VRゲームでも身体は動かしたくない。
第5章38幕 影<shadow>
治療が終わったNPCをレクレールに預け、私達は一か所に集まります。
全員が背中を中央に向けて立てば〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕がどこから来てもすぐに対応できます。
耳と目に全神経を注ぎ、少しの音も漏らさないよう、少しのシルエットも見逃さないようにします。
「きたよー」
いち早く感知したステイシーが声をあげます。
一斉に皆がステイシーの方向に向き、当初の予定通りの布陣を組みます。
前衛にマオ、中衛にサツキとエルマ、後衛がステイシーと私。普段前衛がステイシーを除くメンバーでローテーションしているので違和感なく戦えるはずです。
『ギャルアアアアアア』
スッと目の前を黒い影が通り抜け、一瞬で上空へと上がります。
「さっきも思ったけど飛行はずるい」
エルマは文句を言いながらも、水精霊を召喚し、精霊魔法の準備を始めていました。
私もただただ見ていたわけではなく、ホーミング性の強いシェイプにするためにMPを集めていました。
「≪アクア・バインド≫」
ステイシーの水属性魔法の拘束魔法が放たれたことにより戦いが開始します。
〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕空中での機動力は凄まじく、最初にステイシーが放った≪アクア・バインド≫は不発に終わりました。
「≪ハイドロ・フラップ≫」
エルマが水魔法で壁を生成し、それを精霊に操作してもらうことで叩く、通称『ハエ叩き』を発動し、〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕を叩こうとしますが、こちらも軽く躱されます。
「≪ダーク・ホーミング・ビー≫」
小さい蜂の形に作り出した闇魔法を私は上空にばら撒きます。
小さいのですが、数はそこそこ多く、接触さえすればすぐに≪ダーク・バインド≫となる様に作ったこの魔法は、最近移動の早い大型モンスターを討伐する際に役立っていたので、ここでも使用します。
「かかるかなー?」
「わからない。こっちのホーミング速度よりも向こうのほうが早いからね。ばら撒いたのに当たってくれればいいかなって」
私がそう言った瞬間、一つの蜂が〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕の翼に接触しました。
「よしっ!」
自然と声が上がってしまいます。
「これでやれるかなー? あー……」
ステイシーの落胆は私にも聞こえていましたし、私もその一部始終を見ていました。
〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕が闇魔法にも耐性を持っているという事を。
「もう! 闇にも耐性があるなんて聞いてない! 聖属性か光属性魔法に変える!」
私はそう宣言し、MPポーションを流し込み、今度は光属性で先ほどの魔法を行使します。
「≪アクア・ウィップ≫」
「≪ハイドロ・ウィップ≫」
エルマとステイシーがともに水魔法で長い鞭を作り出します。
そして顔を見合わせた二人が鞭を振るいます。
ただただ宙を跳ねるステイシーの鞭を意思を持ったかの様に自在に動くエルマの鞭が上手く弾き、一時的に〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕の動きが遅くなります。
触れたら危ないのがわかっているんですね。
この、一瞬遅くなった隙を私とサツキは見逃しません。
「≪衝水衝≫」
サツキが魔銃から水の玉を発射し、そこに〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕の目が向いたタイミングで私は用意していた魔法をばら撒きます。
「≪ホーリー・ホーミング・スパロウ≫」
先ほどの蜂の形よりも少し大き目の物になる雀の形を用います。
〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕の移動範囲が限られている今ならこれでも当たりそうです。
全てを確認し、対策を思いついたのか、〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕は一瞬完全に硬直し、そして紫色の光が体表を覆いました。
「はっ?」
誰の口から漏れた声かわかりません。もしかしたら全員かもしれません。
いま〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕が発動したのは≪アンチ・スペル≫です。
つまり私達の魔法は完全に無効化されてしまいました。
そしてエルマとステイシーの鞭を引きちぎり正面へと飛行した〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕は再び上空へと上がっていきました。
「どうするんだ? これじゃ手が出せないぞ」
サツキが私とステイシーの方を見て言います。
「今考えてるー」
「私も」
〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕は物理防御が高く、複数属性の完全無効化を持っている、ここまでしか有用な情報はありません。
他に分かる事は、このまま上空にいられたら確実に≪ブレス≫を浴びることになります。
龍種モンスターの中でも高位、つまり〔ユニークモンスター〕であるようなものは≪ブレス≫という魔法攻撃を使います。
放たれ、直撃したのなら、防御にかなりを割いているプレイヤーでもまず間違いなく死にます。
止める方法は二つです。
まず一つは≪ブレス≫のチャージ時間を稼がせないこと。
もう一つは、単純ですが、口を塞ぐことです。
口さえ封じてしまえば放とうにも放てませんから。
あっ!
そうです。この手がありました。
「ステイシー」
実時間としては短かったですが、確かな思考を費やして考えた愚策をステイシーに教えます。
「たぶんできるけどかなりMPが足りないかなー。そしてその時間を誰が稼ぐのかなー?」
「MPポーションを置いていく。その時間は私とエルマで稼ぐ」
「できるのー?」
「うん。やるよ」
「じゃぁ任せようかな」
そう言ったステイシーはMPポーションを口にくわえ、MPの操作を始めました。
エルマの元へ走る途中サツキに、「合図を送ったら翼を上空に跳ね上げるくらいの衝撃波を撃って」と伝えます。
「エルマ」
「何か作戦があるのん?」
「作戦って程じゃないけどね。まず私とエルマが空に飛ぶ」
「どうやって?」
「さっきの登山の方法だよ。でもそれじゃ速度が遅いからマオに送ってもらう。風魔法で」
「それなら速度は大丈夫そうだね。んでそのあとは?」
「サツキに衝撃波を撃ってもらう。そしてそれを〔ヴォルカイザル〕は防がない。たぶんだけど」
「意味がないんじゃないの?」
「だからだよ。翼は絶対に衝撃波で上に上がる」
「それで?」
「ここの太陽の位置は完全に真上、真上に翼が反り返って少しでも背に掛かれば≪影渡り≫で直接身体にとりつける。もし翼が駄目でもサツキの衝撃波ならきっと私達ももっと上空に飛ばされる」
「あたしの影を作ってそこに≪影渡り≫ね。そのあとは?」
「私が≪影渡り≫でとりついたら、すぐに私の近くに≪シフト≫して」
「二人で押さえるの?」
「いや。押さえる必要はないかな。背中に乗るだけでたぶん大丈夫。あとはしがみつくだけ」
「あっ。龍の性質か!」
このゲームにおける龍種には嫌がる行為というものが複数存在します。
そしてその中で最も龍種が嫌がる行為というのは『背中に乗られること』です。
そのせいでプレイヤーがデスペナルティーを繰り返しやっと捕獲した龍種に跨って空を飛べないという夢を壊す結果になりました。
これを今回は利用しようと思います。
いまの作戦とも呼べない悪あがきをマオにも伝えます。
かっこよく、親指を立てたマオが風魔法を構築したので作戦開始です。
「エルマっ」
「ほいさ!」
エルマの手を握り、私は先ほど登録した、≪フローディング≫を発動します。
「えいっ」
少し浮き上がり始めた私達の足元に小さな竜巻が生まれ、私達を上空へと持ち上げます。
ある程度持ち上がった事を確認した私はパーティーチャットに事前に打ち込んでおいた文章を飛ばします。
『今!』
言ったとおりにサツキが≪衝撃波≫を放つと、〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕はどこ吹く風と言わんばかりに無視していますが、≪衝撃波≫により翼が持ち上がります。
しかし、当初の予定より、マオの風魔法による持ち上げ効果が高く、サツキの≪衝撃波≫も予想以上だったので私達は想定よりも高く飛んでしまいました。
ですが運よく、私達の影が〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕の背中にできていました。
サツキ無駄骨でごめんね。
そう思いながら私は〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕の背に張り付いた、エルマの影へと≪影渡り≫します。
to be continued...
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