VRゲームでも身体は動かしたくない。
第5章26幕 首席管理官<chief administrator>
「そう言えばクエストどうなったの?」
エルマが十二位研究所に歩く道すがらプフィーに尋ねます。
「『悪事を止める』だけになってるよ」
『風鈴街 キャンドラ』云々という部分が抜けただけですね。
状況を確認しつつ歩いていると、十二位研究所が見えてきました。
臨時顧問切符を門番に見せ、十二位研究所へと入ります。
例のごとく応接室で待っているといつものようにパタパタと足音が聞こえ、扉が開かれます。
「おまたせぇ」
応接室に入ってきたフェアリルが胸の前に掲げたファイルを机の上にドサッと置き、ソファーに座ったあと、私達が用意しておいた紅茶を飲みます。
「どうだったのぉ?」
「『風鈴街 キャンドラ』に行ってきました。そこで……」
プフィーが先ほどまでの出来事を話し、明らかに薬品の効果を告げずに使用を促している旨を伝えます。
「そうなのねぇ。本当に八位研究所がそんなことをしてるとは思わなかったわぁ。ちょっとまっててねぇ」
そう言って一度フェアリルがソファーから立ち上がり、応接室を出て行きました。
レディンの転移に掛かった費用とレディンに払った報酬とで赤字まっしぐらだよ、と三人で笑いあっていると、扉がノックされました。
「はい」
代表してプフィーが答えると、フェアリルともう二人が、応接室に入ってきました。
一人は四位研究所のマルドナでした。もう一人は見たことがない人なので分かりませんが、結構爽やかで優しそうな男性です。
「紹介するわねぇ。こちらは四位研究所のマルドナさぁん。こちらは十三位研究所のアディクさぁん」
「あら? あなた達は……ごめんなさい。点数をあげたはずなのだけど、覚えてないわ」
こいつ……。
「僕はアディク。一応首席研究官。フェアリルに話したことを具体的に、もう一度話してもらえるだろうか。このことは国家の運営に非常に重要なことだと理解してほしい」
先ほどまでの柔らかな笑みを消し、真剣な眼差しでこちらを見つめそう言いました。
フェアリルの案内でソファーに座ったアディクの後ろにマルドナが立ち、プフィーが話し始めます。
「なるほど。それが本当だとすると八位研究所はもう国家の敵とみなすべきだ。何か物的証拠はあるかい?」
そう聞くアディクにプフィーは『風鈴街 キャンドラ』の国王が飲まさせられそうになっていた薬品を手渡しました。
「ふむ。これがその薬品かい? 試してみたいところだけど……」
アディクは後ろを振り向き、フェアリルに何か話しています。
するとフェアリルがコクリと頷き、応接室を後にしました。
「話を聞く限りだとこの薬品には人を変質させる効果があるそうだね?」
「はい。そうです」
プフィーがそう答えると、アディクが苦い顔をしながら言葉を吐き出します。
「人を変質させる……ね。罪人に投与するのも心苦しいし、確認する方法がない……」
そう。問題はそこなのです。
効果を説明した上で、実際に服用してみたいと思う人も、服用させたい人もいないでしょう。何せ兵器を生み出すようなものです。戦闘力が多少でもある人に投与したら高レベルのプレイヤーでも相性次第でデスペナルティーです。
「だからこういうのに害がない人をフェアリルに連れてきてもらう」
「えっ? そんな人がいるんですか?」
私がついそうやって聞くと、彼はニヤリと笑みを深くしながら答えます。
「勿論だとも。だがそう簡単に頼めない相手なんだけれどね」
どういうことでしょうか。
しばらくするとフェアリルが帰ってきました。
「大丈夫だそうよぉ。じゃぁみんな十三位研究所にいきましょぉ」
フェアリルが手をポンと叩きながら、そう告げます。
十三位研究所にその薬品が聞かない人がいるんでしょうか。
フェアリルを先頭に歩き、十三位研究所まで来ると、すでに話が通っているようで、臨時顧問切符を見せることなく、入館できました。
「図書館にいるんだろう?」
アディクがそうフェアリルに問うと、フェアリルは「そうよぉ」と笑っていました。
図書館……。ちょっと前まで居たのですが、そのような人物はいなかったような気がします。
「ふぅー」
図書館の扉の前でアディクが深呼吸を始めます。
その様子が気になったのでフェアリルとマルドナの様子も確認すると、フェアリルはいつも通りのぽわぽわオーラを出して、マルドナは緊張故か脚がピーンと棒のようになり、カチコチになっていました。
図書館に誰がいるんでしょうか。
きもちが落ち着いたのか、アディクが扉をノックしながら大声で名乗りをあげます。
「首席研究官、アディク・パラリブロ! 入室してもよろしいでしょうか!」
先ほどまでの優しいそうなお兄さんという印象からかけ離れたどこか軍人のような雰囲気を出しながらアディクは言いました。
「どうぞ」
聞き覚えのあるこの声は、私達が資料探しに図書館へ入った時に一度聞いた声でした。
「失礼いたします!」
アディクが扉を開け、入室し、すぐに跪きました。
数秒遅れてマルドナも跪きます。
えっ? と思いながらも今までに培ってきた流れに身を任せる力を発揮して私も跪きます。
「顔をあげなさい」
少女の声につられ、皆顔をあげました。
「フェアリル姉さんからある程度は聞きました。細かい話を聞きます。机へ」
「はっ!」
私達を代表してアディクが答え、立ち上がり、案内された机へと向かいました。
「あら。貴女達は。自己紹介が必要そうですね。私は『湿地保護国 パラリビア』首席管理官のファリアル・ピクロ・パラリビアです。簡単に言わせてもらいますと、この国の女王です」
首席管理官? 女王? この少女が?
「皆同じような反応なので何を考えたかわかってしまいますよ。『騎士国家 ヨルデン』所属王族騎士チェリー」
素性全部ばれてるっ……。
背中に得体のしれない汗をかきながらポーカーフェイスを作ります。
「私はこう見えて38歳です。そしてそこにいるフェアリル姉さんの実の妹です」
「っ……!」
漏れそうになった声を口の筋肉で抑え込み、心の中で驚愕を表します。
フェアリルがお姉さんって……フェアリルいくつなの!? それに38歳でこれはもう犯罪まっしぐらです。エルマとプフィーよりも若く見えます。
「立場の話を長々とするつもりはないです。聞かせなさい」
いつの間にかフェアリルが用意していた紅茶を飲みながら、アディクと私達に向かって言いました。
「事情は分かりました。では八位研究所の生成した薬品を見せてください」
そう言って手を伸ばしたファリアルにアディクが薬品を渡しました。
そして受け取ったファリアルは栓を開け、グビッと飲み干しました。
「ちょっ! えっ!?」
私達は困惑がピークに達し、状況が呑み込めないのですが、フェアリルやアディク、マルドナが無言でファリアルを見ているので少し落ち着きを取り戻します。
「なかなかの代物ですね。これをなんて?」
「延命……と」
「そう。至急通達。最低限の警備官を残し、全警備官を八位研究所に収集。首席医官を拘束、尋問し、目的を吐かせなさい。私も出ます」
先ほどまでの落ち着いた少女の印象から、一国を司る女王として覚醒したかのようなファリアルの発言に、背筋が凍るような錯覚を覚えました。
ファリアルとフェアリルに連れられ、私達とアディクは八位研究所へ向かって歩き出しました。ちなみにマルドナは気絶したので医務室行きです。
「ここまで調査ご苦労様でした。目的が分かり次第、報酬をお支払いいたします」
「女王陛下。こちらを」
アディクがファリアルに一枚のローブを手渡します。
それを受け取ったファリアルがローブを羽織ると一気に魔力がファリアルの身体を廻った感覚がします。
「詳しい事は話せませんが、これが女王の素質です」
この国でも王になるには何か特別な条件があるのでしょうか。姉であるフェアリルではなく、妹のファリアルが女王なわけですし。
そう思考をしていると八位研究所の前に警備官が集まり、八位研究所を包囲しています。
左手の人差し指を喉元に当てたファリアルが言葉を発します。
『八位研究所所属の者に告げる。抵抗せず投降せよ。無益な殺生をする気はない』
≪拡声≫……。それもスキル宣言なしで行ってる……。やはりこの人は普通ではありませんね。肌に感じる魔力もステイシーのそれを上回っている様にすら思えます。
ファリアルがそう言うと、ぞろぞろと八位研究所の研究員が腕組みをした状態で出てきます。
『よろしい。……首席医官はおらぬのか?』
さらに声が一回り冷たくなり、辺り一帯の熱量を奪っていきます。
「私ならここですよ。ファリアル殿」
≪拡声≫を用いているファリアルと遜色ない音量で男性の声が聞こえます。
声のする方向を見ると、その発生源は八位研究所の屋上からでした。
およそ人間とも理解できないであろう歪な形をした元人間がこちらを見下ろしています。
『そなた。私がこのローブを着ている際に名で呼んだな? 反逆罪に問うがよいか?』
「フッシュシュ……私を捕まえられますか?」
『無論である』
「無理せずとも良いのです。私は本当の意味で力を手に入れた! 私こそが新しい種族となったのだ!」
『議論ができぬな』
「ええ! そうですとも! では貴女を殺して、この国を頂くことにしますよ!」
首席医官だった者がそう言った直後、八位研究所が縦に割れ、次の瞬間、私達の後ろへと飛ばされていくファリアルが視界の端に移りました。
to be continued...
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