VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野佑

第4章58幕 試乗<test drive>


 「おいおい。嘘だろ?」
 地面に仰向けに倒れた私にデュレアルとリベラルの声が届きます。
 「デュレアル。今の見えたか?」
 「わからねぇ。俺の目じゃとらえられなかった」
 そこで私は会話の内容を把握します。
 「出力が強すぎて、急発進してしまったみたいですね。≪オーヴァー・ヒール≫」
 自分のHPを回復させながら、答えます。
 「二輪車は無事か?」
 「ええ。かなり頑丈みたいで、ほとんど壊れてません。次は流す魔力を極力落としてみますね」
 私は言いながら遠くに転がっている【双精二輪 ツインエモート】の場所まで歩きます。
 倒れていたそれを片手でひょいっと起こし、再び跨ります。
 先ほどはかなり魔力を込めてしまったな、と反省しながら今度は少しずつ流してみます。
 そしてハンドルの右側を捻り発進させます。
 キュイイとタイヤが回り始める音と振動が身体に響きます。
 この魔力だとまだ発進するほどではないようですね。ではもう少し魔力を込めましょう。
 すると二輪車が進み始めます。
 徒歩と変わらないほどのスピードですね。
 だんだんわかってきました。
 秒間で1単位のMP消費では発進できず、秒間で10単位のMP消費で徒歩とほぼ等速。では秒間で100単位のMPを突っ込んでみましょう。
 すると急激に加速が始まり、私は二輪車から投げ出されそうになります。
 今度は警戒していたので振り落とされることはありませんでしたが、慣れていないのでしがみつくような恰好になってしまいます。AGI100のプレイヤーにしがみついているような感じです。
 しばらくそのまま周回し、身体が慣れてくると、上体を起こすことができるようになります。
 「ははっ!」
 気持ちいいですね。
 便宜的にアクセルと呼びますが、これを捻った時にその角度で勝手にMPの消費が調整されるみたいですね。自分で操作しなくて良さそうです。
 身体で学んだ私は上手くアクセルを調整し、速度と二輪車に全身を慣らします。

 「嬢ちゃんやっぱ筋がいいな! もう完璧じゃねぇか!」
 私がある程度の速度を出して走らせていると、デュレアルが自分の二輪車で並走してきます。
 「いえ。まだまだですよ。でも」
 「でも?」
 「気持ちいいですね。このまま空まで行ってみたいです」
 「嬢ちゃんの精霊駆動は風精霊として使えそうだがな。そこの排気管から風が吹き出てるだろ?」
 デュレアルが顎で私の二輪車の後方についている排気管をくいと指します。
 風魔法……。もしかしたら……。行けるかもしれませんね。でもここで実験は危険すぎますね。落ちたらデスペナ確定です。
 闘技場か訓練場を借りて今度やってみますか。
 「いつか空を飛ぶ乗り物も作りてぇな」
 デュレアルのその言葉に私は本心で答えます。
 「きっとできますよ。これほどのものを作れるんですから」
 「あぁ。ありがとうな」
 「思ったことを言っただけですよ。もうちょっと加速してみますね」
 「おう。俺の限界はこの辺だ。気を付けろよ」
 「ありがとうございます」
 そう言って私はアクセルをさらに捻ります。

 「チェリーめっちゃ慣れて来たね」
 休憩と称し、二輪車から降りていた私にエルマが話しかけます。
 「だいぶ慣れたよ。エルマは?」
 「あたしはもう完璧かな。燃料無くなるまで練習したし」
 「さすが。疲れたから練習は今度にしようかな」
 「それがいいかもね。三人衆は帰っちゃったし」
 彼らは先ほど私が休憩を始める前にもう一度飲みに行くと消えて行ってしまいました。
 「じゃぁ今日はお開きにしよっか?」
 「だね。宿に帰ろう」
 「だね。このバイク特殊装備品なんだよね」
 私がエルマにそう確認を取ると、「うん」という返事が返ってきます。
 「なら今度試したいことがあるから付き合って」
 「明日とか?」
 「そんなすぐじゃなくていいよ。とりあえずステイシーとサツキ、マオと合流して帰ろっか」
 「そっか。帰らなきゃいけないんだ」
 「忘れてたの?」
 「覚えてたよ」
 顔をそっぽに向け、口笛を吹くように口をすぼめたエルマを横目に私は二輪車をしまいます。
 「片付け完了。行こう」
 「あいよ!」
 エルマも片付けは終わっているようですぐに地下を出ることができました。
 
 夜も更け、人通りの少なくなった『精霊都市 エレスティアナ』の本都市を歩いていると少し寂しくなってきます。あまり長くいた都市ではなかったのですが。
 「皆には伝えておいたよ」
 街並みを眺めつつ歩いているとエルマがそう言ってきました。
 「ありがとう。明後日くらいに出発できたらいいね」
 「まぁ戻るのは転移魔法で一瞬だけどね」
 「そうだね」
 「チェリー。このあとどうするの?」
 「決めてない。とりあえず腰を落ち着けられる場所を探そうかなって思ってる」
 「どこの都市に?」
 「一応『ヨルダン』所属だから『ヨルダン』にね」
 「ならあたしも『ヨルダン』で探そう。そう言えばステイシーがギルドを作り直したらしいよ?」
 「あー。ギルドが『ヴァンヘイデン』だもんね。結構ギルド価値高かったのにもったいないね」
 「『ヨルダン』で作り直したみたい。いっその事みんなでお金出し合っておっきいホームかう?」
 「それもいいね。明日相談しよう」
 「だね」

 「じゃぁチェリーお休み。明日12時にはみんな揃うからね」
 「うん。お休み」
 エルマに挨拶をし、私は部屋の扉を開けました。
 相変わらず便利な動く家具達に囲まれ、私はログアウトし、現実でも用事を済ませ、深い眠りに就きました。

 夢の中で誰かが、私を呼ぶ声が聞こえた気がします。
 あれは誰だろう。どこかであったことがある?
 はっと目を覚まし、私は夢の内容を思い出そうとします。
 しかし、鮮明には思い出せず、もやもやとした気持ちが残ります。
 前にもこんなことあった気がします。

 別途から引き摺り出した身体に水分と食事を与え、しっかりと意識を覚醒させます。
 今は、9時30分くらいですね。
 少し早いですが、こちらでやることもないのでログインしますか。

 「んー!」
 生きた家具から身体を出し、いつもの伸びをします。
 そのついでにパーティメンバーの状態を確認すると皆ログインしているようでした。
 座標を確認すると、一人を除いて皆この下あたりにいるので食事中でしょうか。私も行きますか。
 そう思った私は、装備を身に着け、一階のレストランへと向かいます。
 「チェリー。おはよーん」
 「エルマおはよ。皆もおはよ。ってステイシーは?」
 「あぁ。おはよう。ステイシーはこういっていたよ。もうまず飯はいやだー。僕は別の都市で食べてくるよー。ってね」
 「なるほど」
 サツキにステイシーの現在を教えてもらいながら私も食事を注文します。
 「お酒、おいしかった、わ」
 「そうなの? あっでも種類はいっぱいあったかも」
 愛猫姫から教えられた情報にも納得できます。アンナといったバーはかなり品揃え多かったですから。
 「こっちの、世界でしか、飲め、ないお酒も、たくさん。マオ、満足した、わ」
 「よかったね」
 「とりあえず私から話したいことがあるだけど、ステイシー戻って来てからじゃないと二度手間になっちゃうから後にしよう。サツキの修行の成果を聞かせて」
 「あぁ。いいだろう。秘伝というものは概要を把握した時点で投げ出されてしまったんだけどね。自分で研鑽したところある程度までは習得できた。少しこのホルスターを見てもらえるだろうか?」
 サツキが腰に着けていたホルスターを外しこちらに見せてきます。
 「チェリーなら具体的に見えるかもしれないね」
 「んー。【怪島龍帯 エグニス・ホルスター】?」
 「あぁ。修行中に発見した〔ユニークモンスター〕なんだけどね。秘伝が完成していたおかげで簡単に倒せたよ。おかげでレベルもカンストだ」
 「おめでとう!」
 「おめでと!」
 「おめで、とう」
 「いや。そこはどうでもいいんだがね。〔ユニークモンスター〕を一撃で葬り去る威力でまだ未完成というのは些か怖いね、という話がしたかっただけなんだ」
 「言われてみれば……」
 「おまたせー」
 「ステイシー来たんだね。まぁ座りなよ」
 「うん。チェリーが話あるってんでおりてきたんだけどー」
 「あー。実はね……」
                                      to be continued...

「VRゲームでも身体は動かしたくない。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く