VRゲームでも身体は動かしたくない。
第5章22幕 図書館<library>
「おっはやいね」
宿屋の部屋から出て、一階に降りるとすでにログインしていたエルマがそう話かけてきます。
「昨日も早く寝ちゃったしね。プフィーは?」
「あたしよりも先にログインしてたみたいだけど、宿屋にはいなかったよ」
エルマとの会話を続けながら、私は食事のとれるスペースにいたエルマの隣に座ります。
「何食べる?」
「サンドウィッチかな。軽めでいいや」
机に置いてあるメニューは軽食のページが開かれていたので、そこからサンドウィッチを選び、注文します。
「とりあえずは、十三位研究所の図書館か」
「そうだね。昨日も言ったけど、この都市のルールを知らないことには何が悪なのかわからないからね」
「ねー。ごちそうさま」
エルマが食べ終わり手を拭いていると、宿屋の扉が開かれ、プフィーが入ってきます。
「おはよう」
「おはよ」
「あっ。おはよ。ちょっと情報屋仲間に色々問い合わせてきた」
「それでなんだって?」
エルマがそう聞くと、プフィーも椅子に座りながら答えます。
「拠点を置いてる国で似たような話があるみたい。NPCが突然変質したって話」
「私が話したダーロンみたいな?」
「そうそう。どれも高レベルのプレイヤーに殺されたみたいだけど、その前くらいから『パラリビア』と貿易を始めたりしてたらしい。それで少し怪しいと思ったのか色々調べた娘がいるんだけど……」
「「けど?」」
「私達が知っていることまでたどり着けなかったって」
「一見関係なさそうなクエストが起点になってたみたいだしね」
「うん。それで私が伝えたら受けてみるって言ってさっきまで案内してた」
「なるほど。とりあえずこれ食べ終わったら図書館に行こう」
NPCが運んできたお皿を受け取りながら私が言いうと、エルマとプフィーもコクリと頷きました。
「十三位研究所はすぐそこだよね?」
宿屋から出てすぐ、エルマがマップを開かずに言います。
「まぁ大きいしね」
プフィーがそう言って十三位研究所まで歩き始めました。
道中、昨日まではあまりいなかったプレイヤーも増えているように感じます。
「プレイヤーが少し増えてる?」
声に出して見ると、答えはプフィーから帰ってきました。
「情報屋のお抱えが来てるんだよ。何かあった時情報屋の戦力は皆無だから」
「なるほど」
「えっ? でもプフィーはそこそこ戦えるくない?」
エルマが驚いたという顔をしながら言います。
「まぁね。私は情報屋兼スキルコネクターだから」
初めて聞く言葉です。
「スキルコネクターって?」
「うーんと、簡単に言うと全然違う【称号】とか同士でもシナジーを起こすスキルってあるじゃん?」
「あー。なんとなくわかるかも」
「それを見つける人のことだよ。基本的に私は情報屋だけど、その売る情報の大半はスキルコネクトの事だから」
「そうなんだ」
色々とプフィーの話を聞いて思いついたことがありましたが、十三位研究所に到着したのでいったん保留です。
私達は昨日書き換えてもらった臨時顧問切符を取り出し、門番に見せます。
「おっ。臨時顧問か。若いのにエリートなんだな。どこの部署に用事が?」
「図書館に資料を確認に来ました」
「そうか。図書館は入って正面の階段を4階まで登ればあるぞ。あと他の研究所とは違い、常に切符の携行は義務だ。どこかすぐ目に着くところに付けてくれ。未携行とみなされると武力行使の上、数週間は牢屋行きだからな。注意してくれ」
そう言って門番が首から下げられるストラップのようなものを渡してきます。
それを受け取り、切符をはめ込みます。
「施設に入る時はその切符を通してくれ。まぁやり方は見ればわかる。研究頑張ってくれな」
私達を通した門番はこちらに向かって右手をあげながらニコニコ笑っていました。
「未携行で牢屋行きって穏やかじゃないね」
私がそうぽつりと呟くとプフィーが少し考えた後に答えます。
「この都市の最重要機密があるわけだから、それは致し方ないんじゃないかな?」
「そっか。えっとこの階段を4階まで登ればいいんだよね」
「うん。たぶん」
そうして十三位研究所に入り、門番に言われた通り階段を上ります。
「ふー。意外と一段一段があって結構しんどい」
「日ごろの運動不足じゃん? 向こうでの」
エルマがそう言うので、少しカチンときますが、事実なので何も言い返せません。
「えっと……あった図書館!」
プフィーが指をさした方向に確かに図書館と書かれたプレートが見えます。
「行こう」
「うん」
プフィーに続いて呼吸を整えた私も図書館へ向かって歩を進めます。
「これに切符を通すのかな?」
扉の横に現実世界で言うシュレッダーのようなものが置いてあります。
「黒板消しのクリーナーみたい」
「黒板消し?」
プフィーの口から聞こえた聞きなれない言葉につい聞き返してしまいます。
「えっ? チェリー知らないの?」
「黒板消し? 知らない」
私がそう答えると、エルマも首を振っています。
「本当に二人とも知らないんですか? 黒板を消すやつですよ?」
困惑しているのかプフィーが敬語になっています。私もここまで驚かれるとは予想しておらず困惑しています。
「私白板と電子板だったから」
「あたしは電子板しか知らない」
「えっ……。あたし小学校黒板っていう奴だったんだよ。書く部分が黒い板で白い棒で書くんだよ」
「「へぇ」」
「その字を消すのに黒板消しが必要だったんだけど、その布が汚れちゃうと消せないからこういう形のクリーナーっていう掃除機みたいなのがあったんだよ」
「「へぇ」」
「そんな話どうでもいいよね? とりあえず切符を通してみよう」
そう言ったプフィーが首掛けのストラップから切符を取り出し、その黒板消しのクリーナーに通します。
「うん。これでいいみたい」
出てきた紙をちぎりながらプフィーがそう言ったので私とエルマも同じようにやってみます。
「たのしー!」
エルマが何に楽しさを感じているのか分かりませんが、紙には、現在時刻とネームが書かれていました。
しばらくそちらを見ていると、図書館の扉がガチャリと開きます。
「臨時顧問の方ですね。どうぞ」
少女と見間違うほど背の低い、でもとても落ち着いた雰囲気のNPCが案内してくれたので私達は中に入ります。
「何の資料をお探しですか?」
「法律……この都市の規則を確認したいと思いまして」
私がそう言うと一瞬怪訝そうな顔をしますが、「そちらの棚です」と教えてくれました。
NPCの言う通り棚には国の歴史に関する本や法律に関する者がありました。
その中で重要そうな物を三冊取り出し、私達三人は手分けして読み始めます。
一時間ほどするとエルマが「あっ!」と声をあげます。
「この項目じゃない?」
そう言ってページを広げるエルマの手元をのぞき込みます。
そのページは『罪人の取り扱いについて』と書かれていました。
「よく見てみよう」
私がそう言い顔を近づけるとプフィーがメモを取る準備を始めてくれました。
『罪人の懲罰取り扱いについて』
『先項の罪人位に則るものとする。』
『一位罪人には規則的懲罰までを許可し、二位罪人には習慣的懲罰までを許可し、三位罪人には身体的懲罰までを許可する。』
「これだけだとよくわからないよね」
「んでこのページ」
エルマがページをめくり、別のページを見せてきます。
『規則的懲罰とは規律書に書かれた懲罰のことである。』
『習慣的懲罰とは本国が発足する前から現住している民族の懲罰に従うものである。』
『身体的刑罰とは研究に必須と思われる人道的、非人道的を問わない研究に対し、身体を提供する懲罰である。』
「なるほど……つまり……」
「この国で罪人を使った人体実験は合法ってことだね」
私が言おうとしたことをエルマが代わりに言ってくれます。
「じゃぁ『悪事』って人体実験じゃないよね? なんなんだろう……」
「あっ……わからないけど、もしかしたら人体実験の末に生まれた改造技術とかを他国にリークすること?」
「どうなんだろう……」
一度保留にして他の資料を眺めます。
そこに私が、私達が欲しがっている内容が書いてありました。
「これ……」
『研究成果の輸出について』
『本国で行われた実験、研究に基づく成果は他国に輸出する際、必ず説明をしなければならない』
「……ってあるんだけど」
「それだ!」
エルマが大声をあげます。
先ほどのNPCもチラリとこちらを見ています。図書館で騒いだらそうなりますよ。
「輸出するときにデメリットを説明しなかったんだよ! たぶん」
その可能性はありますよね。『花の都 ヴァンヘイデン』でのダーロンがまさにそうな気がします。効果を知らずに使って、手が付けられなくなったからエルマの脱獄阻止用として配置されたとしか思えません。
「ちょっと仲間に連絡してみる」
そう言って立ち上がるプフィーを見て、私は少しホッとしました。
やっとクエストが進行しますね。
to be continued...
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