VRゲームでも身体は動かしたくない。
第4章32幕 チャーター<charter>
「ほらっ!」
エルマが右手を横なぎに振り、サツキに爪痕を残そうとします。
「早いね。でもチェリーより遅い」
サツキは左手の魔銃でエルマの腕を受け止めます。
「捕まえた!」
その手で魔銃を握りしめました。
「捕まれるのは予想外だ。でも」
タンっと音がし、エルマがお腹を押さえてうずくまります。
「魔銃には≪ディメンション・ショット≫があるからね」
しゅぅと音を立てエルマの身体から精霊が抜けていきます。
結界の力ですぐに傷はふさがっていましたがなかなかボロボロになっていたようです。
「いきなり実践は無理か……いてて……とりあえず感覚をつかんだよ」
「それはよかった。次は普通に魔法剣で打ち込んできてくれるかな?」
「そうする」
シャラっと音を立て、魔法剣を抜き去ったエルマがサツキに斬りかかり、それをサツキが魔銃で受け止める、というのをずっと繰り返します。
数十分もするとサツキの動きに変化が出てきます。
ただ防いでいた先ほどとは違い、次の動作を想定した動きに洗練されていったようです。
この分ならすぐに【称号】が取れるかもしれませんね。
ちらりとシャンプーとステイシーの方を見ます。
必死の形相で障壁を複数展開するステイシーと綺麗の姿勢のまま立っているシャンプーが見えます。
「張れたよー」
「では行きます。≪秘伝・貫通魔玉≫」
「あー持たないー。≪マテリアル・シールド≫」
「ふっ!」
「ぎゃー」
ステイシーが展開した障壁の中心を玉が貫通して進み、ステイシーの身体を貫きました。
「もう十分なんじゃないー? 貫通力凄いよー」
「そうでしょうか。でしたら次は高威力の方を試しますね」
「えー。まだやるのー?」
「もちろんです」
あっちはあっちで大変そうですね。
にしても物理障壁を無属性の玉でよくもまぁあんなにぶち破れますね。
高威力とか言っていたのでアレを貫通力じゃなくて純粋に威力だけに特化させたらえげつない火力が出そうです。
そして再びサツキとエルマの方に目線を戻すと、今度はサツキが格闘戦で押していました。
「もう少しで何かが見えそうだよ」
「それはよかった」
振られるエルマの剣を的確に受け止め、今は撃っていないようですが、撃つふりをしています。
なかなかかっこいいですね。
隅で読書している愛猫姫の隣に座り、ぼーっと全体の様子を確認しています。
先ほどから、一時間くらい経ったでしょうか。
サツキが両手を上にあげ、喜びを表しています。
「【称号】取れたの?」
座ったままサツキに聞きます。
「あぁ。チェリーもありがとう。これでやっとスタートラインにつけたよ」
そう言いながらサツキは【銃格闘士】の【称号】を装備しているようでした。
「おや。≪銃格闘≫が使えるようになりましたか?」
「あぁ。今やっとだけれどね」
「十分早い方です。私が子供の頃は数週間かかりました。では≪銃格闘≫を≪銃衝術≫にするため、少し遠出しましょうか。他の皆さんはご自由にお過ごしください。二、三日で戻ってきますので」
「泊りがけなのか。結構キツイ修行になりそうだね。ということだ。ワタシは数日留守にするよ。みんなでクエストでも受けてきたらどうだろうか」
「ステイシーさんへの報酬はサツキさんの特訓が終わってからでもよろしいでしょうか?」
「僕は構わないよー」
「ではそうさせていただきます。終わったら『アクアンティア』までお送りしますね」
「わかりました。でしたら私達4人でクエストでも受けて時間を潰すことにします」
「ありがとうございます」
「それと一つ聞いてもよろしいですか?」
私は他の都市のことが気になっていたので尋ねることにします。
「なんでしょう?」
「『アクアンティア』以外で近い副都市ってどこですか?」
「北に徒歩で30分ほど行ったところに『フレイミアン』が西に徒歩で40分ほど行ったところに『ウィンデール』が東に馬車で20分ほど行ったところに『アースバルド』という副都市がありますね。どこも辺境の副都市なので小さいですが」
「ありがとうございます」
「はい。ではまた」
そう言ってサツキを連れたシャンプーは去っていきました。
「チェリー何か気になることでも?」
「えっとね。精霊駆動式二輪車の獲得クエストだと思うんだけど、それで『エレスティアナ』の全部の都市にある精霊神像っていうのを探さないといけなくてね。時間があるときに行ってこようと思って」
「なるほど。お供するよん」
「マオ、も、行くわ」
「僕も他の都市見てみたいしー」
「ごめんね。ありがと」
「歩いていくの?」
エルマのその疑問も当然でしょうね。それは秘策あり、です。
「馬車をチャーターしてくる」
「へ?」
「≪テレポート≫で『アクアンティア』に戻って馬車をチャーターして戻って来るからまってて」
「お、おう」
「というわけで一度、部屋に置いた荷物とかは纏めておいてくれると嬉しい」
「わかった」
「わかったー」
「じゃぁちょっと行ってくるね。≪テレポート≫」
そして私は『アクアンティア』に戻ってきました。宿屋の前ですね。
一度宿屋に入り、馬車のチャーターができるかどうか聞きます。
「馬車の貸し切り、ですか。そうですね。貴族の方が来た際貸し切りをしてくれる組合があるのですが、一般の方に貸してくれるかどうかは……」
「あっ。なら大丈夫です。場所を教えてもらってもいいですか?」
「あっ。はい。出て左手に進みまして、大きな青い屋根の教会があります。そちらの右手にあります」
「すいません、ありがとうございます」
「いえいえ。ではよい旅を」
「はい」
私は宿屋を出て、言われた通り進みます。
少し歩くと青い屋根の教会が見えてきました。
こちらの右手だったはずですね。
右側を見ると確かに馬車が置いてあったのでここのことでしょう。
扉を開け、入ります。
「お邪魔します」
「はい。なにか?」
「馬車を出してもらいたいのですが」
「あいよ。ランクは?」
「えっと数日……二日くらい出してほしいのでほどほどのがいいですね。他の貴族の方が来た時に困るでしょうし」
「なら白馬と貴族馬車だな。御者はどうする?」
「御者もお願いします。経験がございませんので」
「あいよ。女がいいな。ちょっとまってろ」
そう言って店番らしき男性は奥に消えていきました。
馬具の販売所も兼ねているようで、見たこともないようなものがたくさん置いてあります。あれは帽子ですね。そのくらいはわかります。
「待たせたな。クルミだ」
「お初でございます。クルミと申します」
「チェリーです。馬車は何人乗りですか?」
「8人乗れる大きさまで用意できますが、貴族馬車ですと4人までです」
「貴族馬車にしていただこうと思ったのでちょうどいいです。ではよろしくお願いします」
「はい」
「お代は?」
「お代はその子に払え、俺はただの馬と馬車貸しだ」
「では馬と馬車のお代は?」
「それは御者から取っている」
「なるほど。ではお先に二日分の馬と馬車の貸出代払っておきますね。たりますか?」
10万金をカウンターに置きます。
「あぁ十分すぎる。二日で4万金だよ。残りはその子に払いな」
「わかりました。では前金としてお渡ししますね」
「いいんですか?」
「? 構いませんよ。道中の食事代や宿代も私が払いますから安心してください」
「ありがとうございます」
「では行きましょうか」
「待ってくれ。あんた何者だ?」
「しがない流れの魔導師ですよ」
私はそう言って、馬具屋を後にしました。
「フレンデール、よろしくね」
クルミはフレンデールという名の馬を撫で、御者台に飛び乗りました。
私も馬車に乗ります。
「行先はどちらにしますか?」
「まずは仲間が待っているので……えっと……」
なんて伝えればいいんだろう……。
シャンプーの屋敷じゃわからないでしょうし……。
「地名がわからないのですか? でしたら何か特徴を教えていただければ」
「元国家騎士団団長の魔銃使いさんのお孫さんが住んでいるところです」
流石に伝わらないか……。
「あっ! シャンプーさんのとこですね」
伝わった!
「そうです。よくわかりましたね」
「皆様似たような言い方でしたので」
なるほど。魔銃を使う人が他にも行っているかもしれませんしね。
少し会話をしながら仲間のいるシャンプー邸までの短い旅路を私は楽しんでいます。
to be continued...
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