VRゲームでも身体は動かしたくない。
第6章15幕 近所<neighborhood>
「つまり、もこちねるがそれ以降現れていないと?」
「そうなんだよ」
代役の指導係がやってきたので、サツキとエルマ、マオもセカンドホームに帰ってきました。そしてリーリとサツキが会話を始めます。
「リアルで何かあったと考えるのが妥当なんじゃないか?」
「そうだよね。こればっかりは連絡先を知らないからどうもできないよ」
そう言ったリーリは、お手上げ、と言わんばかりに肩をすくめました。
「心配は心配だよね」
「そうだよね」
エルマも心配しているようでそう呟いていたので、私も同意します。
「いないものは、仕方、ないわ。それより、明日の、ほうが心配、よ」
「大丈夫大丈夫! ルートは永谷に伝えておいたから」
エルマが満面の笑みでサムズアップします。
「そういうことだ。そう言えばリーリ。君は明日呼ばれているのか?」
サツキがリーリに向かって問うと、首を横に振り、否の返事をします。
「そうか。すまない。依頼の途中で二日も開けさせることになってしまって」
「そこは気にしなくていいよ。パーティーリーダーのもこちねるがいないんじゃ、意味がないからね」
「それも、そうだな。どうだこの後。皆で一杯行かないか?」
「さんせーい」
「賛成!」
「いいよ」
ステイシー、エルマ、私も賛同し、一杯飲んでから解散という形になりました。
≪泥酔≫になるというほど飲みませんでしたが、酒場に来るとついついたくさん飲んでしまいます。悪い癖、ですね。
みんなでセカンドホームに戻り、自室でログアウトします。
そして現実に戻ってきた私は、眠気を感じたのですが、明日は懇親会があるので身体に鞭を打ち、入浴を済ませてから睡眠しました。
セットしていたアラーム、ではなく、エルマからの着信で私は目を覚まします。
「もしもし……」
「あっ。チェリーおはよう! 良かったらうちで朝ごはん食べて行かない? パジャマのまま来て大丈夫だからさ!」
私の頭は正確にその言葉を理解しておらず、半ば反射的に「うん」とだけ答え、もう一度深い眠りに就きました。
ピンポーンとなる家のチャイムで私は再び目を覚まします。
それでも出る気にはならず、放っておくと、何度も、何度もベルが鳴らされます。
「んっー!」
少し怒り気味の声を出し、私はベッドから出て、玄関まで行きます。
「勧誘とか結構ですので!」
私はドアを開け、即そう告げると、扉を閉めようとします。
しかし、ガッと足で扉を押さえられ、閉めることは叶いませんでした。
「ちょっとー? チェリー?」
「あっ。エルマおはよう」
私の家のベルを鳴らしていたのはエルマの様でした。
「端末見て」
「えっ?」
「いいから」
「わかった」
そう言って私はエルマを家の中に招き入れ、枕元に置いていた携帯端末を見ます。
『不在着信66件』
「気付いた?」
「なんかごめん」
一時間前から計66件も電話を掛けてきていたようです。
「まぁまだ朝ご飯完成してないからいいけどさ。折角、愛しのお姉さんが起こしてあげたのに、二度寝なんてひどいなぁ」
「服着替えなきゃ」
エルマの言葉を意図的に無視し、私は服を着替えようとします。
「その必要はないよん」
「ん?」
「うちに全部用意してある!」
「はい?」
「だーかーらー! チェリーが着る服を全部用意してあるっていってるの! あとはメイクもやってもらえるから!」
そこまで言われて初めてエルマの姿をよく見ますが、エルマもパジャマにすっぴんでした。
「そんなにじろじろ見るなぃ。照れるべ」
「あっ。うん」
「状況が分かったら荷物をまとめてれっつごーだよ! 徒歩1分だけど」
「ね」
私はエルマにそう返事を返し、化粧ポーチや携帯端末などの必需品を小さめのポシェットに入れました。
「下着とかも用意してあるから服の心配はいらんよん。それだけで大丈夫?」
「うん。携帯端末あれば決済もだいじょ……電子データパック!」
私は一言叫び、部屋に放置してあった電子データパックを掴み上げます。
「これわすれたらしゃれにならない」
「気を付けてよね。んじゃあたしんち行こ」
「うん」
サンダルを引っ掛け、エルマが私の家を出て行ったので私もサンダルに足を通し追いかけます。
電子ロックがしっかりしまっていることを確認し、階段を降りた先で待つエルマの元へと行きました。
徒歩1分は伊達ではなく、すぐにエルマの家の敷地へと入ります。
「おかえりなさいませ。瑠麻お嬢様。いらっしゃいませ。智恵理お嬢様」
すぐに車を磨いていた永谷が私達の前に現れ、挨拶をしました。
「永谷さんお久しぶりです」
「覚えてていただけて恐縮です。もうすぐ朝食の準備が整いますのでご案内いたします。
そう言って歩きだす永谷について歩いていきました。
実はエルマの実家にお邪魔するのは初めてなんですよね。
別荘の方にはお邪魔したことがあるのですが。
周りを見回すと別荘に比べては少し劣るが、それでも庶民一般の感覚からしたら豪華に見える調度品ばかりでした。
すごいな、と思いながらも永谷とエルマについて行くと、すぐにリビングへ到着しました。
「ではこちらの席でお待ちください」
そう言った永谷が椅子を引いてくれたので私はそこに座ります。
豪華なリビングにパジャマ姿の私というとてもアンバランスな様子が滑稽ではありますが、招待者もパジャマなのでそこは気にしないことにしましょう。
出てくる食事に舌鼓を打ち、お腹が満たされます。
するとすぐに、別荘の時にお世話になった嘉納がやってきます。
「智恵理お嬢様、お久しぶりでございます」
「お久しぶりです、嘉納さん」
「あれからお化粧はどうですか?」
「実はあれ以来一度も外出していませんので……」
「ふふっ。そういうときもございます。では復習という感じでまた私が手本をお見せいたしますね」
そう言って椅子から立ち上がらせてくれた嘉納について別室まで案内されます。
「まずはお洋服をお選び致しますね」
そう言った嘉納は、すでに用意されていた紙袋から中身を取り出し、私に見せてきます。
「こちらで如何でしょうか」
黒く肌触りの良い生地で仕立てられたシャツとベージュでチェック柄のワンピース、そして主張しすぎないシューズ。
「私のイメージに合うかわかりません」
そう言いながらも下着をつけ、嘉納に着せてもらい鏡を見て確かめます。
「あっ」
自分的にはあまりに合わないだろうと思っていたのですが、思った以上に似合っていると思いました。
「やはりよくお似合いです。ではこちらに合わせてお化粧していきますね」
そういって嘉納は私を座らせると、すぐに化粧を始めました。
ものの十数分で別人と言っても差し支えないほどの変貌をした私は、別室を出ます。
エルマもその間別のところで用意をしていたらしく、バッチリ決まっていました。
「チェリー似合うね」
「エルマもね」
そう言った私達はお互い笑みを交換します。
「そうだ。いいこと思いついたんだけど」
「なに?」
「サツキ拾ったら自己紹介するじゃん? そのとき入れ替えっこしようよ!」
ニヤリ、人の悪い笑みを浮かべるエルマの提案が凄く魅力的に思えた私は、間を開けることなく、返事をします。
「いいね!」
「瑠麻お嬢様、智恵理お嬢様、行ってらっしゃいませ」
幾人かのメイドと執事が見送りをしてくれました。
「じゃぁ永谷。出して」
「かしこまりました。お気を付けください」
永谷が車の扉を開けてくれたので、エルマと私が乗り込みます。
「リムジン……。中ってすんごいんだね」
「外も凄いよ! 防弾ガラスさ!」
そう言ってエルマが窓をコンコン叩きます。
「ではまず鷺宮月見様をお迎えに上がります」
私達から運転席は見えませんが、永谷の声だけが届きます。
「よろしく」
エルマがそう言うと永谷が運転を始めました。
…………。
サツキの本名って鷺宮月見というんですね。
to be continued...
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