VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野佑

第5章55幕 宿る者<inhabited>

 「チャンス」
 空蝉がそう呟き、悲鳴をあげてのた打ち回る【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】に接近します。
 「取り囲んで全力攻撃かなー?」
 ステイシーはそう言いながらも先ほどの不動との戦いによる魔法行使と【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】の攻撃の防御でほぼ攻撃手段を失っているからか、その場を動きませんでした。
 そしてステイシーとマオを除く全員で【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】を取り囲みます。
 『クゥウゥ。ヤリヨル。ダガ、翼ナド無クトモ、飛ベルゾ』
 もがれた左翼から青い血を吹き出しながらも飛翔しようとします。
 「≪ハイグラビティー≫」
 直後、鶏骨ちゅぱ太郎が魔法を発動し、【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】を重力の檻に閉じ込めます。
 『グファアァァン』
 先ほどよりも多量の血を流しながらも、懸命に飛翔しようとしますが、地に着いた足は離れません。
 「今のうちに倒そう≪招雷電≫」
 空蝉もスキルを発動し、それに続くように私達もスキルを発動します。
 「≪エアロ・ストーム≫」
 「≪浸銃衝≫」
 「≪ダーク・サンクション≫」
 エルマは精霊魔法、サツキは≪銃衝術≫、そして私は、HPに固定ダメージを与える闇属性魔法を選びました。
 全てのスキルが直撃し、声にならない悲鳴をあげています。
 しかしこれ以上の好機はないのでさらに畳み掛けます。
 「今なら斬撃が通るかな」
 私がそう言いながら装備を転換し、短剣と短刀を装備します。
 両手に装備しましたが、本来使いたかったのはこの右手に装備した短剣【ナイトファング】です。過去に恐ろしいほどの切断力を発揮したこの【ナイトファング】なら必ず通るという確信がありました。
 「≪ダブルファング≫」
 折角両手に短剣、短刀を装備したので、【ナイトファング】のスキルを発動し、【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】を斬り付けます。
 抵抗など存在しなかったかのように、私の短剣は【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】の肌を、肉を、骨を断ちました。
 『クッハアァ……ナンダ……ナンダ……ソノ武器ハ……』
 そこまで驚くことですかね?
 ただ精霊が付与された短剣ですよ? もともとは短刀でしたし。
 私が頭の中でそう考えていると、【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】が口を開きます。
 『我ハ、ソレヲ、……』
 「えっ? まぁそうでしょうね。特にレアリティーは高くありませんし、ユニーク装備ですが、割と簡単に手に入る部類ですし」
 『ソウデハナイ、ソレニ宿ダ』
 「これに?」
 【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】の声につられて右手に握った【ナイトファング】を眺めてしまいました。
 『精霊ト呼バレルソウダナ。シカシ、ソレハ根本カラ在リ方が違ウモノダ』
 「どういうことです?」
 『プレイヤーノ言葉デ言ウナラ〔悪魔〕ダ』
 「えっ?」
 ねおんに付与してもらった【ナイトファング】にまさか悪魔が宿っていたなんて……。それって実際どうなんでしょう。良し悪しなんて分かりませんよ。
 「チェリー。悪魔って闇精霊の中でも高位中の高位だよ。普通じゃそんなの付与されないよ」
 「そうなの? どうやったら調べられるかな……」
 『休戦ダ。我ハソレヲ見定メナケレバナラナイ。管理者オブザーバートシテ』
 えっ。大事になっちゃった。

 ということで一時休戦になり、鶏骨ちゅぱ太郎が≪ハイグラビティー≫を解きました。
 人型に戻った【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】が私の【ナイトファング】を手に持ちます。
 『これで今まで何人斬った?』
 人型なので聞き取りやすいですね。
 「正確には……には武器のステータスを見れば……」
 『そうか。千と少し……』
 「えっ? そんなに倒してるんですか?」
 『人型でないのを含むと万は超えるぞ』
 モンスターでしたらそれはそれはたくさん倒してますよ。
 『詳しく見てみてもわからん。一度出してくれないか?』
 「いいですよ。≪喚起〔ナイトファング〕≫」
 私が【ナイトファング】に手を触れ≪喚起≫を行います。
 『これは現実か?』
 私が≪喚起≫した精霊を見て、【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】がそう呟きます。
 『おい……お前は……』
 『久しいですね。先生』
 「えぇ?」
 突然しゃべり出した私の精霊に私のみならず、皆声をあげました。
 『どうしたのだ……その姿……』
 『転生したのです。あまりにも力が強くなりすぎたので、これは残り物、いわば残滓でしょう』
 『何故あの娘の武器に宿った?』
 『自分で選んだわけではないです。近くの精霊次元を移動していたら、惹かれるも物を感じまして』
 惹かれるもの?
 『それがあの武器か?』
 『かもしれないですし、術者かもしれません』
 『術者はだれだ?』
 私の方を向いて、【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】が聞いてきます。
 「えっと、プレイヤーのねおんさんです」
 『ねおん? 知らん名だ』
 『私も知りませんね。やはり武器ですか』
 『昔は好んで短刀を使っていたではないか』
 『違いますよ。短刀を削って反りをなくした短剣を好んでいたんです』
 「あの……?」
 『ん? なんだ?』
 『うん? なんでしょう?』
 「本題に……」
 『あぁ。そうか。お前は満足なのか?』
 『満足ですよ。これはこれで悪くない生活です。もう一振りとも仲良くできてますし』
 えっ。そうなの?
 『未練はないですよ。先生』
 『そうか。最近はよく、昔を思い出すな』
 『長生きはあまりするべきではないですね。最後に一ついいですか?』
 『なんだ?』
 『【天破真人】とは?』
 『ふっ。敗れたさ。だから我はここなのだ』
 『なるほど。詳細は分かりませんが、まだ生きていると?』
 『ああ』
 『ではいつか私が』
 『頼むぞ。我が弟子よ』
 『お任せください。先生』
 謎の会話がなされ、その後私の【ナイトファング】に戻ろうとした精霊が私に声をかけてきます。
 『この会話は本来、行われないものです。そして本来私は意思を持たぬものなので、そろそろ自我を一時的に消失します。一言だけいいでしょうか』
 「なんですか?」
 『目覚めさせたければ、斬ってください。強者をです』
 そう言って精霊は〔ナイトファング〕に収まりました。
 『知りたいことは確認できた。そして頼みがある』
 「なんでしょうか」
 『我が最後の一戦。お主だけで戦ってくれないだろうか』
 無茶だ、とはわかっています。ですが、なぜでしょうか。先ほどの会話を聞いたからか、そうしてあげたくなってしまいます。
 「罠だよー」
 「あぶないって」
 「それはあぶない」
 「だめ」
 「やめておけ、チェリー」
 「さすがにそれはないな」
 全員から待ったがかかります。
 しかし、私は……。

 「やりましょう。貴方の最後、私が受け止めましょう」
 『感謝する。我が弟子を従えるに足る者となれ』
 そう言って【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】は人型のまま、何かを拾い上げます。
 『ふっ。≪チェンジ・オブジェクト・ソードフォーム≫』
 拾った何かは、先ほど私がちぎった翼で、【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】はそれを剣へと変化させました。
 『我ながら良い剣だ。さぁ来い。資格を見せよ』
 ゴウッと【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】から溢れる闘気に少し後ずさりしそうになりますが、堪えて一歩踏み出します。

 『ふっ≪永断えいだん≫』
 「!?」
 私は数歩接近したところで、「これ以上はマズイ」と感じしゃがみました。自分の頭の数ミリ上を撫でる刃の感触が触れていないはずの頭皮に残ります。
 『よく、よけたな≪頸刺けいし≫』
 今度は顔の正面に、間合いを無視し入ってくる剣を首を傾ける事で回避します。
 『終わりだ≪刹斬せつざん≫』
 刃の向きが変わり、私の首を跳ねようと迫ります。
 しかし、私は先の二撃はカンで躱すことができましたが、この三撃目は予想がついていました。
 ≪柔陣剣≫という剣スキルの連撃と同じモーションなのです。
 三撃目を右手の【ナイトファング】で弾きあげ、四撃目のモーションを潰します。
 四撃目は切り返しだったはずなので、上に弾けば、連撃を中断できます。
 『知っていたのか……我が生み出した7連撃を』
 「名前は知りませんでした。ですが流れを知っています」
 『そうか。伝わってはいたのだな。人族に』
 「ええ」
 『小細工なしで行く。死ぬなよ』
 「分かりました」
 私は敵の本気の一撃を捌き、自分の一撃を確実に相手に与えるために、編み出した構えを取ります。
 左手の【短雷刀 ペインボルト】を逆手に持ち、右手の【ナイトファング】に合わせます。
 そして左足を一歩引き、敵に正面を見せないようにします。
 『ふっ』
 何故か笑った【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】が私に向けて全力で突っ込んできました。
                                      to be continued...

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