VRゲームでも身体は動かしたくない。
<纏花の趣味>
僕の一日はアレルゲンの入っていない、固形の食べ物を食べることから始まります。
幼いころから、いろいろなものにアレルギー反応が出てしまい、家族や同級生と同じものは食べれませんでした。
食べたいとは思います。
ですが命の危険があると自分が認識してからはその欲求を抑えていました。
僕の家は由緒ある剣術指南の道場であり、僕もまた弟子として稽古に励んできました。
僕には兄がいるのですが、兄は学んだ剣術を実際に使ってみたいとVRゲームというものを始めたそうです。VRゲームを遊び終えた兄の表情はどこか満足気であり、少し気になりました。
僕はそれが気になってしまったので、兄がいない隙を見計らい、遊んでみました。
現実の自分と同じように、いや、さらに洗礼された動きができるVRゲームは素直に楽しかったです。
しかし身体を動かしてモンスターを討伐するのにも飽きてきて、兄ももうすぐ帰ってくる時間だし、ログアウトしようかなと考えているとふと思うことがありました。
触覚や嗅覚、視覚までもがほぼ完全に再現されているこの世界でなら、現実で食べれない物でももしかしたら口にできるかもしれない、そう思いました。
試しにそこらを歩いていたモンスターを討伐し、ドロップ品の確認をします。
牛のようなモンスターだったのでもしかしてと思い、くまなく見ていくと、ありました。
牛乳です。
現実世界ではアレルギーが出るために飲むことができませんでした。
深呼吸をし、心拍を整え瓶に口を付け飲み始めます。
腰に手を当て、ゴクゴクと音を立てながら飲み干しました。
なるほど。これが牛乳なんですね。
物心ついてから初めて味わった牛乳の味に感動しつつ、ログアウトします。
すでに兄は帰って来ていたようで、共同の部屋の机に向かって何かを一心不乱にメモしていました。
僕は自然ととほころぶ顔を普段のポーカーフェイスで覆い、帰ってきた兄に話しかけます。
「兄さん。VRってすごいね」
「ん? あぁ。すごいだろ?」
「牛乳の味が確かめられたよ」
「それはよかった。纏はアレルギー多いもんな。って俺も人のこと言えないけど」
兄も僕と同じでアレルギーが多く、辛い思いをしてきたそうです。
そう言った事情もあり、世間一般の兄弟に比べて僕たちはかなり仲が良い部類になると思います。
「実はな、みてくれ」
ジャーンと効果音が出そうなほど芝居がかった仕草で兄は箱を机の下から引っ張り出しました。
「もう一個端末買ってきたんだ! 一緒にVRで旅しようぜ!」
「いいね」
それから毎日稽古が終わり、食事とは呼べない、ただ身体に栄養を補給するだけの作業を終えた後、僕と兄はVRゲームにログインするようになりました。
「今日はどこ行く?」
「兄さんは何か食べたいものある?」
「魚かな。食ったら死ぬらしくて食った記憶ないし」
「僕もだ」
「じゃぁとりあえず港っぽい所で魚でも買う?」
「せっかくだから倒しに行こうよ」
「そうするか」
僕も、兄も始めたはかりで、レベルはさほど高くありませんが、VRゲームというのは現実で積み重ねた技術がそのまま扱えるので、気が楽になります。
PCを用いて遊ぶゲームもほどほどにやってはいましたが、あちらには限界がありましたから。
「初期装備で大丈夫かな?」
「ショートソードじゃ心もとないよなー。あっそうだ。ドロップ品整理して金作って刀を買うか」
「そうしよう」
お互いのドロップの内、食べれないものをかたっぱしから処分し、そのお金を持って武器屋にやってきました。
「か~~たな~~、か~~たな~~」
謎のリズムに乗せ刀とつぶやく兄と、刀が置いてある場所で食い入るように見ます。
「どれも高いね」
「だなー。安いやつでも買えて1本かー」
「お客さん刀をお探しかい?」
店主らしき人物が話かけてきます。
「ええ。刀が得意なので」
そう僕が返事をし、兄は刀の物色を続けます。
「こんな話がありますぜ。ここから北に1kmほど行った洞窟の先で、二刀を扱う、高レベルモンスターがいるらしいぜ。見たところお前たち始めたばっかだが腕が立つクチだろ?」
「どうしてそう思ったんですか?」
「まずは立ち方だな。普通VRゲーム始めたばっかりの奴はそんな綺麗に姿勢が維持できねえ。現実で何かしらの武道を修めているとみるべきだ」
「素晴らしいです。まさにその通りですよ」
「ありがとよ。立地上、ニュービーが結構来るんでな、見分けはある程度つくんだ。それに……お前の連れさんが見てるのは無銘の名刀ばかりだった。普通、銘有りの刀に食いつくもんだぜ?」
「なるほど」
「よし決めた! お前らここで好きな武器を選べ! くれてやる」
「いいんですか?」
「かまわん。だが条件がひとつある」
「何でしょうか」
「二刀を扱うモンスターとやらを倒せ。それだけだ」
「わかりました」
兄が見繕った2本の刀のうち長い方の刀を受け取り装備しました。
「ではいってきます」
「おう気を付けて行って来いよ」
武器屋の主人に送り出され、そのモンスターが住まうという場所へ向かいます。
「いいおっちゃんだったな」
「そうだね。あそこじゃないかな?」
店を出て少し行ったところから山が見え、その中間くらいにぽっかりと黒い穴が開いているのが見えました。
「そうっぽいな」
認識を共有し、兄は腰につけた刀をスッとひと撫でします。
「これがおわったら銘をつけてやるからな」
洞窟までたどり着いた僕たちは、松明に火をつけ、士元を照らしながら進みます。
それほど進まずとも声が聞こえてきました。
『去レ。此処ヲ去レ』
「そうは行かないんだ。お前を倒すって約束しちゃったからな」
『我ニ挑ムノカ?』
「そうなります」
『我ガ二振リノ贄ト成ソウ』
二刀を抜刀状態で構え、こちらに滑るように移動してきました。
〔復活せし剣豪 MUSASHI〕という名のようですね。
まんま宮本武蔵みたいですね。
長刀を上段から僕に向かって振ってきます。
キンと金属と金属がぶつかる音と、火花が散り、受け止めます。
その瞬間もう一刀が僕の足に向かって振られます。
トンっとジャンプし躱し、そのついでに蹴りを食らわせます。
『骨ノアル奴ダ』
そう再び僕へ向かって移動してきます。
『ヌ?』
移動をやめたMUSASHIが左手の刀を頭上に掲げ、兄の攻撃を防ぎました。
「やるなぁ」
こちらに戻って来て兄がそういました。
「纏。俺が刀を抑えるからお前が斬ってやってくれ」
腰に差してあった鞘を抜き、それを左手に持ちます。
僕らが修めている流派は二天一流。奇しくもこの亡霊剣豪が用いるものと同じでした。
「二天一流、野田繕。いざ」
「二天一流、野田纏。参ります」
『……我ト同門カ。後世ニ継ガレル剣術ト成ッタカ』
それからの戦いは苛烈を極めました。
同じ流派ですが、僕らの二天一流は野田家が継いできたもので、亡霊剣豪が使っているのは山東家のように感じました。
制作者側が山東家の流派で取材したんですかね。
現実ではなく、ゲームなので不可解な動きもしてきましたし苦戦しました。
『見事ナリ。思イ残ス事ハ、モウ無イ』
「流石の剣技でした。どんな鍛錬よりも、身になりました」
『我ガ刀ヲ受ケ取ッテハ貰エヌカ?』
そう言い、僕たちの前に刀を置きます。
『同ジ流派ダッタノナラワカルダロウ』
そう呟き、頭を垂れます。
「っ……」
「俺がやる」
兄がMUSASHIの置いた刀の内長い方を手に取り、首元に刃を当てます。
『サラバダ』
そう言ったMUSASHIの首を斬り落としました。
残ったもう一本の刀、金重を受け取り、深く、深くお辞儀をしました。
それは兄も同様だったようで、数分して顔をあげるとお辞儀をしている兄を見ることができました。
「どんな訓練も、この一戦に劣るな」
「そうだね」
「……帰ろう」
「うん」
武器屋へと戻って来て、討伐の証明に刀を見せます。
「ほんとに倒せるとはな……俺の目は間違ってなかったようだ」
「この刀のおかげです。この刀の前にはどんな名刀も名刀にあらず」
そう刀を撫でると、店主が言います。
「銘を付けてやってくれないか?」
「はい」
僕は刀に自分のキャラクターネームと同じ【纏花 】と銘を打ちました。
兄もキャラクターネーム【繕月】を付けていました。
では本題の魚探しでも行きましょうか。
二刀を携え、少しの自信を積み重ね、今日も現実で食べられない食物に舌鼓を打ちます。
<纏花の趣味完>
幼いころから、いろいろなものにアレルギー反応が出てしまい、家族や同級生と同じものは食べれませんでした。
食べたいとは思います。
ですが命の危険があると自分が認識してからはその欲求を抑えていました。
僕の家は由緒ある剣術指南の道場であり、僕もまた弟子として稽古に励んできました。
僕には兄がいるのですが、兄は学んだ剣術を実際に使ってみたいとVRゲームというものを始めたそうです。VRゲームを遊び終えた兄の表情はどこか満足気であり、少し気になりました。
僕はそれが気になってしまったので、兄がいない隙を見計らい、遊んでみました。
現実の自分と同じように、いや、さらに洗礼された動きができるVRゲームは素直に楽しかったです。
しかし身体を動かしてモンスターを討伐するのにも飽きてきて、兄ももうすぐ帰ってくる時間だし、ログアウトしようかなと考えているとふと思うことがありました。
触覚や嗅覚、視覚までもがほぼ完全に再現されているこの世界でなら、現実で食べれない物でももしかしたら口にできるかもしれない、そう思いました。
試しにそこらを歩いていたモンスターを討伐し、ドロップ品の確認をします。
牛のようなモンスターだったのでもしかしてと思い、くまなく見ていくと、ありました。
牛乳です。
現実世界ではアレルギーが出るために飲むことができませんでした。
深呼吸をし、心拍を整え瓶に口を付け飲み始めます。
腰に手を当て、ゴクゴクと音を立てながら飲み干しました。
なるほど。これが牛乳なんですね。
物心ついてから初めて味わった牛乳の味に感動しつつ、ログアウトします。
すでに兄は帰って来ていたようで、共同の部屋の机に向かって何かを一心不乱にメモしていました。
僕は自然ととほころぶ顔を普段のポーカーフェイスで覆い、帰ってきた兄に話しかけます。
「兄さん。VRってすごいね」
「ん? あぁ。すごいだろ?」
「牛乳の味が確かめられたよ」
「それはよかった。纏はアレルギー多いもんな。って俺も人のこと言えないけど」
兄も僕と同じでアレルギーが多く、辛い思いをしてきたそうです。
そう言った事情もあり、世間一般の兄弟に比べて僕たちはかなり仲が良い部類になると思います。
「実はな、みてくれ」
ジャーンと効果音が出そうなほど芝居がかった仕草で兄は箱を机の下から引っ張り出しました。
「もう一個端末買ってきたんだ! 一緒にVRで旅しようぜ!」
「いいね」
それから毎日稽古が終わり、食事とは呼べない、ただ身体に栄養を補給するだけの作業を終えた後、僕と兄はVRゲームにログインするようになりました。
「今日はどこ行く?」
「兄さんは何か食べたいものある?」
「魚かな。食ったら死ぬらしくて食った記憶ないし」
「僕もだ」
「じゃぁとりあえず港っぽい所で魚でも買う?」
「せっかくだから倒しに行こうよ」
「そうするか」
僕も、兄も始めたはかりで、レベルはさほど高くありませんが、VRゲームというのは現実で積み重ねた技術がそのまま扱えるので、気が楽になります。
PCを用いて遊ぶゲームもほどほどにやってはいましたが、あちらには限界がありましたから。
「初期装備で大丈夫かな?」
「ショートソードじゃ心もとないよなー。あっそうだ。ドロップ品整理して金作って刀を買うか」
「そうしよう」
お互いのドロップの内、食べれないものをかたっぱしから処分し、そのお金を持って武器屋にやってきました。
「か~~たな~~、か~~たな~~」
謎のリズムに乗せ刀とつぶやく兄と、刀が置いてある場所で食い入るように見ます。
「どれも高いね」
「だなー。安いやつでも買えて1本かー」
「お客さん刀をお探しかい?」
店主らしき人物が話かけてきます。
「ええ。刀が得意なので」
そう僕が返事をし、兄は刀の物色を続けます。
「こんな話がありますぜ。ここから北に1kmほど行った洞窟の先で、二刀を扱う、高レベルモンスターがいるらしいぜ。見たところお前たち始めたばっかだが腕が立つクチだろ?」
「どうしてそう思ったんですか?」
「まずは立ち方だな。普通VRゲーム始めたばっかりの奴はそんな綺麗に姿勢が維持できねえ。現実で何かしらの武道を修めているとみるべきだ」
「素晴らしいです。まさにその通りですよ」
「ありがとよ。立地上、ニュービーが結構来るんでな、見分けはある程度つくんだ。それに……お前の連れさんが見てるのは無銘の名刀ばかりだった。普通、銘有りの刀に食いつくもんだぜ?」
「なるほど」
「よし決めた! お前らここで好きな武器を選べ! くれてやる」
「いいんですか?」
「かまわん。だが条件がひとつある」
「何でしょうか」
「二刀を扱うモンスターとやらを倒せ。それだけだ」
「わかりました」
兄が見繕った2本の刀のうち長い方の刀を受け取り装備しました。
「ではいってきます」
「おう気を付けて行って来いよ」
武器屋の主人に送り出され、そのモンスターが住まうという場所へ向かいます。
「いいおっちゃんだったな」
「そうだね。あそこじゃないかな?」
店を出て少し行ったところから山が見え、その中間くらいにぽっかりと黒い穴が開いているのが見えました。
「そうっぽいな」
認識を共有し、兄は腰につけた刀をスッとひと撫でします。
「これがおわったら銘をつけてやるからな」
洞窟までたどり着いた僕たちは、松明に火をつけ、士元を照らしながら進みます。
それほど進まずとも声が聞こえてきました。
『去レ。此処ヲ去レ』
「そうは行かないんだ。お前を倒すって約束しちゃったからな」
『我ニ挑ムノカ?』
「そうなります」
『我ガ二振リノ贄ト成ソウ』
二刀を抜刀状態で構え、こちらに滑るように移動してきました。
〔復活せし剣豪 MUSASHI〕という名のようですね。
まんま宮本武蔵みたいですね。
長刀を上段から僕に向かって振ってきます。
キンと金属と金属がぶつかる音と、火花が散り、受け止めます。
その瞬間もう一刀が僕の足に向かって振られます。
トンっとジャンプし躱し、そのついでに蹴りを食らわせます。
『骨ノアル奴ダ』
そう再び僕へ向かって移動してきます。
『ヌ?』
移動をやめたMUSASHIが左手の刀を頭上に掲げ、兄の攻撃を防ぎました。
「やるなぁ」
こちらに戻って来て兄がそういました。
「纏。俺が刀を抑えるからお前が斬ってやってくれ」
腰に差してあった鞘を抜き、それを左手に持ちます。
僕らが修めている流派は二天一流。奇しくもこの亡霊剣豪が用いるものと同じでした。
「二天一流、野田繕。いざ」
「二天一流、野田纏。参ります」
『……我ト同門カ。後世ニ継ガレル剣術ト成ッタカ』
それからの戦いは苛烈を極めました。
同じ流派ですが、僕らの二天一流は野田家が継いできたもので、亡霊剣豪が使っているのは山東家のように感じました。
制作者側が山東家の流派で取材したんですかね。
現実ではなく、ゲームなので不可解な動きもしてきましたし苦戦しました。
『見事ナリ。思イ残ス事ハ、モウ無イ』
「流石の剣技でした。どんな鍛錬よりも、身になりました」
『我ガ刀ヲ受ケ取ッテハ貰エヌカ?』
そう言い、僕たちの前に刀を置きます。
『同ジ流派ダッタノナラワカルダロウ』
そう呟き、頭を垂れます。
「っ……」
「俺がやる」
兄がMUSASHIの置いた刀の内長い方を手に取り、首元に刃を当てます。
『サラバダ』
そう言ったMUSASHIの首を斬り落としました。
残ったもう一本の刀、金重を受け取り、深く、深くお辞儀をしました。
それは兄も同様だったようで、数分して顔をあげるとお辞儀をしている兄を見ることができました。
「どんな訓練も、この一戦に劣るな」
「そうだね」
「……帰ろう」
「うん」
武器屋へと戻って来て、討伐の証明に刀を見せます。
「ほんとに倒せるとはな……俺の目は間違ってなかったようだ」
「この刀のおかげです。この刀の前にはどんな名刀も名刀にあらず」
そう刀を撫でると、店主が言います。
「銘を付けてやってくれないか?」
「はい」
僕は刀に自分のキャラクターネームと同じ【纏花 】と銘を打ちました。
兄もキャラクターネーム【繕月】を付けていました。
では本題の魚探しでも行きましょうか。
二刀を携え、少しの自信を積み重ね、今日も現実で食べられない食物に舌鼓を打ちます。
<纏花の趣味完>
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