VRゲームでも身体は動かしたくない。
第5章27幕 ドーピング<doping>
「ファリアル殿、これが力の差ですよ」
土煙が上がり、八位研究所が真っ二つになったと認識した直後、後ろへと飛ばされるファリアルと、突然目の前に現れた首席医官に驚きます。
「外の人ですね。抵抗は止めなさい。無駄です」
私が、エルマが、そしてプフィーが臨戦体勢になったことに感づいたようでした。首席医官は微塵も警戒するそぶりを見せずに言い、両手を広げながら告げます。
「皆も見たでしょう。この力を! 我こそが進化した種族! そうですね。アドヴァンスとでも名乗りましょうか」
ゴクッと誰かが唾液を飲みこむ音が聞こえてきます。
「無論、抵抗さえしなければ、ここをアドヴァンスのための楽園、『生命保護国 パラディシア』と名付けましょう。そこの住人にしてあげましょう」
この国が嫌いなのかと思っていたのですが、意外とこの人この国好きなのかもしれませんね。
『パラリビア』と『パラディシア』似てますし。
「さて、それ以上醜態を晒す前に投降しなさい」
後ろから≪拡声≫された声ではない、ファリアルの声が聞こえます。
一度振り向き、ファリアルの様子を確認しましたが、洋服がボロボロになっている意外は変化がありませんでした。
「さすがに頑丈ですね。あれだけの速度、威力の不意打ちで無傷とは」
さすがにこれには首席医官とやらも面食らった用で、先ほどまでの余裕綽々という声からはかけ離れた声で言いました。
「もう一度言います。ゴーマン。投降しなさい」
ゴーマン……。
エルマ……プフィー……。堪えろ……堪えるんだ……。
とても失礼なことだとは分かっているのですが、さすがにこの名前のインパクトには私達でも耐えがたいです。
私だけでなく、エルマとプフィーも肩を小刻みに震わせながら、各々最善と考える方法で笑いを堪えています。
ちなみに私はほっぺを内側から強く噛むことで耐えています。
「不快ですね。何が可笑しいのですか?」
あっ。
こちらを向きながらゴーマンが言ってきます。
「あっ。いえ……。別に……っ! プッ!」
声を出したことで、内側から噛んでいた頬が自由を得て、つられるように私の身体から無意識に笑い声が漏れ出します。
人間不思議なもので、誰かが笑うとつられて笑ってしまうものなのです。
はい。私の右側に立ってた二人も笑い出しました。
「ごめんよ! もう耐えらんない! キャッハハハ!」
「フッ……クッ……」
茹でたエビのように身体を丸め、お腹を抱えながら笑い始めたエルマと、それでもなお堪えようとして変な風になっているプフィーをギロリと睨みつけ、ゴーマンは怒りを露にしました。
「外の者、それも我に害をなそうというわけではなさそうだったので、見逃していたのですが、その態度ですか。許せる所業ではないですよ」
あー。本気で怒っていらっしゃる。
「ますは見せしめに、貴女方を殺しましょう」
そう言い拳を握るゴーマンにエルマが言います。
「まじおこじゃん。こっわ」
エルマの声が私の耳に届いた瞬間、私は反射的に魔法を発動していました。
「≪マテリアル・シールド≫」
複数枚生成した物理障壁をエルマの前に展開しました。
私の判断は間違っていなかった様で、ガンッという鈍い音が響きます。
「小細工など純粋な力の前に無意味です!」
ゴーマンはそう言って物理障壁を破ろうと何度も拳を叩きつけています。
少しでも戦闘経験があれば気付きそうなものですが、ゴーマンは研究者、医官と呼ばれる存在みたいですので、これはヒントあげないと駄目かもしれないですね。
「ゴーマンさんでしたっけ?」
「フヌゥン!」
返事かな?
「それいくら殴っても意味ないですよ?」
「ヌゥン!」
「薄い障壁がたくさん重なっていまして、割れるたびに補充されていくんですよ」
ヒントあげるつもりだったのですが、答えを言ってしまいました。この際です。私も少し煽っておきましょうか。NPCに八つ当たりされると迷惑ですし。
「ゴーマンさん。貴方、戦闘経験皆無でしょう? 戦い方がなっていません。正面から突破できないなら回り込まないと」
私がそう赤子でも分かる戦闘講座を開くと、それに気付いたのか一度手を止め、語り出します。
「勿論知っています。戦闘経験も豊富な方です。その経験を使うのは卑怯かと思っていたので、正面から行っただけです」
うそくせーな!
勝負には卑怯も卑猥も無いんですよ。
「では本気を出させてもらいます」
そう言ってゴーマンは何やら注射器のようなものと試験管のようなものを取り出しました。
試験管を口に放り込み、ぼりぼりと音を立てながら咀嚼し、注射器を口に放り込み、試験管と同じように咀嚼しました。
この人薬決めすぎておかしくなっていますね。普通注射器は食べません。あれは刺すためのものです。
「コハー。ウッ……!」
ガラス片でも喉に刺さったかな? それとも針かな?
私がそうツッコミを考えていると、目の前にいたゴーマンが一回り、二回りと大きくなっていきます。
『自我ガキエルゥウウウ。使イスギタァアアア』
「ほーら。言わんこっちゃない」
おっと。声に出てしまいました。
でもこの先の未来は見えているので、いいでしょう。
「貴女方にクエストです」
ほうら、来ましたよ。
「アレを倒していただけますか?」
「はい」
エルマとプフィーがコクリと頷いたので代表してクエストを受けます。
あれ?
クエストを受領して私は少し違和感を覚えました。
そう言えばNPCってクエストという言葉を使わなかった気がするんですが。記憶違いでしょうか。
「さて、お許しが出たことだし、甘ちゃんにお説教と行きますかい!」
エルマがポキポキと指を鳴らしなら言います。
「オイタがすぎたネ。これは天罰と思っていいヨ」
そしてプフィーもロールプレイの口調に戻し、宣言しました。
「薬に頼ったパワーアップに価値がないことを教えてあげます」
私もかっこよく宣言しておきます。
『ガァアアアアアアアア!』
『≪マテリアル・シールド≫』
ドンッと空気と地面を揺らしながらこちらに突進して来たゴーマンをプフィーとエルマが躱し、私の障壁で受け止めます。
先ほどまでの攻撃……パンチも単調でしたが、自我を失ってからもっと単調になったので受け止めやすいです。
特に筋力等を使うわけでもないので、左手をかざしつつ、拮抗状態にしておくと、再びゴーマンが吠えました。
『グルアアアァァ!』
ピシィッという音が聞こえ障壁にヒビが入ります。
「ふぅ。筋力極フリはこないだのでもうごちそう様だよ」
私はそう誰にも聞こえない声で呟き、【神器 チャンドラハース】を抜刀します。
そして障壁が割れるタイミングに合わせ、【神器 チャンドラハース】を振るいます。
正面から真っ二つにされたゴーマンだったものをちらりと見やり、私は【神器 チャンドラハース】を鞘にしまいました。
「戦闘と呼べるか分からない戦闘だった」
私の元へやってきたエルマとプフィーにそう伝えます。
「まぁそういうときもあるよね」
「楽なクエストだと思えば儲けもん」
エルマとプフィーも一段落したことで気が抜けたのか、会話に乗ってきます。
「ご苦労様でした。では報酬のことを相談したいので図書館に戻りましょう」
ファリアルがそう言った事で周りの警備官達も詰まっていた息を吐き出し、新しい空気と入れ替えています。
これで四位研究所が頑張れば〔群生生命体 グリガーリ・S・ネス〕も元通りになり、完全にクエスト完了かな、と思っていた私は、得体のしれない寒気を感じ振り返りました。
それは私だけでなく、エルマやプフィー、ファリアルにフェアリル、アディクに警備官と、この場にいたすべての者が感じ取っていたようです。
『ケタケタケタケタ』
骨に響き、耳から直接脳を引掻くようなその鳴き声に目を細めながら、情報を確認します。
〔隆骨鬼 ダドラ〕。
私の目にはそう映りました。
「逃げなさい!」
「逃げて!」
ファリアルとプフィーが大声で叫び、一瞬間が開きましたが、警備官達が逃げ出します。
私も一瞬固まっていた様で、彼女たちの声で我に返ります。
「チェリー。大丈夫?」
「うん。大丈夫」
「〔ユニークモンスター〕だけどどうする?」
「倒さなきゃ国が半壊間違いなし」
私は深呼吸して、呼吸と精神を平常時に近づけます。
「あれには≪集目≫っていうスキルがある。一瞬身動きが取れなくなったのがそのせい」
なるほど。スキルの効果だったみたいですね。
「手伝うよ」
「私も民を守るためです。力をお貸しください」
エルマとファリアルも集まりました。
「では……」
プフィーがファリアルをパーティーメンバーに加え、久々の強敵と言える〔ユニークモンスター〕であろう〔隆骨鬼 ダドラ〕に向き直ります。
軽い作戦会議の後、散会する仲間を見ながら私は考えていました。
人の数倍の体躯、一時的に行動不能を引き起こすスキル。
恐らくは、ゴーマンが薬を摂取し、変質していった後、自分の身に宿した何かでしょう。
ダーロンの時のように、スピリットのままでしたら打つ手なしでしたが、死んだゴーマンの身体をそのまま使っているようで実体があります。
これなら何とか倒せそうです。
では死して尚、愚行に走る愚か者に、お説教を始めましょうか。
to be continued...
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