VRゲームでも身体は動かしたくない。
第5章32幕 打開策<solution>
酒場の個室に入り、他のみんなを待つ間に注文をします。
「ステイシーは何にする?」
「んー。紅茶でいいやー。まだ朝だしお酒はなー」
「えっ?」
私はすでにビールを注文してしまっていたので少し面食らいます。
「お酒でもいいんだよ?」
「紅茶でー」
共犯を増やそうと思いましたが無駄でした。
ステイシーの分の紅茶を注文し、しばらく待つと箱からビール瓶とグラス、ポットとカップが生えてきます。
「ふぁっ!」
あまりにも非現実的な光景につい噴き出してしまいました。
「言ったでしょー。出てくるって」
「これは出てくるんじゃない! 生えてきてるんだよ!」
ステイシーにそう返しながら私は自分の分とステイシーの分を机に並べます。
「もう少しでみんな来ると思うよー」
「わかった」
それから十数分するとサツキとエルマが、さらにそれから数分してマオがやってきました。
「チェリーに伝言。プフィーは自分の仲間たちと〔ユニークモンスター〕の情報を集めに行くってさ。手伝ってくれてありがとうだって」
「うん。分かった」
少し残念です。新マップの話を聞いたら一緒に行けると思っていたので。
「じゃぁハリリン来るまで宴会かね?」
エルマがそう言いながらお酒を注文し、それに習ったのか、サツキまでお酒を注文します。
マオは通常運転のようで注文はお酒でした。
結局二杯目からはステイシーもお酒を頼んでいました。
「おまたせっすー」
注文した飲み物をちびちび飲んでいるとハリリンがやってきました。
「じゃぁ早速話したいんすけど……ちょっと詰めてもらってもいいっすか?」
三人ずつが机を挟んで向かい合って座れる個室でしたが、「いじわるしよう!」といったエルマの提案で、私とエルマで三人分使用して座っています。
「嫌だね!」
「地面があるだろ?」
エルマと私から暴言を吐かれ、少し恍惚した表情を浮かべたハリリンが机の横に立ちます。
「とりあえず話すっすね」
「お願いね」
私がそう言うと、ハリリンがコホンと咳払いをしてから話し始めます。
「まず新マップ全体についてっすね。基本的にはLv.100からLv.200程度のモンスターがいる場所っす」
結構高レベルの地帯なんですね。
「全体的に火土属性に強く、水氷属性に弱いみたいっすよ。〔ユニークモンスター〕も結構湧くっす」
私達みたいな高レベルのパーティーにとってはうれしい情報です。〔ユニークモンスター〕を討伐してもらえる報酬は多く持っていればそれだけ戦術の幅が広がりますし。
「めちゃくちゃ強い〔ユニークモンスター〕もでたっすよ。あれが複隊討伐型〔ユニークモンスター〕ってやつみたいっすね。チェリー達は見たっすか?」
「私達で見たのはチェリーとエルマだけだね。こちら三人は見ていない」
サツキがそうハリリンに言うと、ハリリンがこちらに向きなおして聞きます。
「ドロップ品おかしいと思わなかったっすか?」
「思ったよ。同じ性能の武具はめったにないから」
「っすよね。一人を除いてみんな同じ武具性能っすから」
そう言えば、ファリアルの武具はもっと高性能な物でしたね。
「その一人の条件は?」
「分からないっす。与ダメでも貢献度でもないんじゃないっすか?」
「まぁその辺は誰かがそのうち検証してくれると思うよー」
ステイシーがそう言うと、〔ユニークモンスター〕の話題は一度中断し、ハリリンが本題に戻します。
「どこまで話したっすか……? あぁ。高レベル帯の話っすね。内部にもちゃんと都市があったっすよ。そこまで大きい都市じゃなかったっすけど『無犯都市 カルミナ』っていう街なんすけどね」
『無犯都市 カルミナ』……。性向度マイナスの人にとっては極楽ともいえる場所にある都市が『無犯』ですか。すこし腑に落ちませんね。でも行ってみれば分かりますね。
「どんな都市だったの?」
「それは行って確かめてくださいっす」
「入っただけでデスペナだよ!」
「そこで朗報っす。聞きたいっすか?」
ハリリンがそう言いながら指を一本立てます。
「金は出さないぞ。契約だろう?」
サツキがそう言いますが、ハリリンはどこ吹く風といった様子で流しています。
「金じゃないんすよ。やはりここはエルマかチェリー、愛猫姫の乳を供物にしてもらうっす」
そう宣うハリリンに女性陣の殺意のこもった視線が刺さります。
またも恍惚とした表情を浮かべるこの変態野郎に文句を言ってやろうと息を吸い込んだ瞬間、この個室の温度が数度下がったのではないかと錯覚するほどの殺気が漂いました。
その発生源はサツキです。
「ハリリン。もう一度言ってみてくれないかい?」
「ういっす。エルマかチェリー、愛猫姫の乳を一日好きにしていい権利が欲しいって言ったんっすよ」
ちょっとまて、変わってるぞ。
「ふむ。そうか。余程死にたいらしいな」
サツキが殺気をまき散らしながら指を慣らします。
「サツキが殺気をそこまで出すのも珍しいっすね。皆を守る気っすね? でもここは引けないんす。男として」
わかってないだろ。こいつ。
サツキが怒ってるのはそこじゃないんですよ。
「皆、すまないね。私は少しこいつと話をする必要がありそうだ。好きに注文していてくれ。すぐに戻る」
そう言ってサツキが殺気をまき散らしながらハリリンの腕を掴み個室を出て行きます。
去り際に聞こえたハリリンの「サツキの殺気を止めてっすー」という言葉は聞かなかったことにします。
数分後、顔に青あざを作り、HPも残りわずかだろうというところまでボロボロにされたハリリンが個室に放り込まれます。
「おまたせ。続きを話してもらおうか」
「はいっす。御姉様。ある【称号】を取れれば性向度をマイナス1000できるっす。誰か回復くださいっす。スリップダメージでしぬっす」
少し声が籠り聞き取り難いですが、伝わったので良しとします。後半は無視です。
「それはどこで取れんの?」
エルマがそう聞くとハリリンが再びセクハラをしようとしていましたが、サツキの目に怯え、素直に話し始めます。
「簡単っす。チェリーとステイシーを殺せばいいんす」
「は?」
エルマが理解できないという声をあげました。
「なるほど。それでなんの【称号】が取れるの?」
「【王族殺し】っす。でも【王族騎士】の【称号】を装備中で尚且つ第三者が見ていないと駄目っす。でもここですべてそろうっす」
私とステイシーが殺され役、ハリリンが第三者役ってわけですね。
「なるほど。確かに手ごろだね。ところでその後、ステイシーとチェリーはどうするのか是非教えてもらいたいところだが?」
「はいっす。お互いに殺り合えばいいっす」
「なるほど。確実に取れる保証はあるんだろうね?」
「ないっす」
「……。こう言っているがどうする? 実行するかい?」
サツキが少し嫌そうな声で聞いてきます。
「私は構わないよ」
「僕もー」
「じゃぁ場所を変えるっす。チェリー達のセカンドホームまでいくっすよ」
「ここじゃ、ダメ、なの?」
黙ってお酒を飲んでいたマオがそう言うとハリリンが胸元に視線を送りつつ答えます。
「王族騎士が都市外で殺されてもそれは騎士として仕方ないことっす。でも自分の国で暗殺されたとなれば……そういうことっす」
少し不安は残りますが、試してみる価値はあります。
そういうわけで私達は『騎士国家 ヨルデン』のセカンドホームまで帰ってきました。
「肝心なことを聞くのを忘れてたっす。【王族騎士】の【称号】は持ってるっすよね?」
治療が済みいつものぶっ飛ばしたい面に戻ったハリリンがそう聞いてきます。
「持ってる」
「もってるー」
「よかったっす」
確かに最初は持っていなかった【称号】だったのですが、『騎士国家 ヨルデン』のクエストを頻繁にこなしていくといつの間にか一覧に追加されていました。特に効果はなかったです。
とりあえず全員に殺されるのは私の役目になりました。仕方ありません。じゃんけんの結果です。
「じゃぁいくよ!」
エルマが【王族騎士】の【称号】を装備し、ローブまで着用した私の頭部に銃を突きつけます。
「早くして! これ心臓が!」
そう私が懇願すると、エルマはターンと私の頭を打ちぬきました。
半泣きになりながら復活地点から帰ってきた私にすぐサツキの魔銃が突きつけられます。
「許してくれ。仕方ないんだ」
「まっ……」
バーンという音と、真っ赤に染まる視界、謎の苦しみを味わい地面を転がります。
「すまない! まさか一撃で倒しきれないとは!」
珍しくサツキの慌てる声が聞こえますが、もう視界がほぼないので姿は見えません。
「本当に、すまない」
バーンともう一度銃声を聞き、その直後私は蘇生地点に立っていました。
本気で泣きそうになりながら、セカンドホームまで帰ってきて、へたりこみました。
「ごめん、ね」
マオが座った私を優しく抱きしめてくれました。
すさんだ心が癒される……。
そう思っていると、視界がくるんと回転し、自分の身体と血まみれのマオが見えました。
誰も信じない。
そう心に決めた私は、反撃するつもりでセカンドホームまで帰ってきました。
門をくぐる前にステイシーの声が聞こえます。
「チェリーいくよー」
「ぜってぇ殺らせねぇ!」
私は正面に全力で魔法障壁を展開し、じりじりと門を通り抜けます。
「ごめんねー」
ステイシーの言葉が聞こえた瞬間、私は粉微塵に吹き飛ばされ、すぐに蘇生地点へと飛ばされました。
蘇生地点で体育座りをしながら鼻を啜っていると、エルマが迎えに来てくれました。
「何も言わないで」
「お、おう……」
仕方のないことだとは分かっていますが、ちょっと辛いです。こんなにポンポン殺されるとリンプにプチッと殺されたこと思い出してしまいます。
座り込んだ私の手をエルマが握り、一緒にセカンドホームまで歩きました。
「思ったよりもひどい有様だ」
「でもなかなか面白いものが見れたっすね」
すこしうれしそうなハリリンの声が聞こえてきます。
「じゃぁ次はチェリーの番っすよ」
「わかってる……」
いつもの装備に戻し、腰の【神器 チャンドラハース】を抜き、ステイシーの近くまで歩いていきます。
「一思いに頼むよー」
そう言ったステイシーの首をスパンと落とし、その反動を利用して急加速し、ハリリンまでの距離を一気に詰めます。
「ちょ! チェ……」
過去最速の六連斬りでハリリンをデスペナルティーにし、【神器 チャンドラハース】を戻します。
「殺す。ハリリンぶっ殺す……」
私がそうぶつぶつ呟いていると、エルマが美味しいサンドウィッチを、サツキが美味しいお菓子を、マオがどこか惜しい紅茶をくれました。
それを体内に取り込み、落ち着きを取り戻します。
「お疲れ」
「ありがとう。結構精神がおかしくなるね。PvPメインでやってる人達はいつもこんな感じなのか……」
人は何度も死を体験するとおかしくなるみたいですね。
戻ってきたハリリンをもう一度殺し、【称号】の確認をします。
あの野郎もたまには役に立つようで、しっかりと【王族殺し】が【称号】一覧に追加されていました。
「確かに性向度がマイナス1000にされるね。これで0だ」
「私はマイナス50」
【称号】の効果で常にマイナス50がありますから仕方ないです。
「僕はマイナス150かなー」
いつの間にか戻ってきたステイシーがそう言います。結構大丈夫そうで良かったです。
「マオも0」
「あたしも」
皆一度【称号】を付け、効果のほどを確認したので少し休んでから出発ということになりました。
マイナス状態のまま街中を歩くと少し面倒くさいのでちゃんと外してから、早めのお昼を食べに街へ繰り出します。
to be continued...
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