VRゲームでも身体は動かしたくない。
第4章18幕 入国<entry>
『セーラム』の前まで転移してきました。
「僕はとりあえずやることがないから外で待ってるよー」
「わかった。ラビ。いこ」
「うん!」
「ただいま!」
「ただいま」
「おう。おかえりー。用はすんだんかー?」
「一応ね。シドニー聞いておいてくれた?」
「あたりまえやろ。シドニーちゃんは、魔力のこもってる化粧品の類がほしいなぁ。あと別のしどにーちゃんは面白家具が欲しいとも言ってたで。さらに別のシドニーちゃんは」
「わかったから。リストアップは?」
「ほい」
皆の名前と欲しいものが丁寧に書かれており、とても見やすいです。
「流石! じゃぁこれ通りに買ってくるね」
「頼むでー。あぁー。大変やなぁ。『エレスティアナ』産の化粧品でまたシドニーちゃん可愛くなってしまうなぁ。つらいわー」
「そうだね」
私はそう一蹴し、今いる従業員達にしばしの別れを告げます。
「ということで、私は所属国を『ヨルダン』に変えたの。ちょくちょく顔を出すつもりだけど、しばらくはみんなの手でお店を守ってほしい」
「なんや。そんなことかい。すでにやってること輩なんも変わらんで。ほとぼり冷めるまで隠居しとき」
「チェリーが居なくなるのは少し寂しい。でもずっと会えないわけじゃないから大丈夫」
シドニーに続き、フランもそう言ってくれます。
「チェリー。調薬に使えそうなものは絶対に連絡してくださいね」
なぜかいるポテトもそう話しかけてきます。
そして急いで降りてきたハンナとカンナも少し寂しそうな顔をしながら声をかけてくれます。
「寂しい。でも私達の故郷で少し癒されてきて。そこは精霊も濃いし、きっと癒えるから」
「らっきー。さぼりほーだい。いえい」
「カンナ……」
「みんなありがとね。『セーラムツー』の方には告げないで行こうと思う」
「なんでなん?」
「向こうは向こうで、しっかりやってるはずだから。それにもともと私は向こうに全然関与してないし」
「なにいってるの? こっちもぜんぜんかかわってないじゃん。おーなー面しないほうがいいよ?」
ふぅ。カンナの罵倒はしばらく聞けないんですね。よかった。
「じゃぁ……いくね」
「チェリー。ずっと待ってますから」
そうラビが言ってくれたので扉に向かう私の足は少し軽くなりました。
「ありがとう。またね」
胸が押しつぶされそうな寂しさを飲みこみ、私は扉を開けて、外へ出ます。
店の前にいたはずのステイシーが居なくなっています。
どこに行ったんだろうと思い辺りを見回すと、一枚の紙が落ちていました。
『チェリーへ。衛兵に見つかった。転移で先に『エレスティアナ』に行ってる。追伸。チェリーも早く逃げるべし』
なるほど。たまたま巡回中の衛兵にでも見つかったんでしょうか。
「いたぞ!」
「ひっとらえろ!」
「ひゃっ!」
左右どちらからも走ってくる衛兵の声を聞き、浸ってる場合じゃないと思ったので即時転移をしようと思います。
「≪ディメンション・ゲート≫」
不発でした。
あれっ。またこのパターン?
「逃げようとしても無駄だ! さぁ我らとともに王宮に来てもらおう!」
…………。
どうしよ。
素直に王宮に連れていかれて、独房に入るか……。
逃げ出して罪を重ねておくか……。
うん。後者しかありませんよね。
私はすぅと息を吸い、あるアイテムを取り出し使います。
インベントリから取り出したはしごを『セーラム』に掛け、いそいそと登り始めます。
「逃亡は反逆とみなすぞ!」
「もう罪だらけの身なので何とも思いませんが?」
そう言いながらはしごを登り切ります。
「追えー!」
そう言って衛兵たちもはしごを登ろうとしてきます。
「バカですねー」
私はそう一言吐き捨てはしごをこつんと蹴ります。
「あっ。ちょ! まっ! あぁぁあー!」
はしごにくっついていた衛兵が間抜けな顔をしながら視界から消えていきました。
ゴッという鈍い音を聞かずに屋根伝いに正門へ向かって駆けていきます。
走りながら、メニューを操作し、スキルが使えなかった原因を探ります。そこには自国から亡命した人が一定期間戦争行為ができないという項目の中に、スパイ行為の禁止とありました。
このせいの様です。
でもおかしいですね。それなら魔法で『セーラム』の前に飛ぶことはできなかったと思うのですが。
そう思いさらに詳しく見ていくと、その答えがありました。
要約すると、亡命先の国以外で、衛兵等の国家戦力に目視、敵対されている状態だとスキルの発動ができない、ということのようです。
つまり、一定期間は『ヨルダン』以外の都市内部で自由にスキルの発動ができないみたいですね。
うん。厄介ですね。早いところ期間が終わることを祈りましょうか。
そう考えつつも衛兵の目が届かないであろう場所まで走ってきました。
私はエルマのホームを目指していたのです。
エルマの家は屋上がありますからね。そこまでたどりついてしまえば勝ちです。
屋上の扉を開け、内部に入りすぐに魔法を発動します。
「≪ディメンション・ゲート≫」
やっとの思いで、衛兵の追跡を振り切り、『精霊都市 エレスティアナ』の近くまでやってきました。
「チェリー。無事かいー?」
「まぁね。戦闘以外でこんなに激しい運動したのはいつぶりだろう」
「さぁー? よしじゃぁ早速、入国審査と行こうかー」
「そうだね」
時間は夕食時なので入国待ちの列はそれほど伸びていませんでした。
最後尾に並び推薦状を取り出し、自分のを持ちます。そして念のため、先ほど貰ったローブを羽織っておくことにしました。
「次の者」
あっステイシーの番ですね。
「次の人どうぞ」
私も呼ばれました。
「あっ。これは王族騎士の方ですね。お手数ですがこの精霊石に手を置いて≪発券≫とお願いいたします」
「≪発券≫」
「ん? 滞在の目的は何でしょうか?」
「素材集めです。期間は未定ですけど」
「素材集めですか……? 精霊石によると休暇と出ておりますが……」
休暇?
じゃぁ乗りましょう。
「すいません。言葉が足りなかったです。休暇に素材を集めるために拠点にさせていただこうかと」
「王族騎士の方が来て下さるのは心強いです。ではこちら無期限で滞在できますので、お受け取り下さい。お連れの方が3名ほ……ちょっと失礼します!」
そう言って彼は門の中へ走っていきました。
ちらりとステイシーの方を見るとそちらも同様だったようで、状況がわからないといった様子でぽーかんとしていました。
数分後精霊騎士を数名連れて先ほどの係りが戻ってきます。
「精霊騎士様からお話があるそうなので、そちらにお願いします」
いつの間にか用意されていた椅子と机があり、そこに私とステイシーは案内されます。
「率直に聞く。不正は認めん」
「いえ。不正ではありません」
「ならば証拠を見せてみろ」
「証拠?」
「私は、王族かそれに類する者の推薦状を持ってこいといったのだ。王族騎士に成りすますなど言語道断である」
「あっ。推薦状ですか?」
「無論、持っていないのは知っている」
「えっ? ありますよ?」
「はっ?」
「これですよね?」
そうして手に持っていた、『ヨルダン』国王とその娘の直筆のサインが書かれた推薦書を手渡します。
「おい。【鑑定士】を呼べ」
「はっ」
すぐに隣に控えてていた騎士に言い、使いに出しました。
「こんなものいくらでも捏造できるからな」
「と言われましても。本物なんですが」
「ありえぬ。貴殿らのような者に直々に王族が署名するなどありえぬ。まして推薦書は案内所を通して依頼するものだ。三日はかかる」
「それを知っていて明日の9時までって言ったんですか?」
「そういう指示が出たのだ」
「あっそうですか」
バタバタと走る音が聞こえ、【鑑定士】と使いに出された騎士が戻ってきました。
「はぁはぁ。私が精宮仕えの【鑑定士】です。推薦状拝見します」
そうして私達二人の推薦状をじっくりと見始めます。
数分すると【鑑定士】が顔をあげ、こちらを見てきます。
「凄いです! 王族騎士で国王様とその娘様からも直筆の推薦状を貰えるほど位の高い王族だとは思いませんでした! 継承権もお持ちなんですか? あっご無礼をお許しください」
机に頭をこすりつける勢いで頭を下げてきます。
「えっ? 王族?」
少し気になったので『王族騎士』について調べます。
メニュー画面のヘルプから調べるとその疑問が解決しました。
『王族騎士』は王直属の騎士だと思っていたのですが違いました。
『王族騎士』は王族から選ばれる騎士だそうです。
「ちょっとステイシー」
左ひじでステイシーを小突き、今見ている画面を見せます。
「なるほどー。僕の認識と違ってたー」
「だよね?」
予想外の立場を与えられていたことにより混乱はピークに達します。
混乱していたのは私達だけではなく、精霊騎士の人達も同じようでした。
震える手で剣を腹に突き立てようとしてる人もいます。
「ご無礼をお許、おゆ……お許ししししし下さいいいいいい!」
椅子をどこか遠くへ吹き飛ばし、先ほど私達を詰問していた精霊騎士が地面にクレーターができるほど頭を打ち付け、謝罪しています。
「あっ。いえ……そこまでされなくても……」
「部下の非礼を詫び、ここで自害致します! どうかお許しを!」
いや。無礼なのはあんただったよ?
「あの……顔をあげてください」
私がそう言うと、ガバッと地面から頭を抜き、こちらを泣きそうな目で見てきます。
「ふぅ……≪オーヴァー・ヒーリング≫」
装備を取り替え、回復魔法で傷を治します。
「なんと高貴な魔力! ご慈悲に最大の感謝を!」
「はい。って、そうじゃなくて。私達は入国できますか?」
「はい! もちろんです! 最高級のお宿とお食事を用意いたしますのでしばらくお時間いただけますか?」
「あっ。そういうのいらないので。私達泊まるとこ決まっていますし」
「いえ。そんな宿に王族の方を泊めさせるわけにはいきませぬ!」
「だから要らないですって。それよりも早く入国させてください。仲間が心配です」
「あっ! おい。お連れ様の監視令は解除だ! ついでに詫びの品を持っていけ!」
「は、は、は、はっはいいいい!」
先ほど【鑑定士】を呼びに行った騎士が全力で内部へと走っていきました。
「このローブにそんな意味があったなんてー。封印だねー」
「うん」
無事『精霊都市 エレスティアナ』に入国することができ、門の付近で待っていたサツキ達と合流することができました。
「一時はどうなることかと思ったね。まさかそんな手段を取ったとは恐れ入るよ」
そうサツキが宿に向かいながら話しかけてきます。
「でもなんであたしは通れたんだろう? だって本来ならまだ独房の中だよ?」
「それはわからない」
「でも、合流できて、よかった、わ。お腹、空いた」
愛猫姫がそう言っていたことで私も空腹を思い出します。
「なにか食べにいこっか」
「そう、ね」
「そう言うことならいくつかましと言われているお店を見繕ってはおいたよ。しかしね、どこの店も『エレスティアナ』の食材じゃないそうだよ」
「なんでも、いい、わ。ごはん」
「そうだね。じゃぁ一番評価の高かった店がすぐのとこにあるからいこうか」
案内するサツキについていき、お店に入りました。
to be continued...
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