猫耳無双 〜猫耳に転生した俺は異世界で無双する〜

ぽっち。

第8話 村を発つ準備











人が住む世界から少し離れた次元にある空間。
そこは神界と呼ばれ、世界の管理者が住む世界。
そんな世界の中心に位置する場所には煌びやかに輝く美しい神殿がある。


「はぁ・・・・。」


神殿の中にある中庭、一口飲めば全ての傷を癒すと言われる神の水が溢れでる噴水の近くで1人の美しい女性が座っている。
表情はどんよりと暗く、彼女の頭に生えている猫耳も表情に比例して垂れ下がっている。


『なんて顔をしてるんだい。疲れてるのかい?』


少し呑気な声が聴こえ、その方向に彼女は顔を向ける。


「・・・・ケットか?お主、顕現化されたんじゃないのか?」


そこにはぷかぷかと浮かぶ、灰色の猫がいた。
彼女の恩人でもある、猫宮和人もといい、クロ・マクレーンの契約精霊であり、彼女が気を許せる少ない友人の1人でもある。


『ボクは自由だからね。フレイヤの様子が気になってちょっと戻ってきてみたんだ。』


「・・・・そうなのか。彼は元気にしておったか?」


『残念なことがあったけど、相変わらずだよ。』


「・・・・残念なこと?」


『そうだね。時間はまだあるし、軽くお話ししようか。』


ケットはそう言うと、フレイヤの膝に乗る。
そして、クロが経験した人族のやったことをゆっくりと話す。
ケットが話し終わるとフレイヤと呼ばれた彼女は悲しい顔をする。




「そう・・・・なのか。彼には悪いことをした・・・・2度も、親と離れ離れにしてしまうとは・・・・。」


『あぁ。だけど、安心してくれ。クロは強い。持ち直しつつあるよ。それに・・・・今回の件は多分、アイツが余計なことを言ったんだろう。』


フレイヤは恩人であるクロに対しての申し訳なさで苦しくなる。


『ラッシュのヤツ、流石にやり過ぎさ。これ以上は主神様に見つかるんじゃないかい?』


そう言うとケットは神殿の方に目を向ける。


「・・・・それはないな。彼奴が何を考えておるかは知らぬが、隠すのが上手いヤツだ。」


『とにかく、キミはちょっとは休みなよ。あっちの神様に頼んで旅行に行ってから仕事ばかりだろ?殺されていく眷族を想って仕事するのはいいんだが、これでキミが倒れたら元も子もないよ。』


「10年くらい短い方さ。私もそろそろ仕事に戻る。お主も彼の元へ帰ったほうがいい。」


『・・・・とにかくこっちはボクとクロでなんとかするから。キミは休める時に休みなよ、フレイヤ。』


ケットはそう言い残し、シュンっとその場から姿を消した。
フレイヤも仕事に戻るため、立ち上がり神殿の方へ歩き始める。


























ケットは神界から帰り、契約者であるクロとその幼馴染のティナが寝ている部屋に入る。
猫の姿のままのケットは床で寝ているクロの額に自身の額を付け、勝手に魔力を奪う。
少し苦しそうな表情をするクロ。
ボンってと白い煙を出し、人型になる。
魔力を奪われたにも関わらずグースカ寝るクロを見ながらケットは呟く。


「・・・・そもそも人化の魔法を使ったのに3割しか魔力が減らないってのはおかしいんだけどね。」


精霊を人化させるには常人の魔力を全て注いでできると言ってもいい。
だが、クロは全体魔力量の3割ほどしか使わずできる。
つまり、クロの魔力総量は一般人の3倍はあると言える。
しかも、止まることを知らず今もなお成長し続けている。


「(・・・・それにしてもマヌケな顔だねぇ。)」


クロはヨダレを垂らしながら「ぐへへ・・・・猫耳・・・・もふもふ・・・・」と気持ち悪くニヤニヤしている。
この表情を見たケットはベットで可愛らしく寝息を立てる最近とても仲のいいティナの貞操の危機を感じるのであった。
1時間ほど経った頃、バッと起き上がるクロ。


「・・・・なんだ、夢か。」


「おはよう、クロ。いい夢でも見れたかい?」


クロは背筋を伸ばし、大きな欠伸をする。


「ふぁー。・・・・あぁ、ありとあらゆる猫耳をモフモフする幸せな夢だった。」


クロはぼーっとケットの猫耳を見つめる。


「・・・・なんだよ?」


「ケットは猫族ではなく、精霊だよな?ってことは猫耳をモフモフするのは問題無いのか?できればさせてほしい。」


「相変わらずの変態だね。本当にやったら本気で軽蔑するよ。」


ここ1番の冷めた視線でクロを睨むケット。
ケットはまだクロが猫宮和人だった頃に朝から晩までずっとモフモフされた記憶をフラッシュバックしていた。
人化した状態では感覚もかなり鋭くなっており、あのクロの魔手をこの状態で受けたら自分でもどうなるかわからなかった。


「(そういえばあの時ですら気持ちが良過ぎて、かなりヤバかった・・・・って何思い出してるんだ、ボクは。)」


あれはあれでかなり恥ずかしい記憶なのでケットは再び記憶を脳の奥にしまい込む。
そうこうしているうちにティナも目を覚ます。
クロはティナに身支度をするように言いながらバンダナを巻く。


「さて、今日の予定はどうするんだい?」


「まず、昨日の商人の家に向かって残りの金額を貰う。」


「そういえば昨晩言ってたね。」


ケットは昨晩、あれだけ稼いできたクロが言った言葉を覚えている。


『あ、言っとくがこれの100倍近い金が手に入る予定だ。』


唖然とし、開いた口が塞がらなかった。
1時間ほどで80年は遊んで暮らせる金額を稼いだのだ。
あれこれ話し合っているとティナがまだ少し眠そうな顔で身支度を済ませてきた。


「じゃあ、お金を受け取ったらこの村ともバイバイかい?」


「いや、この村ではやることがまだある。」


「え?まだあるの?」


やっと目が冴えてきたティナも話に混ざってくる。


「あぁ・・・・。冒険者登録するぞ。」


















冒険者は人族のみがやっている職業の一種だ。
様々な市民の依頼を冒険者組合が受け取り、冒険者登録した人に斡旋する。
仕事の内容は町の清掃から、魔物討伐まで様々な依頼がある。
生命の危険もある仕事でもある。
3人は宿屋を引き払い、先日荒稼ぎした商人ムースンの屋敷に向かって歩いている。


「なんで冒険者登録なんだい?もうお金には困ってないだろ?」


ケットは疑問をクロにぶつける。


「1番の理由は身分証が欲しいからかな。昨日調べたところ俺たちが欲しい回復薬はこの村には売ってないらしい。」


「そうなの??」


「あぁ。大きな街に行けばあるらしいが・・・・流石に何度も壁を壊して入っていく訳にもいかないし、今回みたいに都合よく事が進んでいくとは思わないからな。」


「へぇ〜・・・・クロはよく考えてるなぁ。」


クロは少し照れた表情で話しを続ける。


「2番目の理由として、情報収集をしやすくするためだな。」


「なるほどね。冒険者としての立場があれば人族の動きがわかりやすいって事だね。」


「でも、クロ。冒険者登録って子供でもできるの?」


ティナが1番の懸念を聞く。


「規定では10歳から出来るらしい。受けれる依頼は限られるが、孤児政策の一環だろう。」


身分を証明できない孤児は定職にも付けず、食い扶持を稼ぐため犯罪を起こしやすい。
そのため、冒険者組合が身分を保証して食べて生きていけるほどの簡単な仕事を斡旋する。


「そんな情報、いつの間に手に入れたんだい?」


「なに、昨日の商人から買っただけさ。」


「ちゃっかりしてるねぇ・・・・。」


クロは人族に貸し借りを作らぬよう、情報を買っていた。
もちろん、調べれば出てくる情報だが偽の情報をつかまされるより金を払い、確実な情報を手に入れる方を選んだ。
あちらはクロの信用を金で買ったことになっているので信用はしている。
だが、クロは人族に対して信頼することを辞めている。
どこまでいってもクロとムースンの関係はただ互いに利益があるからという関係だ。
そんな話をしていると、ムースンの屋敷に到着した。
2人に待つように指示をして、クロは屋敷の方へ向かう。
コンコンっと軽くノックをすると先日と同じようにイザベラと呼ばれたメイドが出てくる。


「あら、いらっしゃい。ムースン様から話は聞いてるわ。こっちにどうぞ。」


そう言って昨日の応接間に通される。
以前と同じ場所で待ってると、10分ほどして小太りの男性、ムースンが入ってくる。


「昨日ぶりだね。紅茶でも飲むかい?」


「ええ。頂きましょう。」


タイミングを見計らったようにイザベラが紅茶を入れたポットを持って入ってくる。
少し高級そうなティーカップに紅茶を注ぐ。


「ミルクは要りますか?」


「いや、そのままで大丈夫です。」


紅茶を注ぎ終わると、イザベラは部屋から出て行く。


「この紅茶は最近王都で流行ってる茶葉を使ってるんだ。とても美味しいよ。」


「・・・・。」


クロはじーっと紅茶を見つめる。
ティーカップからはいい香りとともに湯気が立ち昇る。


「・・・・?どうしたんだい?呑まないのかい?」


「・・・・猫舌なもんで。」


「・・・・ふははっ!これは失礼。」


猫族は全般的に熱いのが苦手だ。


「さて、本題に移ろうか。昨日もらったりんすとやらを妻に試してもらったんだが・・・・大好評でね。私から見ても一段と髪の毛が美しくなっていたよ。」


「それは良かったです。そんな難しい素材ではないのですが・・・・とりあえず、購入は?」


「しよう。これは儲かる。」


ムースンが間髪入れず即答すると、クロはそれを予測してか、カバンの中から1枚の羊皮紙を出す。


「これがレシピです。」


「確認させてもらう。」


ムースンはクロから羊皮紙を受け取ると、じっくりと眺めていく。


「・・・・この様な材料で作れる物なのか。君はどこでこんな知識を?」


リンスの材料は油やハーブなどどこでも手に入るもの。


「・・・・ヒミツです。」


クロはニヤッと笑う。


「(まぁ、前世に猫の為に作った事があるからとか言えるわけがないし・・・・。)」


「まぁ、商人がそう簡単には口を割らないのは当たり前か。」


都合よく解釈をしてくれたようだ。
ムースンは早速作らせてみる、と言いイザベラを呼びつけてレシピを渡した。


「とにかく、支払いをせねばな。」


ムースンはそう言いながら、腰につけてある小さなポーチから物理的に入るわけがない大きさの麻袋を出す。
クロはそれを見た瞬間、身を乗り出してしまう。


「――――な、なんですか?それ?」


「・・・・知らないかい?才能スキルだよ。」


「・・・・?スキル?だと?」


「そうか、君は10歳くらいだったね。知らなくて当然か。」


ムースンは才能スキルについて語りだす。


「成人したら神から授かると言われる魔法を超越した能力のことだ。私はこの『無限収納』という才能スキルのおかげでここまで商人として成功したんだ。」


才能スキルは魔力を消費しない、技術や知識、異能な力を神から与えられる。
それは人によって様々なものが存在する。


「数百年前に居たとされる勇者は『絶対切断』と呼ばれる才能スキルを授かり、人族を救ったとされている。・・・・おっと、君には勇者の話はしない方が良かったかい?」


「・・・・いや、気にしないでください。」


勇者と呼ばれる人族はクロたち獣人にとってはいい存在ではない。
クロはふと父の弓の腕を思い出していた。


「(そう言えば、父さんの弓の腕は明らかに異常だった。)」


数百メートル先のウサギの頭を弓で射抜くほどの実力。
しかも、クロードはそれが本気でないような気がしていた。
実際、クロードの才能スキルは弓を自在に操れる『覇弓の才』と呼ばれるレアな才能スキルだった。


「(それに・・・・初めて会った人族のあの男。とてつもないスピードのくせに魔力を感じなかった。あの時はすでに身体強化の魔法を使ってたと思ってたが・・・・。)」


実際、クロが遭遇したあの男は『速剣のマイク』と呼ばれるほどの実力者。
クロが子供だからこそ油断してくれたので倒せたというものだった。


「なにか考えごとしているところ悪いんだが、これが前金の金貨500枚だ。」


「は、はい。確認させてもらいますね。」


クロは麻袋の中身を確認していく。
今回のリンスの生産方法、販売権利は金貨1万枚で売りに出した。
しかし、どこまでいっても売れるかわからない代物。ここでクロは売れたら1万枚、売れなければこの前金の500枚だで手を打ったのだ。


「確かに金貨500枚、受け取りました。」


クロは袋の中から100枚の金貨を取り出し、ムースンの前に置く。


「では、この金で1つ保険をかけときたいんですが・・・・。」


「・・・・君が獣人だということかい?それだったら要らないよ。」


口止め料として渡そうと思ったがアッサリと拒否されたことにクロは驚愕する。


「私は顧客の情報は流さない主義でね。気にしないでくれ。それに、私は君が気に入った。獣人とか関係なしでね。」


「・・・・そうですか。ですが、俺は人族のことは信用してないから悪しからず。」


正直にそう告げ、出した金貨100枚を袋の中に戻す。


「・・・・私は立場上、ラッシュ教を信仰しているように見せかけているだけだからね。神は信じていない。信じているのは金だけだよ。」


この世界の宗教はラッシュ教だけだ。逆に信仰していなければ信用に関わる場面も出てくる。
ムースンはそれを理解しているがため、別に信仰したくもない神に祈りを捧げている。


「立派な宗教観だと思います。」


「それに君が人族が嫌いな事なんてしょうがない事だ。・・・・先日の獣人の村襲撃の知らせはこちらにも届いている。人族として恥ずべき行為だとは思うが私にはどうにもできんのでね・・・・。許してほしい。」


とムースンは険しい顔をしながらいう。
クロは少し息を深く吐きながら、ソファーの背もたれに体を預ける。


「・・・・どんな謝罪を用意されても、金を積まれても、俺たちが失ったものは帰ってきません。だから、そんなものは要らない。俺が望むのは・・・・こうなった原因たちに復讐する機会を、ですから。」


クロの体から滲み出る殺気。
言葉や口調は穏やかだが、それに反して溢れ出てくるものは普通の人間が出せるものを優に越していた。
ムースンはクロの様子を見て、背筋が凍るような思いをしていた。


「(・・・・10歳ほどの子供がこんな顔をし、私ですら感じ取れる殺気を放つ。人族の私たちは正しいと言い切れるのだろうか。)」


ムースンはそう思いながら窓から見えるゆっくりと流れる雲を見上げた。
ムースンはふと思う。


「そう言えば君の名前を聞いていなかったね。」


「・・・・そうだったな。クロ、猫族のクロ・マクレーンだ。」


「クロ君だね。私はムースン・ロウスだ。ロウス商会代表だよ。」


2人は今更な自己紹介をし、握手をする。
























「でね、そこでクロがなでなでしてくれたんだぁ。」


「へぇ。相変わらずの猫たらしだねぇ。」


すっかり打ち解けたケットとティナはクロについての女子トークを展開していた。
クロが屋敷に入ってから1時間ほど。
ティナはクロの話を嬉しそうに話す。美しく、可愛らしい笑顔が眩しい。


「(こんな可愛い女の子を誑かすなんて本当に悪い男だよクロは。)」


ケットはクロの天然猫たらしっぷりを実感しながら、ふと屋敷の方を見る。
すると昨日と同じように重そうな麻袋を持ちながらクロが屋敷から出てきて、こちらの方に来る。


「終わったのかい?」


「あぁ。またここには来ないとダメだが、一年後くらいで良いだろう。」


「おかえりクロ!」


「ただいまティナ。」


いつものように頭を撫でる。
ひとしきり撫で終わるとクロは「次は・・・・」と言いながら、歩を進める。


「冒険者組合に行くのかい?」


「まぁな。一応、ティナとケットの登録もしようと思う。」


簡単な書類を埋めるだけなのでそんなに時間はかからないだろう。
歩きながらクロは先ほどの才能スキルについてケットに問う。


「ケット、才能スキルについてなんだが・・・・。」


「ん?藪から棒になんだい?」


「・・・・才能スキルってのはなんなんだ?」


クロの問いに対してケットはうーんと唸りながら答える。


「そうだねぇ。アレは神様がくれる才能とか言われてるけど、本当は違うんだよね。」


「そうなのか?」


「あぁ。アレは本当に人間自身が持つ才能が表面化しただけの代物。15歳を過ぎたら実感できるだけで本来なら元々持っているものだよ。」


「・・・・そうなのか?俺には何にも感じられないが年齢のせいか?」


「いや、実感してないだけだろう。クロは精神年齢はそれなりにいってるんだから。」


「・・・・それはケットから見ても分かるものなのか?」


「ははっ。はっきりとね。君は凄い才能の持ち主だよ。」


「ふーん・・・・。とにかく才能スキルに対しては気をつけなきゃな。魔力を使わないとも言うし。」


「アレは魔力をリソースとしてないからね。・・・・それに人族の才能スキルは君たち獣人の物とは異なるものだよ。」


「そうなのか?」


「あぁ・・・・。詳しい話はまた今度にしよう。ほら、組合に着いたよ。」


少しはぐらかされたと思ったクロだが、目の前に建つ酒屋のような見た目をする建物が視界に入る。
中からは少し騒がしい声がする。
中に入るとむわっとした熱気と若干の男臭さが臭ってくる。
鼻が良いクロは嫌悪感を若干感じながら奥へと進む。
案の定酒場の様になっており、昼間から酒を煽る男たちで少し賑わっていた。


「いらっしゃい。依頼か?」


受付のような場所にはハゲたのか剃ったのかはわからないがガチムチのおっさんが座っていた。


「・・・・そこ綺麗なお姉さんが受付ってのが定番だろうが。」


呟くように言うクロ。


「悪かったなおっさんで。」


ただのおっさんなら良い。
だが、このおっさんは鍛え抜かれた筋肉を身に纏っており、はち切れんばかりの胸筋にクロの腰回りは有ると思われる腕を今にも弾けそうな服で押さえつけている。


「俺みたいなおっさんじゃないと組合の受付はできねぇんだ。酔っ払いが多いしな。」


「・・・・事情は理解した。冒険者登録がしたい。できるか?」


「・・・・10歳はいってるみたいだが、坊主たち、この辺では見ねぇな。どこから来た?」


疑いの表情でこちらを伺う受付の男。
ジッと見られ強面の顔が恐ろしかったのかティナはビクッとしてケットの後ろに隠れる。
クロは麻袋から数枚の金貨をバンっとテーブルに叩きつけ、言う。


「あんまり事情は言いたくねぇ。これで許せ。」


金貨を見た受付の男はニヤッと笑い、3枚の羊皮紙を取り出す。
同時にテーブルに叩きつけられた金貨をポケットにしまう。


「ま、そこまでされたら俺は何も言えないさ。来るものは拒まず、去る者追わずが組合の鉄則だからな。・・・・これに必要事項を書いていきな。書けるか?」


「安心しろ。書ける。」


この世界の識字率は高くない。
子供が字をかけないのは当たり前のことでもある。


「(・・・・この世界に来てから読み書きは勝手に理解できるようになった。異世界語を1から勉強しなくてよかったのは転生特典様様だな。)」


スラスラと書き進めていくクロ。
必要最低限の事だけを記入して、クロは紙を返す。


「えーっと・・・・、クロロ・マークとケット・シー、ティーナ・フロン、この3人で間違いないか?」


ティナは一瞬自分とクロの名前が違うと思い、指摘しようとするが口をケットに塞がれ、話せなくなる。


「・・・・??」


「ま、後で説明してあげるから。」


小声でティナに話しかけるケット。
もちろん、偽名だ。
ティナとクロは人族から追われる身。少しでも痕跡を残さぬように偽名を使ったのだ。
クロからすればここでわざわざ本名を言う必要がないからだ。
ケットは最近顕現化されたばかりで更に精霊だ。偽名を使う必要はないと感じたのだろう。


「ま、これでいいだろう。少し待ってろよ?」


受付の男はそう言いながらテーブルの下から針を一本出す。


「この紙に血を一滴つけてくれ。」


「あぁ。」


クロたちは言われるがまま、血を一滴紙に垂らす。
一瞬、精霊であるケットは大丈夫なのかと不安になるがケットは何食わぬ顔で同じように血を垂らす。


「(・・・・精霊って血が流れてるのか?よくわからん。)」


そもそも彼女らがどんな存在なのかよく知らないクロであった。
血を垂らすと羊皮紙が光を放ち、ガラスの様なプラスチックのようなカードが一枚出てくる。


「これが組合との契約証明をしてくれる所謂、身分証明書だ。冒険者カードって呼ばれてる。基本的な情報が書いてあるから、失くすんじゃないぞ?失くしたら再発行に銀貨50枚かかるからな。」


「登録料みたいのはかからないのか?」


「15歳以下の子供は国によって免除されてるんだよ。その代わり、15歳になったら更新料として銀貨25枚いるけどな。」


つまり、大人になってから返せという事。


「今払ってもいいか?」


「あぁ。まぁ坊主なら大丈夫だろ。」


普通はすぐに出せる金額ではないのだが、受付の男はクロから貰った金貨を思い出していたので気にはしなかった。
3人分の銀貨を支払い、クロはカードを受け取る。


「・・・・不思議な素材だな。硝子かと思えば落としても割れそうにない。」


「これは魔力結晶だね。血に含まれていた魔力を元に形成したんだろう。」


クロの疑問にケットはすぐ答える。
流石、精霊といったところか。


「詳しいな嬢ちゃん。まぁ簡単に壊れるものじゃないが流石に叩きつけたりしたら壊れるから手荒くは扱うなよ。」


「わかった。次に聞きたいんだが、この辺りで1番近い大きな街はあるか?」


「・・・・そうだな。ここから南東の街道を1週間ほど真っ直ぐに進んでいったところにヘルネっていう城塞都市がある。ここら一帯の領主が住む街だ。」


「助かる。情報料だ。受け取ってくれ。」


そう言ってクロは銀貨1枚を男に投げ渡す。


「・・・・随分と羽振りがいいんだな。」


「借りを作りたくないだけだ。」


無愛想にそう答えるとクロは出口の方へ2人を連れて歩く。


「街道にはたまに魔物が出るから気をつけろよー!」


男の忠告にクロは振り返る事なく、手を振りながら組合を出て行く。


嵐のように去っていったクロを眺めながら男は思う。


「(・・・・変なガキだったな。あの年で肝が据わってやがる。なにより、そこらの冒険者より実力者ってのが恐ろしい。)」


男は元々は凄腕の冒険者。ケガをし、故郷であるこの村で組合の受付として仕事をしていた。
そんな過去があってか人を見る目は養っており、見るだけでその人物の実力がある程度わかる。
最初は貴族から金を盗んできた従者か掃除係かなにかかと思ったがその考えは一瞬で失念した。


「(俺の現役の頃より強いんじゃねぇーか?・・・・あまり厄介な事にならなければいいのだが。)」


男の嫌な予感は的中する事になる。
この日の夜、この村であまり素行のよろしくない冒険者3人の遺体が発見されるからだ。
受付の男は3人の遺体を確認した直後、脳裏にクロらを思い浮かべたが自分に厄災が降りかかるかもしれぬと思い、何も言わなかった。




















「つけられてるね。」


「あぁ、わかってる。あんな大金を往来で見せたんだ。こうなるとは思ってた。」


組合を出た後、クロたちは村を出るため村の出入り口に真っ直ぐ向かっていた。
500枚を超える大金は3人の荷物に分け、大きな麻袋を持ち歩かないようにして隠していたが、受付でクロが出した金貨を見た者がいるのだろう。
金を持っている子供、悪党からすれば絶好のカモだろう。


「とにかく、この辺じゃ目立つ。ケットはティナを守っててくれ。」


「わかったよ。ティナ、ボクから離れたらダメだよ?」


「う、うん。」


そう言って2人はしっかりと手を繋ぐ。
クロらは少し歩くスピードを落とし、あまり目立たない村の端の方へ移動する。
少し物陰に隠れたところでクロはケットとティナを先に行かせて、追ってくる者たちを待ち受ける。
角から少し小走りで出てきたのは若干不潔で見窄らしい格好をした男3人組。
身体すら拭いてないようでクロの嗅覚を異臭で攻撃してくる。
クロは臭いに顔をしかめながら睨みつける。


「・・・・で?何の用だよ、おっさんたち。」


「・・・・ッチ。バレてたか。」


「あんな下手くそな尾行、バレバレだっつうの。」


クロたち猫族は気配と音に敏感だ。
こちらに向けてくる異様な気配と歩くスピードを揃えてやってくる3人に対しては組合を出た瞬間把握していた。
しかし、往来で騒ぎを起こすわけには行かずここまで引きつけたというわけだ。
クロの言い草に少し苛立ちを見せながらリーダー格であろう真ん中の男が腰の短剣を引き抜く。


「バレちまったら仕方がねぇ。有り金全部ここに置いていきな。そしたら命だけは助けてやる。」


「嫌だね。なんでテメェら人族にそんな事しなきゃならないんだ?」


「・・・・人族?ガキ、テメェもしかして亜人か?」


言葉の意味合いから男はクロのことを亜人と察する。
他の2人も剣を抜刀し、構える。


「へへっ、じゃあ殺して奪ってまで罪にはならねぇってことだ。」


暴論だが、人族の法律では亜人を殺しても罪に問われることはない。


「兄貴、コイツの連れの2人は俺が頂いても良いっすか?なかなか美味そうだったんで・・・・へへへっ」


ヨダレを垂らしながら1人はそう言う。


「相変わらずの幼女好きだな。ま、獣臭くなってもしらねぇからな。」


この辺りでクロはこの3人を殺すことを決めた。
ティナとケットに手を出そうとしているのだ。


「・・・・せめてもの慈悲だ。一瞬で終わらせてやるよ!!」


そう真ん中の男が言い放つと走って切りかかってくる。
しかしその剣筋は以前相手にした人族の兵士の足元にも及ばない稚拙な攻撃だった。


「(・・・・まぁ田舎のゴロツキなんかこの程度か。)」


襲いかかってくる剣をクロは必要最低限の動きで回避する。
剣は当たることなく、地面に突き刺さる。


「――――っな!?」


「死ね。」


一瞬の出来事であった。
クロは腰につけていた短剣を引き抜き、そのまま男の首を切り落とす。


「――――っが」


反応することができなかった男は首がボトッと地面に落ち、切り落とされた断面から血を噴き出させる。
頭を失った身体はクロの方に倒れるが、クロはヒョイっと避け残り2人を見据える。


「――――っひ!?」


クロから放たれる殺気は以前男らが遭遇してしまった熊の魔物を遥かに凌駕するレベルの殺気だった。
残された2人の股間から生暖かい液体が流れ出る。


「す、すまなかった!俺たちは兄貴に唆されて――――え?」


クロは一瞬で間合いを詰め、命乞いをする男の声に耳を一切傾けず、首を切り落とす。


「ひっひぃぃい!?」


最後の1人となってしまった男は足に力が入らず、その場で腰を落としてしまう。


「・・・・お前らみたいなクズには容赦はしない。」


クロはゆっくりと剣先を男の首に押し当てる。


「や、辞めてくれぇ!すまなかった!俺らが悪かった!」


「・・・・お前たち人族はそうやって命乞いをする俺たちを蹂躙してきた。だがら、俺もお前らに同じことをする。」


「ゆ、許してくれぇ!」


「俺たちの苦しみを理解しながら死ね。」


そして、剣先は男の首を貫く。


「――――っがぼ」


男は苦しそうな表情をしながら口から血の泡を噴き出す。
目や鼻からは汚い液体を溢れ出させている。
だが、クロは容赦はせずそのまま剣を引き抜く。
首の切り口から血が吹き出て、男はその場に倒れる。


「・・・・今までそうだったけど人を殺してもなんとも思わないな。」


自分の手が血塗れにもかかわらず、クロは無表情を崩さない。
クロは男の汚れていない部分の服を剣で切り取り、手と剣の血糊を拭き取る。


「さて、騒ぎにならないうちに村を出なきゃな。」


そう呟き、クロはティナとケットが待つ方向に向かって歩き始めた。



























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