アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

223 逆雷

『混じる・・・』

 それは、衝撃的な提案だった。

『私がマスターのスキルで仮に一心同体の完璧な1だとして、議論を現実に引き戻した時、その保証はありますか?』
『・・・ない』

 言われてみれば、そんな保証はどこにもないし、というか僕の中の存在であるはずのイデアという存在(スキル)は前にも増して、ますます別の1つの存在かのように振舞い始めているし・・・。

『でもそれってさ。僕の精神か、イデアの精神。ベースとなった方の精神に依存するとかそういうことじゃないの?』
『そこは私がうまく調整してミックスします。それに混ぜるのは私の思考の一部と処理能力と、マスターの才能を少しだけで、これまで通りマスターをベースにしたスタイルでのアクセスにトライします。完全に混ぜるつもりはないので、このような頭の中だけの念話なら多少成立もするかと』

 へぇー・・・それは凄い。ただ、今の話にツッコミを入れるのであれば、思考を一部とはいえ混ぜるのであれば、混ざった後のリアムとイデア同士の交信は果たして必要なのか。

『マスターと交信できた方が、境界が曖昧になってもお互いに自我を確認しやすいでしょう? ただしその前にやらなければならないことがあって・・・』
『やらなければならないこと?』

 ・・・この状態でも、十分に筒抜け。今更だし、間抜けなことを考えてしまった。

『はい。今言った通り混ざるに当たってのマスターの精神的なケアについては、次元的にアストラルを元々の1に近づけようという試みであるために、あまり心配はしていません。ですが一方で、物理的な問題が生じます。脳が魂の処理速度強化に追いつけるかどうか、これについては議論するまでもなく、間違いなくトレースすればマスターの脳が高負荷の情報量に耐えられずショートし焼けてしまうのか、もしくはあまりの勢いにポップコーンのように弾けるのか、何れにしてもダウンしてしまいます』

 はてさて一体、彼女は僕の脳のスペックをどれだけ下に見ているのだろうか。ポップコーンまでは冗談で言っているのであろうが、しかし僕の脳の処理能力が彼女に劣っていることは明白で、その光景が想像できてしまったために、強く言い返すことができない。

『だから、まずはそれに耐えうる体を作らなければなりません。なのでその下地を作るため、それらの工程で必要な雷の使い手で、かつ唯一マスターにダメージが与えられそうなブラームスの協力が不可欠なのです』
『つまり?』
『・・・いくつかの細胞をサンプルとして糖、タンパク質、脂肪等を除外しDNAを泳動する特殊な電気と、それからアッセンブルしてより詳しく塩基配列を分析した後に、同様のDNA以下の塩基単位にまで調整した泳動攻撃によって、それができる特殊な電気へと変換できるプログラムを用いゲノムの人体定義の一部を崩します。また、DNAの崩した生体情報部分には新構築(リフォーム)を施し、私の作成した定式を基に補完することで改造して、新しく培養したDNA細胞と既存の遺伝子細胞との置換を行います』
『ワォ・・・それってもしかしなくても、遺伝子操作じゃ・・・』

 ・・・やっぱり弾けるかも僕の頭。なんともわからないうちに、このままイデアと融合したらとりあえず弾けそう。

『しかしそのためには手が足りません。改造と置換はアストラル界に根幹のあるマスターの記憶やユニーク性と、肉体的な同期をできるだけスムーズにするために現存の構築をなるべく崩さないよう数回に分けて、かつ一瞬で行います。マスターには細胞全てに対する攻撃が浴びせられますから、当然毒が体を蝕むような痛みを、それも全身に感じるために碌に魔力が扱えないことが予想されます。第一に同期という一致の面から、この施術は受体となるマスターの体のままに執り行わなければなりません。かなりハードに自分を傷つける行為ですから、やる気はあっても無意識の内にセーブされてしまっては元も子のありませんし、そもそもここで自傷にまで魔力を回せば、アメリアのオペのための魔力がどう考えても足りなくなります。また、私も裏でそれだけ微細な魔力コントロール計算を強いられるわけですから、破壊のために供給する魔力出力の調整までしていては完璧に全てをカバーできるかは5分5分です』

 リアムをベースとして混じるための下地づくりであるが故に、リアムの体を作り変えるのに、イデアと入れ替わっていては意味がない。実はまだイデアとのトランスと体の変化との関係メカニズムはよくわかっていないのだ。ただ確実に言えることは、髪、目、性別、骨格までもが大きく変わっていることから、入れ替わった時の体と元のリアムの体とは明らかに差があるということである。

『よって・・・』

 だがら──

「ブラームス」
「・・・ようやくご指名か」
「これからマスターの体を私との融合に耐えられるまでに作り変えます。ただし施術はマスターの体のままに行うため、私が確実に魔法方程式をローンチして操作可能な魔力にも限界があります。よって外部から強いショックを与えてくれる人間が、補助が必要です。そしてこの国で最強の魔力を持つ一族であり、雷の精霊王の加護を持っているあなたならば補助役に打ってつけ・・・」
「まて・・・貴様ら一体何をする気だ・・・?」

 ここからは、表で会話しても問題はないだろう。どうせ今から行うことをただ言葉にするだけだし、敵とイレギュラーは仲間たちが食い止めてくれているから邪魔も入るまい。

「説明している暇はありません。詳細を求めるのであれば、後でお願いします」
「なんだと? 現アウストラリア王の王弟であり、貴族の中でも最高クラスの権力を有する公爵の私に、このブラームス・テラ・ノーフォークに高々平民の、それもなんの説明もなくスキルの分際で黙って補佐につけと? 傲岸不遜も甚だしい・・・身の程をわきまえろ」

 しかし、このイデアの急かし方が悪かった。態々自分たちを隔離して話した内容を後で彼女やリアムが全て話すか。答えはどう考えてもNOである。

「お戯れを。答えはもうわかっています・・・状況をわかっていますか? 冗談かましている時間はないんですよ?」

 だが──

「減らず口を利きおる・・・やれやれ・・・興味本位に野次馬をしに来たのが運の尽きか。仕方あるまい・・・領民の少女の命を救うため、これも領主の務めだ」

 イデアはあまりにも強かで、いや、結果は最初から決まっていたようで、ブラームスも初めから折れる気でいたらしい。これがいわゆる貴族の面子というか、定型という奴だ・・・お疲れ様だね。

「で、何をすれば良い?」
「私の合図と同時に、マスターの体に強い電気を流してください。種類は単純なサンダーで結構。魔力量でいうと、先程も言った通り一回10万ほどの魔力(つよさ)です」
「馬鹿な・・・そんな魔力、せいぜい使えて5回が限界だ。眷属化すれば、威力をかさ増ししてあと1、2回はいけるかもしれんが・・・」
「どちらにしても、マスターの魔法防御力を超えるにはそのくらいの魔力が必要です。マスターには魔力の操作にではなく、私がアルゴリズムを組み立てながら裏からプログラムをランさせるためにも、意識を保つことに集中してもらわなければなりません。それから施術は5回のうちに終わるよう調整します。なにせこれから行う施術は後に控えている手術ほどではないとはいえ超緻密で複雑ですから・・・実はこんなこともあろうかと、前々からマスターの遺伝子をサンプリングしてプロトタイプの仮想シミュレーションと計算を進めてはいたので、計算の信憑性は・・・」

 すると、イデアが事前のシミュレーションにより既に中核となるアルゴリズムの計算は終えているため、後はやるかやらないかの瀬戸際だと説明していると・・・ちょっと待って。前々からって何? まさか今までずっと、裏でこの子コレを画策してたの? この時を待ってましたって?

「ちょっと待てイデア・・・」
「・・・はい。なんでしょうか? 後は実践するだけなんです。できれば今は急いで・・・」
「急いでるのはわかっている。だが大事な確認だ・・・お前たちが今からしようとしているその施術とやらは、どの程度の時間を要する?」

 しかしイデアに一時停止をかけたのは、そんな裏でこっそりと悪計を巡らせていたことに目眩を催したリアムではなく、いまだ立ち上がることはできないものの、エキドナとの仲間たちの戦闘に注意をむけていたカミラだった。少し離れたところからの質問だが、イデアの交信の補助が仲間たちには働いているため、声はよく聞こえるが・・・。

「そうですね・・・ざっと見積もって10分というところでしょうか」
「それじゃあダメだ・・・見ろ・・・さすがの私たちでも、あれを防戦一方であと10分も相手するなんて無理だ。本来私たちは、超攻撃特化のパーティーだからな・・・情けない話、こういうことには不慣れなんだ」

 今の自分の姿がいい例で、ザマアないなと自嘲するカミラ。埋め合わせに援護に向かったヴィンセントも吸血種特有の霧を駆使して善戦はしているが、体力消耗を抑えるために仕舞っている昔見せてもらった彼の主武器の大鎌は、どう考えても攻撃専用であるために使っていない。求められるスタイルと、実際のメンバーとのギャップがあまりにも大きすぎてミッションとの相性は最悪だ。

「それに今回の戦いでは要といってもいいエドが気絶したまんまだから、サポートも一切なし。さっきは油断したせいでこんなことになっちまったがもう私もエドも同じ轍は踏まない! エドが復活すればあと1時間は持つだろうが、如何せんそもそもエドを回復させることのできる魔術師がここには・・・いない」

 1時間。10分も持たない戦いがヒーラー1人でそこまで奮戦できる。こういう戦いだからこそ、ヒーラーの重要性と必要性を改めて知らされる。

「リアム、イデア。お前たちがこれから行おうとしていた作戦。エドガーの復活のために多少魔力を割いても実行できるか?」
「イデア?」
「それならば大丈夫です。あくまでエドガーの状態異常回復程度であれば、作戦には全くもって支障はありません。彼も回復魔術師ですから、意識さえ戻ればあとは自分でなんとかできるでしょうし」

 この場合の問題は時間であって必要なのは緊急の僅かな時間ではない。エドガーの意識を戻すくらいの魔力だったら必要なのはほんのちょこっとだ。イデアのお墨付きもある。彼を目覚めさせるくらいの時間を割いてより長い時間を獲得できるのであれば、迷う余地はなし。

「だったら・・・」
「優先順位が決まったな。リアム。とりあえずお前はエドガーが自力で回復できるくらいまで回復をしてこい。私はその間、最低限の魔力を使ってエキドナ戦の加勢をしてくる」
「私も・・・! リアムがエドガーさんを治療している間2人を守るわ!」
「頼む・・・キララ、治療している間私たちもリアムとエドを守る。気温の調整も加えて体温(ふたり)を隠すぞ」

 それぞれが、それぞれの行動を再確認する。カミラは確かに動けないし、重症のために魔力も衰弱してきているが、キララを介してリアムたちを隠すくらいの余力はあるらしい。最も、今の彼女にとって死のボーダーラインは眼前であるから、後々を考えるとそれが限界で・・・

「・・・マスター・・・未確認の魔力反応です・・・」

 ・・・だが、エドガーの復帰のために、リアムたちが動こうとした次の瞬間──!

「どうしたのリアム? 早くしないとみんなが負け・・・」
「・・・何か来る。かなり大きな魔力だ」

 リアムとエリシアがエドガーの元へ急ごうと一歩を踏み出した瞬間──とある場所から、得体の知れない強烈な魔力の膨れ上がりを感知する。

「谷だ! 谷の底から!」
「この魔力はまさか・・・」
「・・・! 私も感じた!」

 動き出しから早々に足を止めた3人。そしてリアムが倒れるエドガーから、バッとエリアEの谷の方へと視線を移す。

「ドッカーン!」
「キャーッ!!!」

 すると──

「えっ・・・?」

 と、戦闘中の者、これから参加する者、とにかくこの場にいる全ての人間がそれを見て空を見上げる。

「ちょっとミリア! これって飛びすぎなんじゃ・・・!」
「大丈夫よ。きっとリアムがやさしーくキャッチしてくれるだろうから・・・」 

 それは馬鹿みたいな太さと威力の雷・・・天へと昇る、逆さの雷。

「いぃ!? 優しくキャッチって・・・まさか」
「あ・・・あそこね」
「・・・まさか」
「リアム〜!」 
「・・・タッチ」
「は?」

 そして、天に昇る龍の如く谷の底から現れ皆の視線を集めた少女の一人が──

「おいリアム! タッチとはどういうことだ!」
「ちょリアム!? なんで逃げるの!?」
「娘を優しく受け止めてあげるのも父親の役目でしょ!?」
「・・・そりゃそうだ」
「いやー!!! 雷砲!!!」
「急停ッ!?・・・ゴホッ・・・なんで私がこんな目に」

 まだリアムの側にいて、唐突な選手交代でバトンを渡された父親を娘が雷で焼く。

「大丈夫、レイア?」
「うん大丈夫・・・まさか最後の最後で空中に忘れられるなんて・・・ハハ」

 一方、リアムはミリアの受け止めをブラームスへとタッチして、空中へと残されたレイアの救出へと向かっていた。

「あーッ! なんで私は受け止めないでレイアをお姫様だっこにょごにょ・・・」
「ミリア、あの高さから落ちていたらレイア危なかったよ?」
「だ、だって・・・ズゥーっと暗闇の中だったからそれで・・・ごめんなさいレイア」
「ううんいいよ。私も昔は何も見えなかったから怖かったし、ミリアの気持ちもわかるから」

 なんと、暗い谷の底から戦場へとやってきたのは、死の溜まり場から劇的な復活を果たしたミリアと、見事彼女を救出し舞い戻ってきたレイアだった。

「でも・・・2人とも無事でよかった」
「えっ・・・それって・・・」
「お前らグッドタイミングだ! よく戻ってきた!」

 そして彼女たちは、まさにこの戦場の救世主となる。

「レイア! お前は今すぐエドの治療をしてやってくれ! で、そのあとはできれば私の治療も頼む!」
「えっ?・・・父さん!? それに母さんもひどい怪我・・・わかった!」
「ミリア! お前はエキドナとの戦闘だ! いいか! 目的は討伐じゃなくて足止めだから下手にさっきみたいな雷ぶっ放して傷つけるな! 痺れされるくらいのパラライズでいい! お前なら朝飯前だろ!」
「痺れさせる?・・・ってなにあの足がワイバーンの尻尾見たいな化け物!? 傷つけるなって・・・」
「ミリア。あれはファウストに怪物に姿を変えられたアメリアなんだ。このまま彼女を討伐してしまったらリヴァイブで復活しない。だからこれから僕とイデアがアメリアを元に戻すための準備をするから、その間傷つけないよう足止めをして欲しい」

 レイアはまずリアムの代わりにエドの回復に、それからミリアはアメリアの足止めへの追加の助っ人として参加を。
 
「・・・いきなりすぎてよくわからないけど、要するに、特訓の時みたいに手加減すればいいってことでしょ?」
「まあそういうこと。とりあえず、致命傷や大きな傷はNGで、あとは父さんたちの指示に従って」
「でもエリシアはどうすんのよ」
「えっ?」
「私は、万が一に備えてリアムの側でボディーガード」
「それってずるくない!? 何だったら私がボディーガードするから、代わりにエリシアが行けばいいじゃない」
「・・・早い者勝ちよ」
「えっ? 今なんか言って・・・」
「あーッ! エリシアは雷の属性を持ってないし、ここはミリアが適任なんだよ」
「わ、わかったわよ・・リアムがそこまでいうなら行ってあげるわよ」

 兎にも角にも、これで一気にスムーズに事が運ぶようになった。不確定要素の多い場面で少しでもリスクを潰せるということは、この上なくありがたい・・・だから「たまには家来の頼みに答えてあげるのも主人の務めよね」と、嬉々としてエキドナ戦の助っ人に向かうミリアに隠れて、しれっと二の腕を摘まないでエリシアさん。

「それじゃあ私たちも始めましょうブラームス」
「了解だ・・・雷神の籠手」
「・・・全て纏わないのかジジイ?」
「眷属化は威力をかさ増しすると同時に、武装化範囲に応じて相関した一定の魔力が時間で削れるからな。これも状況に最適化した結果だ」
「良い判断ですブラームス。それではいきます・・・」
「えっもう!? ちょっと待ってそれじゃあ心の準備が・・・!」

 ・・・えっ? もう少し事前の説明とかブラームスにはないの?・・・確かにやることはもうブラームスに伝えたのだろうけれど、さっき途中で話も途切れたし、もう少し意気込みとか ・・・2人とも切り替え早くない?

「じゃあマスター力を抜いて〜・・・3、2、1・・・ショック!」
「サンダー!」
「ギィヤリぁあああ!!!」

 痛い痛い痛い痛い! 全身の痛覚が同時に働く感覚・・・想像以上にこれは・・・!!!

「はぁ・・・はぁ・・・いきなりで力抜けとか無茶振りを・・・ちょっとタンマ、休憩を・・・」
「次・・・3、2、1・・・ショック!」
「サンダー!」
「クレェええええええ!?」

 これは思っていた以上にきつい。この感覚をどう表現すればいいのか・・・長く同じ姿勢で座っていると足が痺れたりするよね? あのどっちつかずの痺れが痛みと割られて全身に広がって、かつ、体の中が猛烈に痒いんだよね。だけど痺れのせいで掻くことままならず・・・傷ついた細胞の修復を待つ間に、ちょっとずつ痺れが薄まってきたかな? 相変わらず痒いけど。

「父さん・・・よかった」
「レイア・・・クッ!君がここにいるということは・・・そうか」
「うん・・・父さん。私母さんの方の回復に回るから、後は・・・」
「もちろん。・・・それにもう同じ轍は踏まないよ」

 あっ・・・どうやらエドガーの状態異常回復も済んだようだ。これで後はエドガーとカミラの身体回復が終わり次第、よりエキドナ戦が安定するようになるだろう・・・それにしても。

「ねえ、かなり苦しそうだけどリアム大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない・・・これ、絶対血管諸々焼けてる・・・」
「大丈夫です。私、手術上手いので、完璧な回復術で痕も残りません・・・まあ手術すること自体初めてなわけですが」
「今更だけど・・・これってどう考えても人体実験」
「はい2、1・・・ショック!」
「サンダー!」
「3はあああああああぁぁぁあああ!?」

 こいつら、今カウントを一つ飛ばしやがった!!! なにちょっと手馴れてきてるの!? こっちはこんなに痛い思いしてるっていうのに腹立たしい!

「・・・なんか4回目ともなると、流石に慣れてきたと言うか、むしろ逆転して快感だと思えば・・・」
「麻痺してるからな。そう思うのもありだろう」
「おや、上手いこと言いますね」
「もしかしてリアムって雷でビリビリされるのが好きなのかしら・・・だったら今度やって・・・」
「はいそこぉ勘違いしなーい! 今のはこれから齎される悪魔の所業に立ち向かうための強がりだから!・・・愚痴だか」
「手術中に患者は口を開かなーい・・・ショック」
「サンダぁぁぁあー!」
「らぎゃあああああああ!」

 そしてついに、カウントダウンは無くなった。人はこれを、治療でも改造のための手術でもなく、拷問と言う。一応中身はあれでも外見は9歳の子供ですよ〜? あなたたちはそんな可愛い盛りの子供に超強力な雷を浴びせて苦しみ悶えていても良心が傷んだりとかしないんですか?・・・ああそうですか。これもみんな幸せのハッピーエンドのためだから1ミリも痛まないと? 普通の子供だったら痺れて悶えるだけじゃあ済まないし死んでいる? 馬鹿な・・・理不尽すぎる。せめてハッピーエンドのために頑張っている僕にもう少し寄り添ってくれてもいいんじゃない?

「ちょ、今絶対サンダーの威力強かったよね!?」
「ですが実際にマスターを攻撃している雷の威力は私がコントロールしているため、変わりません」
「そうだ気のせいだ。私は民に平等な貴族だぞ? 断じてこの後に及び、私情などこれっぽっちも挟んでおらん」
「では・・・次が最後でもうほとんど終わったも同然ですから、もうセーブもせずに全力でやっちゃっていいですよブラームス」
「うむ。心得た」
「ダメだよ! そんなこと心得る・・・」
「ショック」
「サンダー!」
「なあああああああああぁああ!」

 最後には、もうそれが当たり前となっていた。・・・せめてカウントダウンはして。

「はあ・・・はあ・・・・・・? あれ? 急に痛みやら痺れやらが一気に・・・」
「成功しました」

 だけど、最後の施術が終わってからの苦しみは一瞬で・・・

「今のマスターは、常態で雷を身に纏えるほどの肉体を手に入れました」
「・・・雷? 常態? ・・・ちょっと何言ってるかわかんない」
「実は遺伝子の組み換えは3度目の頃にはほぼ終わっていました。それから後の施術は細胞の強化を促すために行ったもので、正確には、強力な電撃により細胞の耐久力を限界突破させることを目的としており、前3回の内に核に刻まれた自動的に異物や害を駆逐する自己免疫システムの定義をより高度な定式へと差し替えておきました。よって最後の2回の雷撃では私が修復を手伝うことなく、残っていた別式と並行して細胞が自ら独自の進化論で傷、熱、振動、麻痺、血液の蒸発および凝固等幅広い攻撃に対する高度な対処能力と再生能力、つまり耐性を獲得し対応しました」
『・・・えっ?』
「結果、これからはそこらへんの毒じゃあ仮に・・・効いても簡単には死にませんし、マスターの体は傷つけばより綺麗に、異次元的な速度で回復をします。素の常態での身体自己修復機能を著しく改善し、また細胞の進化スピードも限界突破させましたから、耐性の名にふさわしく傷を負っても3度目4度目と追うごとにそのスピードもゲフンゲフン」
「・・・はい? つまり僕の体は後半2回、回復術なしで耐えてたってこと? 魔法防御オーバー威力1万ちょいの雷を?」

 ・・・おかしい。この施術の目的は、あくまでも高速化するであろう処理速度に耐えるための脳の強化のはずだったのでは?

「指令を下す脳の強化をしておいて他の機能が追いつかなければ意味がないでしょう? 私との同期にも耐えられない貧弱なマスターの体が悪いんです」
「ひどい・・・一応これでも肉体は普通の人間レベルのはずなんだけど」
「肉体がまだ子供ですからね。まあ大人だったとしても、耐えられたかは定かではありませんが・・・どちらにしても順応させるのであれば早いに越したことはありません。また、一定スピード以上の異常な細胞分裂によるテロメアの末端複製問題を解決。テロメアの短縮を内在する魔力で代替し、補えるよう新しい人体システムを設計し構築しました。なのでこの自己修復機能における急激な細胞の劣化、身体の老化はありません」
「それって人間なの? 最早ゾンビじゃなくて?」
「ゾンビは傷ついても再生はしません。それにアレは肉体も腐敗しているためその表現は不適切です」

 失礼な、私がそんな杜撰な仕事をするはずがないと自慢げなイデアさん・・・誰かこの皮肉がわかるように、彼女の言語野を進化させてあげて。

「マスター。このマスター人体改造術を、私は Evolution Idea  project と名付けることを推奨します」
「いや・・・名前とかもうどうでもいい・・・それよりアナフィラキシーとか高速回復に伴う抗体の拒絶反応とかは・・・」
「諸々、生活で不都合な事は引き起こらないよう予測し対応しています・・・では決定で、略称はEIP」
「決定なのね!?・・・もうそこまで押されるとどうでもよくなってくるよ」

  ・・・ん? それにしても現実を直視したくなくてつい許しちゃったけど、プロジェクトにイデアの名前って・・・本当、これからやろうとしている本番を前に攻めるよね。 

「そこはツッコむところでしょう?・・・はぁ。改造とともに脳の物理スペックも著しく上がっているはずなのに、元々の想像力が乏しいせいで折角のハードがなんかもったいないですね」
「ほっといてよ! 逆にこれだけのことがあってバーンアウトもせずに精神を健康に保ってることを褒めて欲しいくらいなんだけど!」

 まるで自分の方が上手く使いこなせると自慢混じりのムカつく言い様。もうこの際だから、自分の方が能力的には下だと言うことを認めるけど、でもこんな人体実験を受けたのも全部、イデアの為とも言えるんだから!

「はいはい。マスターはエライエライ」
「安定の棒読み・・・一体君が目的の達成のために必要だったとはいえ、何をしてしまったのかわかってるの?」
「言ってることはよくわからんが、私は・・・とんでもない所業に手を貸してしまったのではないだろうか」
「あなたも今更よく言いますよね全く・・・これでブラームスも共犯ですね」
「まさか・・・私を嵌めたのか貴様ら!」
「ここまで野次馬に来た時点であなたは既に悪魔の作った泥沼にはまっていたんですよ。文句ならあそこで奥様と戦っている帽子屋にどうぞ」

 まさかの新人類の誕生。あまりにも常識から逸脱した現象がこの時、この場所で起こってしまったがばかりに現場では、それを生み出してしまった実行犯たちの責任の擦り付けあいで混沌としていた。

「・・・クッ! ええいいいからさっさとあれをなんとかしてこい! そして私が間違っていなかったことを証明しろ!!!」 

 しかし、そこに正義があったのか、本当にやってよかったのかと問われれば、彼らの答えは一致して明白なのである。

「・・・それは、もちろん」

 その変わらぬ意志に彼らは次の段階へ──、一人の怪物へと姿を変えてしまった女の子を助けるために、彼らは得体の知れない何かへと成る。更なる変化を求める彼らの収まる場所は果たして、生物が未来に目指すべき進化の樹の枝の一つなのか、それとも災いをばらまく狂気に満ちた破滅とサイエンスの詰まった開いてはならないパンドラの箱であるのか・・・その所在は誰にもわからないし、まだ知らない。

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