死にたがりの俺が、元いた世界を復活させようと頑張ってみた結果。 

夜明けまじか

対抗魔法VS神域魔法 後編

 アルティは確かに言っていた。『ヘイト』でできない事は、事実上存在しないと。
 性質的にやり難い事や、使い手の力量不足で出来ない事はあっても、能力自体に制限が掛かっているワケではないのだと。
 だったらできるはずだ、少なくとも能力的には可能なはず。もしも失敗する事があるとしたらそれは、俺自身のイメージ不足。
 調子に乗って大船を創造しようとした時の様な、分不相応なモノへと手を出した時。でも大丈夫だ、これはあの時は全く違うその確信がある。
 イメージならばとうにしっかりとできていた。俺自身ではない、自分が神域魔法を砕く様は、まだイメージできない。それをやるのは俺の役目じゃないと弁えている。
 やるのは、できるのは、こいつだ。
 今俺の目の前で半ば以上意識が吹っ飛び、眼から鼻から色んな液体を垂れ流し女としては色々終わった顔で分不相応なモノに手を伸ばそうとしている、年も大して変わらない一人の魔法士。
 英雄への憧れからその道を志し、その憧れに認められたい一心で知を練り技を磨いてきた、どこにでもいるだろう一人の少女だ。
 彼女から対抗魔法の事を聞いた時には、ただ魔法の持つ将来性を感じただけだった。少女の力を認めてはいたものの、あくまで『ヘイト』や『鎌』での強化を念頭に入れた上での評価。正直彼女自身の力はまだ、神域と渡り合うには遠いと感じていた。
 それは事実だろうし、見立てが間違っていたというワケじゃない。でも、


「――ぁ――」


 技も力も出し尽くし切り札をも跳ね返されたボロボロな体と、光を失いつつある瞳でそれでも向こう側に手を伸ばす少女の姿。その姿に何故だか、違和感を覚えない。
 知識と技だけを評価していたのなら、それを破られた時点で同時に期待も尽きるのが道理なはず。しかし事実として今の俺は、コイツが再起すると胸の奥で期待していた。
 いや、ここまでくると期待などと生ぬるいモノじゃないだろう。
 この状況を見た誰もが勝ち目がないと判断する窮地において、俺は“コイツなら勝てる”と確信していた。
 いつからだったか――どうしてだったか。
 考えるまでもない。神域魔法の“破壊”……自分自身の力でそれが不可能だと認めている以上、その言葉を口にした――できた時点で、とっくに頭の中では描かれていたんだ。
 ――ハルンは必ず神域魔法を越えられると。
 現時点の実力差など関係ない。イメージだけならもうできるんだ、俺のやるべき事はたった一つ。
 この状況を打破できる“ソイツ”を、今この場に、引っ張り降ろす!
 ハルンの全身が輝きを放ち始める。二十年後か……そうだな、きっとそのくらい。
 今よりさらに長く美しく髪を靡かせて、背だって少しは伸び、全体的にスタイルが引き締まってるだろう。
 “大魔法士”と呼ばれるに相応しい派手な装いで、扇子のグレードだって数段アップされてたり。
 戦場では敵国のミサイルじみた超威力魔法を扇子の一振りで消滅させる、歴戦の実力者。
 なによりも、その背中にはきっと――
 何百何千という人々の信頼と尊敬を背負っているに決まっているから。


「――――」


 ハルンの意識が虚ろなのが幸いだ。“将来の自分”の意識を上書きされたとしても“現在の自分”とケンカしないで済む。
 イメージ・イメージ・イメージ……! ひたすらがむしゃらに、俺の想像し得るハルンの最盛期を、今この場に呼び寄せる。外見・魔力・技・心――今から十年以上を掛けて成長するはずの全てを、想像でき得る限り今の少女に流し込む!
 少女を包む光がやがて、俺の視界すら埋め尽くすほど大きく、強くなり――


 戦女神は、ここに降臨す。


 光の収まった先に残ったのは、一回りも二回りも成長した女性の姿。二十年後だからもう四十近い年齢のはずだが、二十代といわれても疑問一つ持たずに信じてしまいそうな英気と美貌を備えていた。
 幾重もの修羅場をくぐり抜けてきた者のみが放つ凄みを纏い、真っ直ぐ力強い視線で前を見据えている。両の手には伝説の~とでも銘打たれそうな材質の見当もつかない、人間の子供くらいの大きさもある大仰な扇が揃えられ、気とも魔力とも取れない強烈な力の波動を感じた。まず間違いなく、ただの扇子じゃ有り得ない。 
 心・技・体――それらすべてにおいて、現在を遥かに上回っていた。 
 『彼女』は暴嵐吹き荒れる中、ざっと周囲を見回した。
 目線はまず眼前の神域魔法、それから放たれる魔力流ときて、最後に己を支えている一人の男へと。
 そして、得心した風に一つ頷き、片方の扇を一閃させた。
 直後――耳の横でさえ声が聞き取れないほどの暴風が、止んだ。
 何が起きたのか把握しきれないでいるうちに『彼女』はゆるりと体を起こし、ふわりとこちらに笑い掛けてきた。こんなことは、なんて事ないとでもいう様に。


「さて、これで話せるだろう?」


 経験を重ねた深みがあるが、その声には少女時代の色がはっきりと残っている。
 あまりにも唐突に静まり返った空間、さすがの俺も事態の変化についていけず、口がうまく回ってくれない。
 だからもう、飾らず素直に訊いてみた。
 静寂に包まれたこの空間を指して、


「……これ、あんたがやったの?」
「そうだよ」
「魔法……なのか?」
「正確には『複合魔法』だね。僕は風属性の魔法と相性がいいから、空間魔法と組み合わせてちょっとした風の陣を張ってるんだ」


 言われて良く良く観察してみれば、少し離れたところでは未だ嵐が吹き荒れていた。俺と『彼女』を中心とした半径数メートルの空間だけが、世界から切り取られたかの如く平穏に満たされている。
 その効果もさることながら、特に気になったのは、発動の瞬間。
 呼び動作は扇を一振り、ただそれだけ。魔法名すら口にする事なく神域魔法の暴威が吹き荒れる中、僅かな綻びもなくこれほどの魔法を構築してみせた。
 なんつー実力。学園に入ってからミルヴァ、学園長始めとしていろんな魔法士を見てきたが、完全無詠唱なんてできるヤツは一人もいなかった。
 驚きが表情に出ていたか、『彼女』は畳んだ扇で口元を隠して微笑む。
 あ、こういうところは同じなんだ……
 自分が知ってる少女と何もかもが変わってしまっていたから“ひょっとして別人喚んじまったんじゃね?”などと不安だったのだが、見覚えのある仕草を見てちょっと安心した。


「“今の”僕の時代では、珍しくないものだよ」
「――」


 そしてこの言い方、状況を理解していなければまず出てこない。自分が何の為に呼び出されたのか、分かっている。向こうからすればいきなり何十年もの時間をタイムスリップさせられたワケだが、こんな瞬時に把握できるもんなのか?
 この時の事は何年経とうと特別だからと、宝物を見つめる視線で語られる。


「“あの時”は我ながら呆れるほどにボロボロで、記憶も虚ろだったけれど……そうか。あの時僕は、そして君はこうやって――」


 一歩間違えば全身引き裂かれてあの世行きなこの状況を懐かしみ、目を細めている。こんなのを楽しそうに思い出せるとは、一体どんな鉄火場潜ってきたんだ。
 だがいつまでも思い出に浸っていられても困るから、悪いと思いつつ問い掛ける。


「あんたの役割……分かってるよな?」
「男ポイント減点」
「えええ!?」


 どこまで事態を把握してるのか確認しただけで、何故を漢度を減点されました。
 なんだこいつ!?


「もうっ久しぶりだっていうのに現実的な話ばっかりなんだから! そんなんだからアルティ様もミルヴァも、アオイちゃんまで苦労する羽目になるんだよ」


 ぷぅっと頬を膨らませて抗議してくる、断じて四十近い大人のやる事じゃない。
 どうしてここであいつらの名前が出てくる? 俺の知るお前らはロクに面識もないはずなんだが、二十年後には友達になってんの? いや、それよりこいつ、さっきまでの神秘的なまでの雰囲気は何処行った!?


「気のせいだよ」
「気のせいならしょうがない……ワケあるかぁッ」


 それで誤魔化されるレベルは遥かに超えているぞぉ!


「うーん、昔の君って結構真面目だったんだね。なんかこう、もっとちゃらんぽらんゲス野郎だった気がするんだけど」
「ここでケンカを売ってくるとはマジで余裕だなおい! んな暇あんならさっさと後ろのヤツなんとかしろっ」


 はいはい、などと苦笑して背を向けられる。
 ちくしょうあしらいやがってなんだこの敗北感。さっきもうダメだ全ておしまいだーってベソかいてた様を事細かに解説してやろうか? お前にとっちゃ二十年前の事だろうが俺にとっては新鮮ホヤホヤな記憶だからな。一字一句耳元に囁けんぞこらぁ!
 俺がちゃらんぽらんゲス野郎な思考をしていると――


「――ふむ」


 『彼女』の雰囲気が、変わる。
 降臨した直後の荘厳さとも違う。見ているだけで腹の底に重石が溜まっていく。微弱電流に触れているように、神経が鋭敏にピリピリと肌を鳴らしていた。
 この感覚は覚えがある。戦場で、因縁深い宿敵同士が顔を付き合わせた時特有の鋭い空気。
 険しい表情でパラドクスを睨んでいた『彼女』だが、ふと両の眼が閉じられる。


「流石だよね、学園長先生」
「うん?」
「この時にもう、これほどの魔法を練り上げていたんだ。……うん、凄いよ」


 憧憬・喜び・悲しみ――様々な感情入り混じった、その横顔。『今』の俺が全ての意味を知る事は、きっと無理なんだろう。
 しばしの空白の後、『彼女』はゆっくりと閉じた眼を開き、告げる。


「どいてくれ、『僕』はその向こう側に用があるんだ」


 必要だったのは、昔の感情を思い出す時間か。
 敵対する相手とは思えないほどの穏やかさで、怒り狂う魔力の渦へと、その頭を撫で怒りを静めようとするかの様に手を伸ばす。
 握られた扇の切っ先が違う事無く神域の中心を指し示しそして―― 


 決着は一瞬。
 扇の先端が僅かに光った直後、パラドクスの心臓に風穴が開いていた。


「――」


 何が起こったのか、まるで分からない。理解が全く追い付かないまま、状況だけがその場を整えていく。
 神の怒りの具現とも呼べるほど荒れ狂っていた魔力の嵐が、完全に止んでいた。それと同時に俺達を包んでいた風の陣も、役目を終えたと告げる様に元の形へと還っていく。
 陣が消え外の風が入ってきても、まるでさっきの嵐が幻だったかと錯覚してしまいそうな、優しいそよ風が触れていくのみ。
 そこでようやく、終わったのだと実感する。
 たとえ神域のモノであろうとも魔法は魔法、『核』を打ち抜かれて、その力を維持できるはずもない。
 そうして、人様の記憶に嫌というほどその力を刻み付けていった『神域魔法』は……


 “……” 


 断末魔どころか、最初から存在しなかった様に音一つ立てる事なく、この世界から完全に消滅したのだった。

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