VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野佑

第5章39幕 見落とし<overlook>

 ≪影渡り≫でエルマの影からスルスルと出現する私に気付いた〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕が身体を捻り始めます。
 『ギャルルルルルゥウウオウ!?』
 強い拒絶の声をあげながら、上空へと昇り始めようします。
 「おまたせっ! おっと!」
 私の腰に装備してある【神器 チャンドラハース】の座標へと≪シフト≫してきたエルマが、すぐに〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕の鱗を掴みます。
 『ギャアアアアアアアア』
 素の悲鳴にしか聞こえませんが、恐らくは拒絶の声でしょう。
 私は翼の付け根に生えていた頑丈そうな棘を掴み、振りほどかれないようにしています。
 「このあと……どうするの?」
 想像以上の拒絶により、〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕が空中でものすごく暴れていることで、会話も困難な状態です。
 「あとは……ステイシー……任せ……てる」
 「わ……かった」
 何とかエルマと会話し、必死にしがみついていると、魔力の流れを感じます。
 「≪ハイドロ・プリズン≫」
 かなり頂上から離れているはずですが、ステイシーのスキル宣言が聞こえました。
 直後、私達と〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕の周囲に水魔法で檻が作られます。
 「ガボガガボガガガゴガガン?」
 『魔法聞かないんじゃないの?』
 エルマが声を発し、水中で出ないことに気付き、チャットで聞いてきます。
 『表面でディスペルされるだけ、それにこの水は魔法じゃない』
 『その通りー、これはただの海水ー』
 ステイシーから正確な答えが帰ってきます。
 『どういうこと?』
 『閉じ込めて海水で満たしたー。海水は元々僕が消火用にもっていたからー』
 『≪窒息≫と≪高圧≫で死にそうなんだけど』
 『まー2トンくらいの水だからねー』
 のんきに会話してる場合じゃないんですよね。

 突然水中に閉じ込められた〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕は状況が分かっていないようで、ひたすらにもがいています。
 水中で動きが遅くなっていることもあり、私とエルマが捕まっているのも楽になったのですが、一刻も早くこの水の牢獄から抜け出さないと、デスペナルティーまっしぐらです。
 私もエルマも声が出ないのでスキルが発動できません。ここはステイシー達がなんとか助けてくれるのを待ちましょう。
 他人任せの作戦はドキドキしますね。

 ≪窒息≫の状態異常でじわりじわりとHPが減っていくのを見ていると、一度目の≪シフト≫がエルマをステイシーの横へと送ります。そして二度目の≪シフト≫で私はサツキの足元に転がりました。
 「救出成功ー」
 「久々に≪シフト≫を使ったよ。MPが少ないからきついね」
 ステイシーとサツキがともにMPポーションを飲みながら話しかけてきます。
 「ありがとう」
 「チェリーに言いたいことがある」
 エルマがいつになく真剣な表情で言ってきたので私も真剣な声で返しましょう。
 「なに?」
 「これって作戦?」
 「作戦だよ」
 「聞いてないし!」
 「言ってないし。あっ。でも愚策って言ったじゃん?」
 「言ってない。数分前の発言思い出せ!」
 はて? と考えるふりをしていると上空の水の檻の中で動きがありました。
 「あいつ≪ブレス≫を使う気?」
 エルマが状況を教えてくれます。
 この距離だとスキルを使わないで目視できるのはエルマだけなので助かりました。
 「≪ブレス≫のチャージは終わってないんじゃないの?」
 「終わってないはず、光を浴びていた気配がないし」
 龍種の≪ブレス≫のチャージには問題があります。時間がかかること、日光か月光がないとチャージできないこと、です。
 にもかかわらず、≪ブレス≫を発動しようとしているのは、すでにチャージが完了していたからでしょうか。
 答えはすぐに分かりました。

 全員でエルマに≪共有≫を掛け、エルマの視界を覗いていると〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕が岩山の頂上からも分かるほど発光し、口を開きます。
 すると口先から大量の泡が溢れ、蒸発しているように思えました。
 「やっぱり≪ブレス≫だ」
 ですが、なかなか発射される気配がありません。
 しばらく様子を見ていると、ぐったりとした〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕がぷかぷか浮かび上がっていました。
 「えっ? 討伐?」
 エルマが驚いたような声をあげます。
 いえ、まだでしょう。討伐アナウンスが流れてきませんから。

 それからも警戒を続け、討伐アナウンスが届くのを待ちます。
 しかし、一向ひたぶるに届きません。
 「仮の話なんだが」
 サツキがそう切り出すので耳を傾けます。
 「≪仮死≫というのは考えられないだろうか?」
 「かもしれないねー」
 「≪仮死≫?」
 マオは聞いたことが無いようなので説明します。
 「≪気絶≫の上位互換だよ」
 「まんま、なのね」
 「≪仮死≫だとしたらこのままじゃ倒せないよ?」
 一度水の檻を解除するか、そのままの状態で倒すしかないですね。
 「情報を整理しよう。火、土、風、闇の属性を持っている龍で間違いないね?」
 「うん」
 「ならワタシが弱点属性を探そう。≪アクア・シュート≫」
 サツキお得意のスキルですね。
 「ヒット。≪チェンジ・プロパティー≫……おや?」
 サツキが首を傾げます。
 「どうしたの?」
 「いや。すまない。弱点属性が無いんだ。力になれなくてすまない」
 弱点属性がないのは驚きですね。
 「思ったこと、言って、いい?」
 マオがするすると手をあげました。
 「なに?」
 「物理防御、、だけなの、よね?」
 一瞬辺りが沈黙し、皆物理攻撃が可能な武器を取り出します。
 「なんで気付かなかったんだろう」
 「魔法で倒す事しか考えていなかったー」
 「こういうこともあるんだね」
 「びっくり」
 思い思いの感想を述べたあと、ステイシーが水の檻を解除しました。

 ぐったりとした〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕が上空から落下してきます。
 「失礼。まずは先制させてもらうよ」
 そう言って地面に右手の魔銃を突きつけたサツキがスキルを発動します。
 「≪飛翔波≫」
 ドッという音を立て飛び上がったサツキが〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕の頭に向かって再びスキルを発動します。
 「≪滅体衝≫」
 飛ぶのに使った右手の魔銃ではなく、左手の魔銃でスキルを発動し、〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕をこちらに向かって飛ばしてきます。
 「次はあたしねっ!」
 魔法剣を持ったエルマが、純粋に斬撃攻撃を仕掛ける為、飛び上がります。
 距離はあったものの、マオの風魔法の支援を受け、落ちてくる〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕に肉薄したエルマが数度斬り付けます。
 「堅い! 通んない!」
 サツキの≪銃衝術≫とは異なり、純粋な斬撃だけだと通りにくいのかもしてませんね。
 「じゃぁ次は僕がやろうかなー」
 そう言ってステイシーが禍々しい鎌を振りかぶります。
 「≪魔王の刈り取る鎌≫」
 飛ばずとも届く距離まで落下してきた〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕の翼をステイシーが切り取ります。
 「あー。結構斬ったんだけど翼だけかー。これでまた一週間クールタイムだー」
 一週間のクールタイムが必要な大技でも翼を切り落とすのが精いっぱいですか。
 「ごめんね。ラスアタは貰うね」
 そう言った私が頂上で伸びているトカゲをスキルを使って斬り付けます。
 しかし、ほとんどダメージがでずに、マオにバトンタッチすることになりました。
 「なんで威力が出ないんだろう」
 「武器が属性纏ってるからじゃないかい?」
 戻ってきたサツキが的確な答えをくれました。
 「さて、どうやって倒そうか。私達の物理攻撃力じゃ届かないね」
 「そうだねー」
 そう話しているとバンと風船が割れるような音がしました。
 「え?」
 「は?」
 皆がそちらの方向に向くと、〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕の革らしきものだけが残り、その頭部に扇子を突っ込んでいるマオが見えました。
 直後、雨のように降り注いで来た〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕の臓物や血液に戦慄していると、とことこ歩いて戻ってきたマオが言いました。
 「身体の、中で、風魔法、爆発させたら、割れた、のよ」
 なんと恐ろしいことを考えるのでしょうか。
 もしかして私達も体内に魔法を送れば簡単に倒せたかもしれませんね。

 『フィールドボスモンスター〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕の討伐を確認しました。特殊装備品【煉獄龍の片翼】をインベントリに獲得しました。』
 私達は討伐アナウンスを眺め、情報を交換しながら山を下ります。
 今回〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕の名を冠した装備を入手したのはマオでした。
 プフィー達、情報屋の基準からしたら〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕は複数のユニーク装備をドロップしましたので、単隊討伐型の〔ユニークモンスター〕ということになります。
 序盤は結構苦戦してしまいましたが攻略法さえ見つけてしまえば作業で狩れる〔ユニークモンスター〕でもあったと思います。
 エルマがプフィーに情報を提供すると言っていたので、そのうち起点のクエストも発見されるでしょう。
 フィールドボスモンスターは条件を満たせばぽんぽんと誕生しやがる迷惑極まりないやつなのです。

 『無犯都市 カルミナ』にもどった私達は、総隊長室に報告にやってきました。
 「……ということだね」
 「ご苦労様。ほい、じゃぁもういいよ。外の人の役目終わり。観光なら自由にやって。くれぐれも犯罪は起こさないようにね」
 そう言ったジャイナスに蹴り出されるように追い出され、唖然とするということがありましたが、遅めの昼食を食べ、休憩することにしました。
                                      to be continued...

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