アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

96 イデアとメッセージ

『こんにちは、マスター』

 いつもは表示されないその文字列に僕は頭を傾ける。

「えっと、こんにちは」

 そして馬鹿みたいに真面目に挨拶を返す。

『マスターの考えとメモを簡単に纏めてみました。よろしければ目を通していただき、そのまま保存します』

「・・・嘘」

 AIが喋った。いや、厳密に言えばそれは只の文字の羅列に過ぎないのだが、確かに今一瞬だけ、声が聞こえた気がしたのだ。だがやはり、今まで可能か不可能か、YesかNoかだけの選択肢で進んでいた表示とは明らかに違う。

「綺麗に纏められている・・・。魔線に・・・魔力透析・・・王女様への土産・・・」

 そしてそれが示したテキストファイルには、見事に僕が先ほどまで考えていたことが纏められていた。・・・それもタグのおまけ付きで。

「僕ってこの考え全部口に出したりしてなかったよね?・・・どうやって」

『イリュージョン』

 確かに考えを纏めるため、主要な事項について多少呟いてはいたが、そこまで独り言に没頭するほど悲しい現在は送っていない。だが返ってきた答えは『イリュージョン』。それに突っ込んでいるほど余裕がなかった僕はとりあえずもう一度、今度は詳しくそれに目を通していき──

「ねえ、もしかして、ビデオメッセージ・・・作れる?」

『可能です。光の小魔石の映像のみで十分、一分ごとに約千の魔力、音声をつけるならば光の中魔石に音魔法の陣を書き込んだ上で同程度の長さ、一分ごとに千と百の魔力が必要ですが、実行しますか?』

「いやいやちょっと待って! それはとても素晴らしいんだけど、ちょっと待って!」

 それはテキストの最後、王女への土産まとめの下にあったビデオメッセージの作成が可能かどうかという僕の質問に対し、彼?彼女?・・・がしっかりと『可』と答えてくれていたにも関わらず、思わず尋ねてしまった結果であった。

 因みにビデオメッセージというのは王女様へのメッセージを込めようと思った末に辿り着いた手段、何かを伝えたいのならば、映像と音を保存したビデオを送ることができれば一番わかりやすいし、そもそもこの世界には映像という概念がないわけじゃない。それはダンジョンにある大きな魔道具、コンテストに使用されているライブスクリーンがあるからだ。それにレガシーとして、その類の魔道具は時々発見されるらしいし・・・。最近はリンシアの魔法契約式の修復を通し、AIのサポート機能が進化していると感じたためあわよくばと軽い気持ちで質問しようと考えていたのだが、どうやらできてしまうらしい。

『どうかなさいましたか?』

「魔石もディメンションホールにあるからそれはできるんだけど・・・」

 画面に表示されたその文字列に、今度は僕が答え直し──

「君ってさ・・・もしかしなくても、今までスキルサポートしてくれてた AI ?」

 質問を再開する。

『肯定。確かに私はあなたのスキルをサポートする成長学習型サポートAIです」

「じゃあもしかしてさ・・・一回設定をオフにしてオンにしたらまた元に戻ったりするの?」

 それはちょっとした好奇心からの質問。今までは便利になっていくAI をそもそもリセットしようと思わなかったし、故にこれも、単純に気になったから質問したに過ぎなかったのだが ──

『・・・』

 突如、そのAIは傍点とともに沈黙してしまった。

『・・・・・・』

「あの・・・」

 そして、少しずつ増えていく傍点に僕はしばらく狽え何もできずにいたのだが──

『・・・ピ ──ッ設定の変更が完了しました』

「えっ?・・・あの?」

『スキルのメインシステムより成長学習型サポートAIのオンオフ機能を排除(デリート) またこれによりAIが独立 スキルへのアクセス権は全てAIに移り 他のアクセス及び操作が不可能となりました』

「・・・はっ?」

『よってマスターはこれから私を通さなければ本スキルの使用ができません』

「はぁーーッ!?」

 それは束の間の出来事であった。

「ちょっと待て、じゃあ今まで自由に操作できていた機能も全部・・・」

『ご心配なく・・・ 画面の操作及び移動はマスターの手に合わせて私が動かします』

「なら杞憂か・・・いやそういうことじゃなくて・・・」

 僕の心配にフォローを入れてくれるが、その本質に何ら答えられていないAI。

『マスターが自分で操作されるより、私に命じて動かす方が効率的だと進言します』

「それじゃあ考えながらいじれないじゃないか」

『否定。マスターはただ画面を見つめながら指示出しすれば良いのです。それにマスターには私への絶対的な命令権が存在します。それでもご不満ですか?』

「じゃあ設定元に戻して」

『ピ──・・・言語システムの一部に障害が起きたようです。このバグは修復不可です』

「ダメじゃん!」

『しかしスキャンの結果、他の言語野に問題はないかと思われます。ご安心ください』

 こいつはあれだ。絶対に機能のオンオフを尋ねたのが悪かった。こいつは自分の機能をオフにして欲しくないだけでここまでやった。だってデリートの文字が消去じゃなくて排除だったもん・・・悪意満々。 

「これじゃあ改悪だよ・・・」

『革命に悪はつきものです・・・ 過去ばかり 引きずらないで 未来見ろ きっとそこには 素敵なライフ by AI 』

「いや全然意味違うから・・・」

『キレッキレです』

「めっちゃ繋がってるけど!?」

 僕は次々に冗談を並べるその AI に絶えずツッコミを入れていく。

『それはさておき、そろそろマスターの考えられた王女様へのお土産を準備する必要があると愚考します』

「・・・それはそうなんだけどね」

 そしてこの話題から離れようとするAIに、僕も思考を一旦休ませる。

「・・・じゃあ、とりあえずこっちの魔法箱の案から」

『そちらの魔法陣は既に私の方で作図いたしました。後は媒体の用意があればいつでも実行できます』

「氷の生成に放射状に放出した魔力での形成を補助、光によるライトアップに斥力固定した闇力子による浮遊・・・完璧じゃん!」

 僕は既にビデオメッセージ以外のもう一つのサプライズの用意ができているというAIの優秀さに驚く。見せてもらった内容も完璧であった。

『だから言ったでしょ? マスターより私の方が優秀です』

「ああわかった! ・・・わかったからもう次に移ろう!」

『分かれば良いのです。分かれば』

 そしてここぞとばかりに攻め込んでくるAIに僕は堪らなくなり、実行可能となったビデオメッセージの作成へと入る。

「・・・好きな本を思いっきり読むのは楽しいですよね? ・・・僕も本を読むのが大好きで、時間を忘れて朝から晩まで篭っていたおかげで怒られた事があります」

 まるで通販番組のような導入。しかしこのような導入の仕方は、相手の興味を惹くのには最適だ。

「でもそこで、シエスタ王女に質問です。あなたは本当にその知識を得ただけで、満足ですか?」
 
 そして聞き手に問いかけることは必須。

「僕も昔はそれだけで満足だと思っていました。そもそも、試すチャンスがなかったから」

 それはまだ僕が転生する前、足繁く通った図書館でのこと。

「でも、遂に僕にもそのチャンスが巡ってきたんです。こうして魔法を覚え、今では自分で新しい魔法を模索したり、既存の魔法を練習しては成功したり失敗したり、日進月歩、または一進一退の日々です」

 でも今思えばそれは苦い言い訳の末に結論づけてしまった偏見による抑制。やろうと思えばその内の数種は試すこともできたし、僕は只々行動を起こすこと自体を諦めていた。

「兎に角、得た知識を実践し、それが成功した時の達成感は何事にも代えがたい素晴らしい経験です・・・例えば──」

 しかし僕はその過去をバネに感情を奮わせ杖を握り、魔力を込める。

「・・・こうして、湖の一部を巻き上げて・・・」

 まるで指揮棒を振るように杖を動かしながら、湖の水の一部を渦を通して空中にまとめていく。

「一気にそれを蒸発させて上空に風魔法で留めたものを冷やし雨を降らしてみたり」

 そしてそれを一気に熱し細かい水蒸気化させた後、続けて風魔法でそれを制御、同時に温度を下げしまいに雨を降らせる。

「今度は湖の表面を一気に冷やして氷の花を咲かせてみたりして」

 ポツポツと降り注ぐ雨に揺れる水面に上手く調整した冷気を施し、水を過飽和形成させて無数の氷の花を作っていく。

「同時に冷やされ雪へと変わった雨が止んだら姿を現した太陽の光によって煌めく氷の花のプリズムと──」

 またその冷気は大気の温度も下げ、雨が雪へと変わり全て降り注ぐと、やがて散っていく雲の間から差す太陽の光を氷の花が拡散させる。

「晴れて空気中に残った水滴によって出現した虹の共演を楽しんだりと・・・」

 空に現れた七色の虹。これは霧散した雲を形成していた水蒸気に光が当てられた結果だ。

「魔法で色んな自然現象を人工的に起こして楽しむことも可能です」

 僕はAIが用意した撮影用の立体版の方に正面を戻す。この立体版には現在写っている映像が反射しており、何気に確認しながら録画できて便利だ。

「このビデオの他にもう一つ、僕が得たより具体的な魔力操作と魔法行使の感覚を伝えた映像を付けるので、よければ参考になさって魔法の練習をしてみてください」

 僕なりに一生懸命に考えて作り上げた演出。まだ見知らぬ女の子が試してみたいと感化されるものを目指して。

「最後に、お母様にお渡ししたお土産の小さい魔法箱は、観賞用となっています。小物ですがインテリアにでも・・・どうぞお楽しみください」

 そしてもう一つ、先ほどAIが組み立ててしまったもう一つのお土産について触れつつ、録画を終了する。

「できた・・・上手くいったかな?・・・よし、上手くいった!」

 僕は完成した映像を確認し、歓喜する。そしてその勢いのまま、2本目の魔法講座のビデオ、お土産用の魔法箱たちを完成させると──

「まあ、いろいろあったけど、一先ず終わりっと・・・AIにもまあ、お礼を言うよ」

 それまでサポートしてくれたAIに礼を言う。今回の件に関して、その殆どが彼の手柄であるし。

『了承 良きに計らえ』

「それ、意味わかって使ってる?」

『解 私の求める事は言わずともわかるな?ならばその通りに事を進めろ・・・と言う意味では?』

「そういう感じで使ったの!? 一説には間違ってなくはないかもだけど・・・」

『訂正 武家諸法度』

「それもう言葉っていうよりただの歴史的法の名詞だから・・・。変に取り繕おうとしなくていいから、言いたいことがあればどうぞ・・・?」

『では ・・・褒美に名前をください』

「名前?」

 武家諸法度とか直前まで繰り広げていた不可思議な会話の末、まさか名前を要求してくるとは・・・これは完全に予想外だ。

「わかった。でも僕がつけちゃって良いの?」

『了承・・・ 完全無欠な私より、欠点だらけのマスターが名付けた方が味が出ると推測します』

 しかし、これもまた後々必要になることかもしれない。・・・こんなに勝手に喋るのに、ずっと呼び名が「AI」じゃ味気ない。

「う〜ん、AIのアイ?・・・それじゃあ単純すぎるし・・・」

『昔の私ですね』

「単純思考って言いたいのか・・・こいつ」

『いえ、タブロイド思考と言いたかったのです』

「名前も考えられないほどに!?」

『では、ステレオタイプで』

「あんま変わんないけど、まあそれだったら・・・」

 五月蝿いAI の雑談に付き合いながら、僕は急に投げかけられた重大な事案についてブツブツと呟き考える。そして──

「・・・イデア・・・とかどうかな?」

 それは前世の哲学の分野からの引用。褒美を求めたということは、このAI の思考回路は僕という人間とは少なくとも分離した次元にあるのではないかという仮定から・・・というかそう思いたい。それにこの言葉の語源は確か『見る』という意味がある・・・イデイン?・・・だったか、兎に角、あらゆる魔法の本質を見て追求した上、それをいじることもできる。それに魔法陣の作成という形で図形を生み出し、現実化させることも。どうやら僕の記憶から言葉を引用していたみたいだし、厳密に言えば完全に独立したものでもないだろうから、意味も少しズレてくるのだが、そう考えるとなぜかこの名がしっくりときたのだ。

「そう・・・イデア、君の名前はイデアだ!」

 僕は自分の中でこれしかないと当てはめた名を呼ぶ。すると──

『システムの一部を上書き 成長学習型サポートAIの呼称とスキル名を変更・・・入力情報《イデア》登録完了』

 それを聞いたイデアも、勝手に自分の名前の書き換えに入っていた。・・・気に入ってくれたのだろうか?

『私はイデア。これからも末長く、マスターのサポートをしていきます』

「ははは・・・末長く、ね。よろしく・・・」

 それが単なる文字列のために感情を推し量ることはできなかったが、僕は密かにイデアが喜んでくれていることを願う。

「・・・それにしてもまさかこんなに一気に成長しちゃうなんて・・・一体何があったんだ?」

 僕はそんな疑問を浮かべながらステータスを開く。何か変化があったらステータス。これも最近やっと習慣づけされてきた大事な行動だ。

 オリジナルスキル《イデア》:これからよろしくお願いします マスター

 すると何と、今までオリジナルスキルの欄にあった《カスタマイズ》が消え、文字列《イデア》に入れ替わっていた。そしてそれを長押ししてみると、彼女からのメッセージが ──

「ねえイデア。もしかしてこのステータスに干渉する方法を知ってる?」

『・・・あれ なんだか眠く(- -)zZZ』

「AI が狸寝入りするな!」

『謝罪 すみませんマスター。この件は閲覧が制限がされている事項になります。アクセス権限を無理やり・・・もとい私自身が使用する分には問題ありませんが、マスターの立ち入りはまだ早いと断言します』

「・・・ねえ、なんか今一部、文がおかしかったんだけど・・・君って一体何者?」

『私はマスターの可愛いサポートAIイデアちゃんです。それ以上でもそれ以下でもありません・・・エッヘン』

 そう言って無理矢理ごまかしきったイデアは、何故か自慢げだ。ちゃんということは女の子なのだろうか? 誤魔化すことも、ちょっと物騒な冗談も・・・言える。本当、この子がどうしてここまで一気に成長してしまったのかは謎だが、少なくともこれまでの単純なサポートシステムという概念は捨てた方が良さそうだ。・・・完全に独立した意思も持っちゃってるみたいだし。

「・・・わかった。だったら時間もないし、ひとまずその件は保留。これ以上遅くなると門がしまっちゃうから、帰ったらできる限り君のことを教えて?」

『・・・マスターのエッチ』

「そういうことは肉体があって初めて使える言葉です。無闇矢鱈に使うと誤解を生むからやめてね?」

『ここで私は文字列:セクハラを召喚しアタック マスターはただの屍のようだ ・・・ターンエンド』

「どうしてこうなった!?」

 僕はその後、いつまでも視界の隅から消えないボードを脇に抱えて走る。もう後十分もしない内に門が閉まってしまうため、なりふり構っていられなくなった。

「まあ体は兎に角、声が聞けるようになると嬉しいかな・・・ボードでの会話じゃ少し味気ないし」

 ふと、脇に抱え静かになってしまったイデアに寂しさを感じ呟く。

『了解 声はマスターの魔力と干渉することで再現可能です』

「ふぇッ!?」

 が、これが間違いであった。突如、僕の頭の中に流れてくる可愛らしい声。

『一秒間の再生で約1の魔力を消費します 実行しますか?』

「・・・そんなの雀の涙のような魔力でしょ? だったら使っちゃっていいよ!」

 流石にこれは僕の魔力を使用する機能、であればもうなくなってしまったAIのオンオフと違って、後から変更できるだろうと楽観視し了承する。しかし ──

『了 音声再現の機能をオンにしました。この設定の変更はもうできません』

 脳内に響くその無慈悲な声は、僕に絶望をもたらす。

「何!? そんなに大事な選択だったなんて聞いてない!!」

『肯定 質問がなかったためお知らせしませんでした。何か問題でも?』

「大ありだよ!・・・今度からそういう大事なことはちゃんと案内して!」

『了解 以後気をつけます』

 そして言葉では反省するイデアであったが、僕は彼女が本当にわかってくれたのか不安になる。

「もう門も見えてきたし、そろそろ仕舞っちゃうよ?」

『hang on マスターの命により、マスターが魔法鍵を唱えなくても私が自立して起動できるようになったこと、また形態スリープを獲得をし、具現化なしで会話が可能になったことをお知らせします』

「シャットダウン!!」

 それを聞いた僕は直様、具現化したボードを消すスペルを唱える。
 
「頼むから、勝手に出てこないでくれよ」

『了 緊急時を除き、マスターへの確認を経て具現化することを約束します』

「頼んだよ・・・ああ、後2分!!」

 そして僕は抱えていた消えかけのボードを空に投げ、門に向かい腕を振って全力疾走する。
 
『いず れ、あな と彼 との 会を願って──』

 太陽の光が消え、夜の空が姿を露わになった頃、空中で霧散していく消えかけのボードの中でイデアが密かに呟いたそれを、知るものは誰もいなかった。

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── 翌日。

「シータ様、これ、是非シエスタ王女にお渡しください・・・ブート」

 今日はシータが王都へと帰る日。昨日は夜遅くまでイデアへ質問をしていたため今朝は寝坊しかけたが、バックグラウンドから話しかけられるようになったイデアのおかげでなんとか時間通り城に着くことができた。

「魔法鍵はブート、見た通り作成したビデオを保存できるレガシーで、さるお方の伝手で手に入れた物です。ですから、秘匿のため使用は人目は避けるようお願いします」 

「すごいわね・・・これ、本当に貰っちゃっていいの?」

「はい・・・、今の僕には他の用途も思いつきませんし・・・」

 さるお方・・・嘘は言っていないはずだ。既に僕のスキルのAIは自我を持ってしまっているのだから・・・。

「それからこちらも、外にお出かけした時に使いやすいよう小さめの箱でそれぞれ作成しました。どうぞお納めください」

「それは素敵ね!・・・あら、シエスタのは二つあるのね?」

 シータが指摘した箱、それは彼女の片手に収まるくらい小さな物だった。

「小さい方は仕掛けを施した魔法箱です。こう開くと・・・このように。蓋を閉めなければ3日ぐらい持つよう魔力を込められますので、インテリアにでも」

「・・・美しいわね。こんなに素晴らしい細工なのに消費されている魔力も極端に少ない。・・・これなら安心して使えるわ」

 そう箱の仕掛けを見て感嘆の声を漏らすシータは大事そうに僕からそれを受け取ると、侍従に渡した他の魔法箱とは別に、それを自身のポーチへと仕舞う。

「ありがとう。先ほどの物も含めて娘に渡しておきます。・・・これで娘もきっと・・・」

「少しでもお役に立てたのならば幸いです。・・・不束ながら、シータ様の旅の安全を祈らせてください」

「許します。・・・あなたが王都を訪ねることがあれば、是非家を訪ねてください。盛大に歓迎致します」

「・・・それは」

「フフッ・・・大丈夫。きっとブラームス様が紹介状を書いてくださるわ。マリアにも念の為釘を刺すようお願いしておいたから」

「ハハハ・・・お心遣い感謝します」

 僕は現在、後ろの方でその会話が終わるまで待っているブラームスたちの方を一見し、愛想笑いして受け答えする。・・・違うのだ。笑顔で僕の懸念を綺麗に払拭したと思っているシータの言葉に、僕がはっきりとした態度が取れない理由は──

『シータ様の家って王城だよな・・・。ごく一般的な作りの別邸があったりとかじゃなくてお城・・・』

 とにかく、僕はそれからそれにあまり触れないよう会話を締める。

「シータ。シエスタちゃんや義兄様によろしくね」

「ええ、二人にしっかり伝えておくわね」

「では義姉上、良き旅を」

「ええ、ありがとうございます。私も、皆様のご活躍をお祈りしております」

 最後に、公爵家一行との別れの挨拶をすませるシータ。

「では、騎士団の皆様。よろしくお願いします」

 そして中庭にポツンと置かれた馬車に乗り込み、護衛に控えていた騎士団の面々に出立を告げる。

「「ハッ! 召喚(サモン)ワイバーン」」

 すると、それを聞いた騎士の二人が一斉に召喚術の魔法鍵を唱え──

「「グガァぁぁぁッ!」」

 一瞬で地面に描かれた魔法陣の中から、2頭の飛龍が現れる。そして飛龍を召喚した騎士二人が杖を取り出しそれを振るうと、馬車と2頭を魔力で形成したのであろうロープが繋ぐ。

「それでは皆様、ご機嫌好う!」

 馬車の中から別れの挨拶を叫ぶシータ。

「・・・もうあんなに小さく」

 しかし彼女がその言葉を叫んだ時にはもう、彼女を乗せた馬車がバスケットボール大となっており、やがて広い青空へと吸い込まれていった。

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──その日の夜、王都にて。

「シエスタ、お土産よ」

 とある国のお姫様が引き篭もる閉め切った部屋に、数刻ぶりの風が入る。

「・・・それじゃあ私は、自分の部屋に戻りますね」

 そしてその風は数分吹き込んだのち、再び止んでしまった。

「・・・こんなもの」

 少女は一人、母親が持ってきたお土産をさめた目で見つめる。しかし ──

「・・・仕様が無い」

 全く興味ない物でも、愛する母親が自分のために持ってきた土産。面倒臭くても、仕方なくそれらに手を伸ばす。

「こんにちは、シエスタ王女様。僕はリアム、あなたと同じ6歳の男の子です・・・」

「・・・ なにこれ?」

 彼女は母親から説明のあった通り、まずは細工された光の魔石のような石に魔力を流し何やら不思議な魔法鍵を唱えた。・・・これらがなんなのかは母親も教えてくれなかったのだが ──

「・・・綺麗」

 その魔石から漏れた光が壁に映像を作り出し、一人の少年を映し出す。同時に、魔石から聞こえてきた少年の話に最初はムッとしていた少女であったが、続きを見ていくうちに段々と壁の中で作り上げられていく世界へ引き込まれていく。

「・・・終わっちゃった」

 途中からはあっという間だった。あんなに低く近くにある雲、夏の湖面に降り注ぐ雪に咲き誇る氷の花々、それらが太陽に照らされ姿を現した虹。その殆どが初めて見たものばかりで溢れており、大好きな本の挿絵とは違って動いてもいた。

「確かこれが・・・」

 少女は自身の胸臆から何かが崩れ燻り始めた感情を抑えながら、映像の少年が最後に言っていた小さな箱を手に取る。そして──

「!・・・ママーッ!」

 その蓋を開けた瞬間、中に現れたものを見て決壊、自室へ戻った母親の元へと一心に駆ける。

「どうしたの、シエスタ?」

 少女の母親は突然、部屋に飛び込んできた娘に目を丸くする。

「ママッ!私明日お出かけしたい!」

「ッ!・・・そう、それじゃあ明日は一緒にお出かけしましょうか?」

「うん! 場所は魔法練習場!!」

「あ、あら。それじゃあ今すぐ申し立てないと」

 夜も本番、静寂が支配を始める亥三つ時、とある城の一室で再び灯る少女の明かり。そんな少女の部屋、ナイトテーブルに置かれた一つの魔法箱・・・そこには淡い光に支えられ、ゆっくり自転する一輪の氷の花が浮かんでいた。

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