死にたがりの俺が、元いた世界を復活させようと頑張ってみた結果。 

夜明けまじか

殺意も憎悪も純度が命

 異世界に降り立って初めてまともに挨拶されました。空飛んでた時点でまともじゃないなんてのは聞こえません。
 なんせ今までの連中ときたら、人の世界滅ぼしといて「めんご、やっぱ復活させて?」なんてのたまう駄神とか「 村娘神様の御加護です!」などと意味のわからない神を崇拝している王女とか扉を開けた瞬間殺しに掛かってくるエルフとかロリコンの変態とか。
 ……思い返すとマジでろくな出会いしてねーな。アルティさまーこの世界変な人多いっスー。
 それに比べて、彼の物腰の柔らかさときたら!
 他の連中も少しは見習うが良い!
 感動している俺をよそに、場には破裂しそうな一触即発の緊張感で張りつめていた。
 中でも特に剣呑な雰囲気を醸しているのは、ヴァルガだ。背中に抱える少女の存在がなければ、今すぐにでも殴りかかりそうですらある。


「……龍神っ」
「――ああ、お前の事は覚えてるよ。二十年ぶりだったか? 久しぶりだな」


 その場全員の視線がヴァルガへと集中した。おそらく胸の内に抱えている共通の驚きを代弁する。


「なに? おっさんこいつと知り合いだったの?」
「そんな大層なもんじゃねぇぇ。昔戦場で雑兵よろしく゛蹴散らした゛側と゛蹴散らされた゛側ってだけだぁぁぁ。どっちがどっちたぁ敢えて言わねぇが……まさか龍神殿の方も覚えてくれてるたぁ光栄だぜぇぇ……ッ」


 全ッッ然光栄そうな顔と声じゃないんですけど?
 今にも牙を剥き出しにして噛み殺しそうな、猛獣が親の仇と出会った時みたいなんですけど?
 中年オヤジが少女を背負いながらそんな興奮してるところだけ切り取ってみると、正真正銘変質者だなぁ。あとそろそろアオイが怖がり始めてるので抑えたまえよ。
 殺気を向けられている当の本人といえば、気付いているのかいないのか……相変わらず穏やかな微笑を湛えている。


「悪いが今日用事があるのはお前じゃないんだ。用があるのは――」


 言葉の途中で流れた視線は、はっきりと俺の方へ向けられた。
 いやまあ……そうじゃないかとは思ってたんだけどさ。
 でもどうだろうこいつ? 温厚的ってのは聞いてたし、こうして実際に相対してみてそれが本当だと実感したし。上手くすれば戦いを回避する事もできるんじゃないか?
 一応、はぐらかしてみる努力はするか。 


「ヒョードルを倒したキラノ・セツナという少年……お前だな?」
「違います」


 即答したら口元だけが笑ったままの凄い目付きで睨まれました。怖っ!?


「アルムハンドから聞いているんだ。嘘を付くなよ」
「むぅ……ちっ」


 あんのロリ園長め、余計な事を……!
 知られているなら仕方ない。観念して白状する。


「ああそうだよ、俺がキラノ・セツナ。んで? 俺に何か用かい?」


 見に覚えがありませんの体で訊ねる。
 さて、どう出るかな?
 問答無用で飛び掛かってくるか、まずは問い詰めてくるか…… 


「龍は温厚な種族だ」
「うん?」


 予想外の返しで、反応に困った。それが今何の関係があるのか。
 ヤツは続ける。


「特に私の代になってからは、他種族との関係にヒビを入れる行いは慎むよう、努めて言い聞かせてきた。我ながら上手くやれていた自負はあるくらいにな」
「ふーん……龍族の事は良く知らんけど、そんな話を聞いてはいたよ」


 でもそれが今何の関係がある?


「ヒョードルが何の理由もなく命を破るわけはない。そんな事があるとすれば、考えられる可能性は二つ。一つはお前からヒョードルを攻撃した場合。さすがに理不尽な脅威に対してまで反撃するなとは命じていないからな」


 つまり俺から襲撃したからヒョードルは交戦したんじゃないかと、そう疑ってるわけか。


「お生憎様だが、あれは向こうから問答無用で仕掛けてきたんだぜ? むしろその立場は俺の方だね」
「先日、〝とある巨大な魔力”が海上に発生した事があったな」
「……」
「偶然にも〝ソレ”は、ちょうどヒョードルの真上に出現したらしい。あいつが殺されたのはその直後の事だった……なあ、不思議な偶然だと思わないか?」
「あー……」


 ダメだなこりゃ、バレてるっぽいよ? 引き篭もりと聞いていたのに、大した情報通じゃねえか。
 いやでもさ? 良く考えりゃあれってそもそもアルティのアホンダラの仕業じゃねえか。
 あいつがつまらん悪戯っ気起こして人様大海のど真ん中なんぞに放り出さなきゃ、そもそもあんな悲劇は起こらなかったはずですよ?
 よって発生した巨大魔力どーたらは俺の所為じゃない!


「へいにーさん! どうやら悲しい誤解があるようなので訂正しておきたいんだが、あの魔力は俺がやった事じゃなくてだな――」
「だが殺したんだろ?」
「……うす」


 ダメでした。逃げ場ないなあ。


「ヒョードルは人の言葉は解せなかったが、備えた知性は並みじゃなかった。そのあいつが、私の命を破ってたった一人の人間を攻撃し、倒された」


 ヤツの手がゆらりと泳ぎ、心臓に突き刺そうとしているかのように、指の先端を向けてきた。
 刹那――




「お前は龍族の脅威だ。龍族の長として、私がここで排除する」 




 ここにきてようやく。
 明確すぎる殺意が全身に纏わりついてきた。


「ひっ!?」
「く……ッ!?」
「ちぃぃ……っ!」


 三人にもはっきり伝わったらしい。
 特に少女には厳しい洗礼だったようで、水中で呼吸困難にでも陥ったかの如く胸を押さえ、心臓への圧迫感を必死に堪えていた。


「はあ……」


 両手で顔を覆い、天を仰ぐ。ダメだなどーも、こりゃ避けられそうにないわ。
 ――仕方ない。


「お前らは先行ってろ。俺はちょいと野暮用だ」


 成り行きを見守っていた三人に手を振り、先を促した。
 このムスペルってのが話に聞いていた通りの力があるなら、辺り一帯が消滅しかねない。さすがにこのままおっぱじめるわけにはいかないだろう。
 俺としては当然の提案のつもりだったのだが、その内二人が目を剥いてきた。


「小僧ぉ……一人でやるつもりかぁぁ?」
「そうだけど」
「ムチャですっ」


 アオイが叫ぶ、そんな事は認められないと。俺では『龍神』に勝ち得ないと、叫んでいる。
 まあ『ヘイト』の事を知らなきゃそうなるのも仕方ないのか。
 一方知っている一人が、窺う様に顔を寄せてきた。


「セツナ」
「うん?」
「勝算はあるのかい?」
「あるわけないじゃん」
「真面目に訊いてるんだけどな……」
「こっちだって真面目だよ。そもそもアイツの戦力も良く分かってないのに勝算なんて言えるか」


 『世界最強』『龍神』『序列第二位』――肩書ばかり聞かされたところで具体的な実力はさっぱりわからん。
 『最強』の定義ってなんだ? 岩でも砕けばいい? んなもん俺にだってできるわ!
 山でも消滅させればいいのか? 『ヘイト』使えばできるね!


「うーん……」
「納得できないなら言い方変えようか? 五分五分だ」
「『ヘイト』を使っても?」
「それでも、だ」


 『ヘイト』はあくまで俺のイメージする能力しか発現できない。もしヤツの力が俺のイメージを上回っているようなら、大した効果は望めないだろう。
 つまり……やってみなけりゃ分からない。
 情報が少なすぎて、現状じゃそれ以上の数字はどうやっても出てこないんだよ。
 しかし俺の『不死』や『ヘイト』の事を知っていて、共に『パラドクス』を打ち破ったハルンをしてここまで不安そうな顔をさせる。それだけの相手って事か。
 そう考えてみると……


「――へえ」


 思ったよりも期待できそうじゃん。だとすればますますここは譲れねえな。
 凶悪な笑みが浮かびそうになるのを堪え、ぐずっている連中に言い聞かせる。


「どのみち全員ここで足止め食らうなんてありえねえんだ。こいつだって逃しちゃくれないだろうし、だったら最初っから一人で残った方が良い」
「で、でもそれじゃあししょおがっ」
「まー心配すんな」


 眼の端に涙を浮かべて悲痛に叫ぶ少女の頭に手を置いた。
 安心させるつもりで、軽く撫でる。
 人の頭を撫でるなんて慣れてないから上手くできてる自信はないけど、アオイは話を聞く姿勢になってくれた。


「信じてろって。”倒せるか”どうかはともかく、”死なない”事に関しちゃ神様のお墨付きだからよ」


 ――不本意ながら。
 心の中で、聞かせるわけにはいかない本音を付け加えた。


「それに、こっちの心配ばっかしてる場合でもねえだろ」
「え?」
「そっちだってその状態で学園長とレイラの二人相手にしなきゃならないんだ。どっちも楽な相手じゃないぞ」
「っ」


 仮に学園長がまだ『パラドクス』を撃てるようなら、はっきり言って三人に勝ち目はない。
 あれの発動にはそこそこ長い詠唱があるのはこの目で見たが、そこを狙うにしても今度はレイラの存在が邪魔になる。
 レイラを瞬殺して詠唱が終わる前に学園長を捕らえる――決して簡単な事じゃない。
 どっちが大変、どっちが心配とか言っていられる状況じゃないんだ。
 だから……


「早く行けよ、こうしてる間にだってタイムリミットは近づいてるんだ」


 納得したとはとても言えない、唇を噛み締めた表情で、しかしようやく少女は頷いてみせた。
 ハルンもなんともいえない様子で目を閉じていたが、俺の言い分を理解してくれてはいるのか、何も口を挟まない。
 最後に、残る一人。
 視線を、少女を背負っている男に向ける。
 ヴァルガは張り詰めた様にこちらを睨んでいたが、それがどういう意味を持っているのかいまいちわからない。ただ、俺に一番近い思考を持っていそうなのがこいつだ。ならば、わかっているはず。
 そういう意味では、最も気楽に声を掛けられた。


「あんたが一番元気そうだし、後の事頼んだわ」
「小僧ぉ」


 微塵も表情を変えず、口から出てきたのはあまりにも平坦な声。
 探るように覗き込むように、視線は一ミリも動かさずに、言う。


「俺ぁお前を、そこの二人ほど信頼も心配もしちゃいねぇ」
「うん」
「お前にムスペルが倒せるとも思ってねえし、戦って生き残れるとも思ってねぇぇ」
「だろうね」
「だがな――」


 そこでヴァルガは一瞬だけ背中の少女に目線をやり、


「仮にも一端の教師だってんなら、てめえの教え子との約束くれぇ守ってみろやぁぁ……言いてぇのはそんだけだぁせいぜい根性見せやがれぇそれができりゃあ――そんときゃ少しだけ見直してやらぁぁ」
「――」
「ふっっ!」


 言うだけ言うと、地面が陥没する勢いで駆け出していく。あんだけ敵意を剥き出しにしていた龍神には目もくれず、あっという間に遠ざかっていく。あの辺りのドライさは、さすがの年季ってヤツなんだろう。
 その背中で、アオイが何やら叫んでいるのが見えた。はっきりとはわからないが、大方俺を心配する言葉なのはわかる。


「セツナ」


 振り返ると、胸を人差し指で小突かれた。見上げれば、意地の悪い笑みを浮かべたハルンの姿。
 あ、なんかやべぇ。
 嫌な予感に身じろぎするが、時既に遅し。


「約束っ!」


 聞き間違えようのないほどはっきりと告げ、悪戯に成功した子供の様な笑みと共に、彼女もまた走り去っていった。
 残されたのは俺と、もう一人。
 思った通りムスペルは通り過ぎていった三人には見向きもしなかった。しかし、変化はある。
 龍神は目の前の人間を、やや興味深そうに眼を開いて見つめていた。


「……少し、意外だな」
「あん? 何がよ?」
「数に任せて掛かってくるものと思っていたが、まさか全員この場から逃がすとは。思っていたより仲間想いなヤツだな」
「背筋がぞわぞわしてくる事を言うんじゃないっ。実際時間もねえし、あいつらがいると全力出せねえからこうしたんだよ」
「ほう、全力?」
「まったく我ながら面倒な事を……」


 死なないと、一緒に学園長をとっ捕まえるのだと、そう約束してしまった。


「死神の鎌」
「?」
「俺のあだ名みたいなもんだけど。他にも理不尽・女の敵・悪魔・鬼・疫病神・ゴミ・クズ・ゲス・鬼畜などなど色々呼ばれてきたもんだけどねぇ」


 思い返せば、不思議な事に……


「〝裏切者”って呼ばれた事だけはないんだわ。どういうわけか」


 誰かを騙して――味方を裏切って――約束を破って――
 数え切れないほどの人殺しなんかはしてきているクセに、そういう類をやった事だけはない。
 信念なんて大層なもんじゃなく、そもそも意識して守っているつもりもない。
 ただ、なんとなくだ。


「性に合わないんだよ、そういうの」


 仲間を殺された復讐? けっこうけっこう大歓迎。拒否する理由なんて一片もない。いつでも掛かってくるといい。
 ただし、不満な事が一つだけある。


「〝龍族の脅威だから”って言ったな?」


 龍族の長としてって言ったな?


「純度が…………低いわあああああああああああああああッッッ!!!」


 纏わりつく殺意を、それ以上の殺意でもって押し返した。


「――む」


 突然の事に、龍神も瞠目を禁じ得ない。
 今この辺りの空気は凄まじい事になっている。
 空気が軋み、あまりの殺気濃度に物理的な重圧まで発生していた。小粒な石などすり潰された角材の如く粉々に、塵一片も残す事無く風に撒かれて消え去った。  
 微妙に感覚は異なるが、重力に例えればもはや百倍近くにまで達しているかもしれない。
 それでも、


「薄いんだよ、龍神」


 ちっとも物足りないと、蔑みの感情をぶつけてやる。


「”龍族の脅威”・”長としての務め”それも否定はしねえけどさあ。それが第一の理由になっちまうのは違うだろうが」
「つまり?」
「もっとわかりやすく来いっつってんだよ!」


 温厚な仮面を張り付けていなければ抑え切れないほどの殺意。その源泉はどこにある?


「吐けよ、感情」


 でなけりゃ、到底――


「二の次三の次程度の殺意じゃ、俺のここには届かねーよ。一番エグいヤツ出してみやがれ」


 体の中心を叩き顎を上げ、見下しながら挑発するように――否、紛れもなく挑発してやった。
 さて、果たして反応は?


「――――――――――――は」


 呼吸を五回できるだけの間の後、聞こえてきたのは乾いた笑い声。


「は、ははははははははははは…………」


 遠くまで聞こえるような大声では、ない。けれども途切れる事無く続いていく音の羅列。
 これは、


「はぁー……なるほどな。お前、そういう奴なのか」
「あ?」
「いいぜ、挑発に乗ってやろう。ただその前に――」


 す、と両手を前に出し、唐突に柏手一つ。
 小気味良い澄んだ音が響いた直後――ぐにゃりと空間が歪んでいく。


「っ!」
「落ち着け、場所を移すだけだ」


 開戦かと気を張った俺の前で、ムスペルは至極落ち着いている。
 さっきの挑発は不発だったのか? それとも――
 やがて歪んだ空間が再び大きな動きを見せる。ぐしゃぐしゃに握られた紙が開いていく様に、少しづつ景色が整っていく。
 そうして見えてきた世界は、


「これは」
「オレが本気を出す時には、必ずここへ来る」


 俺はここに見覚えがある。わりと最近、一度だけ。それでも一生忘れる事はないだろうこの空間、間違いない。




 上下左右の概念もなさそうな、どこまでいっても真っ白な世界。俺がアルティと初めて出会った空間そのものだった。




「アルティリア・リュカリオン」
「!」
「以前、この世界の創造神を名乗る者から、オレが全力で戦うなら敵ごとこの空間に連れてこいと言われてな。どうやらオレの本気は、あの世界を破壊しかねないものらしい」


 そういや、龍族は空間魔法にも長けているとかヴァルガ達が言っていた気がする。
 いや、それにしてもここはもう別次元のはずっていうか――?


「ここならばどれだけ戦っても何を巻き込む事も、邪魔が入る事もない。当然誰かの助けなど来ない」


 気配が変わる。
 ムスペルの放つ重圧が、龍のソレへと変わっていく。
 やれやれ、火付きの遅い事で。
 この空間・こいつとアルティの関係。考えるのは後回しだ。
 せっかく巡ってきた機会、楽しませてもらおうじゃねえか!


「さ、始めようか」


 思っていたよりずっと早い、世界最強の『殺意』との相対。
 凶悪な笑みが浮かぶのを、今度は堪えなかった。



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