死にたがりの俺が、元いた世界を復活させようと頑張ってみた結果。 

夜明けまじか

対抗魔法VS神域魔法 前編

 対抗魔法と神域魔法の激突。後に歴史の転機となる大事であったが、今の俺達がそんな事を知る由もない。
 ただひたすら真剣に、全力でぶつかるだけである。
 そしてその邂逅は、劇的と表現して過言でないほど――静かに始まった。


「すぅ――」


 すぐ近くから、吐息が聞こえる。ただの呼吸じゃない、場の気の流れを取り込む集中の呼吸法だ。俺も似た様な事ができるからこそ、分かる。
 ハルンの状態は間違いなく万全だ。歯を噛み合わせる事すらままならなかったほどの震えは、完全に治まっていた。全神経が魔法に注がれている証拠だろう。
 湖に一滴ずつ垂らしていくかの如く、静かに静かに浸透していく少女の魔力。一見臆病とさえ感じるほどに慎重で、その実恐ろしいまでに大胆なアプローチだった。
 言うなれば、遅効性の猛毒。華奢な少女から絞り出される魔力の一滴一滴に確かな力が宿っており、湖をゆっくりとしかし確実に浸食していく。
 その精度、俺が知ってる学園のどの生徒とも一線を画しており、学園長への憧れというのが決して口先だけのものではない事がこの上なく伝わってくる。
 ――もしかしたら、『ヘイト』無しでやれるかもしれねぇな……冗談抜きで、そう思う。
 そしてその楽観は、ほんの数秒後に打ち砕かれる事となる。
 ハルンの魔力が、いよいよ神域魔法の中枢にまで近付いた瞬間――




 “触れるな!” ――そんな声が聞こえた気がした。




「――――――――ッ!?」
「ちぃっ!」


 バチン! と、周囲の電源が一斉に落ちたかの様な音と同時、衝撃が全身を突き抜けていった。
 ヘイト無しでもいける? とんでもない勘違いだ。気を抜けば数秒で全身をバラバラにされそうだ。
 落雷の直撃を受けた時だって、ここまで食い殺されるかの様な痛みもなければ痺れもなかった。
 先に聞こえた声はきっと、無遠慮に神の領域に手を伸ばしてきた俺達への、神々からの怒りの声だ。一喝されただけで、奥深くまで浸透させたはずの魔力がほとんど弾き飛ばされた。


「くぅ……ッ!」


 集中に沈んでいたハルンの表情に、焦りが浮かぶ。やっぱりムリなのか――? と。
 落ち着け、そう伝えるべく肩を抱いた腕に力を込める。少女は一瞬ぴくりと肩を震わせたが、視線はぶれる事無く、僅かに顎を引く事で返事をした。
 よし、ここからは俺の役目だ。
 『ヘイト』使用――強化。
 ハルンの魔力を、神の領域にまで強化する――単純だが、これが最も有効であると判断した。
 魔力の量・質・速度……それら全てを可能な限り倍加する。この辺りのイメージはミルヴァや……少々癪だが、学園長を参考にさせてもらう。なんのかんのあろうとも、アイツの魔法士としての実力は事実桁外れだ。ここに至って、改めて実感する。
 ハルンと比較した上でなお、ヤツは化け物だ。魔法士になるべくして生まれた、本物の神童。
 そんなヤツが数百年という、人間からすれば途方もない年月を掛けて練り上げた、最高傑作。
 だから届かない? だから勝てないと? そんなワケ――


「あってたまるかクソったれ!」


 神域? 神童? 知るかそんなことっ。
 何であろうと立ち塞がるというなら、ぶっ潰して押し通るまで!
 神の怒りに触れ、今にも押し潰されそうなほどに小さくなっていたハルンの魔力が、咆哮する獣の如くそ身を震わせ、膨れ上がっていく。
 土俵際まで追い込まれていた魔法が、再動する。


「キラノ――」
「集中ぅ!」
「ッ!」


 『ヘイト』の効力をその身に感じたハルンがこちらを振り向こうとするのを、一喝して止める。ここで気を抜かれちゃ困る、本番はこっからなのだから。
 ここまで絶大な強化は初めてだったが、事前に教わったイメージに沿い、少女の魔力に波長を合わせる事でこの上なく滑らかな強化ができたと自負している。
 それを証明するかの様に、神級の暴威が吹き荒ぶ中、少女の魔力が前進を開始した。
 決して早い歩みではない。しかし一歩一歩確実に、神域の中心へと距離を縮めていく。
 その力強さは最初の比ではまるでない。一滴ずつ浸透していく猛毒だったものは、今や大地を飲み込まんとする激流のマグマへと変わっていた。
 そして――その莫大なエネルギーを以ってしてなお崩せない、神域の壁。


「グ……ウウウウゥゥゥゥゥゥゥ――――ッッ!?」


 ハルンの食い縛られた口からは獣の唸り声じみた叫びが漏れ、歯先は唇を破り血の筋を何本も垂らしていた。俺が感じているものを遥かに上回るだろう激痛に耐えながら、本来、自身の器の何倍にもなる魔力をしかと使いこなしている。
 普通、いきなり自分の力が何倍にもなったりしたら驚き、戸惑うものだ。例え事前に知っていたとしても、地球から宇宙に飛び出す様な、全く環境の違う場所に放り出された感覚に陥るだろう。事前に十分な訓練を積んでいても難しい事だ。
 しかし、そんな状況にあるはずのハルンの技量に、わずかな陰りも窺えない。覚悟や才能だけでは説明がつく事ではなかった。


 ――おそらく、何度も何度もイメージし、築き上げてきたんだろう。
 あれじゃダメだこれじゃ通じないと、ネガティブだからこそ不安の種を決して残さないよう、一つ一つ取り除いてきたはずだ。
 目標と覚悟を持って、手間も時間も惜しみなく注いできた。そんな“モノ”があれば誰だって、夢物語だと理解していても、してしまう。
 己の魂を掛けて磨いた“業”が、大舞台で華々しく活躍する、その瞬間を――


 その成果は、ここに。
 一人の少女が心血を注ぎ生み出された新たな魔法は、遙か昔から魔法の頂点として存在していた神域魔法に牙を剥く領域にまで達していた。
 返し返され、拮抗し、火花を散らす。駆け巡る衝撃は弱まるどころか、一層激しく全身を叩いてくる。しかしこの激しさは、こちらの攻撃が届いている事実の裏返しだ。後一歩……決め手があれば崩せるはず。
 ハルンは既に実力以上のモノを出してくれている。これ以上負担は掛けられない、だったらその一手を見つけるのは、俺の仕事だ。


「考えろ……」


 可能な限りの強化は尽くした、これ以上はイメージが曖昧になり失敗する危険が高く、迂闊な真似はできない。強化では届かない。
 ……何なら届く?
 『ヘイト』でもう一撃加えられればいいのだが、今はハルンの強化に掛かり切りでとても他に手を回している余裕がない。よしんばあったとしても、複数同時に使用した事などないので、可能かどうかも不明だ。
 助言の一つもできればいいのだが、魔法に関してあらゆる面においてハルンが数段上手で、口出し手出し、やれる事はないだろう。
 他に俺にできる事……一つしか、思い浮かばなかった。


「――――え?」


 現状にそぐわない、間の抜けた声が聞こえた。まあ……さすがに仕方がないか。




 いきなり全身の痛覚がなくなり、力が溢れてくれば誰だってそうなるよな。




 『鎌』は殺人術として編み出した技術だが、色々試してかなりの応用を利かせる事ができる。
 例えばツボを刺激し痛みを消し去ったり、出し切れていない活力を引き出したり、とか。
 とはいえこれで集中を乱されたらまずい、すぐに言葉を掛けた。


「全力、見せてやれ、この状態ならやれんだろ」
「――――」


 返事はなかったが、口元に笑みが浮かんでいるのを見た。
 直後、


「あああああああああああああっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 攻撃に全神経を集中させたハルンの、本当の全力が炸裂した。
 拮抗していた喰い合いを制し、何十にも連なった魔力壁を、勢い任せに食い破っていく。そして何十は十になり――十は五になり――残すは、二枚。
 いける……! きっと二人同時に、そう感じた。そして、




 瞬後――絶望。 

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