」
「その優しさがまた心に染みるというか、差し上げるって所で抉られるというか・・・」
「ダリウス」
「なんだよ・・・笑いたきゃ笑えよ」
「あれあれ、そろそろ均衡が崩れそうだよ」
「縄が一本ちぎれた! 我々が攻略予想をしている内にマーナが縄をちぎるだけの体力を取り戻したようで、ようやく事態が動きそうです」

 そうこう少々脱線していれば、毒の代謝が進んだのかマーナが体を拘束する縄を1本力づくで引きちぎる。

「あら・・・」

 言ったそばから・・・リゲスは手負いの状態でありながら、魔法で拘束力を強化された縄を雷で焼いて1本引きちぎったマーナに驚く。天晴だ。流石はかつて牙と刃を交えて戦い、そして勝てなかった強敵たち・・・。

「・・・ね?」

 しかし、均衡が破れて待ちに待った時がようやく訪れたというのにナノカの進行は歯切れが悪く疑問形である。それというのも──。
 
「縄が一本千切れた・・・レイアたちが魔石にストックしていた魔力もそろそろ限界か。ラナ、新しい毒は?」
「はいはーい、後10秒待ってて。より強力な麻痺毒を合成・・・できた。ゲイル、ゲート」
「はぁ、俺様しか空間魔法を使えないとはいえこんな役回りばかり・・・もっと派手にいきたいものだが・・・」 
「早く繋がないとこの毒をつけた針でプスっといくよ?」
「致し方あるまい。これも全ては勝つためだ、ゲート」

 ゲイルが目の前に出現させたゲートに向けて、ラナがナイフを投げ込む。

「グウウウウウ!」
「ちゃんと効いてるね」

 投擲の勢いも相待って、上空に開いたゲートの出口からまっすぐ落下したナイフはそのままマーナの背に刺さる。均衡(バランス)がグラついたのも束の間、再び全身に回り始めた毒がマーナの筋肉を縛り、神経を支配する。

「毒の効果時間、その場で獲物の状態を見てポイズントードの毒をベースに3種類の毒草を足して再調合した麻痺薬のようです。流石はマレーネさんの系譜に名を連ねるエドガー先生のお子さんですねとでもいいましょうか、しかし家系の話を抜きにしても器用かつ繊細でありながらなんとも鮮やかな手際でした」
「天神乱漫で試験日のホームルームには決まって爆睡していた子が、巨躯のマーナにも即効性を見せる毒を調合するとは・・・それも現場で・・・勉学に賭ける情熱の乏しさに対して成績は悪くなかったのでやれば伸びる子でしたが、これまた目に見えて驚くほど成長したものです。せっかちなのは相変わらずのようですが」

 元教え子のラナをよく知るビッドとアランは彼女の成長ぶりに素直に感銘を受ける。

「やはりマーナ組は時間稼ぎに徹するようですね」
「はい。そしてこの攻防の鍵となる注目すべき要素は毒です。マーナに致命傷を与えないようにしながら体を痺れさせて完封する毒の再調整をたった10分やそこらの時間で成してしまったラナさんの薬学の知識には目に見張るものがあります」

 リッカの予想した通り、マーナ組は時間稼ぎをしている。また、マーナが再び麻痺に喘ぐと同時にマーナの体を拘束していた縄との繋がりをフラジールとレイアが切って休みに入る。

「ウォルター同様、エドの血をひいてるラナは人一倍目がいいからな。それから魔力に対する感度も・・・この半年で身に宿した精霊の具現化は遂にはできなかったが、代わりにラナが目指したのはウォルターとレイアの中間的な存在。兄妹どちらも支える中核の柱」
「幼い頃から母さんの家で育ったあの子には元々植物やその他の薬になる素材の知識はあった。ただ、それをどう調合すればどういう効果を発揮し、打ち消し、薬効時間を持ち、薬の強さと量を調節する・・・調合と処方の知識がなかった。今回のネックはナイフという限られた面積に塗布できるだけの量であのマーナにも十分効果を発揮しながら、なるべく長時間効果を保ち続ける毒の合成。うん、見受けられるに薬効以外の余計なショックも起きていない・・・よく頑張ってるよ、ラナ」

 カミラとエドガーは感心する。この半年間の息子、娘たちの頑張りを一番近くで見ていた。これまで一緒にいてやれなかった分を取り戻すために、そしてそれは、これからも──。

「お疲れフラジール、レイア」
「ありがとうエリシア」
「よくやったな。しばし休め」
「ありがとうございます、アルフレッド様」
「どうどう? 完璧でしょ!」
「完璧だったよラナ姉!」
「へっへーん!」
「意外だ。マーナ組はリアムがスコルに敗北した場合のこともちゃんと考えてるみたいです。もしもの時に前線で戦うことになるウォルターとアルフレッドとエリシアを温存している。ティナとミリアも、今のうちにあの驚きの初撃で消費した体力と魔力を回復しているし──」
「そうだな・・・もし仮にリアムがスコルを討ち損ねたとして、身動きの取れない今のマーナにトドメを刺すのは容易だろう。ついでに100k m近く離れたこの距離をスコルが戻ってくるまでの間にインターバルができる。その間に作戦の変更の有無を検討、回復し態勢を整え直すこともできるし・・・」
「今回はこれまでの戦いと違って取れる選択肢がもう一個ある。それはあの水晶舞台から降りて戦うことだ。マーナ組には空間魔法を扱えるゲイルがいる。ということは、飢餓によって大きく地形の変わるあの頂から離脱して、任意に戦場を変えることも可能だ」

 ルキウス、ダリウス、そしてウィルが今回のアリアVSスコルとマーナ戦の途中経過を評価する。

「でも、もしスコルが頂に戻ってきて、そして意地でも動かなかったら?」
「それこそ我慢比べだ。一度敗北してしまっても、ダンジョンにはリヴァイブの門がある。つまり、生き返ったリアムが再び戦線に復帰できる」
「・・・それって!」
「彼なら魔法を使って復活と同時に瞬時に戦線復帰できる。仮にリアム君が復帰できないようなイレギュラーがあったとしてもその時はその時だ・・・残りのメンバーでスコルに挑み、そしてその結果こそが今のアリアの実力を示すだろう・・・と」
「もし、本当に復帰できた時は・・・ヤバイな・・・どんだけ考えて行動してるんだ・・・今のアリアは」

 マーナを残した場合にどんなリスクがあるのかはウィルたちも詳しくは知らない。ただし、スコルが飢餓に陥った場合最早戦闘も満足できないほどに舞台は荒れる。故に優先度はマーナ→スコル。失敗したときになるべく体勢を整え直せるように考えるのは当たり前といえど、復活後即戦線復帰など誰も考えないしそれができるのもリアムがスコルとサシで戦える実力あってこその力技だ。

「実にタフだ。スコルを殴ったと思えば、マーナを釣って挙句に今はこうしてスコルを競争へと誘い弄んで・・・」
「そうだよあいつ、最初の一撃で自分を餌にしてマーナを釣りやがったんだよな・・・」
「一手でスコルを場外に飛ばし、自らをマーナに目で追わせ隙を作り、よそ見と挑発を同時にした。あのスコルとマーナを同時に相手にして煽って憤慨させた。その効果は明らかだ。怒りに燃えるマーナはラナに振り出しに戻されて更に憤慨し、その起点となったのはもちろん・・・拘束を外そうにも本来の力を発揮できないでいる・・・混乱しているんだ。いきなりふんずりかえっていた片方の玉座に座る托生の頭を正面から堂々と殴り飛ばされた。高慢な王が玉座の間で背後から刺されたり毒を盛られて暗殺される展開は巷の書物でもありふれたストーリー。しかしこうもあっさりと、それも堂々と正面から刺客の攻撃を許すとは夢にも思っていまい。尤も、高慢が嘲笑われたことに憤慨するのもまた道理であるが・・・」  
「スコルの足を意図も簡単に掬った。長期戦(カメ)が鉄則のスコルとマーナに短期決戦を仕掛けるのか!? ・・・と思いきや消耗戦に持ち込んで格上で目で捉えるのも難しい相手に、んな戦法・・・あれ、毒や拘束魔法がなくてもあいつら動き見えるくね?」
「というより、今のところ完封していますよね。消耗戦というより、あれでは・・・」
「・・・一方的な拷問です」
「それだけの戦法をとれるほどにアイデアが豊富なんですよ」

 戦いを何度も反芻して、分析を繰り返し、そして評価するたびにルキウスのアリアに対する評価が上がっていく。

「そしてアイデアを現実に引き出す取手は十分にあることを初めからずっとアピールし続けている。きっとこれまでスコルとマーナに挑戦して散々な目に遭ってきた者たちは、彼らの傷つくことを恐れない勇敢さと、粛々と作戦を実行する冷静さ、そしてそれらを実現するために必要不可欠な頭脳によって圧倒する姿を見て、さぞ惨めで悔しいでしょうね」

 だがルキウスの言葉は更に続いた。その余計な一言が付け足されて、哀れみを全面に押し出す形で。 

「ふ、ふざけるな!」
「何様のつもりだ!俺たちがどれだけの思いをかけて奴らに挑み、そして・・・負けたか」
「過去の挑戦者の中には既に没し、無念に散った者もいる・・・そいつらの覚悟まで穢すような発言は──ッ!」

 スコルを煽ったリアムに影響されたのか? ルキウスの発言がこの映像を見ている全ての敗北者たちの反感を買う。  

「静粛に願います。私の話はまだ終わっていない」

 すると、ルキウスは低く、そして平たい声色で飛び交う怒号の弾幕を貫いて見せる。 

「これまでスコルとマーナに挑戦し、そして敗れた人々の憂いは想像を絶する。非情にも無意味に終わってしまった戦いは称賛されることはなく、それを象徴するかのように今日の攻略は停滞しており暗闇の中を迷走している。だが、臥ることはない。これはパラダイムシフトだ。今あの強敵たちを更に圧倒している彼らの挑戦は昨日今日に突拍子に始まったわけではない。これまでの積み重ねがあって初めて、彼らはあの高みにいる。今日、長い時間止まっていた針が再び動き出した。彼らはこれから後に続く冒険者たちにとって希望の光となるでしょう」

 そして、怒号とともに浴びせられた抗議の声はルキウスの次の一言によって完全に鎮静され、客席の冒険者たちは一握りの冒険者のみが手にすることを許される名声を夢見たあの日の初心を思い出す。

「パラダイムシフトってなんだ・・・?」
「魔道具の開発中、リアムさんがよく使ってました。行き詰まったら考え方を180度変えるのも1つの手だ。昨日見た夢の中、くだらないと吐き捨てた世迷言のなかにも無意識に発した答えがあるかもしれない。要はいかなる可能性にも価値があるといいましょうか、その度合いを示す言葉の一種です。本来パラダイムシフトとは定説を覆す事、所謂る認識の革命です。しかしリアムさんはこうも言ってましたね・・・過去が現在の積み重なりであるように、過去もまた、現在を生み出す原因である。しからば先人たちの挑戦は決して無駄ではない・・・と」
「老い先短い老体からしたら寂しいような、しかし人生をかけて撒いてきた種が芽吹いた時のように、嬉しくもあるような不思議な気持ちになります」
「ビッド先生。私も同じ気持ちです」
「そうですか・・・時とはなんとも恐ろしいものですねぇ。自分が攻略しなくとも誰かがいつかは攻略する。自らの手で完遂できない可能性もあることは皆、百も承知。そして今、歴史の節目が一つ自分以外の他者の手によって刻まれた。しかし没した敗北者たる我々を気にかけて逆行するリアムくんは、優しすぎる」
「無念に没するも敗北者ではなく、勇敢に立ち向かった英雄であると到達者が称えてくれる。それだけで報われるものもいれば、より闘志を滾らせる燃料にもなり得る」
「・・・と、いう事です。わかったらもっと魔力を絞り出しなさい。ほら、映像が乱れかかってますよ」
「お前はもっと俺に優しくてもいいのになぁ・・・だが、やってやるよ!元傭兵、元冒険者!後輩たちの晴れ舞台を飾ってやれないほど、俺だってまだ枯れちゃいねぇ!」
「・・・チョロい」

 ジェグドは闘志を滾らせて燃やす方の人間であろう。精精、有り余る全魔力を絞り出して私の研究に役立ててくださいねと、陰謀説が展開される映画の黒幕らしくケイトは笑う。

「上手い、流石はルキウスだ!これで今のアリアに唯一足りなかった大義名分を与えた!」
「大義名分・・・というと」
「いるんだよ。世の中には、自らの努力足らずを他者のせいだとし、問題を摺り替えて逆恨みする連中が少なからずいる。そういった奴らに出会った時、リアムくんたちが己の利益以上に理不尽な暴論を跳ね除けられるだけの主張がいる。こうした大義名分を与えることで、この戦いは単なる冒険者の私利私欲、名声のみを求めた戦いではなく、普段からダンジョン攻略に勤しむ者、または全く興味などない人々にもより広く、多くの人々の中でこれは誰かの、延いては皆のための戦いなのだと認識される。弔い合戦だったり、未来への橋渡しだったりと一線を引いた戦いになる。これまで挑んできた過去、全ての冒険者たちに僅かではあるが等しく栄誉を与えることで彼らは大義を得たんだ」
「なんかよくわかんないけど、パトリック様の様子からすごいってことだけはわかった」
「・・・失礼。私としたことが、取り乱しました・・・少々強引でありながら思考を麻痺させ押し売りの理論を受け入れる余地を聞き手に与える・・・そして引っ張り込む。僕もルキウスの言葉のマジックにまんまとひっかかってしまったらしい」

 パトリックは拳を固く握って語る。ルキウスが担った役割とその狙いについて。

「何より彼らは理解している。この戦いで肉が引き裂かれようが、骨が飛び出そうが、全身の血が流れ出ようが死なないことを」

 最後に全ての人が共有する痛みを例に出したことで、ルキウスの言葉が聴衆全ての胸に重くのしかかる。あそこで戦えば死なないな・・・ああ、死なないとも。だが痛みを感じないわけじゃない。傷つかないわけじゃない。血が流れて、肉が露出し、骨を折られる可能性がないわけでもない。むしろ臓物を引きずりだされ、大衆に死体を晒される可能性だってあるのだ。だって・・・?観測して幾重にも細かい作業をこなすことで適切に作戦を実行している結果、今のところ無傷の彼らの戦いはぬるく見えるだろう。しかしこうした簡素だと錯覚されかねない戦いで忘れがちな危険を彼らは犯しながら今も戦場に立っているのだと観衆全員に警鐘を鳴らした。

「・・・違うな。理解したんじゃなくて、させられたんだ。無理やりリアムに」
「ああ、全てはその教示のための布石だった。前回同様、呑気に水晶採集させたことや、挑戦の間際に辛辣に振る舞ったことも全てはそのための布石だ」
「身を粉にして国を守る騎士たちの信念にさえ、あんな未来(こころ)を犠牲に払う訓示は存在せん・・・」
「あれは騎士道とは違うものでしょう。騎士道とはいわば誇り、他者のために命を燃やす矛であり、等しい命の宝を守る盾の結晶です。騎士道からも外れた犠牲の精神・・・あれは、己の命を天秤にかけて自ら危険に飛び込む冒険者たちの矜恃」
「今時あれだけの覚悟を決めて狩をする者も珍しい。ましてや、皆一度生き返りを経験しているではないか」

 しかし、ウィリアムたちはルキウスの理路整然と練られた大衆向けのアジテーションに一部反論する。

「蓋が開いた・・・アリア全員の閉じられていた蓋をリアムの奴はこじ開けやがった」
「キツく締められていた蓋をああも鮮やかに、そして一斉に、かつ迅速に開いた」
「一人でも欠けていたら、その時点で本来見込まれた目標を達することはできずに作戦の変更を余儀なくされたかもしれない。それどころか、失敗が尾を引けば後に展開される作戦も十分に機能しない可能性だってあった」
「呼び覚まされた闘志、肉体の解放・・・ゾクゾクしちゃう❤︎」
「自ら口火を切った開戦の号令とともに・・・なんと末恐ろしい統率力(センス)でしょうか」
「いいえ、マリア様。これはセンスなんて綺麗なものじゃなありません。今のは明らかに博打です」
「・・・博打、ですか?」
「はい。カミラやウィルが開戦の前から心配していたように、仕組まれたプレッシャーによる時限装置の起動は不発で終わる可能性だって十分にあったんです」

 アイナに言われて、マリアは開戦前にカミラとウィリアムが話していた心配事を思い出す。

「不執拗にトラウマを刺激するのは危険だと、アメリアの治療の時にリアム君は何度も私に念押しをしていました」
「私にはわかります・・・着地点が見えない、右を見ても左を見ても真っ暗・・・半端な気持ちのままあのスコルとマーナと戦えば、そうした心の闇を暴かれ、そして必ず突かれる、足を引っ張る・・・何より大衆に晒される。いざという時、より深く抉られた傷を、痛みを・・・敗北という重すぎる2文字を背負って心中しようというリアムくんの覚悟が・・・」

 信頼で成り立ってしまう世界の現実というのは実に脆く儚げで・・・そして、美しい。

「それでも、成功させてしまった。疑問の余地が残る策であっても、成功してしまった今、少なくとも有効性は証明されたわけだ・・・奴には実行力がある。失敗したその時はその時である、仲間たちと不幸な結末を共にしようと納得していた・・・それだけでも、査定不能の未知が絡む事柄だと承知していても成功するだろうと我々は思わされてしまうのだから、マリアの言った通り、リアムの才能が末恐ろしいことに変わりはなかろう」 

 あの山を降った時、別れ際に放った号令をかけた時点で、リアムは既に3つもの賭けに勝っていた。

「それにしても、皆、本当に成長したな! 己を律し、制御し、何より我慢強くなった」
「これも全ては仲間のため、勝利のため・・・仮の死が、あの子たちを大きく成長させた」
「泥臭くっても勝ちは勝ち。自分たちの得意なことを活かすのはもちろん、ひけらかすだけじゃない・・・引き際を知り、被害を最小限に止める」
「そして不得意な分野は補い合う・・・人間には得て不得手があることを、彼らはこの半年の厳しい修練を通じて深く知った」
「助けられることを恐れない心も育んだわ。恥ではなく、これはチームワークなのだとちゃんと自覚して1人1人が責任を持って行動している」

 今では恥も外聞も気にするだけの虚栄心などかなぐり捨てて、これまで育んできた修練と仲間たちへの信頼だけを信じて未来と対峙している。もちろん、信頼を中核に含んだ戦いでは1人の失敗は皆に広がる。それがチームで戦うということで、だから当然、余計な波を立てないよう慎重に、適度な緊張感を持って臨んでいる。

『杖をとって、魔法を唱えるだけなのに』

 指一本を動かそうとするだけで──。

『こんなにも震える』

 呪文の1文字目を唱えるのにも、呼吸が乱れ狂う、荒れる。

『怖い・・・どうして・・・』

 ナイフの柄に指先が触れただけで、肘にまで強い電流が走る。

『手、足・・・指先が・・・石になったみたいに強張る』

 肉体に刻まれた恐怖。

『泣いてしまい・・・そうです』

 涙が溢れてしまいそうになる。

『耳が・・・尻尾が・・・全身の毛が・・・』

 雷の音を聴いただけで、もはや種族など関係なく、肌が縮まり、全身の毛が逆立つ。

『まだ、奴らが出てきたわけでもないのにこのプレッシャーは・・・あまりにも辛すぎる』

 舞台に立っただけで、無意識に呼び起こされる惨めさ塗りたくられた辛い記憶。

『でも・・・でも!!!』

 心と肉体を縛る恐怖に加えて、焦りが滲み出してきた・・・でも、止まったこの地上の時間の中を、彼は何事もなかったかのようにいつも通りに上空の雷など意も解さずに、まるで歩き慣れた通学路を歩くように、もしくはあれほどの雑音が空から落ちてきているというのに、ダンパーの雑音を気にしてピアノのペダルを優しく踏み込むように、上げるように──。

『あ・・・リアムが一人で行ってしまう』

 あなたの背中が見える。・・・ああ、あなたの背中が遠ざかって行ってしまう・・・行って・・・置いていかれてしまう・・・それだけで、そのことをもう一度、もう一度、もう一度・・・考えただけで、私の心臓は異常なまでに萎縮して大きく弾けるようにして脈を打った。

『リアムさん・・・待って、待ってください。今、追いかけますから』

 1人で先頭を走るリアムに、背中を預けてくれたリーダーに、私たちが前回体験した惨めな思いだけはさせたくない。

『私が動かないと、リアムが──』

 これは先取なんだと、私たちを頼りにしてくれたリアムが計画通りならマーナに──。

『イヤだ、また、あなたを失ってしまいそうになっている。それも今度は私のせいで』

 一つの特別な繋がりが終わった時、私たちはもっと特別な新しい繋がりで結ばれた。それなのにまたあなたがいなくなってしまうのは、それも私のせいでなんて耐えられない。 

『貴族たる者、民の利益を害して何が、何が・・・害して・・・何が・・・何が・・・友達よ』

 あなたが浴びるべき称賛を、私たちのせいで奪ってしまうなんて。

『リアムの血を今度は私たちが浴びることになるなんて、そんなの──!』

 耐えられない。彼は前回、私たちの誰よりも傷ついていながら、自分たちのことで精一杯な私たちを許してくれた。

『もう、俺たちは許しを得た。あいつは許してくれたんだ・・・なら、今俺たちの体を縛ってるのはやっぱりリアムじゃなくて!』

 この戦いに挑むにあたって、俺たち9人はリアムに試練を与えられた。だけど、その考えが間違っていた。本来俺たちが自分で対峙して、何度でも、何度でも当たってはまたぶつかってを繰り返して・・・しかし今回それはできない。だからリアムは助けてくれただけだ・・・チャンスを与えてくれたんだ。始めから、俺たちが全力を尽くせるように。

『動け、動かないかこの──恥さらしが!!!』

 我が恥は、チームである大切な仲間たちの恥となってしまう。それだけで、俺が恐怖に立ち向かうには十分な理由だ。

『今度こそ、誤ってなるものか・・・全てはまた僕たちに降り注ぐ』

 選択の時。彼への罪悪感から動くのか、それともこの機会こそ友として彼が与えてくれた慈悲(ゆうじょう)であるか、それともチームメイトとしてかけられた情けととるのか・・・どれにしったって、答えは代わりなく自業自得と因果応報の2つの言葉で全て片付いてしまう話なのだがな。 

『あなたを穢したくない・・・あの惨めな敗北で、何より私たちの間違いであなたを・・・』

 ・・・あの雷鳴と共に時は啓示され、腹の底から湧き上がる闘志の奔流の発現と共にその時は私たちに訪れた。

「ブレイフ!」
「ブースト!」
「重力板(グラビティボード)!」
「鈴魔獣化」
「眷属精霊魔法・・・」
「ディメンションホール!」
「バインド!」
風の忘れ物クルーエルクロス・・・いいよ!」

 リアムの呪いともいうべき信頼は、肉体の代わりにトラウマを縛り上げ、縛り上げられた心の代わりに絆を添えた。恐怖は怖れるものから怒りへと代わり、恥は他から与えられるのではなく自ら見下すものへと変わった。

「アリア式超高速雷放電一点月──くらえ!側撃雷、ブルージェットぉおお!」

 酷い賭けだった。重すぎる代償を天秤にかけた。しかし彼らはそれに勝った・・・新たな代償は支払わずに済んだ。そして自らに課せられた鎖の拘束を解放すると共に──。

「みんなが、そしてあなたがいるだけで私たちはこんなにも強くなれる」

 アリア全員の火蓋が切られた。

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