アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

243 蒼炎とセピア

 弦楽器を持った男ってのはどうしてこうもカッコよく見えるんだろう。そして、女性と言えば優美だ。果たして僕が、この輪の中に入れているか・・・。

「違うな・・・なんか」
「十分に良かったと思うが?」
「ピアノとチェロをメインにしているのに、バイオリンの音が立ち過ぎる。これじゃあチェロはまだしも、ピアノの音が調和しない」

 完成されたパート譜に無理にバイオリンを突っ込んだというのにそのバイオリンが2人とはこれいかに。弦奏者を増やせば増やすほど、この追いかけっこにて唯一分類が違うピアノを主役として調和させるのは難しくなる、かといってバイオリンをメインに戻して完成された四重奏にすれば観客は演奏の世界観に圧倒、感銘をうけるだろうが同時に参加しにくくなる。目指すは感情移入しやすい旋律、没入感、一体感。

「やっぱり、バイオリンは抜くべきか・・・」
「じゃあリアムとお母様はどうするの?」
「・・・一応、僕を抜きにして言えばコーラスを入れるのが一番なんじゃないかと思うんだよね・・・マリア様、コーラスはできますか?」
「歌っちゃうの?」
「ええ歌うんです。ただし独唱するわけじゃなくて、楽器とコーラスするんです。イデア」
「はい」

 僕の注文のままに、イデアがサンプリングしたマリアの声を単純に第3声部に合わせて流す。

「・・・調和してる」
「そうだね。あとは部分によって主張が強すぎる部分の調整と、歌詞を当てたりしてもう少し詰めようよ。そうしたら僕はやっぱり余計だと思うんだよね」
「でも、でもリアムも参加して欲しいって・・・」
「ミリア・・・僕だってできることならこのチームに参加してお兄さんをより、祝福してあげたい。でもだからこそ、できることならより完成されたものを送ってあげたいんだ。家族からの祝福となると、余計に僕は邪魔のように思える」

 世の中には、やはり立場というものがある。上司、部下、友人、他人・・・または家族。家族から家族への贈り物に僕が参加して水を差すのはどうかとおもってしまうんだ。それに3人4人の演奏なら、逆に指揮はいらない。そのほうが伸び伸びとした、型に嵌らない演奏ができるというもの、お互いを尊重できる彼らだからこそ紡げる音がある。やはり僕はこの立場(ステージ)のパーツには当てはまらない・・・立場のパーツ・・・立場か。

「これを私が歌うの?・・・できるかしら」
「マリアならできると思うぞ」
「あら・・・あなたが私を励ましてくれるなんて、いつ以来かしら」
「そんなことは・・・ただ、お前が私の励ましが滅多に必要ないくらいに、強くなっただけでだな・・・」
「冗談です。久しぶりにチェロを弾くあなたを見たけれど、やっぱりカッコいいわね」
「・・・そうか?」

 あらあら、子供の前で惚気てくれちゃって。悪巧みと言うべきか、ある事を思いついた僕がブラームスとマリアの方を見るとそう茶化したくなるほどいい雰囲気である。まるで学生時代だ。

「練習にはちゃんと最後まで付き合うよ」
「ほんとね?・・・なら、いいわ。さ、とにかく時間いっぱい練習しましょ?」

 よし、ミリアもそれで納得してくれた。僕をその輪の中に誘ってくれた事は素直に嬉しいが、やはり家族という絆は強く、その中に誰かがノリで参加しても完璧に馴染まずに発生するであろう調和の乱れを彼女も察したようだ。
 
──その日の午後。

「それは・・・素晴らしいけど、本当にいいのかい?」
「僕はいいと思いますよ、念のためブラームス様とマリア様にだけ後で是非を問おうかと思いますが。・・・それにしても、この規模をまとめ上げて指揮棒を振れるのはあなたしかいないし、祝福したいってあの3人の気持ちに一番共感できるのもおそらくあなたでしょ?」
「・・・僕が誰かに心の底から謝意を示すなんて滅多にない事なんだけど・・・感謝するよ、リアムくん」

 ・
 ・
 ・

──半月後。

「はぁーい。おしまーい」
「終わったぁ!」
「明日の合わせ稽古は19何時から、それまでにみんな、今日躓いたり注意されたところを復習してきてね」
「・・・鬼だ。リアムが鬼になった」

 ここ15日間、各々仕事だったり勉学がある時間、寝る時間以外はこうしてずっと楽器を触ってる。

「さ、ミリア、城まで転送するよ?」
「私もう少し残って練習を・・・」
「転送(フォーワード)」

 稽古場となったスクールの1室から、間髪入れずに城へとミリアを転送するリアム。

「来たね」
「はい。それじゃあみんな、後30分だけ頑張ってね」
「はーい!」
「うはぁー! マジかーッ!」

 場所は移って入学式や卒業式の時に使われる魔法練習場である。ミリアには内緒の秘密の特訓、バッハの練習組からは一様に悲鳴が上がる。またそこには、この学校に所属するほとんどの生徒たちがいて──。

「1、2、3、はい──」

 整然と並べられた子供たちが、ある1つの法則に従いパートごとに声を出していく。プログラムを監修するリアムの隣、凛としてこの機会に懸ける情熱を雄弁に語る背中、しかし滑らかな手捌きでその法則を紡ぎ上げる者とは──。
 
「さすが・・・だな」
「そうね・・・」

 ステージの上から全体を見ていた息子とふと目があった。それに手を振って答えると、微笑みが返ってくる。

「・・・アイナ。もう結婚式まで時間がない。話すなら」
「ええ──今日ね」

 ──美しき蒼炎の音と光が漏れる建物の暗がりにて、セピア色の記憶が昔の色を取り戻しつつある。

「・・・リアム、少しいいか。お前に大事な話がある」
「・・・いいけど」

 ミリアにも内緒の稽古が終わり、ステージの上で当日の計画をより詳細に練っていたリアムにウィリアムが話しかける。

「ティナちゃんは申し訳ないけど、先にウォルターやラナ、レイアたちと帰ってマレーネのところで待っててくれる? 後で迎えにいくから」
「はい・・・」

 同時に、アイナがティナを先にウォルターたちと帰らせる。既に家族、されど後少し・・・彼女にも話せないほど真剣な話か、またそれに同等する何かがあるというのか、・・・それはまだ、わからない。

「・・・わかった」
「よしっ。なら場所を移そう。ここは内緒話するにはちょっと広すぎる」

 そうして僕らは魔法練習場を後にする。向かうは学び舎、僕たちが文明を学ぶ場所である。

「この感じ、やっぱり懐かしいよな」
「ええ。昔を思い出すわね」
「あれ? 父さんと母さんも、ここのスクール出だったっけ?」
「・・・違うが、やはり子供の頃に通う学舎ってのは憧憬に通ずるものがある」

 場所は変わって教室、僕が在籍するクラスの部屋である。人工の明かりが必要ないほどに、窓からは月明かりが差込、読み物でさえなければ何をするにも十分な光に照らされていた。・・・蒼炎を生み出す満月、晴れた空から月が僕らを見守る。しばしば雲が世界に暗幕を落としてしまうこともあるけれど、すぐそばには家族がいるから、本当、光がガラスで歪むくらいに些細なことである。

「俺は魔法学院の初等部に通って、高等部の途中までずっとそこにいた」
「私は中等部から同じく高等部の途中まで魔法学院に通っていたのだけど・・・初等部は・・・」

 魔法学院。昔一度箸休め程度に食卓の席で聞いたことがあったかな。少なくとも父さんの出身はこの街じゃない。ならなぜこの街に留まるのか、また僕にとっては祖父母にあたる人たちは? そんな素朴な疑問、自分に関するルーツを知りたいと思うのは至極当然なことだと思うが、如何せん僕は家族の絆を崩壊させるほどの強大な爆弾を抱えてたし、その話題が出たときに当時のウィルとアイナはそれだけ言うとすぐに話題を変えたしで、無理に聞かないほうがいいことだと弁えた。

「私は初等部に適する齢には学校に通わず、教会にいたのよ・・・」
「教会に・・・?・・・それってつまり」
「そうね。私は孤児だったのよリアム。自分の親の顔も知らない、愛も知らない」

 親の顔、愛。そう溢したアイナの表情は穏やかである。そして僕は同時に、やっとアイナの人としての強さ、優しさ、思いやり、慈しみ、その素晴らしき人間性の裏にあった背景を知った気がした。

「でも今となってはそんなこと些細なことだと思ってるのよ?・・・あなたはどうかしら、リアム?」
「当然。僕はそんなこと気にしないし、これからも母さんのことを胸を張って大好きだって言えるよ?」
「・・・ありがとう」

 先日僕が母さんにした質問。今度はそれをアイナが僕に問うた。微笑みに微笑みを返せる関係というのはいいものだ、結構ヘビーな話をしているはずなのに、現実とは裏腹、非常に心地よい。

「あれ?・・・でも母さんってたしかお姉さんが・・・」
「そうね。私の姉さんもまた、孤児だったのよ。家族のように育った仲間たちの中でも私たちは特に仲が良くてね? 姉さんが結婚してこの街に嫁いでいたってのも、今私たちがこの街にいる理由の1つかな・・・」
「そうだな。マリカさんとエリオットさんがいたから、俺らはこの街に馴染めた」
「そっか・・・カリナ姉さんのお父さんとお母さんは、エリオットさんとマリカさんっていうんだね?」
「そうよ。エリオットがこの街の出身でね、彼も早くに家族を失くした人だったんだけど、とても優秀で、優しくて・・・本当に、あの2人が事故で亡くなったって聞いた時には、私もウィルもやるせなくて・・・」
「エリオットさんは、俺の数少ない尊敬できる人の一人だった。王都から逃げてきて面倒事を抱えた俺たちを嫌な顔1つせず受け入れてくれた恩人でもある」
「何が、あったの?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 ウィルとアイナの語るカリナの両親の姿は決して悪い情報じゃなかった。だが、ウィルの言った”逃げてきた”という言葉が引っかかる。まさか、あの時シルクの言っていた事と何か関係があるのだろうか。冒険者を引退した今も2人がブラームスと交流、面識があることから、誰かから逃げないといけないとかそんな重荷を背負ってるとは思い付きもしなかったが──。

「・・・ハワード。なあリアム。ハワード家って知ってるか?」
「ハワードっていうと・・・ノーフォーク、リヴァプール、マンチェスターと並ぶあのハワード?」
「そうだ。そのハワードだ。4大貴族の中でも、王家の血を引くノーフォークと同等か、それ以上の権力を持ちながら、純潔、崇高、支配、迎合、そういった貴族の柵に最も塗れた一族の事さ」
「・・・・・・」

 さっき言葉を詰まらせたウィルとアイナから移って、今度は僕が言葉に詰まる。なぜならハワードと言えば知恵の象徴とも称されて、王の側近であるから。

「でもハワードって言えば知恵の象徴って言われててさ、火の精霊王と縁のある由緒正しき家なんじゃないの? 僕は少なくとも、授業でそう習ったけど・・・」
「それはあくまでも家の外での話であり、表向きの話さ。魔法属性の基礎、9つの頂点の一角にありながら、火の精霊王であり炎熱卿とも呼ばれるパワーズ。しかしそれだけの強大な力の象徴を持ちながら、常に2番手の家の内情が澄み切ってるわけもない」
「9属性? 基礎となる魔法属性は10あるでしょ? 火、水、土、風、雷、光、闇、回復、空間、そして無だ」
「そうだ。確かに現代でいうあらゆる魔法の基礎とされる属性はその10で分類され、数えられるが昔は無を除いた9つだった。何億年って昔のことらしいが、まだこの星が生まれていなかった頃のこと、奴らは聖霊と呼ばれ宇宙っていう空間を目的もなく漂っていたらしいんだが、ある日神が遣わした原初の勇者の介入によって奴らは精霊と名付けられ、統一された。後に全ての精霊を統べる原初の勇者は10番目にして階級1位の王となり、各属性の王たちの円卓に加った。故に奴らは無の王の事を精霊王とは呼称しない。すべての聖霊たちの王、聖霊王と呼ぶ」
「それは・・・はじめて知ったな・・・でもどうして、父さんがそんな学校でも教えていないようなこと知ってるの?」

 僕は疑問に思う。そんな聖霊王として無の王は区別されると、円卓に並ぶ王たちしか知らないようなことを、一部の眷属たちしか知らないようなことをなぜ父さんがと。・・・だが答えはもうわかりきっている。しかし訊かないと、僕がその理由を聞いてあげないといけないって──。

「そりゃあ直接聞いたからさ。その炎熱卿にな」

 雷帝王パトス。雷帝と呼ばれる雷の精霊王の眷属であるミリアでさえ、生まれてこの方彼を見たのは契約を結んだ時の1回だけだという。彼女がこの街で生まれ育ち、魔法学院に入学し王都へと出向けばその機会も増えるではあろうが・・・。

「その目・・・本当にお前は察しがいいなー!ほんと」
「たまに嫌になる時もある。特に思いっきり外した時」
「俺にも経験あるさ。・・・さて、察しの通り俺はただのウィリアムじゃない。・・・ウィリアム・ハワード。正式にはウィリアム・ギルマン・ハワードが俺のフルネームだ」

 ニシッと笑う父さんの口からやっと、・・・その口から吐き出された秘密は率直にして父さんから僕へと投げられた。・・・ふむ。

「どうして、このタイミングだったのかな・・・?」
「本当はあの決闘の日に言うつもりだったんだが・・・ほら、突然お前が消えちまったし・・・あのだな」
「ごめんね。邪魔しちゃって」
「いいってことさ。それに別に邪魔をしたなんて思っちゃいない。ただ、なんて形容すればいいか・・・だな」
「・・・だね」
「それにほら・・・今度のパトリックの結婚式! 甥の結婚式に、叔父がこないなんてことはない。王が留守の間代わりを務める者が必要だし、何よりあいつらは俺がこの街にいることを知ってるせいか今回ハワードは出席しないってジジイが言ってた。が、それでも奴らと繋がりのあるその他錚々たる面々がこの街に集まるわけだ・・・そうなると」
「悪目立ちするのはよくないと」
「そうね」
「そういうことだな」

 あっぶなー。よかったぁ悪目立ちする前に聞けて。カノンのゲスト参加がキャンセルになってて本当よかったよ。演奏さえしなければ監修──リアムとか字幕でないからね。

「あっちでは俺は死んだってことになっててさ。でも独自の情報網を持ってる貴族なら誰でも俺たちが生きていることを知ってる。上からの情報をそのまま鵜呑みにしない奴らも然りだ。それが知恵の象徴と謳われるあいつら唯一の汚点ってわけさ」
「ハワードにとって父さんは目の上のタンコブってわけだね?・・・でも、そもそもどうして王都から逃げる事態になったのか、まだそれを聞いてないわけなんだけれど・・・」
「あぁそれこそ簡単な話だ。要は俺が悪目立ちしすぎたんだ・・・それに生まれただけで家にレッテルを貼った」
「あら、悪目立ちなんて。あの時のウィルは本当にカッコよかったわよ?」
「そうか?ま、俺も後悔してるわけじゃないんだがな?・・・ありがとうアイナ」
「いいえ、こちらこそ」

 ふむ。かなり重い話になりそうだと覚悟していたのだが、想像していたよりかは軽い。これはウィルなりの僕への配慮か、一応彼の中でこの件は既にケリをつけているらしく、僕も必要以上にこの問題にとらわれることはなさそうだ。 

「俺は3人兄弟のうちの末っ子だった・・・だが生まれながらに、他の2人とは違う部分が1つだけあった。それが、母親の違い」
「母親か・・・」
「そうだな。この国では一夫多妻制が許されているが、純潔を謳う正光教の教えやらの布教もあってか、特に後継が必要な王族とかじゃないと、最近は滅多に見ない光景だな」
「そう言えば、ブラームス様はマリア様しか娶ってないよね?」
「フハッ!その通り、”私はマリアしか愛するつもりはないっ”ってジジイはいつも吠えてたよ・・・今もだがな。・・・さて、俺の母、グレイス・ハワードは家長のギルマン・ハワードと、その妻イザベラが住む王都のハワード邸に仕える使用人だった」
「ギルマン・・・それじゃあその人が」
「俺の親父。尤も、生まれながらに家からは冷たく扱われ、外に出れば後ろ指さされる人生だったから自分からギルマンを名乗ることは滅多になかったがな。・・・母はハワード領から王都のハワード邸に奉公に来ていた平民だった。そして奉公中に親父に見初められ、俺を産んで妾となったわけだ。だが、親父の正妻であるイザベラからすればそこに生まれるはずのなかった3人目の子供が生まれることになる。疎まれるのも当然だが、どうにも俺が生まれてきたことによって発生した厄介事はそれだけに収まらなかったんだ」
「というと?」
「・・・イザベラは貴族の出身だったから、その子供たちもまた、ギルマンの血も相まって魔力が高かった。一方で平民との間に生まれた俺は中途半端さ・・・それでもそこらの下級貴族くらいなら足元にも及ばない魔力を持っていたわけだが・・・へへっ」
「本当、ウィルは強かったのよ?他の兄弟たちにも引けを取らなかった・・・それどころか」
「俺には生まれながらの魔力量の他にもう1つ、自慢があった。それが精霊との親和性の高さ、いわゆる契約適正ってやつが尋常じゃなく高かったんだ」

 アイナに褒められて、より嬉しそうにそのことを語るウィル。自分に誇れるものを持つことはいいことだ。うん・・・いいことだとも。

「だが・・・」
「・・・」
「その才能が俺に更なる試練を与えた。さっきも説明した通り、ハワードは数ある貴族の中でも特殊な事情を抱えている。・・・パワーズだ」

 雷帝パトスと炎熱卿パワーズは現象からして兄弟である。雷の属性を司る兄は秩序、火の属性を司る弟は知恵の象徴・・・王国建国物語、第4節より抜粋。

「精霊との親和性が高い・・・それからパワーズ・・・つまり契約したときに引き出せる力が誰よりも強かった?」
「その通り。更にパトスとパワーズという兄弟の存在が王家とハワードの絆を生んでいる。この縁によってハワードは代々王家の親衛隊長を務める家であって、また、同時に騎士団長も務めるわけだ」
「権力の集中も甚だしいな・・・」
「だな。まさにその通りだ。だが力も知恵も、実力があり一番強い者が騎士団長を務めるのは必然でもあった。王以外に敵う者はなし。精霊王と契約を結ぶってことは、そういうことなんだ」

 並ぶ者は同じ王とその契約者のみ。なるほど、理由は分からずともこれかも、そうかもしれないと思う何かはあったわけだ。──《精霊王の寵愛》。だから父さんと母さんは過去に僕を苦しめたあのもう1つの称号がステータスの中にあったのに気づいた時に、驚愕しつつも冷静に対処できたわけで、僕の異常な魔力の高さにしても自分たちの境遇に何らかの繋がりがあるのではと目星はつけていた。・・・しかしなら、転生者である僕がウィルとアイナの元に生まれてきたのは果たして偶然と言えるのか、・・・いやよそう。こんな勘ぐりをしたところで誰も幸せにはならない、話を戻そう。
 さて、それにしてもこんな強迫的な環境は子供を持つ家庭にはまさに毒のようであるが・・・。

「今頃は親父も現役から退いて、長男のオースティンが団長をやってるだろうな」
「ブラームス様から聞いたりしてないの?」
「こっちに逃げてきてからと言うもの、王都のやれ誰が出世したのやら、やれ落ちぶれたやら全く知らないんだ・・・聞きたくもない」

 過去の事実があっても現在(いま)を見たくはない・・・それもその筈だ。何故ってウィルのこれまでの口ぶりからすれば、こうして自分の過去を掘り返すことすら嫌なことなんだろうと、ウィルは完全に違う道を歩いて現在を生きているんだから。

「・・・悪い。お前に八つ当たりするつもりは」
「いいよ。今のは僕が悪かった。ごめん」

 愚痴を溢したウィルが僕に謝る。気分を害したのならと、やはり彼は父親云々を抜きにしても紳士である。

「・・・話を戻そう。とにかく、兄弟の中でもパワーズとの正統契約の適正が高かった俺はイザベラに目の敵にされたわけだ。おかげでお袋は心労のせいで若くして逝っちまった。高位の精霊と契約を結ぶ家に生まれた者は基本、他の精霊だったり家の精霊の眷属以外と契約を結ぶことはない。だから長男のオースティンはパワーズとの継承契約を結び、次男はパワーズと眷属契約を結んだ。・・・だが、俺だけは違う。パワーズが兄弟たちを無視し名指しで欲しがるほどの才能を疎んだイザベラは、俺を洗礼式に出したんだ」
「じゃあモグリは・・・」
「そう。一気に大量の精霊に呼びかける洗礼式において、高位の精霊を召喚することはできない。しかし、おかげでこうして──」
「・・・モグ?」
「おっと、寝てたのか・・・悪いな急に呼び起こしちまって。何でもないから戻ってゆっくりおやすみ?」
「・・・モグゥ」

 ウィルに呼び出されたものの、どうやらおやすみの最中だったようで、軽く額を撫でられたモグリは再び精霊界へと戻っていく。

「ま、俺にとって最高の友であり、家族であり、相棒に巡り合ったわけさ」
「それは・・・とても素晴らしいことだと思うんだけど、1つ質問いいかな? 父さんは一応火の精霊王と契約するほどの家系に生まれたわけだから、洗礼式で呼ばれる精霊もまた火にはならなかったの?」
「きっと火の精霊たちはパワーズの近くにいるのが嫌だったんだろ? あいつさ、いいやつなんだがちょっと気性が荒いんだよな」

 そうなんだ・・・と、僕はウィルの話を聞いて相槌を打つ。でもそう考えると他属性の精霊王の直近にあるウィルと契約したモグリはかなり図太いのか挑戦的なのか、それとも今みたいに寝ぼけて出てきちゃったのかな?フフ、まあどんな理由であろうと未だウィルと契約していることから、当のパワーズとはそれほど揉めなかったようで良しというところか。だが──。

”フフフ。この国の王下権力の中覇権を握る4大貴族派閥の中でも最も強く、侯爵家ながらに火の精霊王と契約し、そこにいる公爵ブラームス・テラ・ノーフォークとも実質肩を並べる力と知恵の象徴・・・そんな家に3男として生まれ、国内で初めてオブジェクトダンジョンを攻略し解放の英雄とまで呼ばれておきながら突如事故死したなんて怪しげな筋書きシナリオ・・・信じるのは家の既得権益で議席に着く馬鹿な権力者か、貴族の権力闘争を知らない田舎からのお上りさんくらいですよ”

 これは、アメリアがエキドナに変えられた日にシルクが口走った話。その後改造やら合体やら手術やら世直しやら暴露やら・・・とにかく色々あったから今まで隅っこに追いやられていたこの記憶だが、ふとこの会話をしていると端からだんだんと蘇ってきた。

「解放の英雄・・・」
「あぁーやっぱり覚えてたかぁー・・・それ。別に英雄って呼ばれるほど、大したことしてもいないんだがな?」
「でも実際に私とリゲスもあなたとカミラに助けられてあのダンジョンから解放されたわけでしょ?」
「だってあれはさ、元々俺がやらかしたことが原因だったんだし、アイナとリゲスを助けるためにやったことでなぁ」
「ダンジョン?」
「そう、王都にあるオブジェクトダンジョンの1つ。このダンジョンがものすごーく特殊なダンジョンでね、テールみたいに最初建物のすぐそばにはリヴァイブの門があるのだけれど、何故か死んだ者が生き返ることはなかった。ダンジョンの中で一旦死んでしまえば死んだ者の装備は消えて、亡骸も残らなかったわけ。そのダンジョンの名前は”ユノ”・・・まあ、死んでしまったのに生き返るってこと自体不思議なことなんだけどね」
「スカイ、フィールド、そしてアンダー。オブジェクトダンジョンの種類は主にこうして3つの形式に分けられる。例えばテールはフィールドだ。広大なフィールドによってマップが構成されている。一方でユノはアンダー、地下深くへと続く階段を見つけて降りていくシステムで階層ごとにマップがあり、文字通り潜るわけだ」
「残りのスカイはアンダーの逆ね。塔を登ったりするタイプのダンジョン。他にもパトリックと結婚するフラン先生の出身地リヴァプールにある海を舞台にしたダンジョンなんかの特殊な例もあるから、一様に分類することも難しいんだけれど基本はこの3つよ」

 へぇー。ウィルとアイナはテール以外のダンジョンにも潜ったことがあるわけだ。それはちょっと、興味がそそられるなぁ。

「それで、生き返ることがなかったっていうのは・・・」
「そうね。つまりね? あのダンジョンの中で死んでしまうと、誰かがある条件を満たさない限り永遠とダンジョンに囚われちゃうのよ。そして、囚われた者解放する条件はユノのラストボスを倒すことだった」
「その条件も当時は知られてなかったからさ、ユノは呪いのダンジョンなんて呼ばれて向こうみずの冒険野郎か自殺志願の物好き意外は近づかなかったんだ。行くなら雷の魔石が豊富に採れるユピテルか、武器がドロップするヴァルカンだってな」 
「じゃあどうして父さんたちは、あえて危険を犯して・・・?」
「あの頃の俺は、ただ周りを見返したかったんだ。そして認められたかった・・・だが今となっては当時の俺がどれだけ傲慢で愚かだったことか・・・その無鉄砲さを恥じるばかりさ。結局危険視されることになってなぁ・・・暗殺されかねなかったから、殺される前に逃げたってわけだ」
「どうして? 父さんは英雄になったんでしょ?」
「確かに俺は英雄だったんだが、ハワードがそれを横取りしたんだ。ユノにはテールみたいな戦闘Liveのシステムがなくてな。それも俺とカミラの2人だけでクリアしたもんだから、目撃者もまぁいなくてさ。ただ人気がないダンジョンだったから、入場管理によって身元がスグに割れた。何せオブジェクトダンジョンが出現してからというもの初の攻略者が出た・・・そのことも相まって血眼になって攻略者を探していたギルドは入場記録からその時潜っていた冒険者を虱潰しに当たって消去法で俺たちが攻略したことを突き止めた。一方でダンジョンを攻略した俺とカミラはアイナとリゲスが無事に帰ってきたことに歓喜するのみで、名乗り出ることもしてなかった。それで名乗り出なかったことに理由があると思ったギルドがそのことをハワードに尋ねると、あいつらなんて答えたと思う?」
「さぁ・・・? うちの家の者が攻略しました・・・はないか。これだと素直すぎる」
「そうだな。素直すぎるよな・・・正解はこうだ。”ウチの家の者が攻略しました。ただし、俺じゃなくて長男のオースティン・ギルマン・ハワードが”・・・最悪だろ?」
「うわぁ・・・最悪だ」
「俺もこれにはもう呆れちまって・・・だけどさ、愉快なことにこの嘘の代償が後にハワードに何倍にも膨らんで返ってきたんだ。それも意外な形でな」
「なになに、どうなったの?」
「フフフ。それはね、たしかにギルドはダンジョンへの入場記録からウィルとカミラのことを突き止めてハワードに報告したんだけれど、救出された人たちにまで聞いて回ることはしていなかったの。きっと解放された人たちが多すぎて誰が助けてくれたのかなんてわからないだろうって思ったのよね。だけどね? 例え名前がわからずとも、実際私たちが解放された時にウィルとカミラのことを見てた人たちは大勢いたのよ」

 そっか・・・。正確に攻略者を割り出すには顔や容姿の情報より名前を元に探した方が確実だから・・・それも人気のなかったユノに潜入していた人間がとなると尚更に。

「そしたらまあ大変。自分たちの救世主を偽装しようとしたハワードに対しての怒りが王都中を包んで、暴動まで起きて・・・既にオースティンを攻略者だって発表したハワードは火消しにてんやわんや。ウィルとカミラが手に入れた《到達者》と《解放者》の称号を得るためにお忍びでオースティンにユノを攻略させたんだけど、《到達者》を得ることができても《解放者》の称号と、おそらく初回クリア者しか貰えないラストボスを倒してドロップする特別の中でも特別なアイテムは手に入れることができなかった」
「そのせいで親父とイザベラは城に召喚されて国王にまでお叱りを受けてさ・・・親父はその件であまり俺のことを責めることはなかったんだが、恥をかいたイザベラが俺がハワードの名に泥を塗ったって、もうそれは見事に逆ギレされてさ・・・この事件で元々肩身が狭かった俺はもっと肩身が狭くなる始末、結果、逃げるしかなかった」

 それは酷い話だ。果たして酷いという形容だけで済ませていいのか疑問に思うほどに、酷い話である。

「案の定、あいつら俺がいなくなってすぐに、俺は死んだってデマを流したらしい。最も、ほとんどの人間がそれを信じようとはしなかったらしいし、ハワードが俺を殺したんだっていう陰謀説まで流れ始める始末だった・・・だが、あいつらは今も国中枢にいる」
「それほどまでに、彼らの特権は・・・」
「そうだ。それで通るのが奴らの恐ろしいところさ。国の防衛にパワーズは欠かせないからな。それに国民も怒りはスレど、石を持って投げることはできなかった。なぜなら俺があいつらの身内故に、決定打を見出すことができなかったからだ。もし赤の他人の功績を横取りしたとあっちゃあハワードは完全に没落していただろうが、それが身内となると・・・家族だから何をしてもいいってのが許されるわけじゃないが、所詮は他人の家の事、そんな面倒ごとに誰も首を突っ込みたいとは思わないさ」
「貴族社会故にパワーズの盾がより強固だった。だから政治的な責任追及も強くできなかったんだね・・・」
「俺は確かに厄介者だったが、これでジジイやマリア様と面識があったから、2人が逃げる俺たちを匿って保護してくれたんだ。それにエリオットさんとマリカさんも当時はもう結婚してて、ノーフォークにいたってのもあって・・・」
「それじゃあ半ば駆け落ちみたいなものだったんだね」
「ばっ・・・駆け落ちなんてロマンチックなもんじゃないって! 強いて言えば、駆け落ちしたのはリゲスとエクレアだろう。王都でもピカイチの宿を経営するロドリー家とその下請のパン屋の娘だったエクレアが、階級の枠を超えて・・・って俺が巻き込んじまったってのもあるが」
「それにカミラも置いていけなかったのよね。何せウィルの従者だったんだもの」
「えっ・・・?」

 なるほど、強い権力には同等かより強い権力に守ってもらって・・・ちょ、ちょっと待って・・・誰が誰の従者だって・・・?

「従者って・・・ああなるほど、雇われのっていう」
「いいえ? カミラの実家のヴィアー家はハワードの分家だったの」
「カミラのフルネームはカミラ・ド・ヴィアーだ。そして、俺の義母のイザベラの旧姓はイザベラ・ド・ヴィアーだった。イザベラの婚姻によってハワードに取り込まれたヴィアー家は本家と分家のような形で・・・あいつ俺と初めてあった時からあんなでさ。よく家との確執に拗ねてた俺は尻を蹴り上げられたよ」

 ワッ!と驚きと笑いに包まれる反面、夜の闇が深くなっていく。

「そういえば、この話ってカミラ姉さんは知ってるの?」
「もちろん、あの子が王都にいく前に話したわ。・・・それでもあの子は望んで学院に行った。父さんと母さんを酷い目に合わせた奴らには負けないって・・・本当に強い子」
「時期を見ていずれはティナちゃんにも話すつもりなんだが・・・どうした?」
「もしかして、血の繋がりはないってことも・・・」
「そうね・・・話したわね。私とマリカはあくまでも別々に捨てられた捨て子だったし」
「・・・・・・」

 それからというもの、僕は父さんと母さんからたくさん昔の話を聞いた。母さんが実は修道女見習いだったのを父さんが悪の道に引っ張り込んだ話とかね。

「当時のアリアのメンバーは、エドを除いた4人だった。エドとはこの街にきて知り合ったからな。・・・俺とカミラ、それからアイナにリゲス。・・・なあリアム。お前さ、アリアの名の由来は知ってるか?」
「そういえば、知らないや・・・歌曲?」
「独唱する・・・叙情的な・・・確かにそれも理由の1つには挙げられるが、きっかけはもっと別のところにあってさ・・・ある人の名前をもらったんだ・・・その人直々にな」

 気づけば話し込んでしまって8の上に乗っていた時計の短針は既に11を回っていた。そして楽しかった・・・たしかに楽しかったのだが、この後マレーネのところにティナを迎えに行って、彼女に3人揃ってポカポカやられたのは反省すべき点だったかな。

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