VRゲームでも身体は動かしたくない。
第4章27幕 母<mother>
窓を開けたサツキが驚きの仮面をかぶったまま私に聞いてきます。
「なぜ宿屋の中に入ってこなかったんだい?」
「試験中の魔法の試し撃ちかな? それよりその二人を連れて城まで来てくれるかな? 門の前で待ってる」
「ん? あぁ。わかった」
≪リバース・マジック≫を解き、スルスルと地面に向かって降りていきます。
そのタイミングで≪スライド移動≫も解き、着地し、≪テレポート≫で門の前にやってきます。
「流石は王族騎士様ですね。魔法の余波を感じさせない見事な転移です」
いえ。たぶん外の人は皆余波出ませんよ?
「もうじき私の仲間がきます」
「かしこまりました」
それほど間が開かず3人が到着します。
「お出迎えすみません」
そうキンカンが男性に声をかけます。
「いえ。では閣下がお待ちです。参りましょう」
先ほど通された応接間に再びやってきます。
そこには公務を終えたと思われる都市長閣下と女給長が待っていました。
「遅れて申し訳ございません。初めまして『ヨルダン』所属、王族騎士チェリーと申します」
「我は『アクアンティア』都市長のゲヘル・アクアである」
「こちらは私の連れのサツキです」
「初めまして」
「うむ。して話とは何ぞ」
「それほど大事な話ではないのですが」
私はそう言った後装備と【称号】を転換します。
「≪スキャン≫」
チョコの情報を覗き、全てを紙に模写します。
模写するのに必要な≪スキル≫は持っていないのですが、スクリーンショットというプレイヤーにのみ許された、便利システムでごまかします。
「こちらをご覧ください」
私は写した情報を都市長に見せます。
「まことか?」
「はい。≪スキャン≫しているものなので間違いはございません」
「どういうことか説明をしてもらおうか、女給長エルレア」
「閣下。何かの間違いでございます。城仕えの【医師】の≪スキャン≫では確かに」
「【医師】を呼べ」
「では私が」
そう男性が言い、部屋を出ていきます。
「どちらが正しいか、見比べさせてもらう」
「構いません。こちらには不正する時間はありませんでしたし」
「無論それはわかっておる。嘘を付いた者を炙り出すのだ」
あぁ。この都市長は話が分かる人のようですね。助かりました。
「お待たせいたしました」
男性の後ろから現れた長身の女性がそう言いながらお辞儀をしています。
「挨拶は良い、その娘に≪スキャン≫を」
「かしこまりました。≪スキャン≫」
「内容を模写し、こちらに渡せ」
「すぐに」
そう言ってすぐに紙に写した情報を都市長に渡していました。
「ふむ。では、キンカンの娘、チョコの本都行きは白紙にする」
「閣下!」
女給長が都市長に噛みつきます。
「後ほど、説明してもらおうか、エルレア。それとキンカン。来週までにその娘の職場を見つけておくのだ。無ければ本都行きは変わらんぞ」
「はっ、はい」
そう言って都市長は応接間を出ていきました。
「王族騎士風情が……邪魔しやがって……」
うーん。こちらが本性ですか。
「はて? 私は何かしましたかね?」
とりあえずとぼけてみましょう。
「貴様もだぞ。【医師】風情が」
「私は閣下にお仕えしているのです。貴女に仕えているわけではありませんよエルレア」
「ちっ」
逆効果かもしれませんね。これはやっちまったかもしれません。
「ここで、殺す……」
わーお。すごい殺意。
エルレアという女給長はスカートの下から取り出した短刀を握り、キンカンに向かって飛び掛かります。
ですがその短刀は同じ女給服の女性に停められました。
「大体の事情は聴いてわかりました。そもそもおかしいと思っていたんですよ。私の娘が精霊騎士だなんて。だって私は、私の家系は……」
そう言ってキンカンは一度飲みこんだ言葉を吐き出します。
「……精霊に絶縁されていますから」
ええ。情報を見てすぐに気付きました。
ENが存在しなかったのです。
存在しないというと語弊がありますね。ENの上限値が0だったのです。
≪スキャン≫で見た情報は変わることがありません。もちろんプレイヤーでしたら変化します。全てに適正がある状態ですから。ですが、NPCには明確な上限があります。それは<転生>をしてレベルの上限を開放しても変わりません。
その上限値が0なのです。
「絶縁……だと?」
「はい。その通りです。ですから我々一族は武を磨きます。それも肉体的な」
掴んだエルレアの手をぐるんと捻り地面に叩きつけます。
合気道……。
「おかあさん……」
「チョコ。見てなさい。これが私達の力です」
起き上がり、奇声をあげながら短刀を振り回す、エルレアをいともたやすくいなし、再び転ばせます。
「いつもいつもいつもいつも! お前はなんで私の邪魔をする!」
「邪魔をしているつもりはないです」
「いつもいつもいつもいつもいつも!」
「落ち着きなさい。エルレア」
「ああああああああ!」
再び立ち上がり短刀を捨て素手で殴りかかります。
キンカンはその拳をパシッと受け止めます。
「いい加減にしなさい!」
窓が割れるのではないかという程の大声と頬を叩く音が聞こえます。
「なん……で……?」
「なんででしょうね。貴女は知らなくていいわ。もうやめて頂戴。貴女の母君が泣いているわ」
「どうして……」
「貴女の母に頼まれたのよ。『うちの子娘が道を外れたら殴ってでも止めて頂戴』って」
「貴女……。母上と?」
「ええ。知らないでしょうけどね」
「えっ……?」
「貴女。従姉なのよ? 父方の方だけどね」
「えっ……?」
えっ。
「知らないでしょうね。貴女は最初から私が精霊に絶縁されていることを知ってたから。だから許せなかったんでしょう? 貴女より劣っているはずの私が自分より仕事できるのが。チョコは貴女の従姪なのよ。もっと大事にしなさい!」
そして追い打ちの平手打ちを頬に打ち込んでいました。
容赦ないですね。
「そ……そんなこと……」
「反省しなさい。貴女の母上もお許しになるわ」
わんわんなくエルレアを抱きしめ、キンカンは私達に謝ります。
「ごめんなさい。私は、すべてを知っていました」
「気にしていないと言ったら嘘になるが、不思議といいやな気分では、ないよ」
サツキは納得したようですね。
「一つだけいいですか?」
私は一つ聞きます。
「なんでしょう」
「もし私達が、首を突っ込まなかったらどうするおつもりでしたか?」
「その時は閣下に直接申し上げるつもりでいました」
「それで本都市行きがなくならなかったら?」
「その時はこの娘を逃がすつもりでした。どこか遠い国へ」
「そうですか」
「チョコは将来何になりたいんだい?」
サツキが、目線をチョコに合わせ聞きます。
「お母さんみたいな強い女性になりたい」
「ならまずは身体を鍛えなきゃいけないね」
いや。多分外面じゃなくて、内面の強さななのでは?
「うん!」
あっ。外面の強さだった。
チョコは女給としてこの城で働きつつ、母から合気道、この世界では合気術というそうです、を習うことでひと段落したそうです。
「これで一件落着なのかな?」
サツキが息を吐きながら私に聞いてきます。
「そうだね」
「とりあえず母というのは強いね」
「うん」
「さぁ宿屋に戻ろう。一部屋開いてしまったね」
「まぁ、いいんじゃない?」
「そうだね」
そして私達は宿屋に戻り、互いの部屋へと戻りました。
私は特にすることもなくなってしまったので、ベッドに潜りつつ、一枚の紙を取り出します。
精霊駆動式二輪車の獲得クエストの紙を眺めますが、起点のクエストだけがわかっていない状態です。こちらの情報も集めないといけませんね。そう考えていると次第に意識が飲まれていくような気がし、気が付いたら夢の世界に立っていました。
to be continued...
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