VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野佑

第5章59幕 支店<branch>


 「たしかあっちだったね」
 私はマオに言いながら道を進んでいきます。
 『セーラム ヨルデン支店』は中央通りから東通りへと入った所にあり、立地が良く、NPC、プレイヤー問わず人気だそうです。

 東通りを進み、『セーラム ヨルデン支店』の看板を見つけます。
 「何度来てもこの辺はお店がたくさんあって覚えにくいね」
 「そうね」
 マオと会話をしながら扉を開けると、すぐに声がかかります。
 「いらっしゃいませー。ってチェリーやん。どしたん?」
 今はシドニーが一人で回している時間の様で、他に人はいませんでした。
 「この時間はシドニー一人なの?」
 「まぁそうやね。ラビは昼過ぎから出てくるで。呼ぼうか?」
 「いや、大丈夫だよ。お店はどう?」
 「心配になるなぁ」
 「どうして?」
 「夜は開けてへんから本店と比べるとどうも売り上げがなぁ。儲からん」
 「そうなんだ。従業員がいないから?」
 「ちゃうで。この辺はプレイヤーがいない場合、夜営業禁止やねん」
 初めて知りました。そうなんですね。
 「意外と治安悪いみたいでなぁ。それはそうと今日は挨拶だけじゃないんやろ? 何買う? 安くするで? おっとチェリー店主やったわ。すまんすまん。忘れて」
 「う、うん。ポーション置いてる? ポテトが作った高品質の」
 「たんまりあるで。実際チェリーからは金取るなって支店長がいうからなぁ。持ってけ泥棒」
 「いや。材料費掛かってるからお金は置いていくよ。ポテトにちゃんと回るのかな?」
 「この店の売り上げは全部この店のモノやで。本店ちゅうか『セーラムツー』から安く仕入れてるって感じやね」
 「細かいことは知らなかった」
 「せやろなぁ。ここチェリーに内緒でオープンしろー言われたしなぁ」
 「誰に?」
 「ラビと国王様にや」
 まじかよっ。
 「王様が言うてたで。チェリーにばれたら無駄金掛けてどえらい店作るやろーってな」
 どうしよう。否定できない。
 「そんでまぁこう細々とやってるってわけやねー。運搬のクルミも普段はうち達と一緒にこの上に住んでるで」
 「あれ? いま3人しかここで働いていないんだっけ?」
 記憶ではもう何人か働いているはずでしたが……。
 「いまは3人だけやで。こっちで研修して本店か二号店送りやね。あとは止めてもうた子もちらほらといたで」
 私は少し悲しそうなシドニーの顔を初めて見たかもしれません。

 「まぁそんなん置いといて。これMPポーションな。本店は結構安売りやったと思うけど、こっちは配達料上乗せしてるからなぁ。少し高いで。言うて金取れないんやけどな」
 「それでもお金は置いていくよ」
 「んじゃその金で豪遊してきてええんか?」
 「もちろん」
 「話の分かるオーナーや。明日は休みやから豪遊するで!」
 高品質のMPポーション20個分で1万金でしたので、それをシドニーに渡し、インベントリにしまいます。
 「まいど。せや。これどうおもう?」
 シドニーが壁に掛かった一振りの剣を手に取り見せてきます。
 「カラガマが直接来て置いて行ったんや。性能見てもこれは売れん思てな。せやから飾りや」
 「ちょっと見せて」
 剣を受け取り、よく見てみます。
 見た目は少し青いですが作りは普通ですね。特に凝った意匠があるかけでもなさそうです。
 「【精換剣 マスレニ】ね。スキルは≪精神攻撃≫だけなんだ? 装備効果はMPとHPの数値入れ替え」
 ≪精神攻撃≫はHPではなく、MPにダメージを与えるというスキルでした。
 スキルと装備効果がかなり面白いです。
 「使いどころないやろ?」
 「いや。私これ買ってもいい?」
 「せやろな。カラガマが言うてた。チェリーは絶対これを買うってな。だから売らずにとっておいた。ほいでこれや」
 もう一つ、シドニーがこちらに放ってきます。
 「〔スロットブースター改〕や。それはなんて言うたっけ……あの【魔具職人】。あれからの贈り物や」
 〔スロットブースター〕は装備上限を無理やり一つ引き上げるアクセサリーです。しかし、そこで増やした装備の装備効果は適用されず、スキルも発動できません。見た目上の装備を増やしたい、俗に言うコスプレ用アクセサリーだったはずですが。
 「なんでこれを?」
 「いいから性能見てみ」
 「うん。あっ」
 なるほど。≪対応転換≫ですか。
 ≪対応転換≫というスキルは武器もしくは防具を一対一で結び付け、瞬時に変更する事が可能になるもののようです。
 装備欄から登録する装備セットの転換では全身の武器、防具、そして【称号】までも入れ変えることができますが、一つだけ変えたいというときにはあまり使いやすい物ではありませんでした。
 〔ヴィジュアル・オーヴァーライト〕も対応させるという点では似たような事ができますが、武器を結びつけることはできません。
 しかしこの〔スロットブースター改〕は武器とも結びつけることができ、瞬時に取り替えられるという代物の様です。
 右手か左手の装備を結び付けておけば、一瞬でこの剣に持ち替え、リスクはありますが、瞬間的にポーションを飲むより大きな回復が望めますね。
 「ちょっとやってみる」
 私は試しに左手の【神器 プルトーン】を登録します。そして〔スロットブースター改〕の効果で増えたスロットに【精換剣 マスレニ】を登録します。
 そして頭の中で≪対応転換≫と念じると、左手に【精換剣 マスレニ】が出現し、私のMPとHPが入れ替わりました。
 なるほど。使い所を選びますが、便利ですね。
 増えた装備枠の分、見た目が不格好になってしまったので、〔ヴィジュアルオーヴァーライト〕で【精換剣 マスレニ】を非表示にします。
 「お金は……」
 「これは払ってもらうで。店の商品じゃないからなぁ。ちゃんとクルミに渡しに行かせるから安心し」
 「わかった」
 「ほな。合わせて180万金や」
 「安いね」
 「特価品や」
 そう言ってシドニーはニヤリと笑いました。

 「ところでマオは良い物あったんやろか?」
 シドニーがそう言いながら壁とにらめっこするマオを見ます。
 「マオ? 特に、見つからなかった、わ」
 「そうか。実はマオに良い物用意してんねんけど……」
 シドニーがそう言うとマオの目がキランと輝き、とてとてとシドニーの元へと駆けていきます。
 「お、おう。圧がすごいなぁ。これや」
 そう言ってマオに手渡したのは革製のホルダーのように見えました。
 「これはマオにプレゼントらしいで。扇子入れ」
 革でできた筒にちょうど扇子が収まる大きさで、銃のホルダーを参考にしたのか、すぐに抜くことができるように細部まで工夫されて作ってありました。
 「いい、わね」
 「せやろ。あとで喜んでたって伝えたるわ」
 すぐに扇子をしまい、腰に引っ掛けたマオは満足気な表情をしていました。

 その後しばらく話し込むと、チリリンとベルが鳴り、誰かが入ってきました。
 「いらっしゃーい」
 「いらっしゃいませ」
 『セーラム』にいた時の癖で無意識に私も声を出していました。
 「うわっ! チェリー! 本物だ!」
 そう私に向かって言ってきたのは18歳から19歳程度に見える女性でした。
 「アミ、チェリーさんのファンなんです!」
 彼女はそう言いながら私の手を握ってきます。
 「え?」
 「握手してください!」
 「もう握っとるやないか!」
 虚空に向かって手を伸ばすシドニーに一瞬呆気にとられた表情をした彼女はスッと手を離します。
 「自己紹介がまだですいません! 肥田アマガミと申します」
 「初めまして。チェリーです」
 「知ってます! 本当に嬉しいです!」
 「喜んでもらえて良かったです」
 「あなたは、どうして、ここに、これたの?」
 私の後ろからマオの声が響きます。
 「チェリーそいつはまずいで」
 「もう一度、聞くわ。あなたは、どうして、これたの?」
 「ふふふ。秘密ですよ」
 そう言った彼女の笑顔に隠された、獲物を狙う蛇に似た顔を私は見てしまいました。
                                      to be continued...

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