死にたがりの俺が、元いた世界を復活させようと頑張ってみた結果。 

夜明けまじか

伸ばされたその腕を――

 ハルンが目を覚ましたのは、それからすぐの事だった。
 正確にはあんまりぐーぐーと安らかそうに眠っていたので、このままでは本当に昇天してしまうのではと心配になり、鼻と口を塞いでちゃんと目を覚ますか確認したのだ。
 結果、様々な液体を噴出させながら凄い勢いで跳ね起きた。
 そして俺はぶん殴られた。


「殺す気かあああああああっ!?」
「おいおい、あんまり怒ると体に障るぞ。リラックスリラックス」
「今まさに怒らせてる張本人がよくもぬけぬけとっ」


 なおも拳を振り回してくる少女の頭を抑え、安堵する。
 顔色は良い、元気もごらんの通り有り余っている。かなりムチャな力を使ったので、副作用でもあるんじゃないかと思ったが、無用な心配だったようだ。
 息を荒くしながらひとしきり怒った事でいくらか頭の血も下がったのか、躊躇う素振りをしつつも静かに訊ねてきた。


「僕達、生きてるんだよね……?」
「ああ、残念ながらな」
「そっか……そうなんだ」


 とりあえず生きている。
 その現実を確かめる様に、ハルンは自身の胸に手を置いた。


「学園長先生の『パラドクス』に……勝った、んだ。 僕の、魔法が……」
「今生きてるって事は、そういう事だな」
「途中から、記憶がないんだけど……」
「激戦だったからなあ。無理ないと思うぜ」


 『彼女』の事を伝えるべきか一瞬悩み、結局誤魔化す事にした。
 『ちょっと未来の自分になってました』とか言われても複雑だろうし、ないとは思うが強力だからとあんまり頼りにされても困る。
 消費ポイントはどうでもいいが、やっぱり本人の負担も大きそうだし。うん、マジでポイントはどうでもいいんだが。


「本当に……勝ったんだ……」


 扇子が砕け、何も握るものがなくなった手のひらを見つめている。何も持たないはずの手を、握っては開いている。


「なんだか、不思議な気分だよ」
「無我夢中だったしなぁ、実感ないか」
「逆だよ。覚えてないのに、感触は手の平にはっきりと残ってる。だから不思議なんだ」


 ハルンの言う事はわかる。意識がどうあれ、勝ったのは紛れもなく“ハルン自身”だったのだから。記憶にはなくとも、経験はしっかりとハルンの体に刻まれていた。


「ねえ、キラノ君。ありが――「ストップ」


 改まった声色のハルンの言葉を強引に遮る。まだ、その続きを言わせるつもりはなかった。


「それは早いだろ。まだ、何も片付いちゃいない」


 俺達をこんな目に遭わしてくれた学園長は絶賛逃走中だ。何を企んでるのかもわからない。一つ分かるのは、あいつを放っておけばこれ以上の面倒事に巻き込まれる。まったくもって迷惑極まりない。


「うん、そうだね」


 わずかに震える脚で、しかしハルンはしっかりと立ち上がる。激闘の後で二人共万全とはいえないが、ひとまず呼吸は整えた。
 その時、


「おぉぉぉいぃぃぃぃお前らぁぁぁぁぁ!」
「しぃぃしょおおおおおおおおおお! ご無事ですかあああああああああ!?」


 まだ別れて一時間と経っていないのに、ずいぶん懐かしく感じる声がした。
 顔面傷入りの筋肉オヤジと、そいつの背丈半分ほどしかない小柄な少女が揃って走ってくる。


「良かった、彼らも無事だったみたいだね」
「長話してる暇はなさそうだ。情報交換は追い掛けつつ、だな」


 ずいぶんと時間を食ってしまった。果たして今から追い付けるか?
 思わず唸ってしまう俺の背中が、思い切り叩かれる。


「セツナ! 悩んでる時間があるなら急がないと、本当に間に合わなくなっちゃうよ」
「っってーな! んな事言われなくてもわかって――」


 あれ? なんか今違和感が。
 答え合わせの必要はなかった。


「ほら、行こうよセツナ!」


 あまりに自然に差し出されたその腕を。


「――ああ」


 素直に握り返せたのは久しぶりだと気が付いたのは、温もりを感じた後の事だった。 






 ハルンからの信頼を得る――目標は達成されたと言って良い。
 予想外だったことがあるとすれば、想像していた以上に普通の少女であった事、そして――


 特に期待していなかった路傍の石が、実は何より光り輝く宝石だったこと。


 少女が見せた切り札は、もしかすると俺を“殺し得る”。
 こんな事件、さっさと片付けよう。すべて落着したら、改めて頼むのだ。
 ――どうか俺を“死ねる体にしてください”と。
 それだけを願って今。
 その未来だけを思い描いて、今。
 俺はこの時を生きている。           

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