内気なメイドさんはヒミツだらけ

差等キダイ

夢野さんは料理がしたい

「なるほどね。じゃあ、決して稲本君はメイドを押し入れに住まわせるような鬼畜じゃないと」
「当たり前だろ」
「……は、はい、そこまでひどくはありません」

 事情を丁寧に話したら、夢野さんはようやくわかってくれた。あと霜月さん、『そこまで』とはなんだ。俺は一回もひどい事はしていない。
 夢野さんはもう一度押し入れに目をやると、盛大に溜め息を吐いた。

「しかしまあ、こんなとこで夜な夜なゲームしたり、寝たりしてるとか、あなた本当に変わってるわね」
「ご主人様ほどではありません」
「おい」

 何自然な流れで罵倒してくれてんだ。しかも、最近罵倒の時はオドオドが減ったのが憎たらしい。あとに見てろよ……いや、仕返しはこっそりしないと、ガチで命に関わる。
 まあ、それはさておき……夢野さんは、とりあえず納得してくれたようで、一人で頷いていた。

「……まあ、変な関係じゃないってのは、本当みたいね」

 ……俺ってそんなに疑われていたのか。忸怩たる思いだ。

 *******

「そういや、結局どんな用事があったんだ?」

 落ち着いたところで、とりあえず用件を聞いてみると、夢野さんは考える素振りを見せた。もしかして今考えてるとかじゃないよな。
 彼女は赤みのある茶色い髪を、そっと指で弄りながら、口を開いた。

「ほ、ほら、あれよ……クラスメートの家にいきなりメイドが来たんだから、クラスメートとしては?心配じゃない?色々と……ねえ?」

 ねえ?って言われても……まあ、気になるなら仕方ないが。
 ちらりと霜月さんの方に目をやると、彼女は夢野さんをじぃ~っと見つめていた。

 *******

 とりあえず、せっかく来てくれたわけなので、霜月さんを交え、一緒に課題を終わらせ、ゲームで対戦をしたりしながら、妙な感覚のまま過ごした。
 そして、6時を過ぎたあたりで霜月さんが立ち上がった。

「えと……わ、私はそろそろ夕食の準備を……」
「あ、あの……」

 すると、何故か夢野さんが手を上げた。

「どしたー?」
「?」
「あー、その……実は、その……あ、そうそう、私、今日はめっちゃ料理作りたいんだよね~。あ~、料理作りたい!」
「「…………」」

 思わず霜月さんと目を見合わせる。なんだ、この露骨すぎるアピールは。これ、とりあえずこちらから提案しないといけないやつだよね。

「あの……それじゃあ、料理、していきますか?」

 霜月さんがおそるおそる提案した。いや、お前が言うんかい!という感じがしないでもないが、まあ今はほとんど霜月さんが使っているからいいだろう。あとちらちらゲーム機を見るのをやめろ。本当は自分がゲームやってたいだけだろ。だが……

「しょ、しょうがないわねえ!!じゃあ、思いきり作らせてもらおうかしら!!」

 夢野さんはなんかめっちゃやる気だしてた。しかもツンデレまじりなんだけど……。
 その様子を見て、俺と霜月さんは再び顔を見合わせた。

 *******

 とりあえず、食材を買いに行きたいという夢野さんの要望もあり、近所のスーパーに行くことになった。ちなみに、霜月さんは家の防犯の為、留守番をしたいと言ったが、今頃ゲームをしているだろ 
 買い物カゴを載せたカートを押していると、野菜を手に取りながら、彼女は呟いた。

「まさか、稲本君と一緒にスーパーで買い物する日が来るとはね」
「まあ、たしかに……」

 成り行き(?)とはいえ、同級生とスーパーで夕飯の買い物をする事になるとは……うん。リア充っぽいな。俺が青春ポイントとか計算するマメな奴だったら、ポイントを加算してるだろう。
 今度は牛肉を手に取り、こっちを見ずに口を開いた。

「ねえ、普段からこうして霜月さんと買い物してるの?」
「たまに、だけど……まあ霜月さんはあの格好だし、無駄に目立つから」
「まあ、確かに……私は慣れてきたけど」

 本人もメイドとしての矜持があるのか、俺が行こうとすると結構拒否するんだけど、ゲームをエサにして、俺一人で買い物に行く日もある。
 てか最近は、学校だけではなく、この近辺の人も少し霜月さんに慣れてきた気がする。こっちの感覚が麻痺してるだけかもしれんが。

「あ、そこのカレー粉取って」
「はいよ」

 ……なるほど。カレーを作ってくれるのか。

 *******

 スーパーを出ると、夕陽はさっきより傾いていた。辺りはじんわり暗くなり、さっきまでベンチで駄弁っていた小学生もいなくなっている。
 そこでふと気になる事を思い出した。

「そういや、今さらだけど……家に電話は入れた?」
「ああ、いいのよ。ウチの親、忙しいから」
「……そっか」

 向こうがいいと言うなら、こちらからは特に何も言うつもりはない。まあ、我が家も両親は家を空けているしな。家庭の事情は人それぞれだ。メイドを置いていく親はなかなかいないと思うが。
 改めて我が両親の奇想天外さに感心していると、夢野さんは伏し目がちになり、何か呟いていた。

「それに……うかうかして胃袋掴まれたら、たまったもんじゃないからね」
「え?何て?」
「ふふっ、なんでもないわよ。さ、早く帰らないとね」

 赤い夕陽に照らされたその横顔は、やけにはしゃいでいるように見えた。

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