婚約破棄された男爵令嬢〜盤上のラブゲーム
2章 貴婦人
四角く切り取られた窓の外から燦々と容赦ない陽光が差し込みます。小鳥たちも朝の準備運動でもしているのか、可愛らしい声で鳴いて騒がしいです。
私はゆっくりと上体を起こし伸びをしてから立ち上がると、頭がぼんやりとしている事に気付きました。
あれから、お日様が昇り始めてから今まで、つまりは二時間ほどは眠れたでしょうか? 寝不足気味ですね。今日は大変な一日になりそうです。
先が思いやられつつ身支度を済ませていると、部屋のドアがノックされました。
昨日の、アンナのノックとはまるで違ってリズムよくメリハリの効いたノックでした。
「ーーーーはい」
「おはようございます、ローレライお嬢様。支度はお済みですか?」
「ええ、済みました。どうぞ」
「失礼します」
その言葉の後にゆっくりと私の部屋のドアが開きます。
「おはようございます。お嬢様」
綺麗なお辞儀姿でそう言ったのは、私が産まれる前からここで働いてくれているメイド長のマイヤーさん。
マイヤーさんはお父様よりも少し年齢が上の筈ですが、いつも若々しく凛としていて同じ女性としての立場から見ても格好の良い女性です。
そんなマイヤーさんの肩に掛かる艶やかな亜麻色のストレートヘアーが朝日を受けキラリと輝きます。
同じ髪色なのに私のロングヘアーとは大違いです。私が自身の髪質に内心落ち込んでいると、
「お嬢様。昨晩の事ですが……もしかしてアンナがこちらに来ましたか?」
真剣な表情で聞いてくるマイヤーさんに気圧され私は一瞬、嘘をつこうかと思ったのですがここは正直に答える事にしました。
「はい。来ました」
「それで、あの子は何を?」
「…………」
どこまで話したらいいものかと考え、ざっくりとアンナとの会話の内容を伝える事にしました。
「そうですね……。いつも失敗ばかりでごめんなさいとか、お仕事もっと頑張りますとか、これからもよろしくお願いしますとか……そんな事ですかね」
私の言葉を聞いたマイヤーさんは、それまでの真剣な表情を一気に解いてにこやかに笑いながら言いました。
「そうですか……良かった。あの子、根が真面目だからドジばかりする自分に嫌気がさして結構悩んでいるみたいだったんです。そのうちバカな事をするんじゃないかって私も気が気じゃなかったので……本当に良かった……」
安心した様子で自身の心境を語るマイヤーさん。やはりメイド長として見習いメイドの事をずっと心配していたんですね。良かった。
「ーーーーそれとお嬢様」
にこやかな表情から一変し、またも硬い表情となったマイヤーさんは真っ直ぐに私の目を見ながら、
「昨晩のご夕食の際は大変失礼致しました。そして更に、お気遣いくださりありがとうございます」
マイヤーさんはまたも綺麗な姿勢でお辞儀してそう言いました。垂れた亜麻色の髪が更に輝きを増したように見えます。
「いえ、あれは……」
言いかけて、マイヤーさんの眼差しを受け言葉に詰まります。
マイヤーさんには何を言っても無駄ですね。きっと。
なので、
「ーーーーはい」
と、うつむいて小さく口にする事にしました。
「今後あのような事が決して無いようアンナは私が責任を持って教育致します。ですからお嬢様もあの子の成長する姿をぜひ温かい目で見守ってあげてくださいませんか?」
「はい、もちろん。アンナは私の大切な友人ですから」
「ありがとうございます。お嬢様」
にこりと笑うマイヤーさんは両手を胸の前で軽く叩くと話題をいつものそれに変更しました。
「お嬢様。朝食の準備が整いました」
「今日のメニューは何でしょうか?」
マイヤーさんは少し間を取ってから、
「お嬢様の大好きな、ポーチドエッグですよ」
「ーーーーす、すぐに行きます!」
ポーンドット家の一日が始まります。
「おお、おはよう。ローレライ」
朝食をとるためダイニングルームに向かっていると少し手前の通路で、私と同じく朝食をとるためダイニングルームへと向かっていたお父様と鉢合わせました。
「おはようございます、お父様」
私はつい伏せがちになる視線をどうにか持ち上げ、お父様の表情を伺ってみると昨日のような感情を高ぶらせた様子は一切感じず、代わりにいつもよりもひどく疲れたようなご様子でした。
昨日は様々な事があって心身ともに疲れ果てていたでしょうに、恐らく昨日も深夜まで仕事に追われていたのでしょう。体調を崩さなければいいのですが……。
「昨日はよく眠れたか?」
寝起きの潰れたような声のお父様が聞いてきます。
私はこれ以上の心配を掛けたくない一心から、
「はい」
と、答えました。
お父様は声の調子を整えるように咳払いをひとつした後、
「そうか」
と、短く返事をしその後は共に無言のままダイニングへと向かいました。
いつものようにお父様と向かい合ってテーブルにつくと、すぐに朝食の準備が進められていきます。
そこには当然ですがアンナの姿もあって、私の視線に気付いたアンナは一瞬、子供のような照れ笑いを浮かべました。
本当にもう……可愛いんだから。そんな愛らしいアンナのはにかんだ顔を見るとそう思わざるを得ません。
アンナはすぐに私から視線を外すと真剣な表情へととって変わり、食事の支度をそつなくこなしていきます。
私はグラスに注がれたよく冷えたお水を一口くちにすると、乾いていた身体が潤っていくのを感じました。今日の私は自分でも気付かないくらい身体が乾ききっていたようです。
グラスのお水を飲み終えると、どうやらお目当ての物がテーブルの上に登場したようです。
アンナの手で運ばれてきたお皿の中央には軽く焼き目が付けられたパンが二段重なり合っていて、そこからはなんとも言えない小麦の香ばしい香りが立ち込めています。そんな香ばしいパンの上には、上等な絹糸でつくられたドレスを身に纏った高貴な貴婦人が優雅に佇んでいます。
私の大好物、ポーチドエッグ婦人のご登場ですね。
また、お皿の外周部分には彩り豊かなお野菜達が中央のメインヒロインに華を添えるように配置されています。
私は少しも我慢が出来ずにすぐにメインヒロインへと手を伸ばします。
右手のシルバーに輝くナイフが絹のドレスの表面を優しく撫でるとたちまち鮮やかな濃厚ソースが溢れ出し、パンの焦げ目を優しく包み込みながらどんどんと尾をひいていき、ついにはお皿の上にまで到達しました。
淑やかな純潔の象徴たる絹のドレスを脱ぎ去り、豪奢で華やかなパーティードレスを身に纏う貴婦人は今から舞踏会に出席でもするようにお皿の上でより一層の輝きを放っています。
すっかりお色直しを終えた貴婦人と、それらを取り巻く全てのものを隅々までじっくりと見終えた私はすでに満足していました。
だって、大好物のポーチドエッグの楽しみの半分は今のお色直しなのだから。
普段は淑やかで控えめな女性がとある事がきっかけで大変身を遂げて、誰もが羨む美貌を手に入れ注目の的になる。そして素敵な王子様と幸せになる。
女の子なら誰でも一度は夢見る事です。
そんなの当たり前です。
楽しみはまだまだ終わりません。みんなの憧れ、大変身を遂げた貴婦人を次はいよいよ実食です。
せっかく大変身を遂げた貴婦人を食べてしまうのは自分で勝手に考えた想像上の事とは言え正直、感慨深いものがあります。
ですが、貴婦人の具体的なイメージは当然、私自身なので私が私を食べるのならそこまでの抵抗はありません。
それに、私が実際に大変身するなんて事は絶対にないですし。
様々な思いが駆け巡る中、私は左手のフォークでパンを捉えます。
私はゆっくりと上体を起こし伸びをしてから立ち上がると、頭がぼんやりとしている事に気付きました。
あれから、お日様が昇り始めてから今まで、つまりは二時間ほどは眠れたでしょうか? 寝不足気味ですね。今日は大変な一日になりそうです。
先が思いやられつつ身支度を済ませていると、部屋のドアがノックされました。
昨日の、アンナのノックとはまるで違ってリズムよくメリハリの効いたノックでした。
「ーーーーはい」
「おはようございます、ローレライお嬢様。支度はお済みですか?」
「ええ、済みました。どうぞ」
「失礼します」
その言葉の後にゆっくりと私の部屋のドアが開きます。
「おはようございます。お嬢様」
綺麗なお辞儀姿でそう言ったのは、私が産まれる前からここで働いてくれているメイド長のマイヤーさん。
マイヤーさんはお父様よりも少し年齢が上の筈ですが、いつも若々しく凛としていて同じ女性としての立場から見ても格好の良い女性です。
そんなマイヤーさんの肩に掛かる艶やかな亜麻色のストレートヘアーが朝日を受けキラリと輝きます。
同じ髪色なのに私のロングヘアーとは大違いです。私が自身の髪質に内心落ち込んでいると、
「お嬢様。昨晩の事ですが……もしかしてアンナがこちらに来ましたか?」
真剣な表情で聞いてくるマイヤーさんに気圧され私は一瞬、嘘をつこうかと思ったのですがここは正直に答える事にしました。
「はい。来ました」
「それで、あの子は何を?」
「…………」
どこまで話したらいいものかと考え、ざっくりとアンナとの会話の内容を伝える事にしました。
「そうですね……。いつも失敗ばかりでごめんなさいとか、お仕事もっと頑張りますとか、これからもよろしくお願いしますとか……そんな事ですかね」
私の言葉を聞いたマイヤーさんは、それまでの真剣な表情を一気に解いてにこやかに笑いながら言いました。
「そうですか……良かった。あの子、根が真面目だからドジばかりする自分に嫌気がさして結構悩んでいるみたいだったんです。そのうちバカな事をするんじゃないかって私も気が気じゃなかったので……本当に良かった……」
安心した様子で自身の心境を語るマイヤーさん。やはりメイド長として見習いメイドの事をずっと心配していたんですね。良かった。
「ーーーーそれとお嬢様」
にこやかな表情から一変し、またも硬い表情となったマイヤーさんは真っ直ぐに私の目を見ながら、
「昨晩のご夕食の際は大変失礼致しました。そして更に、お気遣いくださりありがとうございます」
マイヤーさんはまたも綺麗な姿勢でお辞儀してそう言いました。垂れた亜麻色の髪が更に輝きを増したように見えます。
「いえ、あれは……」
言いかけて、マイヤーさんの眼差しを受け言葉に詰まります。
マイヤーさんには何を言っても無駄ですね。きっと。
なので、
「ーーーーはい」
と、うつむいて小さく口にする事にしました。
「今後あのような事が決して無いようアンナは私が責任を持って教育致します。ですからお嬢様もあの子の成長する姿をぜひ温かい目で見守ってあげてくださいませんか?」
「はい、もちろん。アンナは私の大切な友人ですから」
「ありがとうございます。お嬢様」
にこりと笑うマイヤーさんは両手を胸の前で軽く叩くと話題をいつものそれに変更しました。
「お嬢様。朝食の準備が整いました」
「今日のメニューは何でしょうか?」
マイヤーさんは少し間を取ってから、
「お嬢様の大好きな、ポーチドエッグですよ」
「ーーーーす、すぐに行きます!」
ポーンドット家の一日が始まります。
「おお、おはよう。ローレライ」
朝食をとるためダイニングルームに向かっていると少し手前の通路で、私と同じく朝食をとるためダイニングルームへと向かっていたお父様と鉢合わせました。
「おはようございます、お父様」
私はつい伏せがちになる視線をどうにか持ち上げ、お父様の表情を伺ってみると昨日のような感情を高ぶらせた様子は一切感じず、代わりにいつもよりもひどく疲れたようなご様子でした。
昨日は様々な事があって心身ともに疲れ果てていたでしょうに、恐らく昨日も深夜まで仕事に追われていたのでしょう。体調を崩さなければいいのですが……。
「昨日はよく眠れたか?」
寝起きの潰れたような声のお父様が聞いてきます。
私はこれ以上の心配を掛けたくない一心から、
「はい」
と、答えました。
お父様は声の調子を整えるように咳払いをひとつした後、
「そうか」
と、短く返事をしその後は共に無言のままダイニングへと向かいました。
いつものようにお父様と向かい合ってテーブルにつくと、すぐに朝食の準備が進められていきます。
そこには当然ですがアンナの姿もあって、私の視線に気付いたアンナは一瞬、子供のような照れ笑いを浮かべました。
本当にもう……可愛いんだから。そんな愛らしいアンナのはにかんだ顔を見るとそう思わざるを得ません。
アンナはすぐに私から視線を外すと真剣な表情へととって変わり、食事の支度をそつなくこなしていきます。
私はグラスに注がれたよく冷えたお水を一口くちにすると、乾いていた身体が潤っていくのを感じました。今日の私は自分でも気付かないくらい身体が乾ききっていたようです。
グラスのお水を飲み終えると、どうやらお目当ての物がテーブルの上に登場したようです。
アンナの手で運ばれてきたお皿の中央には軽く焼き目が付けられたパンが二段重なり合っていて、そこからはなんとも言えない小麦の香ばしい香りが立ち込めています。そんな香ばしいパンの上には、上等な絹糸でつくられたドレスを身に纏った高貴な貴婦人が優雅に佇んでいます。
私の大好物、ポーチドエッグ婦人のご登場ですね。
また、お皿の外周部分には彩り豊かなお野菜達が中央のメインヒロインに華を添えるように配置されています。
私は少しも我慢が出来ずにすぐにメインヒロインへと手を伸ばします。
右手のシルバーに輝くナイフが絹のドレスの表面を優しく撫でるとたちまち鮮やかな濃厚ソースが溢れ出し、パンの焦げ目を優しく包み込みながらどんどんと尾をひいていき、ついにはお皿の上にまで到達しました。
淑やかな純潔の象徴たる絹のドレスを脱ぎ去り、豪奢で華やかなパーティードレスを身に纏う貴婦人は今から舞踏会に出席でもするようにお皿の上でより一層の輝きを放っています。
すっかりお色直しを終えた貴婦人と、それらを取り巻く全てのものを隅々までじっくりと見終えた私はすでに満足していました。
だって、大好物のポーチドエッグの楽しみの半分は今のお色直しなのだから。
普段は淑やかで控えめな女性がとある事がきっかけで大変身を遂げて、誰もが羨む美貌を手に入れ注目の的になる。そして素敵な王子様と幸せになる。
女の子なら誰でも一度は夢見る事です。
そんなの当たり前です。
楽しみはまだまだ終わりません。みんなの憧れ、大変身を遂げた貴婦人を次はいよいよ実食です。
せっかく大変身を遂げた貴婦人を食べてしまうのは自分で勝手に考えた想像上の事とは言え正直、感慨深いものがあります。
ですが、貴婦人の具体的なイメージは当然、私自身なので私が私を食べるのならそこまでの抵抗はありません。
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