アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

128 Sクラス

「まったく、今日から新しい学年だというのに朝っぱらから・・・しかし僕は寛大だからな。今回は見逃してやるのだ」
「はいはい。流石アルフレッドだね〜」
「おいリアム、大体お前のことであろうが。そもそもどうしてあんなやつに絡まれたのだ?」

 あれからずっと、ブツブツと愚痴を途切れさせなかったアルフレッド。やはり、相当不満が溜まっていたようだ。噴出が止まらない。

「うーん。それが全く、身に覚えがないんだよね」

 僕はアルフレッドの質問に対し、ふと窓の外を見やる。中庭の桜の木が満開の花を咲かせており、嫌な気分も舞い散る花びらとともにさらってくれる。

「それよりほら! 愚痴とお説教はこの辺にして新学年、新しいクラスで頑張ろうよ」
「といっても、メンバーはあまり変わらんだろう? Sクラスだからな」
「まぁね」

 僕たちは新しく変わった教室の扉の前で、そんな他愛のない会話をしながら、その取っ手に手を掛ける。

 通常、新しいクラス分けは、校舎の玄関前の掲示板に張り出されるのだが、僕は既に初等部過程の基本科目の履修は終えているし、アルフレッドはそもそも貴族枠であるからしてそれを確かめずとも互いのクラスがわかる。であるから、掲示板で教室の場所を確認しただけの僕たちは、この時、まさか3年間変わらなかったそのクラスの構成メンバーに変更があったことを、知る由もなかった。

「おはよ・・・う?」

 教室のドアを開けた瞬間、いつもの明るく平凡な日常とは違った雰囲気が蔓延していることを感じ取る。

「リアム!」
「リアム様! アルフレッド様!」
「何かあったの二人とも、そんなに慌てて?」

 一歩足を中に踏み入れると、既に教室に着いていたエリシアとフラジールが、焦った様子で駆けつけてくる。

「・・・デイジーが」

 そして、どうやら僕の良くない予感は当たってしまっていたらしい。

「いやいやどうもどうも。またお会いいたしましたね、ご両人」

 教室に響く、つい最近聞いた覚えのある声。まさか、彼がここにはいるはずがない──

「ゲイル・ウォーカー・・・どうしてここに」
「おいおい早速呼び捨てかよ! これだから野蛮で低俗な冒険者の家系は!」

 僕たちの前からエリシアとフラジールが両脇に控えてできた道の先、そこにゲイルはいた。

「まぁいい、僕は寛大だからな。君にも呼び捨てで、ゲイルと呼ぶことを許そう」

 ここはスクール内だからな、と、自分のかざす態度を棚に上げて、呼び捨てでその名を呼ぶことを許すゲイル。

「それはどうも、寛大なゲイル。それにしても、どうして君がここにいるのかな?」 

 僕はそんな相も変わらず上から目線の高慢な態度にあえて乗っかりながら、質問する。しかし──

「確かここはSクラスの教・・・室」

 質問の途中、自分で並べる言葉の意味を脳内で反芻しながら、先ほどのエリシアの発言も合わせて、ある一つの仮説を導き出した。

「まさか・・・!デイジーが・・・」

 デイジー・リトル。それはSクラスの成績枠、エリシア、フラジールと一緒に一年生の頃から同じクラスにいる優秀な平民のクラスメイトだ。

「突然だが、先ほど校門でした俺の自己紹介をもう少し詳しく、輝かしいウォーカー家の経歴を添えて説明するとしようか」

 タイミングを見計らったかのようにゲイルはそうやって能書きを垂れて、自身の身の上について先ほどより詳しく語り始める。

「俺の家ウォーカーは、昔から布織りから服飾までもこなすウォーカー商会を経営している」

 つまりは、アパレル系の商会ということだろうか。しかしそれがどうデイジーのSクラス落ちと関係があるというのか。

「しかし、近年では魔道具の発達によって他領からも商品の輸入が盛んに行われるようになった」

 これは地元で商売をしている人間にとっては嫌な話であろう。なにせ、自分たちの競争相手が、ましてや街の外から安定したルートを辿って増えるのだから。

「・・・特に、腐ったりしない痛みにくい素材でできている服や布は最近では質より安さが求められるような始末、領地全体の意識を低くする全く嘆かわしい事態だ」

 それはウォーカーとしても好ましくない事態であるはずなのに、しかしゲイルの態度はとても得意げである。

「だが、我々もそれを黙って指を加え見ているほどバカではない。我が父はその事態を貿易がこれからの経済の主体になるといち早くに感じ取り、輸送業界に進出、最近他領のオブジェクトダンジョンから頻繁に産出される移送系の魔道具を大量に購入し、一気にこの領トップの輸送商会へと上り詰めた」

 彼は更に自慢げに胸を張って語る。いかに己の父が優秀で、そこまで商会を育てたのかを。

「更にそれからは、輸送業に限らず幅広く様々な物を取り扱うべく落ちぶれた他商会を見つけては買収・立て直しを図り、この街はもちろん、大量の商品を輸出入することで利益を上げているわけだ」

 既存の生産系を合併することで有効活用することで利益を生み出す・・・それは、M&Aであった。

「まさか・・・!」

 そして僕はここで、ある一つの仮説へとたどり着く。

「最近では、食品業界にも手を出そうとリトル商会を買収したのだが・・・」

 僕の反応に、ニヤリといやらしく笑うゲイル。デイジーの父親は確か、この街でとある食品を取り扱う中規模の商会を経営していたはずだ。

「君は、クラス分け認定試験でデイジーにわざとミスをさせたのか・・・」
「おいおい妙な言いがかりはよせよ。別に怒ることはないだろう? 僕らはただ、経営が傾きかけていた商会を買い取ってそれを立て直した上で、しっかりとを返してもらっているだけさ」

 商会を買い取った時点で、その商会の経営権は彼らにある。しかし今の口ぶりだと、子会社として商会の形を残し、そこの責任者に商会の経営者であったデイジーの父を添えているのだろう。

「それに、せっかく投資して念入りに準備してきたというのに、ポッとでのテーゼが出しゃばっているせいで我ら商会の販売実績と計画の進行状況があまり芳しくない」
「つまり今、君が僕にとっている態度は全て、その腹いせって事かな」
「おや、デイジー・リトルにのことはもういいのかな?」

 言いがかりをつけるゲイルに対して僕は話の焦点をずらそうとするが、さらにそれを許すまいと皮肉じみた煽りで返してくるゲイル。しかし──

「僕は別に買収と合併・・・M&Aが悪いことだとは思わないし、むしろ経済の発展から見れば、あるものを衰退から脱却させて利益を生み出すその手腕、賞賛に値する」

 僕はそれでも、それ以上デイジーのことについて議論することを我慢する。沸騰してきて、まだ少しの冷静さが残っているうちにこの頭の熱を冷ますために。

「M&A?というのはよくわからんが、お前も我が商会の素晴らしさがわかったようだな。下民にしては多少物分かりはいいらしい」

 すると、僕の賞賛に対し、満更でもないという態度のゲイル。そして──

「いいだろう。であれば貴様、我が商会に雇われろ。そして、僕に従え」

 あまりにも高圧的、まるでこの学校の王にでもなったかのごとく、強引的な勧誘をしてみせる。

「それは無理な相談かな」

 だがもちろん、僕のそれに対する答えはNoであり──

「他店まで赴いて営業を妨害したり、恐喝まがいのことをして不正をかどわかすのは実に不快、そんな君ら親子は経営者の風上にも──」

 そして、その理由を端から端まで並べ立ててそのくだらないパフォーマンスもろともに説教してやろうとした・・・のだが ──

「俺はただ、傘下の商会の令嬢に『予算額を減らすかもしれない』と、商会の経営状況からみた可能性をリトルデイジーに伝えただけだ。そう、俺からな」

 それのどこに問題があるのか・・・と、あくまでも経営側という立場を強調した上で、僕の返事を途中で遮るゲイル。

『・・・ん? まさか』

 しかし、僕はここである違和感を覚える。なぜ彼は今、わざわざ僕の話を遮ったのか。

『もしかして彼、僕を丸め込んで商会に取り込めとでも父親に言われたのか? 』

 先ほどまで高圧的で強引で、傲慢だった絶対のその自身に僅かながらの陰りを見た。その、あくまでもデイジーをダシに使うブレのなさ、切り替えることのない執着の一歩手前とも思えるようなこだわりが、逆に、それを物語っていた。

「人の話は最後まで聞きなよ。途中で遮るなんて、それこそ商人のすることじゃない」

 僕は内心でニヤリとほくそ笑む。もし彼の目的が『僕を侮辱しあちらの力をわからせた上で徹底的に追い詰め、取り込む』だとすれば──

「それに、僕にとって君がどのようにして、とある商会の小さくとも明晰な頭脳と胆力を兼ね備えた優秀な令嬢を陥れたかなんて取るに足らないこと。それじゃあ僕を屈服させるには足りないし、語るに落ちてるよ、ゲイル」
「グッ・・・」 

 まずは彼の言動の辻褄、その錯誤を指摘し動揺を誘う。あまりにもそれだけでは僕を動くには弱すぎるしお粗末、自分からテーゼやリトル商会の名前を出して張り合おうとするところ、やっぱりまだまだ子供だ。まさかどうやってデイジーを脅したのかまで喋るとは・・・おそらく彼は、身内の誰かが自分に話した内容をそのまま暗記して、ちょっとアレンジしただけのハリボテで会話していると推測できる。ならば──

「経済の発展において、競争することは必ずしも悪いことじゃない。互いに切磋琢磨して、高め合うという見方もできるからだ」

 彼が言い返せない土俵に引きずり込むだけ。とにかく、これまでの話の修正にから手を入れる。

「それじゃあ貴様はどうだっていうんだ! 知っているんだぞ!新たに生み出したアイスクリームやパンケーキの菓子レシピを特許で占有し、あろうことか独占状態となってしまっている事を嘆き抗議に行った父を侮辱したことを!」

 すると逆に押され始めたゲイルが、まさかの情報を暴露する。そして彼は一通りそう叫ぶと、数秒の間をおいて乱れた呼吸を整え、腕を組んで僕を見下す。どうだ、言い返してやったぞ・・・と。

「嘘でしょ・・・」
「マジかよ」

 教室にいたクラスメイトたちに、動揺が走る。

『・・・やってくれたな』

 バレた。今、巷で噂のアイスクリームやパンケーキを生み出したテーゼの掲げる仮面の君が、僕であるということが。

『それに、耳が痛い』

 そしてこれには僕も、やってられない・・・と思わず両手をバンザイして手放したいと思う。本当に耳が痛い話、なぜならこれらはただ、前世の知識から生み出した副産物、決して僕が一から生み出した代物ではないからだ。

 おそらくこれが彼の切り札。クラスメイトの動揺を誘い、同調圧力にも近いそれで僕を追い詰め、心を弱らせること。しかし──

「でも、特許はこの国でも認められている権利だ。それにこれは経済というよりどちらかというと産業よりの業界発展を促すための権利、開発者に向けてモチベーションを高く持たせるための権利なのだから、決して国の思想形態から逸れたものではないよ」

 僕は一転して、ゲイルの言い分に反論する。確かに、僕は生み出す努力はしていないのかもしれない。しかしそれを、学ぶ努力はしてきた。

「だから特許によってある程度の独占がなされていたのだとすれども、それに口を出すのはお門違いだ」

 ならばただそれすらも、転生という現象によって得た自分のアイデンティティなのだと開き直るだけだ。

「へ、屁理屈を!」
「屁理屈じゃない。純然たる、国が定めた権利だ」
「しかしテーゼは抗議に行った父をもてなしもせず足蹴に──」
「それはそもそも、アポイントメントもなしに押しかけ怒鳴り込んできたそちらに非があるのでは? 少なくとも僕はそう聞いているし、仮に君のいうお父様の人物像がその通りであるのであれば、自分が説教されたからといって、他商会の店内に金で雇った工作員に営業妨害させるなんて愚かな不埒者がする行為には及ばないだろう。逆ギレも甚だしい」

 おっと、自分から注意しておいて、僕も彼の話を途中で遮ってしまった。それに少し、言い過ぎたかも。

「ど、どうしてお前がそのことを!・・・はッ!」

 すると、僕の指摘を聞いたウォーカーが狼狽えながら墓穴を掘る。しかし今更気づいても遅い。ゲイルは己の切り札を切るタイミングを完全に見誤った。そう、あまりにも早すぎたのだ。

「あれ? 大好きで大好きで、君が尊敬して止まないご立派なお父様に聞いていないのかな?」

 それに僕には、商人を名乗った記憶もなければ、最初から喧嘩腰の彼に手加減してあげる義理もない。そして──

「それはね、その不埒者を撃退したのが僕だからだよ・・・こんな風に」

 僕は、攻めの姿勢を崩さない。

「クッ・・・」

 教室の雰囲気が、ガラリと一瞬で切り替わる。

「うぅ・・・ッ!」
「どうしたフラジール! 大丈夫か!」
「大丈夫? フラジール!」

 このクラスの大半は貴族だ。だから少し高めに設定したそれのせいで、フラジールもその威圧に巻き込まれてしまった。それでも──

「ところで、さっきの情報デマはどこから聞いてきたのかな・・・。僕、そんな話は聞いたんだけど」

 ここで更に、声のトーンを幾分か下げた強い物言いで、場の空気を圧迫する。

「ガヤガヤ・・・」

 本当に軽い威圧だったが、しかしそれでもこの場に居合わせた僕とエリシア、そしてアルフレッド以外の全ての人間を緊張させ、黙らせるには十分だった。
 ヒヤッと凍りつくような緊張が走る教室。静寂な空間には、新学期故の賑やかな喧騒だけが廊下や隣の教室から流れこんできて、シン・・・とした教室に響く。
 大人気ないと言われればそうなのだが、脅迫、または聞き出しておかなければならない重要な情報だとこの時は思ったのだ。

「そ、それは──」

 しかし、あまりの緊張感に包まれて、ゲイルがその情報源をゲロおうとした・・・次の瞬間──

「リアムさん? それに皆さん一体そんなところでつっ立って何をしているのですか?」

 そんなことも御構い無しに、ホームルームの時間に遅れて教室に入ってきたケイトがそれを、中断させる。

「そうですリアムさん! 春休みの間、魔力線による複属性魔法陣構築の新しいパターンがいくつか見つかったのですが・・・」 

 そして緊張ガン無視で、春休みに実験した自身の研究成果を、ベラベラと語り始める。どうやら今日の朝までずっと研究をしていたらしく、やたらとハイだ。

 ・・・ゴーン・・・ゴーン。

 すると、始業の合図を伝える鐘の音が──

「おっといけない。今日は始業日ですから、1限目は始業式です。はい皆さん! 魔法練習場に向かってください!」

 見事に緊張感を崩壊させたケイトは話を中断、強引に切り上げて、教室にいた生徒皆に向けて指示を出す。

「・・・絶対に吠え面かかせてやる」

 結局、中途半端に終わってしまったために敗北を避けることができたゲイルが、僕の耳元で捨て台詞を吐いて教室を出て行く。そしてその退室に合わせるように、教室にいた全員がゆっくりと動き出す。

「リアム・・・私たちも行きましょう」

 傍にいたエリシアが僕の服の袖を引っ張りながら、合図する。

「うん」

 そして僕も、この行き場のなくなったモヤモヤを胸に教室を後にすることになった。

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