アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

129 毛並み

 始業式の会場である魔法練習場に向かうために、廊下歩き移動するリアム、アルフレッド、エリシア、フラジール。

「僕が助けるまでもなかったな・・・」
「いいや。僕は助けられていたよ、アルフレッド」

 なにせ、貴族である彼がそばにいるというのはこの上なく頼もしく、ああいう揉め事においては最強のアドバンテージであると言ってもいい。

「でもリアム・・・どうしてあんな無意味な嘘をついたの? きっとみんなあれが嘘だってわかってるわよ?」
「ううんエリシア。あの時あそこで言ったからこそ、あの嘘は別の意味を持つんだよ」

 どうやらあの威圧は、その魔法防御の高さ故に威圧が効いていなかった彼女には一つ強さに欠ける理解しがたい行動と発言だったようだ。

「多分・・・フラジールならわかるかな?」

「・・・はい。おそらくエリシア様とアルフレッド様はお気づきになっていらっしゃらなかったのでしょうが、あの時リアム様は、《威圧》を発しておいででした」

「《威圧》ってこの前、広場でやって見せたやつ?」

「そう。アルフレッドエリシアは魔法防御力が高いから気づかなかったかもしれないけど、あの時魔法防御力100ぐらいの貫通を目安にした威圧を発していたんだ」

 あの場で唯一、このメンバーの中で僕の威圧を受けてしまったフラジールの解説を含め、僕はエリシアの質問に肯定して答える。

「ごめんねフラジール。巻き込んで」
「いいえ。咄嗟のことでしたから結果論になってはしまいますが、ああやって釘を刺しするのは有効な手段であったと私も思います」
「ありがとう」

 そして、そうやった僕の横暴な行動についてフラジールにごめんねと謝っておく。それから、同意しつつ許してくれた彼女に感謝の言葉も。

「あっ! つまりリアムはその情報にあえて触れた後で嘘だと言って、脅したわけね!」
「なるほどな・・・」

 あの時の状況を改めて聞いたエリシアとアルフレッドも、僕のついた嘘と、そのミスリードに気づいた。

「しかし、それってデマなのか? あながち嘘ではないだろう?」

 しかし今度はアルフレッドが、新たな疑問を口にする。あの場面で僕が皆に与えたかった衝撃と、その衝動を与えるにあたって使った言葉の齟齬について。

「いいやデマだよ。・・・抗議に来た彼の父親が侮辱され、追い返されたってところがね」

 僕はあの時のゲイルの言葉を思い出しながら、アルフレッドたちにそれがデマになる過程を説明する。

『それじゃあ貴様はどうだっていうんだ! 知っているんだぞ!新たに生み出したアイスクリームやパンケーキの菓子レシピを特許で占有し、あろうことか独占状態となってしまっている事を嘆き抗議に行った父を侮辱したことを!』

「つまりこの『侮辱した』という部分と後、その後の『抗議に行った父をもてなしもせず足蹴に──』っていう部分をかけて『デマ』って言ったんだ。別に誰も、僕が『レシピ特許を所得したことがデマである』なんて言ってないでしょ?」

 さっきの言動から、教室にいた彼らがどちらの意味でその言葉を受け取ったかなど僕の知ったことじゃない。それは彼らが勝手に勘違いした結果、ただの思い込みに過ぎないからだ。

「人が悪すぎるぞ・・・いや、しかしあの場では妥当であったか」

 しかしその勘違いを、僕が故意に引き起こしたことに気づいたアルフレッドがおいおいと呆れたのも束の間、先ほどのシチュエーションからのその言動の妥当性についての分析を始める。

「それにしてもお前、一体どこでそんな知恵をつけてきたのだ?」

 そして僕に、どうやってそこまでの舌略を身につけたのだと尋ねてくるのだが──

「えぇーっと、・・・ピッグさんからの受け売りで」
「・・・そうか」

 僕はそれに、彼の方を見て答えることはできなかった。本当は積んできた精神年齢自体が違うんです・・・なんて言うわけにもいくまい。

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「ほらほら! あそこにいるの、ティナとレイアじゃない?」
「本当だ・・・どうやら一緒のクラスだったみたいだね」

 集会用に整えられた魔法練習場につくと、二年生が集まる集団の中にその特徴的な紺色の耳を尻尾、そしてその隣に白く揺れる髪に新緑のような瞳の映える少女が周囲の友人たちと会話をしているようだった。

「やっぱりティナはSクラスだったか」

 まぁそれも当然といえば当然、何せティナにはこの半年でこの国の言葉とともに、例えば算術ならば足し算引き算はもちろん、割り算引き算までを教え込んだ。であれば、クラス認定試験でSクラス判定をもらってもおかしくはない。

「さすがティナだ」

 僕はその、微笑ましい光景を遠目に、先ほどまで抱えていたモヤモヤも忘れて、ただただ感傷に浸る。もし僕が飛越の特別入学をしなければきっと、あの輪の中に混ざっていたはずだから。

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「そうして、勇者として配下の竜を大量に率いる竜王に立ち向かったベルと十人の精霊王だったわけだが、熾烈極めた戦いの末に竜王の魂を次元の狭間に封じ込めることで勝利した。しかしこの後にベルが姿を消したことから、いくつかの本でも様々な推測がなされており、その中でも『次元の狭間に竜王を封じ込める際の道連れとなった』、あるいは『神の神域に招かれ箱庭の住人となった』という伝承が有力と見られているわけだが・・・」

 始業式を終えるとまた、いつもの日常が帰ってくる。

「この時、次元の狭間に竜王の道連れとなった精霊王が一人いるのは知っているな・・・ではリアムくん、答えたまえ」

 今受けているのはアランが担当するダンジョン学の応用授業、今回の題目はその謎に歴史からのアプローチを試みるもので、基礎科目の全てを修了してしまった僕が受ける数少ない特別授業だ。

『・・・いっそブラームス様に助力を願うか? いやしかしそれじゃあ・・・・・・はぁ・・・』

 そして僕は、晴れた春空の照らす陽気な窓の外の光景にジッと視線をやりながら、考える事に疲れていた。

 今日は朝から色々とあった。ティナの初登校日だったし、校門で知らない生徒に絡まれるし、それに一段落ついたと思ったらまたいるし・・・そして妙な感傷に浸ってしまうくらいに、僕の心は疲れて──

「リアム・・・リアム!」

 そんなちょっとした哀愁を感じていると、突然の揺れが僕を襲った。

「なに、エリシア?」
「何って・・・今は授業中でしょ、大丈夫?」

 その揺れの正体は隣の席に座っていたエリシア、そして──

「君が授業中にボーッとするとは珍しい。体調でも悪いのかな?」

 前で教科書を片手に教鞭をとっていたアランも、ボーッとしていた僕の体の心配をする。

「・・・大丈夫です! すいません、ボーッとしてました!」

 それから数秒の間をおいて、ようやく状況を理解した僕は慌てて席を立ち、自身の健康状態を報告する。

──クスクス。

 と、同時に、教室のあちらこちらで、僕の慌てようを笑うの声が聞こえてくる。特別授業は他のクラスも合同であるから、今朝のあれを見ていない彼らの反応は、ある意味で今の僕にとっては安心を与えてくれる材料でもあった。

「そうか、では改めて続きを ──で、百年前の聖戦で竜王を道連れにした命の精霊王であるが、先ほど例に出した有力説の前者は実はこの話をモデルとした想像であるという声もあり、結果、今一番有力な説はベルが箱庭の住人となったという説だ」

 それを無視するように、授業を再開するアラン。ここで何も言わないのは、僕への気遣いあってのことだろう。

──ニヤッ。

 しかし、アランが授業を再開しても、僕から外れない不快な視線が一つ。

「このベルの昇格と精霊王のお隠れがオブジェクトダンジョンの発生の仮説にどうつながってくるかというと──」
『これはボーッとしてた僕が悪いけど・・・気持ち悪い』

 授業の声に耳を傾けつつ、その気持ち悪さを紛らわそうとするが──

『・・・外れた、か』

 それから更に数秒の間の後に外れたその視線に安堵し、僕も視線を前の黒板へと移す。

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「どうだった?」
「はい。レイアのおかげで、上手くクラスに馴染めそうです」
「それは良かった」

 帰宅後、リビングのテーブルで広げた宿題のノートとにらめっこしながら、ティナの今日の様子を尋ねる。

「明日は午前中特別授業がないから僕はダンジョンに行くから別々だけど、ティナは今日みたいにレイアとラナと三人で登校するといいよ」
「はい。明日から楽しみです・・・」

 練習した文字の列を見ながら、優しく相好を崩すティナ。

「何かあったの?」

 しかしこの時、僕はほんの一瞬だけ、彼女が相好を崩すまえの表情がこわばったのを見逃さなかった。

「・・・その、そんなに大したことじゃないんですが・・・」

 すると、何やら恥ずかしそうにモジモジとし始めるティナ。

「スクールには他にも獣人の子がいて・・・その・・・」
「もしかして、嫌なことでも言われた?」
「いえ!・・・いや、みんな私に優しい人たちばかりでした・・・」

 その心配は杞憂だと、ティナが慌てて僕の発言を訂正する。

「でもその・・・毛並みが・・・」
「毛並み?」
「はい。みなさん毛のお手入れが行き届いていて・・・だから」

 どうやら彼女が気にしていたのは自身の毛並み、最近はだいぶ良くなってきて、他の獣人の子との違いは僕にははっきり言ってわからないが、彼らにしかわからない微妙な差というやつがあるのだろう。

「リアム様にも、私の手の届かない尻尾の毛並みを整えてもらえたら・・・その」
「櫛で手入れするくらいなら、別に構わないよ」

 終始、言い出しづらそうにしていた彼女の意思を汲み取って、ここは僕から手伝いを申し出る。

「・・・! ありがとうごさいます!」

 きっと自分が僕の奴隷という立場にあることを気にして、面と向かって言えなかったのだろう。しかしまた、僕がそんな些細な可愛いお願いを拒否するはずもなく、それを見越してティナはこれを話題に出したのだと思う。

「ふぅ・・・」
「痛くないかな?」
「・・・はぃ。気持ちいですぅ」

 その日の夜、僕は彼女のふんわりもふもふとした尻尾を手に、櫛で毛並みを整える。
 櫛を入れるとビクッと一瞬体を小さく震わせるのだが、その後に流すように櫛を動かすとふにゃーっと和らぐ表情がなんとも言えない。

『・・・癒されるなぁ』

 だがその裏で、僕が彼女のその反応と尻尾のもふもふに癒されていたことは、絶対に内緒である。



※・・・ロリコンではありません。

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