アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

101 エクレアの夢

── ティナと出会って数日。

「メーンッ! どーうッ!」

「マスターの著しい語彙力の低下を警告します」

「いや、ただの面と胴だし名前を考えるのが『面胴・・・』なんちゃって」

「・・・」

「無言は止めて!?」

 あれからほとんど毎日、僕は彼女を連れて修練に励んでいた。

「飲み物と布です」

「ありがとう」

 ティナが差し出してくれた布で汗を拭き、飲み物を口に流し込む。

「・・・はぁーッ生き返る! ありがとうティナ」

「どういたしまして」

 そしてここ数日、僕からの指摘も相まりティナの語彙力の向上が著しい。まだ発音を噛んだり、羅列が噛み合ったりしていないこともあるが、それでも大分マシになった。

「じゃあ午後からはティナも合わせて連携の練習をしようっか」

「わかりました」

 僕はそのまま小休止に移り、昼食のサンドイッチを亜空間から取り出す。

「はいこれ、ティナの分」

「ありがとうござります・・・三角で白い?」

「ああ・・・これは」

 受け取ったサンドイッチを見て首を傾げるティナ。

「これは天然酵母を使ったパンでね。ようやくものになってきたんだ」

 その理由は明確、ライ麦から作った黒パンが主なこの世界で白いパンは珍しく、サンドイッチなどに用いられることはまずないからである。それを作り始めたのはアイスクリームを作り始めた頃 ── 

「折角エクレアさんと繋がりができたんだから、試作を始めても良いよね」

 僕はケーキ屋であるエクレアと繋がりができたことをきっかけに、天然酵母を試験的に作り始めた。

「か、カビが・・・」

 試作第1号はそのほとんどがリゲスと稽古のため家を空けていたため、カビに侵されてしまい ── 

「匂いがやばい・・・」

 第2号は見た目に問題はなかったものの、その匂いは強烈、おそらく管理環境の温度変化が大きすぎたのだろう。

「こうなったら・・・」

 次に第3号は思い切ってディメンションホールの中、亜空間で管理・試作してみた。そしてその結果は ──

「できちゃった」

 出来過ぎなほどあっけなく、あっさりと成功してしまった。試作に使った果物は二種類、りんごとレーズンを使った酵母であった。

「エークレーアさーん!!」

 僕はそれができると直ぐにエクレールに直行、店主であるエクレアに許可をもらい、小麦を使った白パンを焼き上げた。

「こんなふんわりした白パン・・・食べたことない」

 実は僕が知らなかっただけでこの世界にも発酵を利用したパン作りの技術はあり、小麦を使った白パンも既にあったそうなのだが ── 

「高いから特注で受注しないと採算が取れないし、こんなにふわっと香りの良いパンは見たことないわ」

 かかる手間、技術の習得などにかかる労力からそれを作れるのは一部の職人のみ、貴族のお茶会ぐらいでしかそれを目にしないらしい。

「エクレアさんはパンにも詳しいんですね」

「実は私の実家は王都でパン屋を営んでいてね。こっちに来てからはもう何年も帰ってないのだけれど・・・」

 束の間、言葉を詰まらせたエクレア。これは余計なことを聞いてしまったかもしれない。

「けど、背中を押してくれた両親に恥じないよう私は私で頑張らないと・・・ッ!」

 と思ったが、どうやらそれは杞憂だったようである。束の間の追憶にやる気を奮い立たせたエクレアが、両手を固く握って気合を入れ直す。

「よーっし決めた!! リアムちゃん、お願いがあるんだけど聞いてくれる?」

「は、はい・・・」

 すると突然、僕に頼みがあると告げるエクレア。

「最近弟子を取ろうと思っていてね。アイスクリームの件で忙しくなってきたしお店の手伝いがてらに雇おうかと思ってたんだけど・・・」

「弟子ですか?」

「ええ、実はもう見つけてあるの。ウチにお使いに来てくれる子でよくお茶菓子を買って行ってくれる子なのだけれど・・・」

「その子は?」

「この前ウチに来てくれた時に聞いたら『やりたい!』って言ってくれてね、ただその子孤児院の子で・・・」

「えっ?」

 僕は思わずエクレアの言葉にえっと驚く。

「どうせ雇うなら、いっそウチでその子を引き取ろうってリゲスとも話していてね。だけどレシピ考案してくれたリアムちゃんとそりが合わなかったりすると大変でしょ?」

「そんなことは・・・」

「でも大事なことよ? ここ1ヶ月でテーゼ商会を通して入ったアイスクリームの注文だけでも既にうちの利益が前の倍以上に跳ね上がっているわ。それに私の友人であるウィルとアイナの子であるリアムちゃんをないがしろにはできない」

「・・・つまり?」

「つまりね、リアムちゃんへのお願いっていうのは、一度その子に会ってきてもらえないかしら・・・ということね」

「!?・・・そんな大事なこと、僕に委ねて良いんですか?」

「いいえ、そんな大層な責任をリアムちゃんに押し付ける気は無いわ。もちろんリアムちゃんからの報告が良いものでも悪いものでも、最終的な判断は私たちでします。・・・ただもう一つ、リアムちゃんにお願いがあって」

「もう一つ?」

「ええ。私ね、昔から二つの夢があって・・・」

 それからエクレアは楽しそうに、しかしどこか真面目に自分の夢を語り始める。

「一つはこうして自分のお店を持つことよ。自分の好きなものを売ってお客さんに喜んでもらうこと・・・これは叶った夢ね」

 一つは既に叶った願い。独立した店を持つというのは凄いことだし、こうして続けられていることに尊敬もするが ── 

「そしてもう一つが、私が学んだ技術を継いでくれる子を探し、それを伝えること」

 どうやらエクレアの夢はそれだけではないらしい。

「さっきも少し話したけれど、私の実家はパン屋で、私はそこの娘として親からいろいろな技術を教わったわ・・・だけどある日私は一つの出来事をきっかけに、パンじゃなくてケーキを作りたいと思った。そしてある伝手を頼って密かにケーキの勉強をしていたの」

 パティシエとブーランジェ。その似たような分野の職人でも、レシピから温度管理一つとっても作るものによって専門の知識が必要なはずだ。

「するとそれから1年がたったぐらいの頃かしら。恋仲だったリゲスを含め三人の友人たちが王都から公都のこの街に来ることになってね。私もみんなと一緒に居たかった・・・だから私は家族に全て話した」

 子供はいずれ巣立っていくもの・・・とはいえ、突然家業とは異分野の職につきたいと打ち明けられ、ましてや遠くの街に行きたいと言い始めた娘。

「それまで育ててもらった感謝がたくさんあった。責められると思った。怒鳴られ、最悪勘当される覚悟もしていた。けど私の家族は ── 全てを伝えて震えながら頭を下げる私を、優しく抱きしめて撫でてくれたわ・・・『いってきなさい』って、そして『いつでも帰ってきなさい。私たちは離れていても家族だ』って」
 
 一瞬、彼女の声が震え止まった気がした。しかし終始、それを語る時の彼女の表情は笑顔のまま崩れることはなかった。

「頭を下げていた時は申し訳ないって気持ちが半分、感謝が半分だったけれど、その時一気にただただ大好きな家族への気持ちだけが私の心を塗りつぶしたわ。おかげでそのあとしばらく大泣きしちゃって・・・フフッ」

「そのあとエクレアさんは仲間と一緒にノーフォークに?」

「ええ。そしてリゲスは冒険家に、私はこの街にあったベーカリーで下働きして3年前、お金を貯めてようやく自立したわ」

 そこに一体どれだけの苦労があったかはわからない。だけどやはり、彼女の表情からその道を選択したことに悔いがないことだけはわかった。

「そうね・・・ちょっと湿っぽくなっちゃったけど、結局私のもう一つの夢は単純。・・・それは ”私の大切な家族に教えてもらったことを、次の世代に伝えること”よ」

 改めて、自分の夢を明確にするエクレア。

「・・・わかりました。ちょうど最近、孤児院の方にお邪魔したいと思ってたんです」

 そして僕はその頼みを受けることにした。エクレアの願いを断る理由も見つからなかったし、アストルへの挨拶ついでもあったし。

「あ! ありがとうリアムちゃん!!」

 すると、まるで子供のように無邪気に喜ぶエクレア。その喜びようは一入で、立ち上がった勢いで椅子は倒れ、そのまま僕にハグ・・・してしまうほどだった。

「あ、あぼぉ・・・エグレアざぁん・・・手土産にア゙イスグリーム持って・・・」

「もちろん! 子供達が食べきれないくらい大量に用意するわ!」

「あ、ありがとうござびます・・・”ガクッ”」

 エクレアのプロポーションは決して悪くない。その後、感触を堪能する間も無くそれに強く押し付けられ続けていた僕の目の前が真っ暗になったことは言うまでもないだろう。しかし次に気がついた時、そこには申し訳なさそうな顔で看病するエクレアがいたのだが、その傍らなぜか真上にあったリゲスの顔と、頭を包みこむあのたくましく硬い頼もしい膝枕の感触は、忘れたくても一生忘れられそうにない・・・。

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